
今回は「5枚de入門!」シリーズ、やっていきます。バックナンバーは↓からどうぞ。個人的にお気に入りのシリーズなんでページ上部の見出しにも出ていますけど、念のためね。
さあ、タイトルにもありますけど今回見ていくのはブリットポップです。イギリス贔屓な感性を持つ日本のロック・リスナーにとってはかなり大きなムーヴメントですよね。
ただ某眉毛兄弟があまりに有名で人気なもんだから、他のバンドにまで話題が及ぶ機会ってムーヴメントが沈静化して20年以上経過した現在ではそう多くないと思うんですよ。それってちょっともったいない気がしていて。
今回の企画で紹介する5枚で、ブリットポップとはなんぞや?そして何から聴けばいいんじゃ?その辺の疑問にお答えできればと思います。それでは参りましょうか。
ブリットポップ=UKロックのルネッサンス
まずはブリットポップって何なの?という大枠の話からしていきましょう。
結論から言ってしまうと、ブリットポップというのはUKロックにとってのルネッサンスなんです……これだけでは何のことやらって感じでしょうか。もう少し突っ込んで話していきますね。
1980年代後半から1990年代前半にかけて、UKロックの勢いというのはかなり衰退していました。クラブ・ミュージックがシーンを席巻し、ロックの元気がかなりなくなりつつある時代だった訳です。アメリカではHR/HMが幅を利かせていたんですけど、ほら、UKロックって基本的にジメジメしてるから。
その中からでも、クラブ・ミュージックとロックの融合を図ったザ・ストーン・ローゼズに代表されるマッドチェスターや、あるいはマイ・ブラッディ・ヴァレンタインらが先達となったシューゲイズといった面白いムーヴメントはあったんですけど、そういうカルチャーってすごくドメスティックなもので。UKロックの国際競争力は低迷する一方と言い換えてもいいです。
そんな最中アメリカではニルヴァーナが彗星の如く現れて、グランジ・ムーヴメントが発生。シーンを一変させてしまいます。こうなるといよいよ、UKロックを中心とした情勢は望むらくもなくなっているんですね。
ただ、そこでこういう価値観が生まれます。
「別にイギリスだけで楽しめるロックでもいいじゃん」
つまり、イギリスのイギリスによるイギリスのためのロック、それでいいじゃないかということです。そうして1990年代中頃、これは奇遇にもカート・コバーンの死というエポックメイキングな一件と前後する形ですが、盛り上がりを見せはじめたのがブリットポップなんですよ。
ブリットポップの音楽性として共通しているのが、「 UKロックっぽい」ということ。例えばそれはザ・ビートルズだったり、あるいはザ・フーやザ・キンクス、少し時代を下るとザ・ジャムやXTC、それに直近で言うとザ・ストーン・ローゼズ辺りも参照元になる訳ですけど、UKロックの伝統に忠実なサウンドを打ち出しています。
ただ、このシーンはどうしてもドメスティックなものなので終息も比較的早く。オアシス・フォロワーのような有象無象が溢れかえっていき、ブラーのデーモン・アルバーンが「ブリットポップは終わった」と発言し、以降音楽性としてのブリットポップは急速に衰えていく……こんな流れです。
あとこれは誤解されがちなんですけど、このブリットポップ、決して全世界的なムーヴメントではありません。隆盛の経緯からも明らかですけど、どこまでいってもイギリスのためのカルチャーなので。より具体的に言うと、ポピュラー音楽の総本山たるアメリカでの影響力はほとんどなかったんですよ。
実際この後の作品紹介でいの一番に挙げることになるオアシスですら、アメリカでのセールスはまずまずといったレベルのもので。本国イギリスや、UKロック大好き日本ではもうトップクラスの人気バンドなんですけどね。
この辺の実情、しっかりと理解すべきだと思います。アメリカのメディアが出す名盤ランキングなんかでブリットポップの陰が薄いのをやたら批判される方もたまに見かけますけど、言っちゃえばそれって宇多田ヒカルがアメリカでレジェンドじゃないのと同じような現象ですからね。
① “(What’s The Story) Morning Glory ?”/Oasis (1995)
で、こっからは作品の紹介。とりあえずこれはマストですね。というか日本のロック・ファンならとりあえず聴いている作品な気がしないでもないんですけど……ご存知ギャラガー兄弟率いるオアシスの2ndにして最高傑作、『モーニング・グローリー』です。
オアシスは1stも素晴らしいアルバムですし、オアシスのパンク精神をうかがい知るにはそっちの方がいいとも思うんですけど、音楽作品として『モーニング・グローリー』はあまりに秀でていますから。流石に「入門」に相応しいのはこっちでしょうね。
もうとにかくどの楽曲も素晴らしい。オアシスの影響元は明白にザ・ビートルズなんですけど、あのバンドのフォロワーなんてよく考えると無茶もいいとこなんですよ。ただ、このアルバムにおけるノエル・ギャラガーの作曲はかなりのレベルでザ・ビートルズに接近しています。
