難解な作品ばっかり続いてしまってすみません。ただこの作品はどうしても早めに紹介しておきたかったので……今回はイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンド、イエスの傑作『危機』です。
何を隠そう、この作品こそが私の人生における最愛の1枚。無人島にアルバムを1つだけ持っていけるなら絶対にこの作品をチョイスします。本当に大好きなアルバムなんです。
今回はこの大名盤をじっくりとレビューしていきましょう。では、参ります。
「プログレ」とは?
このブログで初めて扱うジャンルですし、そもそもプログレッシヴ・ロック(以下プログレと略記)とはなんぞや?という方のために軽く説明を。
70年代にイギリスを中心にヨーロッパで流行したロックのサブ・ジャンルの1つで、タイミングとしてはハード・ロックやグラムなんかと同じですね。
特徴としては、「曲が長い」(平気で20分を超える曲もあります)、「技巧的な演奏がメインで歌が少ない」(全編インストの作品も珍しくありません)、「ジャズやクラシックの影響下にある音楽性」(延々と続く即興演奏もしばしば)、とまあこんな感じでしょうか。どうです、聴きにくそうでしょ?
で、今回取り上げた『危機』もこの例に漏れない作品でして。38分の収録時間に対し収録曲はわずか3曲。表題曲はレコードA面を丸々使った20分弱の組曲です。今日のポピュラー音楽ではまずありえないスタイル。ただ驚くべきことにこの作品、全米3位、全英4位という大ヒットを記録しているんですよ。ようわからん時代です、70年代って。
評価
本作はイエスの最高傑作としてだけでなく、同時にプログレッシヴ・ロックというジャンルの一つの完成形という認識もされています。
この高評価の理由は極めてシンプルなんですよね。つまり、プログレの魅力をほとんど網羅していて、かつその全てが極めてハイレベル、コレだけです。
コレだけ、なんて軽々しく言いましたけど、言い換えればプログレの可能性の限界がこの作品ということでもある訳ですよ。それって結構とんでもないことですよね。少なくとも私にとって、古今東西のプログレを探究し続けても未だこの作品を超える傑作には出会えていません。
こう言うと私の独断のように思われるかもしれませんが、数年前にTwitterで日本のプログレ・ファンが行なっていた名盤投票でも『危機』が1位でした。
日本って結構プログレに好意的な音楽観が根付いていますし、その分耳の肥えたファンも沢山いる訳ですが、そんな好事家であっても認めざるを得ない絶対的な完成度がこの作品にはあるんです。
制作背景
ひとまず本作に参加した顔ぶれを確認していきましょう。普通のロック・バンドなら不必要な作業なんですが、ことプログレに関してはメンバー・チェンジが激しいのも特徴なんですね。ラインナップによって音楽性が変化するなんてこともザラなので、ここの確認は大事になってきます。
本作の布陣は、ヴォーカルにジョン・アンダーソン、ギターにスティーヴ・ハウ、ベースにクリス・スクワイア、ドラムにビル・ブルフォード、キーボードにリック・ウェイクマンというもの。
この面々が、一般にイエスの黄金期とされることが多いですね。この構成での作品は本作含め2枚しかないんですけど、その2枚が飛び抜けた傑作ですから。
今から詳しく見ていきますけど、はちゃめちゃに緻密な作品なんですよね『危機』って。そうなると制作も難航を極めたようで。
何しろブルフォードがバンドを脱退する遠因の1つになったほどですから。もっともジャズをルーツとする彼の場合、クラシックからの影響が強いイエスとはそもそも長続きしなかったとは思いますが。
ただ、この作品の制作背景を苦々しく語る彼をして、『危機』は完璧な作品だと言っています。重労働に見合うだけの作品が完成し、満足してイエスを脱退したようです。そりゃあミュージシャンとして、こんな作品を作れたらもう言うことはないでしょうね。そうしてイエスを去った彼が見せる活躍はまた近いうちに……
作品解説
『危機』
いよいよ作品の中身を見ていきましょう。まずは表題曲の『危機』から。
再生すると、小川のせせらぎと小鳥のさえずりが遠くから聞こえてきます。なんとものどかで美しいですね。ところがそこにキラキラとしたサウンド・エフェクトが重なり、ヴォルテージが頂点に達した瞬間に演奏になだれ込む。もうこの段階で普通のロックではないですよ。とてつもない緊張感。
そしてまたこの演奏が苛烈なんですよね。ブルフォードのドラムは手数こそ多いもののタイトですし、スクワイアのベースはこれぞリッケンバッカーという強烈なサウンド。そこに乗っかるハウとウェイクマンのメロディ楽器も鬼気迫るものがあります。この辺りが黄金期と呼ばれる所以ですね。非の打ち所がありません。
これは蛇足かもしれませんが、私がイエスの作品の中でも群を抜いてこの『危機』を愛好しているのはこの混然一体とした演奏も大きな要素なんです。
それまでの彼らの作品は、どちらかと言うと楽曲毎に主役となるプレイヤーが変わるスタイルを取っていたんですね。もちろんそれだけではないんですけど、例えば前作の『こわれもの』なんかはその傾向が強い作品です。それはそれで好きなんですが、この熟達したプレイヤーがしのぎを削る迫力というのは本作特有だと思いますね。
閑話休題、そこからコーラスによるブレイクを挟んで、ようやくアンダーソンの歌声が登場です。ここまで時間にすると実に約4分。普通のポップスなら1曲が終わっちゃってます。そのくらいの時間をたっぷりと使って前奏に当てている訳ですよ。
