スポンサーリンク

ピエールの選ぶ「オススメ新譜10選」2026年6月編

Pocket

今回も今回とて、「オススメ新譜10選」です。そして今回も今回とて遅刻気味、6月編ですね。

フジロック楽しかったですね!って話を前置きでするつもりだったのに、気付けばサマソニすら終わってしまい、「真夏のピークが去った」と天気予報士がTVで言い出しかねない季節になってしまいました。それこそフジロックは様々に話題になりましたし(本編でもちょっとだけ触れてます)、サマソニも大豪雨の影響で「そもそも開催できるの?」ってところから、たいへん注目を集めましたね。もう皆さん6月の新譜のことなんて忘れちゃったんじゃないでしょうか。そんな方のために、ピエールのオススメする10枚を紹介していきましょう。

……遅刻グセがつくと言い訳が上手くなっていかんですな。冗談はこの辺にして、今回レコメンドするのはこんな10枚です。

“you seem pretty sad for a girl so in love”/Olivia Rodrigo

2021年の”drivers license”で鮮烈なデビューを飾って以降、まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いのOlivia Rodrigo。ただでさえ20’sのポップ・アイコン1位指名待ったなしな彼女の最新作“you seem pretty sad for a girl so in love”が、もうすげえんだ。「見え方がポップ・スターなだけのインディー・ミュージック」という、Billie EilishHarry Stylesでも遭遇してきた20’sのポップス・シーンの手口、その決定的な1枚ですからね。

直接のリファレンスとしてはThe Cureでしょうね。そのものズバリ“the cure”という曲も作っちゃってますし、オープナーの“drop dead”ではかの名曲“Just Like Heaven”を引用、極めつけの“what’s wrong with me”ではRobert Smith御大を呼び出すくらいですから。それにこういう個別の楽曲の話をせずとも、メランコリックな作曲という全体のトーンにしてもそうだし、ひときわ本作で目立つ大袈裟に歌い上げるヴォーカリゼーションもゴシック方面からの影響はありそうです。あるいは80’sポスト・パンクというところから、”maggots for brains”でのJoy Division〜New Orderっぽさみたいなものも、本作の方向性を象徴しています。

とはいえ、こういう参照元って取り立てて新鮮でもないわけで。The Cureなんてゴスっぽいことやるならマストで意識するバンドだし、Joy Divisionに至ってはミニマルなポスト・パンクやるなら避けて通る方が無理なくらいですからね。本作のすごいのは、そういう影響を明示しながら、世界中のチャートに捩じ込んじゃうだけのポップスとしての地肩の強さがしっかりある点です。さっきThe Cureからの影響の一端として語った歌いっぷりもアンセミックなポップスとして効いてくるし、何より楽曲が開放的でガーリーで、華があるんですよね。この「華」というのは、ロックがとんと失って久しいものでもあるわけですが。

ここまで気持ちよくキャッチーで、かつロックおじさん心もくすぐる作品なわけですから、現時点で相当お気に入りです。お気に入りなんですが、このアルバムが真価を発揮するのは5〜10年後とかな気もしていて。Olivia Rodrigoの巧妙なる啓蒙が身を結び、ロックな女の子、あるいはポップなロック・スターが大挙して押し寄せるその時に、改めてみんなで褒めちぎるべき1枚なんじゃないかな。これ、そこまで荒唐無稽な話でもない自信があるので、楽しみにしていたいと思います。

“Sweet Fortune”/Ryan Beatty

Tyler, The Creatorの”IGOR”に参加しているという紹介の仕方でピンと来る方もいますでしょうか、アメリカはカリフォルニアのSSW、Ryan Beatty“Sweet Fortune”。2023年の前作“Calico”もなかなか真っ当にポップな名作といった感じでしたが、本作のメロディ・メイクは輪をかけて非凡ですね。逃げも隠れもしない、とにかく甘くてロマンチックなソングライティングを突き詰めたポップスとして仕上がっています。

前作をレビューした時、私はその音楽性からの連想としてSufjan Stevens“Illinois”の名前を挙げています。チェンバー・ポップ的な意匠と卓越した作曲ぶりからかの名盤を引き合いに出したんだと思うんですが、その作風は継続しています。ただ、今回の方がより人間味ある温もりを引き立たせた印象でしょうか。これ、ベースになっているのはフォークというよりはカントリーだと思うんですけど、ズバリハマっていてね。まるでEaglesの名バラードだけをズラリと並べたような、そんな印象もあります。ラストを飾る“Fleur De Lis”でかすかに香るいなたさなんて、そんな感じしませんか?