『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』なんて新時代の『ヘイ・ジュード』と言ってしまってもいいし(イントロは『イマジン』なんですけど)、『ワンダーウォール』はほんのり鬱屈したムードが『ラバー・ソウル』辺りのレノンっぽい。他にもサイケデリックな『シャンペイン・スーパーノヴァ』にチャーミングなアコースティック・ナンバー、『シーズ・エレクトリック』……いやあ、無敵の作曲ですよ。
今挙げたのはベスト級の名曲ですけど、脇を固める楽曲も名バイプレイヤー揃いでね。「捨て曲なし」なんて表現が本当に適切なアルバムの筆頭です。そんでもってリアム・ギャラガーの極めてジョン・レノン・ライクな歌声も最強ですから。
どこを切り取っても最高品質のロック、そんなアルバムです。当然ブリットポップ・ムーヴメントにおける最高傑作ですし、90’sのロック、いやロックの歴史全体を見渡しても有数の傑作ですね。ブリットポップ基本の「き」はこのアルバムと思ってもらって間違いないですよ。
② “Parklife”/Blur (1994)
ここまでは既定路線ですね。続いてはオアシスと双璧をなすブリットポップ・バンド、ブラーの3rdアルバム『パークライフ』です。
今でこそブリットポップの主役はオアシスですけど、実は時系列で見ていくとブリットポップの火付け役はこのアルバムなんですよね。「オアシスVSブラー」というハイプを当時のメディアは囃し立てましたけど、あの当時無敵の眉毛兄弟に対抗できる才能のあった数少ないバンドですし、その作品の素晴らしさは折り紙つきで。
音楽性の観点で言えば、『モーニング・グローリー』以上にUKロックっぽいんですよね。影響元としてはXTCが一番わかりやすいかな。つまり、英国式「捻くれたメロディ・センス」の正当後継者こそがこのアルバムです。
アルバム開幕を飾る奇妙なダンス・チューン『ガールズ・アンド・ボーイズ』や、コックニー訛りのヴォーカルが如何にもブリティッシュな表題曲(ゲスト・ヴォーカルとして『さらば青春の光』の主演俳優、フィル・ダニエルズが参加)、この辺りなんて如何にもUKロック的なヘンテコさを感じさせますよね。
それでいて『エンド・オブ・ア・センチュリー』や『トゥ・ジ・エンド』なんかでは60’s後期のレイ・デイヴィスを彷彿とさせるノスタルジックでメロディアスな成分もしっかり主張していて。そう、ザ・キンクスもブラーの重要なインスピレーションであることがこの辺りのメロディ・センスや日常風景を切り取ったなんでもない詩世界から明らかになります。
全体像としてはギター・ポップ的な作品なんですけど、しっかりとUKロックの古豪へのリスペクトを滲ませたこのアルバム。アメリカの後追いでグランジ的サウンドを求めるイギリス国民にはこれ以上ない衝撃だったことでしょう。実際記録的なロングセラーになりましたから。
③ “Different Class”/Pulp (1995)
さあ、こっからがこの記事の本題です。今でも巨大な存在感を持つオアシスとブラー、その次なる一歩に満を持してオススメするのがパルプの傑作『コモン・ピープル』です。有名な作品ですけど、ここまでの2枚に比べれば知名度は一段落ちるでしょうから。
このアルバムのイギリスらしさでいうと、退廃的な湿り気が一番大きい要素だと思います。ジャービス・コッカーの歌声はデヴィッド・ボウイやモリッシー、それからイアン・ブラウンに連なるセクシーでウェットな質感ですし、シンセサイザーが効果的なニュー・ウェイヴ的サウンドがまたどうにもキッチュで。
それが一発で分かるのが、アルバムの邦題にもなっている名曲『コモン・ピープル』。この曲もブリットポップを代表するアンセムなんですけど、シンセサイザーのバッキングの中で「キレたらヤバそうな陰キャ」感を爆発させるのがもうなんともUKロックらしい湿り気で。
一方でマッドチェスターから引っ張っているであろうダンサブルなビートの感覚だったり、しっかりと明るいポップ・チューンだったりもあって。コッカーが歌う以上陰気な空気は拭えないんですけど、決してスタイルとして暗さに振り切った作品ではありません。それがまたいやらしくてね。
そうそう、さっき退廃的なんて言いましたが、グラム・ロックの生き残りみたいな印象もあるんですよね。それをニュー・ウェイヴ通過後、90’sのフィールで打ち出していて。グラム・ロックだってUKロックの偉大なる遺産ですけど、ここを参照したブリットポップって他にスウェードくらいなもので、そこも面白い。
そしてこのアルバム、ピッチフォークの選ぶ「ベスト・ブリットポップ・アルバム」ではなんと堂々の1位になった作品なんですね。ピッチフォークへの不信感はここそこで表明している私ですが、とはいえこの評価は割と納得です。ブリットポップの超がつく重要アルバムとして是非。
④ “Moseley Shoals”/Ocean Colour Scene (1996)
