さあ、続けざまに「5枚de入門!」シリーズのソウル/R&B編、やっていきますよ。前回の60’s編も是非あわせてご覧ください。シリーズ全体のバックナンバーは
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さて、今回は順当に70’sの作品を扱っていく訳ですが……ごめんなさい、70’sというわずか10年すら、5枚でまとめきることができませんでした。だって仕方ないんですよ、聴かれるべき名盤があまりに多すぎる。
似たような企画だと↓のポストなんかもあるんですが、
こっちは「70年代」という、なまじっか括りが巨大な分「もうこのアーティストにこのジャンルは全部任せるか」みたいなアバウトさが許されたんですよ。あくまで私の矜持の上では、ですが。ただ、今回のように「ソウル/R&B」という限定的な領域にもなるとそうは問屋が卸さない。
ということで、今回は70’sのソウル/R&Bをさらに細かく区切ってこんなテーマでいきます。ズバリ、ニュー・ソウルの名盤5選。
ニュー・ソウルとはなんぞや?というのは、
こっちで既に解説済みです。ジャンルとしての性質だったり歴史的な意味合いだったりはそちらで理解してもらえると。ポストが増えてくると過去の投稿の引用で話が済んで楽でいいですな。
今回はより音楽的に、あくまでアルバム作品にフォーカスしてこのニュー・ソウルへの入門を目指していきましょう。それでは参ります。
① “What’s Going On”/Marvin Gaye (1971)
ニュー・ソウル入門なんて偉そうな看板掲げといて、これをいの一番にレコメンドしないってのは噴飯ものでしょう。ブラック・ミュージック全般においても最高の作品と絶賛される、マーヴィン・ゲイの“What’s Going On”です。
先ほど紹介したニュー・ソウルの歴史概論でも取り上げた1枚ですけど、音楽史的に評価するならば「史上初の、アルバム単位で聴くべきソウル・ミュージック」ってな具合でしょうか。Pt.1で取り上げた作品も勿論素晴らしいんですけど、時代性もあって「楽曲集」としての意味合いが強いんです。
ただ、この”What’s Going On”はそうじゃない。しっかりとコンセプト・アルバムとして、トータリティを意識した練られ方が施されています。それは当時のアメリカに横たわる数々の問題を取り上げた歌詞にも言えるんですが、サウンドの統一感にしてもそう。すごくシリアスで、そしてスピリチュアルな厳かさが通底しているでしょ?表現物としてのアルバムの強度ならば、ハッキリ言って60’sの名盤とは比較にならないレベルです。
そしてまたゲイの歌唱ときたら絶品で。何しろ60’sにはモータウンのアイドルだった訳ですから、甘い歌声には既に定評があったんですが、そこに作品像に寄り添う内向性、まるで神に祈るかのような誠実さが追加されているのが信じられない神業です。神への祈りというのはゴスペルにも通ずるスタイルですが、本作で聴けるのはもっと切実で、人間的な生々しさと神々しさの共存とも言える代物ですから。
あのローリング・ストーン誌が「史上最も偉大なアルバム」に選出しただけのことはある、ポピュラー音楽の歴史にとっても極めて重要な作品。それが”What’s Going On”なんです。もうこの際ソウル/R&Bと言わず、音楽ファンならば漏れなくマストの名盤。この言葉がこれっぽっちも大袈裟にならない、ド級のクラシックですね。
② “Songs In The Key Of Life”/Stevie Wonder (1976)
で、M・ゲイに触れたんであれば当然お次はスティーヴィー・ワンダーなんですが……ポール・マッカートニーやブライアン・ウィルソンに並ぶ、完全無欠の作曲家である彼の作品からどれか1つというのがかなりの無理難題でね。ただ、その完全無欠さにあえて立ち向かうならばこれでしょう。1976年の“Songs In The Key Of Life”です。
“Talking Book”、“Innervisions”、“First Finale”という、そんじょそこらのアーティストならば最高傑作になって何らおかしくない大名作を立て続けに発表した、脂乗りまくりの表現力がピークに達したのがこの作品です。何しろLP2枚組にすら収まりきらない、全21曲、1時間45分にも及ぶ超大作ですからね。