“Delancey”での金管のように、前作にあったチェンバー・ポップ的な要素も聴こえてくるんですけど、本作のトーンに合わせていささかふくよかになっているのもそつがなくていいですよ。そして何よりRyan Beatty、歌が上手いんだ。甘さと繊細さと、でもしっかり瑞々しさもある絶妙な歌声です。前作ではあまり感じなかったんですが、この作品ではR&Bシンガー的な艶も心なしか強調されているような。“Secret Language”のメロディの運びなんてこのニュアンスが強い気がしています。イントロはモロにカントリーなこの曲でこういう聴き心地があるのも不思議なものですが、そこもまたヴォーカルにぐっと意識を持っていかれる面白みに繋がっていると感じました。

今年聴いた新譜の中で、ここまで作曲そのものに心酔させられたのは初めてのような気がします。対抗馬を挙げるなら2月に紹介しているBrent Faiyazの”Icon”くらいでしょうか。少なくとも、SSWアルバムとしては上半期最良の1枚だと強く感じますね。その分遊び心みたいな部分や新鮮さはないですし、何分甘いポップスに聴こえないわけでもないので、新譜ウォッチャーの皆様からはあまり注目されないような予感もするんですが、グッド・ミュージックの気分であればぜひともチェックしてほしい作品です。

“Kindness, she’s so Jealous”/yulia

これはなかなか掘り出し物では。discord上で結成された(Bandcamp上での拠点はニュージャージーとなっています)5人組バンド、yuliaの1stアルバム“Kindness, she’s so Jealous”。素性があまり出てこなかったんですが、Redditではしゃぎながらリリースの告知をしてたり、YouTubeにアップしてある音源の概要欄のテンションを見るに、かなり若いんじゃないかなと推測しています。

そしてその若さは、サウンドからもよく伝わってきます。序盤を聴いたなんとなくの印象は、ファンシーな電子音を交えたエモっぽい無邪気なロック・バンドというものだったんですけど、それにしては急に真面目な顔つきになったり、いやに壮大な瞬間もあったりと、なかなかやりたい放題しています。“alien”という楽曲がすごく象徴的ですね。メルヘンな3拍子で開幕したかと思えば、ゴツゴツとしたバンド・サウンドとパワー・ポップっぽいメロディで引っ張っていって、目が回るような展開を次々に見せています。ありがちな表現ですけどおもちゃ箱をひっくり返したような節操のなさ勢いと情熱とクリエイティヴィティが先行していそうな聴き味が、なんとも若々しいじゃないですか。

こういう作風って、だいたい収拾がつかなくなって中盤あたりからダレるのがオチだったりすると思うんですけど、本作は殊の外、いや、相当持久力があります。一筆書きできるスレスレのラインではありますが、ドリーミーなニュアンスフォークのテイストエレクトロのキッチュな匂いなんかの差し込み方が上手い。それに、楽曲同士のパワーバランスもよく聴くとすごく練られているんですよ。“vanilla chai”から“she weaves, she sows, a tattletale.”の高低差は力技ながら見事だし、それこそ”alien”以降の後半戦なんてかなりスリリングかつ聴き応えがあります。そういうクレバーさが、ラストを飾る大作“kindness, she’s so jealous”でこれでもかと光っているのもまたニクい。

アルバム全体がすごく性急な構成になっているからこそ、19分という長尺を活かした丁寧さが際立っていてね。プログレのリスナーなんかにも刺さる類の雄弁さがありますよ。しかも、こういうアーティスティックな名曲を準備しているのに、そういう方向性で塗りつぶすのではなく「ファンシーな電子音を交えたエモっぽい無邪気なロック・バンド」という印象を先に与えてくるのも痛快です。アルバムを聴き通した後に戻ってくると、見える景色が全然違いますからね。聴き終えた時の感想が「してやられた」になるアルバムって素敵じゃないですか、本作は間違いなく「してやられる」1枚です。

