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ピエールの選ぶ「オススメ新譜10選」2026年7月編

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ご無沙汰です。今回も今回とて「オススメ新譜10選」、2ヶ月遅れですが7月編をやっていきましょう。

6月編でも話題に上げましたが、7月といえばフジロック。私も苗場デビューさせていただきましたが、そのおかげでリアルタイムでの新譜チェックはかなり追いついていなかった感覚があります。なので各種レビュー・サイトやらXやらにいっそう頼ってこの記事を書いているわけですが……個人的に、すごく面白いセレクトになった印象があります。パンク以前のロック大好き人間であるピエールが、The Rolling Stonesの最新作をスルーしているわけですからね(内容はもちろんよかったんですが、”Hackney Diamonds”の後となるとハードルが上がっちゃったかなと)。

それこそストーンズ筆頭に話題作てんこ盛りの7月ではありましたが、そういうものもいくつかピックアップしつつ、より局所的に盛り上がっていた作品が今回は目立つような気がしています。ということで、今回ご紹介する新譜はこんな10枚です。

“Hachikō”/Iron T Hawk

はい、7月の新譜はまずこれの話をしないといけません。イラストレーターとしても活躍されています、ドイツのアーティストIron T Hawkで“Hachikō”。それこそXでの局所的な絶賛を受けて聴いてみたんですが、ちょっとこれはとんでもないですよ。私もこの前ベタ褒めさせていただきましたし、大騒ぎさせていただきました。そうしないといけない、わけのわからない弩級の傑作ですからね。もっと多くの人に気づかれるべき作品、はっきり言って必聴の1枚です。

もうこの作品は聴いてもらった方が手っ取り早いんですけど、平たく言うと「プログレとメタルとジャズとマス・ロックとハードコアとその他諸々を超高火力で煮込んで出来上がった何か」です。何言ってんだって思うでしょ?でもそういうアルバムです。一番相応しい形容詞は「エクストリーム」ですね。楽曲ごと、というよりもはや一呼吸ごとに表情を変える展開の激しさ、そこにねじ込まれるサウンドの常軌を逸した情報量、それを曲数にして27曲、100分オーバーにわたって一切手を緩めずぶつけ続ける異常なカロリー。もう何もかもがエクストリーム。着想となったのは「Kanye WestがConvergeをプロデュースしたら」というアイディアだそうなんですが、そのものズバリなコンセプトだと思います。

ただ、あらゆる意味でトゥー・マッチな1枚なのに、すごく聴きやすいんですよね。個人的な感性との相性であれば、King CrimsonやFrank Zappa、現代であればblack midiだし日本においては凛として時雨な瞬間が私との親和性が高いっていう分析もできるんですけど、もっと本質的な意味で聴きやすい。これでもかという展開の瀑流は無茶なようで、その実針に糸を通すような緻密さがあるし、メロディのポップさも強く感じられる。彼はフェイバリットにJohn Coltlaneと大森靖子を挙げているんですが、大森靖子、あるいはボカロにも通ずる日本のポップス特有の味つけの濃さが作風とマッチしています。

今回の作品で初めて触れた立場でこんなこと言うのも傲慢ですが、なぜこれほどの才能が今まで話題になっていなかったのか、不思議でなりません。ようやく私のタイムラインの一部では認知されつつありますが、正直言って全然足りない。音楽性が音楽性なのでストリーミングでヴァイラルになるなんてことは考えにくいにしろ、うっかりPitchforkが9点台をつけるくらいのことは起こって然るべきです。Iron T Hawkこそ、2026年の音楽シーンにとっての現時点で最大の収穫なんですからね。

“Ghost Of My Life”/Iron T Hawk

ということで、2026年最大の収穫ことフェリちゃん(ご本人のXアカウント名です、かわいい)ことIron T Hawkからもう1枚。ええ、2作同時リリースなんですよ。もうなんなんだよ……と、1周回って呆れちゃうくらいのクリエイティヴィティなわけですが、気を取り直して。“Ghost Of My Life”です。”Hachikō”をべた褒めした立場でこういうこと言うのもあれなんですけど、個人的にはこっちの方が好きですね。

