
今回は久しぶりの「5枚de入門!」シリーズ、やっていきましょう。この企画割と気に入ってるんですが、新譜レコメンドやったり諸々のランキングやったりで2年くらいご無沙汰してましたからね。過去の「5枚de入門!」シリーズは↓からご覧ください。
企画名でなんとなく察してもらえるかとは思うんですが、念のため趣旨の説明を。「5枚de入門」シリーズは、特定の音楽ジャンルに対して「とりあえずこの5枚聴けばどんな感じか分かると思うんですが如何でございましょう?」とお伺いを立てる、たいへんに媚びたオープンなものとなっております。それゆえ定番中の定番を正々堂々と紹介できるので楽しいんですよね。
で、今回入門を目指すジャンルは「残響系」。国産音楽を扱うのは「渋谷系」に続いて二度目ですね。
何故2025年に「残響系」を?と、数日前までなら言われたんでしょう。しかし多くの音楽ファンならば、今この企画を掲げる理由は分かっていただけるかと思います。ええ、the cabsの再結成ですよ!
正直言って、去年のOasis以上の衝撃でしたね。あっちは再結成するピースが揃ってはいて、あとは2人の気持ち次第というところでしたけど、the cabsに関しては解散の経緯(ツアー中に突然メンバーが失踪、そのままツアーを中止しバンドも崩壊)を考えてもあり得ない話だと思っていたので。
しかも、再結成が突如発表されてからというもの、ほうぼうから感極まったコメントが飛び交っているという現状ですよ。しかもリアルタイムのファンに加え、アーティスト/リスナー問わず現行シーンの中にいる人たちからも。申し訳ないですが、the cabsなんて解散するまでずっと「知る人ぞ知る」バンドだった訳ですから、ここまで騒がれるとは思いませんでした。
それはやっぱり、the cabs、そして「残響系」の影響がしっかりと後続のバンドに継承されたからこそ。ナンバーガールと同じような現象ですね。であれば、そこのところを今一度チェックしておきたい訳です。「なんかthe cabsが話題だけど、KEYTALKの人のバンドでしょ?」なんてリスナーも、もしかしたらいるでしょうしね。
おっと、導入が長くなりすぎました。申し訳ありませんがもう少し前口上にお付き合いください。次のチャプターで「残響系」とはなんぞや?というところを解説してから、実際の作品を紹介していきます。それではどうぞ。
「残響系」とは?
実際に作品に触れる前に、事前情報として「残響系」について整理しておきましょう。シーンが盛り上がっていた当時ならいざ知らず、言葉だけが一人歩きしている感も否めないですからね。
大まかに定義しておくと、「残響系」とは「ポスト・ロックやマス・ロック、ポスト・ハードコアに影響を受けた、2000年代後半〜2010年代前半に活躍したバンド群の総称」という感じでしょうか。このシーンを構成したバンドの多くがインディー・レーベル「残響レコード」と縁があったことから、「残響系」と呼ばれています。
で、ここでまたややこしいジャンル名がいくつか出てきましたね。ロックも21世紀になるとたいがい細分化されてしまって、カテゴリが膨大ですから。私の感覚的な表現で説明してしまうと、ポスト・ロックは「なんか難しいロック」、マス・ロックは「なんかややこしいロック」、ポスト・ハードコアは「なんかうるさいロック」、こんな感じかな。総じて、「なんか変なことしてるロック」です。
……このジャンルを愛好する方に本気で怒られそうな説明で申し訳ないんですが、とにかくここで伝えておきたいのは「残響系」はメジャー・シーンではウケなさそうなことをやっていたということ。実際の音楽から受ける印象は、それこそこの後で紹介する作品聴いて判断してくださいよ。
ただ、これがただのインディー・バンドの刹那的な盛り上がりとして片付けていいかというとそうではない。この時代の国産ロック・シーンというと、ポストBUMP OF CHICKENのバンドであったり、青春パンクのバンドであったりが活躍しています。これらって、リスナーとの距離が近いんですよ。
そこまで踏み込まれたくはない、音楽の中にも自身の中にも孤立した世界を求めたいリスナーにとって、これってちょっと窮屈だったと思います。そんな中で、「なんか変なことしてる」バンドが水面下で蠢いているとなるとカウンターとしては最適じゃないですか。そういう訳で、「残響系」はセールス的に成功することはなくとも一部リスナーからの厚い支持を受けるに至ります。
ただ、2010年代にロック・フェスティバルがフォーマットとして定着して以降、この「なんか変なことしてる」バンド達は注目の機会をどんどん失っていきます。ただでさえマイナーなのに。仕方ありませんよ、一体感万歳!シンガロング万歳!というイベントでいきなり変拍子やられてもノレませんから。
そんな中でも9mm Parabellum Bulletや凛として時雨はメジャー・シーンで成功したり、People In The Boxやcinema staffがアニメ・タイアップでフック・アップされたり、爪痕は確かに残してはいるんです。それに、「残響系」の特徴の1つでもある「テクニカルなギターの単音リフ」は、そこにフェス文化を前提にした4つ打ちのビートを組み合わせることで10’s国産ロックのトレンドになってもいきます。ゲスの極み乙女。とかフレデリックとか、その辺ですね。
なのでものすごく乱暴で恣意的な話をしてしまえば、あの『ライラック』だってポスト「残響系」と言っていいんです。いや、流石にダメか?まあまあ、ともかく後続のシーンにも確かに影響を与えた、国産ロックにおける無視できない用語として「残響系」というものがあり、だからこそthe cabsは10年以上沈黙していたのにこれほど歓迎されている、そんな感じです。
『一番はじめの出来事』/the cabs (2011)