“Ancient History”/Wiki

ニューヨークのラッパー、Wiki“Ancient History”Ratkingというユニットでデビューし、グループの解散以降はソロとして活動しているようです。私は今回の作品で初めて知った名前だったんですが、過去作には Earl Sweatshirtが参加していたりとなかなか掘り下げがいのある人物のようですね。本作のプロデュースも、The AlchemistNavy Blue、極めつけはNick Hakimとかなり興味深い面々です。

生音を大々的に取り入れたジャズ風のヒップホップなんですが、これだけだとそう新鮮にも思われないかもしれません。そんな中で本作の面白さって、その清潔さにあるような気がしています。ヒップホップにジャズを取り入れると、埃っぽいスタジオであるとか、熱気のこもったステージの匂いというのがしてくることが多いと思うんですよ。そこへいくとこの”Ancient History”、まるで白を基調とした調度で丁寧に整えられたアパートの一室のような風情があります。思うに、彼のやや甲高く飄々としたフロウが効いているんでしょう。作品に通底する巧妙なグルーヴに絡みつきながらも、トラック全体の印象をシャープさせる役割を担っている気がします。

そしてアルバムとしての展開も見事なんですよ。今書いたような清潔さというのはアルバム序盤でひときわ顕著なんですが、“Old Gods”から“All In The Lining”までのセクションには粘っこいファンクネスミステリアスな響きもあります。さらにそこを抜けると再び軽やかなテクスチャを取り戻し、軽やかなライド・シンバルと上品なピアノに包まれるHakimプロデュースの“7 Deadly Sins”から、ゴージャスなストリングスを率いたThe Alchemistプロデュースの表題曲“Ancient History”で締め括る。聴き終えた後に思わずもう一度最初から聴きたくさせる、すっきりした余韻と統一感があります。ここまでいい意味でライトなヒップホップ・アルバムもなかなかないのでは?

この点において、本作は「オルタナ/インディー的な感覚で聴けるヒップホップ」なんだと思います。昨年の“Bad Dogs”/81355にも似たような感覚を覚えたんですけど、これってヒップホップの窮状を救う鍵だと思ってるんですよ。要するに、業界がトラップを擦りすぎてみんな飽きちゃったわけでしょ?そして真新しいスタイルも出てきてないわけじゃないですか。そしてポップスのシーンでは、それこそOlivia Rodrigoみたいな人が活躍してる。インディー・ヒップホップという手口、ありだと思うんですけどねぇ。

“家鴨の手帖”/DUCK HOUSE & SOMAOTA

清潔なヒップホップ、ということで国内からも紹介しておきましょう。Xでたまたまレコメンドされていたのを見かけて聴いてみたんですが、これは素晴らしいですよ。DUCK HOUSE & SOMAOTA“家鴨の手帖”。この文章を書くにあたって調べたんですが、ラッパーのSOMAOTAはすでにDUCK HOUSEを脱退しているようで、この名義でのアルバムは本作が最初で最後になるようです。

オープナーの“蓮の花”、異様にクリアでローファイな音質の鍵盤でグッと引き付けられたんですが、デジタルに歪んでいくトラックからすっと姿を現すSOMAOTAのフロウの自然体っぷりでノックアウトです。日常会話のような軽さと飄々としたテンションを保ったトーンが単純に音として好みというのもあるんですけど、パーソナルかつ普遍的な生活に隣接したリリックとの相性がとてもいい。「音楽は言わずもがな生活も至って真剣/掃除機の音で奮起させる」「こんなCrazyな世の中だからこそ粛々と生活を紡ぐのさ」、これをいかにもイルでドープにラップされても困るじゃないですか。ちょっと小洒落ていて、でも誠実さが伝わる声色だからこそ、スッとキャッチできるものがあるように思います。

全体的に、ポストceroの都会の情景があるのもロック・リスナー的には嬉しいポイントです。日本語ラップ(この言い方も大概古いですか?)に明るくない私のようなリスナーでも乗っかれるフックになっていてね。その中にも、ダンサブルながらコーラスのメロディも光る“To B (feat. Kingo)”、Kendrick Lamarリスペクトがそこここに感じられる厳粛な“Clouds”、ハウスの跳ねたフレーバーと女性ヴォーカルの淑やかさのコントラストが美しい“さかさま (feat. 北村蕗”(一時の宇多田ヒカルかと思いましたよ)、それぞれの楽曲もたいへん粒揃い。ほどよくメロディアスなのも、作品の軽やかさをそっと後押ししているような印象で素敵だと思います。