“Hachikō”がエクストリームの100分にわたる具象化であった一方、”Ghost Of My Life”はフォークに接近した柔らかい世界観を個性としています。白と黒、対となるアートワークが象徴している通りですね。ただ、Iron T Hawkがただのインディー・フォークをやるような生ぬるい才能でないことは明らか。本作でもアイデアの暴発と作品像の乱高下は継続しています。ポスト・ロックの苛烈さあり、コーラスや管弦楽器を使った神秘性あり、エレクトロが描き出すフィクション性ありと、まあ大概やりたい放題。リアルとファンタジーとデジタルが三つ巴をなし、強烈な乱反射によってそれぞれの境界を失って融解していく……そんな衝撃的な光景が広がっています。なんでこれを”Hachikō”と同時にやれるんだよ。もうなんなんだよ。

ただ、これも”Hachikō”との比較で恐縮ですが、こちらの方がよりソングライティングしているというか、曲それぞれの独立した存在感は強い気がしていて。プログレのリスナー的には、10分にわたる壮大な“Hinamatsuri (feat. やちよゆゆ)”にいっとう食らっているわけですが、より普遍的な価値観で聴くなら“Pure Self”がベストでしょうね。フィナーレに待ち受ける1曲ですが、どうですこの「いいアルバムの最後に入っているいい曲」の面構え。途中で爆発するギターの歪みこそ派手ですが、全体としてものすごく端正でエモーショナルな作曲ぶりです。単にアイデアの手数で圧倒するだけじゃない(それだけでも十分すごいんですけど)、真っ当に曲書かせてもピカイチっていうのにはもう参りましたね。

客観的には”Hachikō”の方がよりえげつないというか、騒がれるに足る1枚だとは思いつつ。その上でアルバムとしてのまとまり、そこで提示される世界観の美しさ、そして作曲のまっすぐさ、それらを含めて個人的には”Hachikō”より”Ghost Of My Life”派なんだろうなと勝手に納得しています。いずれにせよ、この2枚はぜひ併せて聴いてほしいですね。どちらも、2026年最大級のリリースであることは確定的に明らかですから。

“Morir Saltando”/Hesse Kassel

お次は、この企画ではすっかりお馴染みになりつつあるチリ・インディーからご紹介です。私がかの国のインディー・シーンを知ったきっかけでもありますHesse Kassel、昨年の傑作”La Brea”に続く今回の“Morir Saltando”も素晴らしくカオスな名作でしたね。「プログレとメタルとポスト・ハードコアを全部のメーター振り切った状態で足し算してみました!」という正気を疑うべき1stの衝撃を、上手く成熟に繋げた理想的な2ndだと思います。

さて、咄嗟に成熟とは言いましたが、冒頭を飾ります14分の大作”pornomiseria”の時点で十分治安が悪いです。単調なビートとヴォーカルで引っ張る最序盤こそ「お、今回はポスト・パンクの風味が強いのか?」と思わせておいて、どんどんとSAN値が削れていって、我慢の限界とばかりに絶叫と狂乱のギターが加わり、もうそこからは滅茶苦茶。めくるめく展開、異様な緊迫感、途方もない暴力性、今作も今作とて相当にヘヴィなアルバムであることを宣告するようですね。そのくせ初期King Crimsonみてえにシンフォニックな耽美も相変わらずやりやがる。これは最大限の称賛と受け取ってほしいんですが、こっちの好きなものを見透かしたような都合のよさに悔しさすら覚えますよ。

そこからも、”Discipline”期のクリムゾンを思わせる複雑怪奇なギターをイントロに配した“Mariposa”(我ながら一生クリムゾンの話するな……)、歪みきったベースで暴走するパンク色の強い“Sancho Plagio”と、「やれることは全部やる」スタイルは健在です。その上で成熟という話題に戻れば、収録時間が45分という部分がポイントになってきます。収録時間に結構こだわりの強い私なんかにはここが嬉しくてね。前作が約80分という、本当に見境のない数字だったところから、アイディアを絞って上手く落とし込む取捨選択の痕跡が感じ取れるじゃないですか。本作を聴けば明らかですけど、ネタが枯渇したわけでは間違いなくないわけですし。

まあ、45分にしたから聴きやすくなっているかと問われると押し黙るしかないんですが、それでもアルバムとしての焦点がより定まっている印象があるし、かといって小さくまとまるなんてとんでもない仕上がりでね。先のIron T Hawkと並んで、2026年7月をエクストリームな季節として塗りつぶすに足る名盤ですよ。近々チリ・インディーの特集なんかも書いてみようかと思っているんですが、そこでもしっかりHesse Kasselは深堀りしたいです。