さあ、いよいよここからは「残響系」入門のための5枚のアルバムを紹介していきます。そして当然、トップバッターはthe cabs。正直言って彼らのカタログ3枚はどれも甲乙つけ難いんですが、今回は記念すべき1st EP『一番はじめの出来事』を取り上げましょうか。
リリースは2011年と残響レコードのレーベル・メイトの中ではやや遅い時期の作品なんですが、バンド自体は2006年から活動していますからね。この時点でthe cabsの音像は確立されています。その苛烈さから「爆撃機」とまで評された中村一太のドラム、高橋國光の繊細さと激情を併せ持つギター、首藤義勝の柔らかく浮遊するヴォーカル……三位一体によるマス・ロックは、これぞ「残響系」と言うべき隙のなさです。
中村のドラムと高橋のシャウトに顕著なブルータルな側面と、首藤の歌声やギターのアルペジオ、あるいはその詩世界が構築するドリーミーな表現性、その両立が実に見事でね。クロージングの『九月は讃美歌による』が一番分かりやすいと思うんですけど、両方を孕んだ危うさで前のめりに展開し続けるスリルったらないです。それに代表曲の1つ『二月の兵隊』から『僕たちに明日はない』にかけて聴けるメロウなメロディ・センスだって、文句なく素晴らしいじゃないですか。
ポスト・ロックがどうだマス・ロックがどうだという話をしてしまうと、ちょっととっつきにくい印象もあるかとは思うんですが、the cabsは決して聴きにくいバンドではないと思うんですよね。前述のメロディやエモーショナルなサウンドスケープは、実のところ国産オルタナの芯を貫いていますから。そしてそのうえで溢れ出んばかりの独創性、いやぁいいバンドだ。「残響系」最初の1枚として申し分ない作品です。
『それは、鳴り響く世界から現実的な音を「歌」おうとする思考。』/te’ (2007)

今回の投稿の趣旨がthe cabs再結成を祝ってのものなので一番手は譲りましたが、「残響系」を語るなら本来このバンドが真っ先に来るべきでしょう。残業レコードの主宰であるkono(河野章宏)率いるインストゥルメンタル・バンド、te’です。今回は2ndの『それは、鳴り響く世界から現実的な音を「歌」おうとする思考。』を紹介しましょう。
観念的で長大なアルバム・タイトル(アルバム名が29文字、楽曲名が30文字なのはte’のキャリアで遵守されているものです)も如何にもなんですが、やはりサウンドもこれぞ「残響系」という内容ですね。緻密なドラムを軸にアンサンブルを組み立てて、思いの外寡黙なギターが美しくも緊迫した世界観を肉づけし、ベースがそこの橋渡しを上手くしてやる。インスト・バンドのお手本のような構造だと思います。
日本の音楽は「歌」の文化である、というのは私の持論ですが、そうなると口ずさみたくなるメロディも心に残るリリックもないインストゥルメンタルってどうしたって敬遠されがちです。そんな中でこのアルバムは、te’のカタログで最も雄弁なものなんですよ。静と動のコントラストも1つの要因ではあるでしょうが、やはりギターの寡黙さの作用も大きいのかなと思います。輪郭がくっきりしているからこそ、そこに情緒が乗っかってくるんですよね。
それにオープナーの『如何に強大な精神や力といえども知性なくしては『無』に等しい。』はthe cabsライクな激烈さがあり、クリーンなギター・サウンドはこの後紹介するバンドとも関連してくる印象もあります。「残響系」の震源地なだけあって、色んなバンドとの紐付けが可能なんですよね。つまり「残響系」入門には最適な訳ですから、インストというところに二の足を踏むことなく、是非聴いていただきたい作品です。
『Family Record』/People In The Box (2010)