過去に聴いた国産ヒップホップの中でも、本作はすでに指折りのフェイバリットになっています。軽やかな作風に加えて30分足らずというコンパクトさもついついリピートしたくなるし、リリックもぐっとくるものがあるんですよね。もしこのレビューで興味を持った方がいれば、本作に関して、そしてDUCK HOUSE脱退に関してSOMAOTA本人が綴ったnoteもあるのでそちらもよければ読んでみてください。彼のその他のプロジェクトについても言及されているので、digにも重宝すると思います。

DUCK HOUSE 脱退について/『家鴨の手帖』編集後記|SOMAOTA
DUCK HOUSE脱退について、そして6月10日にリリースしたDUCK HOUSE&SOMAOTAの新しいアルバム『家鴨の手帖』について改めて自分の言葉でまとめておこうと思います。 まず最初に伝えたいのは、今回の脱退は決してネガティブなものではないということです。むしろ、お互いがそれぞれの場所でしっかり羽ばたいてい...

“Potpourri”/Debit

今月のエレクトロニカはまずこれを。メキシコにルーツを持つプロデューサーDebit“Potpourri”。これは今年聴いた中でもトップクラスに踊れるアルバムです。ただし、それとは別にトップクラスにハードなアルバムでもあります。音の圧力がとんでもなくて、踊ることを強制されている、さながらディストピア世界のクラブ・シーンを連想させられるインパクト抜群のテクノでした。

メキシコ・ルーツということで、ビートの基軸にはラテンのエッセンスを感じられはします。“telosico”なんかが分かりよいかな。00’s末のメキシコで成立したトライバル・グアラチェロというエレクトロ・ミュージックのスタイルがあるそうなんですが、本作はそこにさらにハードコアなテクノをなみなみと注ぎ入れ、独特の跳ねたリズムをこれでもかと獰猛に暴れさせています“2placesatonce”という楽曲ではコンガのような打楽器がフィジカルなサウンドを聴かせてくれますが、逆に言うと楽器らしい音はここくらい。後はインダストリアルな硬さのあるサウンドがそれはもう縦横無尽にのたうち回っています。

で、さっき書いたディストピアのクラブっていうのはビートやテクスチャの硬さだけにとどまらず。ここまでビートを強調して踊ることを要求しておきながら、本作が聴き手に許容するスペースはあまりに狭いんです。四方八方を冷たい金属の壁に取り囲まれ、その中を残響が容赦なく跳ね続けている。この息苦しさから逃れるためには、我々はビートになんとかしがみつき体を揺らし続けるほかありません。なんて乱暴な……ただ、音像から想像されるほどにはリスニング体験としてへヴィでもないんですよね。それはきっと、ビートにしがみつくがために、すごくピントを合わせやすいアルバムに仕上がっているからなんでしょう。

それに、作品の総合的な色合いはモノトーンですけど、ビートはかなり手を替え品を替え、こちらの意表を突いてきますからね。そこで退屈さや単調さもしっかり拒絶できていて、サウンドのインパクトの一発芸みたいなことにもなっていません。テクノやハウスはつまるところディスコの変異体、要するにダンス・ミュージックでありブラック・ミュージックなんだという、そこのところを理解するにはもってこいの作品かもしれませんね。エレクトロが苦手って方には、まあ正直オススメはできませんが……

“The Shell”/Martin Brugger

続いてもエレクトロ方面から。Squamaというレーベルの主宰でもありますMartin Brugger、ソロ名義としては2020年の”Music For Video Stores”以来となる1枚“The Shell”です。さっきのバッチバチのテクノとは打って変わって、こちらはアンビエント的なアプローチの1枚ですのでどうぞご安心を。とはいえ、これはこれで掴みにくいアルバムだとは思うんですが。

柔らかな陽光のようなエレクトロとアコースティック・ギターの調べに満たされた音像ではあるんですが、“Knees, Hands, Shoulders, Teeth”では遥か遠くの工場地帯からの喧騒のように無機的なビートが流れていますし、“Thick Of The Fray”でも同様の異物感をうっすらと纏っています。かと思えば“Wounded Dove”では一転して子供たちの無邪気な騒がしさが聴こえてくるし、“I Can Really Stand A Good Deal”では涼やかな鈴?あるいは氷の鳴る音?であるとか、些細な生活音が収められていてね。テクスチャとしては正反対なこれらに共通して言えるのは、元来気に留めるまでもない単なる「音」であるということ。