“CONFESSIONS II”/Madonna

まさかこの企画で彼女の作品を紹介することになろうとは。言わずと知れた「クイーン・オブ・ポップ」でございます、Madonnnaの最新作“CONFESSIONS II”。リリース当時から「このクオリティ、いつ以来だ!?」なんて騒ぎになっていたのを覚えています。そうなるのも無理からぬこと、御年68歳、7年ぶりとなるアルバムでここまで様になる1枚を出してくるとは私も正直思っていませんでした。

どうです、この年齢を感じさせないエネルギー、セクシー・アピール、肉体性!どこを切り取っても、ダンスフロアのギラついた照明にライトアップされた彼女の姿が刻みつけられているようです。ハイライトを挙げるならば“One Step Away”~“Bring Your Love”~“Danceteria”と畳み掛ける展開。”Bring Your Love”はあのSabrina Carpenterを呼びつけた、「マリリン・モンロー役」の大先輩からの手ほどきのような貫禄があります。その中で繰り広げられるのは、4つ打ちのキックと原色のエレクトロ、エロティックなヴォーカルといった、Donna Summerを彷彿とさせるダンスフロアの流儀そのもの。全てのトラックをシームレスに聴かせる、クラブのセットリストさながらの演出も効いています。

このシームレスな聴かせ方というのは、過去に“Confession On The Dance Floor”というアルバムで実践済ではあるんですが、タイトルにしろ本作のプロデューサーがかの作品と同じStuart Priceであることにしろ、そのリバイバルの意識は相当にあったんでしょう。それに、Feidを招いてのラテンな“Read My Lips”にダンス・バラードとも言いたい“Fragile”に、バリエーション豊かないい曲を立て続けに書けていることからも、Madonnaの個性と本作のスタイルがばっちり噛み合っていることは疑いようがありません。でもそれは保守的な作品像とは全く印象を異にする、あくまで2026年式のダンスフロアの景色でもあるんですよね。この対応力も、彼女が「クイーン」たる所以に思えます。

Slayyyterやunderscoresみたいな現在進行形&オルタナティヴなダンス・ポップが今年すでにリリースされていて、その震源地には言わずもがな“brat”もあって、みたいな流れの中で、その道40何年の女王が抜群のクオリティで降臨するんですから、ズルいですよね。しかもMadonna自身だって、近年進む“Ray Of Light”の再評価なんかでいい風向きにあるわけでしょ。そういうタイミングの上手さ、自身の価値をどう引き出すかのセンスみたいな部分も含めて、もうとことんまでMadonnaらしい1枚だと思います。

“Oh Yeah?”/Steve Lacy

Odd Futureの一員にしてThe Internetのギタリスト、プロデューサーとしての才覚も発揮しながら自身も前作“Gemini Rights”(そして収録曲“Bad Habit”)を抜かりなくヒットさせたSteve Lacy。もうこの経歴だけで間違いなく10’s以降のブラック・ミュージックを語る上での重要人物なんですが、その前作以降活動が停滞していました。4年ぶりのアルバム“Oh Yeah?”でシーンに帰還ですね。ブランクを埋めるに足る、魅力的な1枚だったと思います。

前作で勝ち取った成功、その華々しさから随分と距離を取った作品というのが第一印象でしょうか。4年という空白にしてもそうだし、物憂げなアートワークやタイトルに付された疑問符もそう、何より作品全編に漂う内向性やナイーヴさが物語っています。オープナーの“Oh Yeah?”こそ開放的な響きがありますが、アウトロでぐっとトーンを落としてからはかなりダウナーな方向性に舵を切っています。Erykah Baduとの“pure colour”なんて、水底を思わせるリバーブがかかっていてPortisheadっぽい表情すらありますし、あるいは仏頂面をしたギターを軸にしたトラックからフォーキーなパートへと運ぶ展開が鮮やかな“doom”には、どこか投げやりなやるせなさみたいなものがまとわりついていてね。

とはいえ、彼のソングライティングは前作同様、あるいはそれ以上に冴え渡っています。オルタナティヴなシーンと結びつく人物でもあるしプロダクションのセンスも高いのであまり語られない気がするんですが、この人ってオーセンティックな作曲がそもそもずば抜けて上手いと思うんですよ(これ、Odd Futureの同胞でもあるFrank Oceanにも言えることなんですけどね)。でないと、”Bad Habit”があそこまでのヒットに繋がらないわけで。“the feeling”みたいなコンテンポラリー・ソウルっぽい仕上がりのものからSSWライクな“show you me”まで、大前提としていい曲を書く人物だってことを再認識させられましたね。