この価値観こそプログレ的ですね。ここから楽曲の展開を逐一追っていくと文字数がとんでもないことになるので自重しますが、息つく暇もない怒涛の展開の数々が待っています。気になるという方はひとまず動画の方からご確認ください。
本作は4つの楽章で構成されています。普通のロックに楽章なんてある訳ないんですが、その辺は「プログレだしなぁ……」で納得してください。要するに4つの楽曲が壮大な組曲として同居しているんですが、その構成って実はとてもキャッチーなんですよ。
根本的には普通のポップスと同じで、主題があって、その前フリになっているメロディや演奏があり、そしてそれぞれをつなぎ合わせる間奏がある。そのそれぞれがいちいち長いというだけなんです。
この曲の主題となっているのはおそらく歌詞でいうと「Down at the edge, round by the corner」の部分ですが、そこをいわばサビとして聴いてみればその展開の意外なまでの素直さは伝わると思います。まあ途中でハモンド・オルガンのソロ・パートが延々続いたりはしてますけど。
『同志』
さて、B面に移りましょう。おお、あとたった2曲しかありませんね。まだ20分弱ありますけど。
後半戦はハウのアコースティック・ギターで始まる『同志』から幕を開けます。
この曲、『危機』という作品が持つ超弩級のスケール感はしっかりと継承しつつも、かなりメロディアスなんですよね。途中でテンポを落として幻想的なシンセサイザーの音像が広がる、如何にもプログレな展開はあるんですけど、メロディを軸に展開されている印象を強く抱きます。
ここがこの作品のすごいところだと思っていて、他2曲もそうなんですが、どこまでも精緻で巨大なスケール感であっても、歌モノとしての真っ直ぐさも表現しているんです。
当然作曲能力の高さもありますけど、この部分、個人的にはジョン・アンダーソンという非凡なシンガーの存在が大きいと思います。
冒頭でも触れたように、プログレって楽曲におけるヴォーカルの役割が大きい訳ではないので、あまり「名シンガー」というのはいないんです。というよりは、歌唱のレベルは高いけれど他の演奏に負けてしまう、と言うべきでしょうか。
ただ、アンダーソンの歌声はその限りではありません。少年聖歌隊に在籍していた経歴の賜物である彼の高貴なハイ・トーンは、実に個性豊かかつ主張の激しい演奏の中にあって全く埋もれていませんからね。だからこそ歌メロがしっかりと輝いているんだと思います。
楽曲の話に戻りましょうか。この曲、全3曲の中では比較的影が薄い印象もあるんですけど、それがちょうど箸休めになっているんですよね。前曲は言わずもがなですし、次の『シベリアン・カートゥル』も結構ハイ・カロリーなので。
ここで同じくらい強烈な曲が来ると聴いてて疲れちゃうと思うんですよね。ただ、そこでしっかりと落ち着いた楽曲である『同志』を持ってくるのがニクいところ。……まあ、とはいえ10分ある大作ではあるんですけど。
『シベリアン・カートゥル』
さあ、いよいよ最後の楽曲、『シベリアン・カートゥル』。ライブの定番曲でもあり、この曲をフェイバリットに挙げる方も多いイメージがあります。
最初に飛び込んでくるのは印象的なギター・リフ。ここだけでもわかるかと思いますが、やっぱりこの曲も御多分にもれずキャッチーさを感じられる内容で、コーラスを中心に展開されるメロディもとてもわかりやすいものになってます。
トータルの迫力や構成力で聴かせる趣の強かった前2曲と比べると、それぞれの楽器の目立つパートがはっきりしているのが構成上の特徴でしょうかね。さっきも触れたギター・リフにも顕著ですけど。そういう意味ではとてもロック的と言えるかもしれません。
基本的にはハウのギターをメインに展開していく中で、展開のブリッジにはキーボードやベースが主張してきますし、後半のクライマックスに向けての盛り上がりではブルフォードがスネアで技ありのプレイを聴かせてくれますからね。
そしてアウトロでメイン・テーマに戻る前のコーラスのブレイク、ここが実にプログレらしさ全開なんですね。一聴していただければどこのことを言っているのかすぐにわかってもらえるとは思いますが、思わずつんのめる気持ち悪いブレイクの入り方は他のジャンルにはないフィーリング。そしてその気持ち悪さを置き去りにして、フェード・アウトしながら作品は締めくくられます。
まとめ
さて、ざっと今作の美味しいポイントをさらっていきましたが、まだまだ書き足らないというのが正直なところなんですよね。『危機』の感想だけで一冊本が書けるくらいには大好きなんですが。
聴いてもらえればお分かりいただけると思いますが、本当にツボを抑えた展開が多いんですよね。そのツボっていうのもあくまでプログレにおける、っていうものではありますが、それでも普遍的な心地よさがあると個人的には思ってしまう。
すぐにでも聴いてみたい人がいればと思って各曲の動画を記事に貼ってはありますけど、実はコレもちょっとだけ不服なんですよ。やはりプログレはアルバムとして鑑賞していただきたいんです。曲をそれぞれ取り出して聴くなんて行為は、ことこのジャンルにおいて魅力を半減させてしまいますからね。
是非とも作品を通して聴いて、その心地よいカタルシスの数々に酔いしれていただきたいです。無人島に持っていきたくなる……かどうかはわかりませんが、少なくとも名盤であることだけは確かですから。
危機
コメント
[…] ただ、そのフリップに衝撃を与えたのがビル・ブラフォード。当時プログレッシヴ・ロックの雄、イエスのドラマーだった人物です。(イエスの名盤『危機』のレビューはこちらから。) […]