それらをあるがまま、音として漂わせる。それこそ Brian Enoが提唱した「アンビエント・ミュージック」に忠実なそれではないでしょうか。しかしながら総じて、聴いている我々と環境音の間には明確な壁があります。その音を知覚し理解するための意識という壁が。その意識のメタファーとして、本作の根幹を担うアコースティック・サウンドがあるのではないか?そんな考察を思わずしたくなりました。ただその線でいくと、環境音を取り入れず、流麗なストリングスの反復によってメロディを強く主張した“White About The Gills”がどうにも紐解けない。これはこれでいいトラックなんですけど、あまりに異質でね……

続く“Malachite”もかなり直接的な電子音の反復から始まるので、ここから急ハンドルを切るのかと思いきや、ほどなくしてアコースティック・ギター主体に切り替わり小鳥の囀りも遠くから聴こえてきて、トータルの作風へと回帰しますからね。なまじよく練られた作品ですし、情報量そのものは多くないだけにいろいろ勘繰ってしまいます。その勘繰りも含めてついついリピートしてしまう、さりげないようで実は相当こちらの読解を要求する魔性の名作でもあるのかなと。

“Papercut”/Imani Imani

Kendrick Lamarが設立したレーベルでありますpgLangからのリリースです。Imani Imaniの1st “Papercut”。このレーベル、名前自体は知っていたんですが、Lamar本人とせいぜいBaby Keemくらいしかリリースがなかったので、いくらKendrick Lamarといえどもそのネーム・バリューで受け止め方を曲げないようにと心がけて聴きました。その結果ここで紹介しているんですから、内容も申し分なしです。

それこそLamarの関連人物というところで、SZAを連想させられましたね。悩ましげに、そしてサウンド全体にナチュラルに寄り添ってみせるタイプのヴォーカリゼーションを得意としています。で、その寄り添うサウンドというのが興味深い。骨格になっているのは10’s以降のコンテンポラリーなそれなんですけど、低音域がガランと空洞になっている印象を受けるんですよ。“Come Together”とか顕著ですよね、ベースが鳴ってこそいるものの、リズムに絡みにいくパーカッション的な役割が大きいですし、そもそも音程として高い位置を移動しているので、通常ベースのもたらす効果と比較するとすごく軽い。10’s以降のコンテンポラリーなR&Bが骨格とは書きましたけど、それと同時にこの軽さには00’sの商業ベースのR&Bみたいなノリもある気がしてきます。

もちろんディープなR&Bらしいトラックもありまして、例えば“On Demand”から“You’re Mine”の流れが該当するんですが、でもこれにしたってベースの存在感が薄い。彼女の歌いっぷりや上物の装飾の仕方でR&Bに仕立てているだけで、グルーヴってものはあまり感じられませんからね。しかもリズミカルなヴォーカルがそこに合わさることで、ますますエアリーな質感を獲得しています。この印象、一聴すると自然なようで、でもよくよく考えると類似例が思いつかないという、なんとも不思議なオリジナリティがあるんですよ。まして、リッチなピアノを従えた“Snatch”やアコースティック・ギターの伴奏で歌い上げるSSWスタイルの“Mindgames”と、歌モノとしての面白さも十分。

近くアップ予定の7月編~8月編でも、かなり面白いR&B系統の作品は扱うことになるかと思うんですが、その中で比較したってなんら遜色ない、素晴らしい1枚だったことは間違いありません。プロダクションの興味深さという点では、むしろ先頭に立っているとすら感じますね。それに本作は局所的であれ話題にはなっていそうなので、これを機にpgLangがニューカマーの発掘に力を入れてくれると嬉しかったりもするんですが……その辺の動向も含めて、今後要チェックな気がしています。

“Somewhere Good”/Tara Clerkin Trio

7月といえばフジロック、そして今年のフジロックといえばMassive Attack。みんながみんなMassive Attackの音楽そのものに言及していたかと聞かれると怪しいんですが(あんまり言うと頭のいい人に怒られそうなのでこのくらいの表現にしておきます)、なんにせよたいへんにブリストル・サウンドが思い出された夏でした。そこにうってつけの新譜がこちらですね、ブリストル・ベースのグループ、Tara Clerkin Trio“Somewhere Good”