おまけに、さっき触れた”doom”のほかに、“lovesexdrugbomb”や“bebe”では猥雑なギターを鳴らしてもいますから。Steve Lacyというアーティストのポテンシャルを実に巧妙に引き出しているんですね。ある程度ブランクの空いたアーティストって妙に凝っちゃって、結果的に着地点を見失うこともしばしばある印象なんですが(今年だと某Stylesとかね)、流石にプロデューサーとしても一流なだけあって、そういう欠点も感じられない。話題性でこそ負けるでしょうが、内容の充実なら”Gemini Rights”を超える1枚だと思いますよ。

“You’re Gonna Need A Little Music”/Yard Act

20’s初頭にグッと盛り上がったイギリスのポスト・パンク、その中の1組でありますYard Act(リーズが拠点なのでサウス・ロンドンとはまた別枠なんですが、同じタイミングでしたからね)。1st”The Overload”以降2年おきにアルバムを発表してきた彼等ですが、今回の“You’re Gonna Need A Little Music”、かなりいいんではないでしょうか。一皮剥けた印象ですよ。

1曲目の“Empty Pledges”、これがもう痺れるナンバーなんですが、埃っぽくて散らかった地下室のようなサウンドのアプローチを軸に、ピアノやシンセサイザーを上手く織り交ぜてアンセミックな空気を演出しています。こんな角度の曲も書けるのかという驚きが正直言ってありましたよ。そんな嬉しい誤算はそこからも続きます。DevoやTalking Headsを彷彿とさせる80’sニュー・ウェイヴ・ライクな“Fiction”、すこぶる機嫌の悪い初期Arctic Monkeysといった感のある“Thrill Of The Chase”、かと思えば”AM”に入っていたって違和感のない“Redeemer”といった具合にね。サウンドの引き出しにしろ引用するスタイルにしろ、思わず唸るような巧みさです。

それこそサウス・ロンドン組、black midiだったりBC, NRがアイデアのトび方で興味を掻っ攫った中、Yard Actってこぢんまりしていた感はどうしても否めなかったんですが、そこに対して「いい曲を書く」という最も説得力ある解決策をぶつけてきましたね。しかも、フロントマン James Smithの「お前ポスト・パンクやるために生まれてきただろ」みたいな歌声、そして手狭なスタジオで鳴らされているようなバンド・サウンドの質感、こうしたアンダーグラウンドな魅力はしっかりと残したままにです。それってもう、ポスト・パンクのお手本だと思うんですよね。

Yard Actってバンドのキャリアの割にメンバーの年齢はそれなりだったりするんですが(それこそJames Smithは1990年生まれなので36歳です)、その年の功とでもいうのかな、地に足のついた創作を上手くYard Actのスタイルに落とし込んだのが見事ですよ。バンドにとっての型が見つかったような、そんな印象もあります。主要メディアでは大して話題になってないですが、今回のアルバムを受けて、少なくとも私はこのバンドと長く付き合っていくことになるだろうなと直感させられました。そういうバンド、案外最近いなかったので、それも嬉しかったりして。

“Renascent”/The Durutti Column

1980年から活動しております、Vini Reillyによるソロ・ワークThe Durutti Column。Joy Divisionとレーベルメイトだみたいな話題から初期ポストパンクにおける支持が厚いかと思いきや、その神秘的で微睡むようなサウンドからアンビエントの文脈での評価も高く、近年再注目も進んでいるみたいです。そんなThe Durutti Columnの、実に16年ぶりとなる新譜“Renascent”、イメージ通りにとびきり穏やかで、そしてとびきり美しい1枚でした。

ただ、本作に至るまでの経緯は決して穏やかなものではなかったようです。ele-kingに掲載されているレビューに彼のパーソナルな部分が詳述されているんですが、病に倒れ、その後遺症でギター演奏は絶望的な状況になり、経済的にも追い詰められ……非常にシリアスな背景をもって生まれた作品なんですね。そんなことをまるで思わせない、この透明感たるや。過去作もいくつかつまみ食いしてみたんですが、The Durutti Columnの妙味をしっかりと保持しつつ、しかしよりコンテンポラリーに響く曖昧なサウンドには思わずため息が漏れます。

聴いていてユニークに感じたのが、その音の輪郭ですね。アンビエントとしてのサウンドの広がりは間違いなくあるんですが、それと同時に、それぞれの音にしっかりと人力の質感、手つきでも評すべきものが残っている。ギターなんてまさしくですよ。弦を弾くニュアンスが強く感じられて、それが夢幻的な世界観の中で一際目立っています。あるいは、“Your Shadow At Evening”でのビートなんかにも同じことが言えそうですよね。こっちはテクスチャの問題だけじゃなく、緊張感や不穏さを演出している絶妙なヨレもワザありです。全然The Durutti Columnの方がキャリアは長いんですが、Talk Talkなんかを連想させられましたね。影響を与えてたりするのかな?