あくまで「入門」が目的のシリーズですから、できるだけとっつきにくさのある作品は除外してはいるんです。そういう意味では、本作のボリューム感はちょっと手を出しにくいかもしれない。しかしご安心を、このアルバムの収録曲は、一つの漏れもなくどれも途方もない傑作です。いい曲しかないアルバムなんですから、ベスト盤的に気軽に打ちのめされてくださいよ。
この広大な名曲集の中での彼の表現の振れ幅というのが恐ろしくてですね。“Isn’t She Lovely”の人懐っこさに“I Wish”の渋いファンクネス、“Sir Duke”の弾けるポップ・センスから“Saturn”の壮大さまで、既存のソウルにあったキャラクターというのは本作がほぼほぼ網羅しています。天才スティーヴィー・ワンダー、ここに極まれり。そう表現する他ない圧巻の作曲です。
当然のようにグラミー賞も総なめ、チャート上でも大成功、後続のアーティストからの支持も絶大……と、どの文脈から語っても最高の名盤と言える数少ない作品ですね。ソウル/R&Bの分野における最大の才能、それを余すことなく堪能できるリッチなアルバムです。
③ “Superfly”/Curtis Mayfield (1972)
カーティス・メイフィールドもニュー・ソウルであれば必聴のアーティストですね。ジ・インプレッションズのメンバーとして60’sから活躍し、ニュー・ソウルによるブラック・ミュージックの高揚にも迅速に反応した才人です。ソロ1stの“Curtis”も捨て難いんですが、無難さが売りの企画ですからここは“Superfly”をチョイス。
M・ゲイにしろS・ワンダーにしろ、彼らってモータウン出身なのでポップスとしてのR&Bが強く主張されるんですよ。ただメイフィールドに関しては、もっと濃密なブラックネス、それこそファンク的にも楽しめる聴き味が特長でしょうか。パーカッシヴなリズムにしてもそうだし、メイフィールド自身が演奏する絶妙なギターのフィーリングにしてもね。
しかもただのファンクじゃなくて、嫋やかな甘さもしっかりと表現している。いわば硬さと柔らかさの共存、そこのところのバランス感覚がこのアルバムの面白い部分でね。“Freddie’s Dead”に顕著なんですけど、優美なストリングスやメロウに歌い上げる歌唱と、跳ねるようなビートとワウ・ギターが違和感なく同居しているでしょ?これができるアーティスト、偉大なるソウルの歴史を見渡しても決して多くありません。
史上最高峰のシンガーであるM・ゲイや天才ソングライターのS・ワンダーと比較した時、どうしてもメロディの部分では弱い作品ではあります。ただこれも理解してほしいんですけど、ソウル/R&Bってともすると旋律以上にグルーヴが重要なエッセンスですから。それを知る上ではこの作品って絶好なんですね。表題曲“Superfly”の演奏なんて、もうお手本のような隙のなさ。この当意即妙の心地よさを掴み取れれば、ブラック・ミュージックへの解像度はグッと上がるでしょうから。
ギタリストとしてのカーティス・メイフィールドを知る上でも面白いプレイが沢山ありますし、単にポップスとしてだけでない、多角的な楽しみ方ができる1枚じゃないでしょうか。しかもどの角度から楽しんでもブラック・ミュージックの真髄が味わえるというお得っぷりですよ。
④ “Live”/Donny Hathaway (1972)
順当に「ニュー・ソウル四天王」を追いかけてきた構成からして、彼も当然通っておくべきでしょうね。ダニー・ハサウェイからはライブ・アルバムの金字塔としても名高い“Live”です。日本でかなり支持の厚い1枚という印象もありますね。
それこそC・メイフィールドと比較してもらえるとわかりやすいんですが、実に上品で流麗なR&Bアルバムですよね。ライブ・アルバム特有の臨場感というものも当然本作の魅力ではあるんですが、それ以上に伸びやかでソフトなテイストが目立ちます。そこにはやはり、ダニー・ハサウェイのソウルフルかつ気品のある歌声が貢献しているんですが。