個人的に「ブリットポップの名盤」と言われると、オアシスやブラーの代表作より先にこっちが思いついてしまいます。オーシャン・カラー・シーンの2nd、『モーズリー・ショールズ』です。
ここまでに紹介した3枚って、どちらかというとUKロックのポップネスにフォーカスした作品なんですよね。ただ彼らは、UKロックのハードな側面のフォロワーです。そこが面白くてね。だって参照元、スモール・フェイセスとかですよ?でもこういう音楽だって紛れもなくUKロックの個性ですから。
アルバムの開幕を告げる『ザ・リバーボート・ソング』なんて、実にダーティーでハードなロックなんですけど、じゃあそれがニルヴァーナ由来のグランジ・テイストか?と聞かれたら断じてNO。あくまでスモール・フェイセスや、あるいはトラフィックのようなバンドからの流れを汲んでいます。
それでいて無茶苦茶メロディがいいんですよ、このアルバム。ピアノをフィーチャーした『40パスト・ミッドナイト』なんてエルトン・ジョンをヘヴィにしたような印象を覚えるし、『ザ・サークル』の侘しさはレイ・デイヴィスっぽい。彼らに接近するの、かなりの才能を必要とするはずなんですけどね。
そのハードなサウンドとUKロックの情緒のバランスも如才なくて。前に出過ぎないバンド・サウンドもその均衡に貢献してますし、サイモン・ファウラーの歌声も大きいですよね。まったくもって90’sらしくない、古き良きロック・シンガー。それがこのアルバムを一気にクラシカルに仕立ててくれますから。
アルバムのフォーマットとしては55分とそれなりにハイ・カロリーなんですけど、「UKロックの美味しいとこどり」に成功したこのアルバムは退屈とはまるで縁遠い存在です。パンク以前のロックは聴くけど、90’sとかはあんまり聴かないなぁって人がいれば絶対にこれから入ってください。大好物なはずです。
⑤ “Expecting To Fly”/The Bluetones (1996)
ここまでの4枚は私の中でスッと決まったんですけど、最後の1枠をどうするかは結構悩みました。ただ、「ブリットポップっぽさ」を重視するのであればコレかな。ザ・ブルートーンズの1st、『エクスペクティング・トゥ・フライ』。
爽やかなポップ・ロックなんですけど、そこにしっかりUKロックの気品と情緒が滲んでいる。そんな第一感を持つ作品ですね。それって要するに無茶苦茶いいブリットポップなんですよ。彼らってブリットポップ・ムーヴメントの中では第二陣くらいにあたるんですが、それがこの精度の高さに貢献しているように思います。
このバンドのルーツはザ・スミスやザ・ストーン・ローゼズにあるみたいですけど、空間的なギター・サウンドを活用した繊細なサウンドスケープの広がり方にその影響を感じることができます。ただ、あくまで若々しくて爽やかなんですよね。カラッとしたUS的な爽やかさではなく、あくまで青臭さの残るUK的な成分ではありますが。
キャリア初期からある代表曲『ブルートニック』なんてこれぞUKロックってな感じでしょ、瑞々しいんだけどどこかひ弱で。このひ弱さは作品とリスナーの距離感の近さと言い換えてもよくて、すごく親しみやすいポップネスがあります。この親しみやすさというのも、ブリットポップの大事な要素ですからね。
このひ弱さがアルバム全体を貫くムードを醸していて、トータリティが保証されているのも愛おしいじゃないですか。その中でも『スライト・リターン』という格の違う名曲はあるんですが、通奏低音の感じられる、名盤らしい名盤です。ギター・アルバムとしても聴きどころ十分ですし。
あの『モーニング・グローリー』を蹴落として全英1位を記録しているこのアルバム、なかなか語られる機会が少ないですけどこれを機に未聴の方はどうでしょう。UKロック好きなら、これまでの例に漏れず嫌いになる要素のないアルバムだと思います。
まとめ
さて、今回はブリットポップ入門のための5枚のアルバムを紹介してきました。
この企画やる度に言ってますけど、たった5枚では枠が足りんのです。スウェードやザ・ヴァーヴ辺りはおさえといた方がいいでしょうし、マニック・ストリート・プリーチャーズも根強い人気がありますからね。そうそう、ちょっと捻ってザ・シャーラタンズだったりも紹介したかったです。
ただ、だからと言って今回のチョイスに自信がない訳ではなく。どれも満を持してオススメできる弩級の名盤ですからね。それに、久しぶりにブリットポップ近辺を色々聴き漁ったので楽しかったですし。個人的には大満足です。
それともしこの記事でブリットポップに関心をもってもらえたならば、是非ともその影響元まで食指を伸ばしていただきたいですね。そういう音楽digのツールとしてもこのジャンルは適切ですし、そういう機会創出の場にしたくてこのシリーズは存続していますから。それではまた次回。
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