そして、これは個人的な注目ポイントとして、Caoilfhionn Roseの参加というのも触れておきたいですね。2024年の”Constellation”は近年稀に見る豊作でもあったあの1年でも最も美しいアルバムの1つだったわけですが(当時の年間ベストで第6位に選んでおります、他の方のリストでもしばしば見かけた傑作なので未聴の方はこの機会にぜひ)、そんな彼女と本作が繋がるというのは、聴いてみてなるほどなと膝を打ちましたね。宇宙的なサウンドの奥行きと確かな人間味の共存という意味で、両者の筆致は似ているのかも、と。どちらもそれぞれのシーンに精通しているわけではないので、どういう重なり方なのかは今後掘り下げてみたいところです。

“The Ends, Never Ends”/Joe James

先月は日米のヒップホップ・アルバムを紹介しましたが、今回はUKからこの1枚を。メロウ・グライムなるサブジャンルの旗手として注目を集める(こちらのレビューに詳しいです)Joe Jamesで“The Ends, Never Ends”。本作で初めて聴くアーティストなんですが、参加した顔ぶれがとかく豪華でね。なにしろDaveにLoyle CarnerにLancey Foux、現行UKヒップホップを代表する人物が揃って客演しているとなると、俄然期待は高まります。そして案の定、その期待に十二分に応えてくれる1枚でした。

ジャズやネオ・ソウルと距離の近いシックで生感のあるサウンドが近年のUKヒップホップの特徴の1つですが、本作もご多分に漏れずそうした色合いの作品です。低いところで響く、彼のくぐもったフロウもあいまって、アートワークの通り作品全体の光量は実に抑制されている印象を受けますね。ただ、その中にUKガラージ~グライムの文脈を汲んだ、ミニマムな迫力のようなものが確かに息づいてもいます。静かにアルバムを起ち上げた後の、“206”から“Black Cabbie”、そして“OBE”へと繋がる展開で聴くことのできるビートが繰り出してくる、じわじわと脳天を揺らしてくるようなパンチには痺れましたよ。

ただし、このセクションを山場として、作品は再びゆっくりと落ちていきます。UKヒップホップのもう1つの特色(リリック/トラックメイクの両面における)である内向性が後半にひときわ主張されることで、本作の吸い込まれそうな深度をよりじっくりと演出していくんですね。どっぷりジャズに浸かった“Never Ends”もそうだし、Loyle Carnerとの“Ignorance Was never Bliss”、Daveとの“Same Emotions”という、一番話題になりそうな楽曲の2連発だって相当にダウナーですし、そしてそのままとびきりメロウな“All I Wanted”で〆……これほど巧みなアルバム全体のコントロールは、それこそDaveの名盤“We’re All Alone In This Together”以来に聴くもののような気がします。

ヒップホップのリスナーは言うに及ばず、トラックの魅力だけで十分にソウル愛好家にリーチできる魅力もありつつ、その温度感はオルタナ/インディーのファンにも刺さると思うんですよ。すごく普遍的で、いろんな層に聴かれて然るべき1枚ではないでしょうか。それと、この前Loyle Carnerのステージを観たからかな、Joe Jamesもすごくライヴで体験してみたいです。ぜひともカッチカチのバンド・セットを引き連れてね。フジロックさん、来年あたりどうですか?