何しろアルバムのオープニング、先ほど紹介したM・ゲイの“What’s Going On”の表題曲のカバーですからね。まったく同じニュー・ソウルのフィールドから、このジャンルにおける最高の楽曲に挑むというのがかなりチャレンジングなんですが、ゲイのそれとも違う包容力のある歌唱がオリジナルにない魅力を生んでいます。
他のカバーも聴きもの揃いで、親密なシンガロングも巻き起こる“You’ve Got A Friend”に、まさかのジョン・レノンの“Jealous Guy”のソウル・アレンジ。こういうソウル/R&Bの外側の楽曲を、見事な演奏と歌唱によってソウル・クラシックのように仕立ててみせるんですから驚きです。こういうスウィートで、それでいて情熱的な表現ってとってもニュー・ソウル的ですね。
オリジナルだって“The Ghetto”という彼の代表曲を収録していて、この”The Ghetto”のテイクがまた素晴らしいんですよ。バック・バンドのソロ回しが聴きどころなんですけど、どれも緊張感と理知的な冷静さに溢れた名演でね。稀代のシンガー、D・ハサウェイの存在感に頼らない、グルーヴを中心としたソウルの傑作としても触れていただきたい作品です。
⑤ “Killing Me Softly”/Roberta Flack (1972)
「四天王」を抑えた後の残る1枠というのがなかなか難しいんですが、ニュー・ソウル特有の質感を上手く掴んだ作品ということでこれでいきます。女性アーティスト、ロバータ・フラックの2nd、“Killing Me Softly”。
彼女の音楽性の特長としては、ソウル/R&Bを下敷きにしつつもジャズやクラシックの素養を織り交ぜた優雅で繊細なブラックネスでしょうね。さっきのダニー・ハサウェイにも通ずる知的なブラック・ミュージック。そこに女性的な曲線美とでも表現できる柔らかさがあるのがなお素晴らしい。実際この2人は親交も厚く、連名でのコラボレート・アルバムも発表してるんですけど。
その知的さや優美さというのは、アルバムの開幕を飾る表題曲、“Killing Me Softly With His Song”を聴いていただければたちどころに理解できる部分。オリジナルはロリ・リーバーマンというシンガーなんですが、今日ではフラックのバージョンが最も高名でしょうね。磨き上げた絹のように滑らかなサウンドに優しく包み込むハーモニー、どれをとっても格調高く、ある意味では原始的な才能の迸りだった60’sソウルとの決定的な違いを感じさせます。
楽曲としてはオープニングがハイライトな感も正直あるんですけど、そこで提示されるムードが持続するのが実に名盤らしいんですよ。楽曲によってはR&Bの色が濃かったり、あるいはジョニ・ミッチェルのようなSSWのタッチを表現したり(L・コーエンの“Suzanne”収録というのがわかりやすいですよね)、そういう奥行きはあるんですが、あくまできめ細かなブラック・ミュージックの知性を軸にした1枚なんです。
いわば、すごく大人びたアルバムだと思うんですよね。振り切ってキャッチーということもなく、躍動感に溢れるということもなく。それこそジャズからの影響なのかと思うんですけど、静謐な情緒がたっぷりと表現されている作品で。そういう表情がソウルに表れたのって、やっぱりニュー・ソウルによる黒人音楽の深化の軌跡あってのことだと思います。
まとめ
さて、今回の「5枚de入門!」、以上のラインナップでお届けしました。
この辺りになると名盤ランキングなんかでも結構常連というか、もうジャンル関係なくマストの作品揃いという感じですね。そうなるだけの充実と歴史的意義のある作品群ということなんですけど。
ただ、今回のようにあくまでソウル/R&Bへの入門、そのための第一歩として、ある意味では狭い視野でこれらの作品に立ち向かうのもそれはそれで一興だと思います。その分隅々まで見渡すことができるというか、ブラック・ミュージックへの態度をしっかりと準備して臨めるという点においてね。
まだまだこのシリーズは継続予定なんですけど、次回はそうですね……ニュー・ソウルだけでは拾い切れない70’sソウルの名盤、いわば本稿の補遺となるような内容になるでしょうか。どういうチョイスをするかまったく未定ですけど、どうぞお楽しみに。それでは今回はこの辺りで。
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