個人的な体験に基づくと、「残響系」と言えばthe cabsでもte’でもなく真っ先に思いつくのがこのPeople In The Box。抽象的ロック・オペラとでも言うべき前作『Ghost Apple』もかなり愛着のある作品なんですが、あくまで入門としてベタにいくならばこの『Family Record』でしょう。
「残響系」の持つ抒情性、そこのところをよく表した作品じゃないでしょうか。ギターのアルペジオを主体にして、サウンド全体に空白が目立つような構成になっています。その中を絶妙に虚無的な波多野裕文の歌声と詩情が満たしていき、ノスタルジックでファンタジック、そしてシュールな世界観を構築していくんですね。サウンドそのものではなく、総体としてのミステリアスさで聴かせるタイプとでも言いましょうか。
この総体としてのミステリアスさというのは、アルバムのコンセプトからも見えてくる部分ですね。それぞれの楽曲には世界各地の都市名が冠せられ、現実とフィクションを不思議な距離感でリンクさせています。その中でも『旧市街』と『新市街』というひときわ曖昧な名前の楽曲名がアルバムの核を担い、そして最後には『どこでもないところ』で結ぶ。そこにどうした意図があるかまでは読み解けないんですが、アルバムとしてのストーリーを作るのが上手いんだな。
さらには今名前を出した『旧市街』はキャリア・ハイと言ってもいい名曲で、楽曲レベルでの冴えに関してもかなりハイ・クオリティ。「the cabs聴いてみたけどアグレッシヴすぎてちょっと……」なんて方があれば、是非『Family Record』に触れてみてほしいですね。キャッチー……とは言わないですが、柔らかい輪郭に滲む狂気みたいなものを感じられる1枚ですから。
『動物の身体』/ハイスイノナサ (2012)

ここまでに見てきた3作品のように、「残響系」はギター・オルタナティヴという巨大な括りの中で語れるものが多いのは事実ではあります。でも国産ポスト・ロック/マス・ロックの一派として捉えるならば、キーボードを主体としたハイスイノナサにだって注目すべきなんですよね。今回は1stフル『動物の身体』を紹介します。
今書いたように、本作のサウンドの軸となるのはキーボード。音楽性の上でもエレクトロニカに影響を受けている、クリーンなサウンドスケープが特徴です。混沌とした激情が云々というのをJ-Rockの文脈では取り上げたくなるんですけど、でもポスト・ロックとして取り上げるなら、こういう真冬の早朝を連想させる冷たく澄み切ったサウンドの方が正統派にも思えてきませんか?
個人的には中盤の『波の始まり』から『水の形、面の終わり』の展開がグッときますね。表面的には淡々とした印象ではあるものの、霞のようなヴォーカルの美しさやキーボードの細やかな彩色が小刻みに起伏を与えていて、思わず唸らされますから。『水の形、面の終わり』に関しては、リズムの複雑性という意味で「残響系」らしさを表現できてもいます。続く『logos』の前半部でしっかりギター・オルタナティヴな方向に進むのが、安心感もありつつかえって異質にすら聴こえるくらいです。
ハイスイノナサはいかんせん埋もれがちと言いますか。活動時期がやや遅めということもあって話題に挙がることも少なく、今回取り上げるバンドの中では最もマイナーな存在だと思います。ただ間違いなくいいバンドだし、「残響系」のレンジを知るためにも必要なピースですからね。この機会に是非。
『just A moment』/凛として時雨 (2009)

最後に紹介するのが凛として時雨のメジャー1st『just A moment』。「残響系」と称されるバンドの中では最もメジャー・シーンで成功した存在なんじゃないかな。もっとも、彼らは残響レコードに在籍してはいなかったんですが。今回は残響レコードの入門ではなく「残響系」の入門が目的なので、そうなると凛として時雨はマストです。
凛として時雨はインディーズの3作品がポスト・ハードコア的にエクストリームで、そこからキャリアを重ねるにつれ洗練されてマイルドになっていくんですよ。その中でこの『just A moment』は、バランスが上手く取れている印象です。TKと345が展開する切り裂かんばかりのハイ・トーン・ヴォーカルと情報過多なバンド・アンサンブルをベースにしつつ、音楽的なバラエティにも富んでいて。
キャリア屈指のキラー・チューン『Telecastic fake show』がハイライトではあると思うんですが、アコースティックな『Tremolo+A』やインストゥルメンタルの『a over die』、それに『secret cm』から『moment A rhythm』での抒情性もかな、サウンドのキャラクターにばかり気を取られると気づきにくいですけどなかなか多彩な作品です。それに苛烈なことをやりつつ、実はしっかりJ-Popになっているのも面白いじゃないですか。『JPOP Xfile』なんて曲もありますし。
さっき「残響系」が10’s国産ロックのトレンドにも繋がっていくなんて話はしましたが、その導線を作ったバンドとして凛として時雨はかなり重要です。「残響系」ではないですがRADWIMPSもこの切り口で語っていいと思っていて、ロキノン系的なフックと気持ち悪さを上手く調和させていますから。今日的に「残響系」を振り返るとしても、やはり通っておきたい作品なんじゃないかと。
まとめ
さて、今回は以上の5作品で「残響系」への入門に挑戦してみました。ただ、このシリーズやる度に主張してますし、企画趣旨を根幹から揺るがしかねないんですが、5枚では足りんのです。
「9mm Parabellum Bulletはどこいった?」「cinema staffを無視すんな」「海外での支持考えたらtricotは必須だろ」、ええ、おっしゃる通りです。私だって歯痒いですよ。特に9mmなんて大好きなバンドですからね。
あくまでこれは入門、まだまだいい作品は「残響系」には沢山あるし、そこから国産ロックの色んな領域にリーチすることだってできます。是非今回の5枚を聴いて、これは!と思う作品があればそこから深掘りしていただきたいと思います。ということで、今回はこの辺りで。
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