“Heavenly Body: If I’m The Bottle You’re The Message”/Eartheater

こちらはXのフォロワーの方が紹介されていた掘り出し物です。NYを拠点に活動する女性アーティスト Eartheaterで“Heavenly Body: If I’m The Bottle You’re The Message”。10年以上のキャリアがある人物らしく、直近ですとFKA Twigsの最新作“EUSEXUA”にも参加していますね。エレクトロ・チェンバー・ポップとでも言うべき、荘厳さに満ちたアルバムでした。

デジタルとアコースティックの複合、これはそのフォロワーの方がよくおっしゃるキーワードで、私自身現代のシーンを見つめる上で大事な視点だと感じているものでもあるんですが、本作もその眼差しで捉えることができる1枚でしょうね。アルバム序盤でこそエレクトロの役割は補足的なものに留まっているものの、“Wasp in The Fig”という楽曲を起点にぐっと深度を増していきます。細かく打ち付けられるビートはIDM以降の座学的エレクトロニカのそれでありつつ、煌めく鍵盤の音色や楽曲の締めくくりで訪れるストリングスの厳粛さは紛れもなく室内楽的であって。あるいは続く“Glowing Guts”、弦楽の低音にドローン的な電子音が一体化していく様なんてのはまさしくです。

ここで効いてくるのが彼女の歌唱で、思うにデジタル/アコースティックの両方の性質を有しているんですよ。肉声ですから二分するならば当然アコースティックの側にある要素ではありますが、その恐ろしく透き通った透明感、そしてニュー・エイジ的なニュアンスもある超然とした態度が、肉体性をある程度非現実的なものへと至らしめていますから。多くの楽曲で採用されているダブリングや、1音1音を長く取ったソングライティングもこの非現実性の要因かもしれませんね。ヴォーカル・メロディを担ってはいるものの、どこかシーケンス的というか、作品内で鳴っているストリングスやシンセサイザーと均一的な質感を生み出しているような気がします。

それらが豊かなグラデーションを描くことで、歌モノとしても(“Don’t Look Back”の開けたポップス感、最高です)、エレクトロとしても、フォーク的な作品としても聴けてしまう。いやはや、隙のない1枚ですね。そして思わずギョッとするアートワークの質感なんかもあわせて、それこそFKA Twigsや彼女の参照元でもあるBjörk、その辺を好んで聴く方には堪らないアルバムじゃないでしょうか。

“Glass”/Nora Stanley

最後にご紹介しますのは、珍しくApple Musicのレコメンドでピンときた1枚です。ブルックリンのジャズ・シーンで活躍する(Sam Gendelとも関わりが深いようです)Nora Stanleyのソロ作品”Glass”。27歳になっても未だに「ジャズ」ってものに身構えちゃうピエールですが、この情報はレビューを書くにあたって初めて知ったもので。第一印象は「久しぶりにグッとくるインディー・フォーク」でした。

確かに言われてみれば、オープナーの“Bonsai”にはスピリチュアル・ジャズの雰囲気あるな……と今になって思うんですが、「スピリチュアル」というのはインディー・フォークにおいてもしばしば聴こえてくるテイストですし、いざ歌いだせば透き通った歌声が実に魅力的で。爽やかなジャケットの印象も手伝って、よく晴れた日曜の午前中に聴きたくなる、ライトなSSWアルバムという捉え方をしていました。それに“Noble Gas”に顕著なギターやドラムから感じ取れる無骨さは、Phoebe Bridgers以降のムードを色濃く醸しているじゃないですか。あるいは同じくブルックリン・ベースということで、Cassandra Jenkinsとの共鳴なのかもしれないなと思ったり。

そして、ジャズ・プレイヤーとしての彼女の本領でありますサクソフォン(クラリネットやフルートも演奏するようです、本作でも鳴っていそう?)は、作品を通じて核となる要素ではなく、彼女の歌声を柔らかく包み込む音響効果的な役割を果たしています。ゴリッとしたサウンドを主体としたアルバム前半~中盤までは、”Bonsai”での大々的なフィーチャーが異例なくらいで、そもそもあまり出番が回ってこないんですよ。とはいえ、“Red”以降のアコースティック色を強めるタームでは、さりげなくもたおやかな響きによって作品像をふくよかに支えています。この剛と柔のコントラストも心地よいんですよね。

改めて、ジャズ畑のアーティストのソロ作品とは思えないですね……音楽理論に明るい方ならジャズっぽさを感じ取れるのかもしれませんが、あくまでも私には好みドンピシャのインディー・フォークでしかないので。それで試しに2023年にBenny Bockとの連名で発表している“Distance Of The Moon”を聴いてみたら、のっけからサクソフォン奏者としての雄弁さをこれでもかと発揮していて(こっちもこっちで大名盤でした、あわせてぜひ)、このプレイヤーが本当に“Headstone”とか“Linger On”を書いたの?と改めて驚かされました。ジャズ・ファンの方の意見も伺ってみたいところです。

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