“Silently”という楽曲が分かりやすいかなと思うんですが、神聖なクワイアや柔らかく明滅するシンセサイザー、凛としたヴォーカルとそこに寄り添うアコースティック・ギターといった具合に、かなり人の手の質感を感じられるサウンドです。それこそMassive AttackやPortisheadのようなアーティストにある、淡々とした寒色のイメージとは少し乖離があると思われるかもしれませんね。ただ、この楽曲の本質はドラムにあるんですよ。メロディが退場しピアノを主体としたセクションに入って以降の、徐々にゴーストノートが増えて圧力を増してゆく緊張感たるや。サウンドそのものの明度や温度感こそ違えど、紛れもなくブリストルの伝統を汲んだ表現だとは思いませんか?

その点を踏まえて、本作の面白さは「揺らぎ」にあると感じますね。サンプリング・ミュージックらしい素材の継ぎ接ぎにしてもそうだし、ブリストル・シーンにおいて重要な要素を占めるダブの幻惑的な音像、アンビエント的な曖昧さ、ジャズのインプロビゼーションがもたらす展開の不透明さ、それらが作品の中で不意に顔を見せますから。加えて、さっき触れた人の手の質感もここに寄与していそうですし、ありとあらゆる音楽的成分のうち最も揺らぎやすいもの、すなわち肉声の存在感が大きい。この作品って結構ちゃんとメロディアスなんですよ。さっきの”Silently”や、“Slow Island”なんて楽曲ではしっかりヴォーカルが主役になっています。

トリップ・ホップって、シューゲイズと並びこの10年くらいでかなり急速に再評価がなされている分野だと思うんですよ。新譜を聴いていてもその影響はいろんなところで感じられるんですが、総本山であるブリストルでここまで興味深い再解釈/再構築が進んでいるとは知りませんでした。Massive Attackでひとしきり盛り上がった後ですし、せっかくならブリストルの今に本作で触れてみるのも面白いんじゃないかと思います。

“友達がいました”/Trooper Salute

2024年の音源デビュー早々に早耳のリスナーから評価され、あれよあれよと期待のホープへと上り詰めたTrooper Salute。ただフルレングスのアルバムを出してなかったので、個人的な評価は一旦見送っていました。そこへ満を持してリリースされた“友達がいました”。いやぁ、仕上がってますね。ここまでちゃんとした名盤を1stの段階で提示してくる隙のなさ、素晴らしいです。

最初は、これまでのキラーチューンにあった歌謡のあざとさや意図的なレトロ感、これをアルバムというサイズ感でどう扱うのかが気になっていたんですよ。“冷たいマーメイド”“野菜生活”のような曲を小1時間続けちゃうと流石に胸焼けしそうだったので。ただ、本作ではそのテイストを上手く薄めることに成功しています。この薄めるというのが肝心で、“よだか”“悪知恵”なんかではしっかり感じられるニュアンスなんですよ。それをシリアスなバンド・ミュージックとしての強度で中和して、より普遍的な歌心へと昇華させている。そんな印象を受けました。初っ端の“ドップラー”の歌いっぷりの時点で、これまでとは一味違うのが明らかですもんね。

そう、このオープナーとして適切すぎる”ドップラー”についても言えるんですが、本作は楽曲の配置や展開も実によく練られている気がしていてね。椎名林檎の”罪と罰”を彷彿とさせる情念的な“埒”、そのおどろおどろしさをスパッと切り上げる“スローイン”の爽やかなイントロというコントラストなんて魅力的ですよ。バラエティ豊かな前半がちょうどEPくらいの尺なのもあって、ここから先のカードの切り方がイメージできてなかったところにドンピシャの振れ幅を当ててくる。そつがなさすぎてちょっと怖いくらいです。それでいうと、「今からフィナーレいきまっせ〜」と言わんばかりの幕間“ユートピア”もいい仕事ぶり。この一呼吸の置き方、名盤あるあるですよね。最近だとkurayamisakaもこういう展開ありましたし。

そんでもって、その一呼吸を活かす表題曲“友達がいました”“成れの果て”。うーん、巧いもんです。巧妙すぎてインディー・バンドの1stらしさがないというのが強いて挙げれば欠点なんですけど、こんなの筋違いも甚だしいですからね。メロディ主体のポップな作風からの転換も以前から温めていたアイデアらしく、この先にどんな隠し玉があるのかも含めてすごく楽しみです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました