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Sometimes I Might Be Introvert/Little Simz (2021) 〜2021年ベスト大本命、威風堂々たる「内向的」傑作

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皆さん、事件ですよ。

Little Simzの新譜、“Sometimes I Might Be Introvert”はもうお聴きになりましたか?

耳の早い方ならとっくにご存知かもしれませんが、もうリリース当日から私のTwitter上でもしきりに絶賛の声を目にした作品です。

遅ればせながらようやく聴いたんですが、

これはとんでもない!

ヤバイですよ、もう今から2021年年間ベストの1位これにして記事書き出してもいいんじゃないかってくらいです。音楽ブログなんてものをしてる身ですから語彙力には覚えがあるんですけど、もう絶句しちゃいます。

ロック畑のリスナーの方が多くいらっしゃるブログであることは理解してますけど、これはもうそういう話じゃないです。2021年に生きていて音楽が好きなのであればもれなく聴いていただきた作品。

急遽ディスク・レビューの対象にしていきたいと思います。

Little Simzって何者?

恥ずかしながら、Little Simzはこの作品の絶賛を受けて初めて目にした名前でした。一旦彼女について簡単に触れておきます。

「アーティストの生い立ちなんてどうでもいいわい!」というのは私の基本的なスタンスではあるんですけど、この作品のタイトルを邦訳すると「私は時に内向的になるかもしれない」となる訳で、すなわちLittle Simzという人物そのものが作品にとって重要なファクターになっています。

最低限このLittle Simzという若き天才について知っておくことはこの作品の理解の助けになると思うので、お付き合いください。

彼女はイギリスで活動する女性ラッパーです。彼女の民族的ルーツはアフリカはナイジェリアにあります。

デビュー以来新進気鋭のアーティストとして評論筋で高く評価され、ケンドリック・ラマーをして「本物」と絶賛する才能の持ち主です。

女優としても活躍していて、新たなカルチャー・アイコンとして時代の中心にいる人物ですね。

で、「女性」であること、「アフリカ系」であること、そして「時代の中心」であること。こうした要素が今回取り上げる”Sometimes I Might Be Introvert”では非常に重要なテーマなんです。

実際に音楽について言及しながら、その辺りを見ていければと思います。

“Sometimes I Might Be Introvert”について

こっからが本題。このアルバムについて見ていきましょうか。

まず1曲目、“Introvert”でいきなりノック・アウトですよ。

Little Simz – Introvert (Official Video)

ドラム・ロールと共に、まるで大軍隊の行進の如き雄渾なファンファーレがこれでもかと高らかに鳴り響くところからこの作品は始まります。

彼女のラップが始まるとグッとサウンドはシリアスになるんですけど、でもイントロの力強さは凄まじく尾を引いてますね。ラップのテンションに合わせてトラックのスケール感も自在に移動し、高揚感の演出が尋常じゃないです。

ここまで壮大なのにアルバムのイントロダクションとして完璧というか、何か予感めいたものを醸し出しているんですよね。そして次曲”Woman”に道を譲るようにして楽曲は締めくくられます。

続く“Woman”は一転してメロウな質感の楽曲ですね。クレオ・ソルの紡ぐ甘くセクシーなメロディと、シムズのクールなラップの相性が実にいい。

Little Simz – Woman ft. Cleo Sol (Official Video)

ここまでの2曲は先行して公開されていたみたいですけど(みたい、というのは私がこの作品を完全にノーチェックだったので……)、こういう風にダイレクトに接続される印象のある2曲ではないですよね。方向性がかなり違うので。

ただこの後の展開見ていけばわかるんですけど、そういう「こんなのアリ?」みたいな乱高下の連続なんですよこの作品。そのスタンスが冒頭2曲で暗示されているというかね。

“Two Worlds Apart”もやっぱり妖艶で、どこかドラッギーな気だるさを纏ったナンバーです。性差を語るのが日々タブー化しつつある今日ですけど、こういう表情って女性特有の感性だと思わざるを得ません。いい悪いではなく特長の1つとしてね。

“I Love You I Hate You”はイントロこそ”Introvert”と地続きなサウンドですが、本編はバッキバキのビートと鋭いラップで切り込むハードな性格の楽曲。ここまでの流れは、正直言って「いいラップ・アルバム」くらいのもんですよ。いや、それ自体素晴らしいことだし名曲揃いなんですけどね。

さて、面白いのが“Little Q”からの流れです。インタールード的なイントロに当たるPt.1で急にファンタジックに方向転換していくんですけど、ここが本作で最も重要な特異点だと私は認識していて。

Little Simz – Little Q Pt. 2 (Official Audio)

“Introvert”はアルバムのオープニングとして理解するとして、ここまでは細やかなニュアンスの違いこそあれど基本的に一定のムードで進行してました。官能的でしなやかでとびきりドープな、現代的ヒップホップというテイストです。

それを何を考えたかメルヘンな方向に持っていっちゃう、その豪腕ったらないですよ。

このインタールードがあるおかげで、聴衆はその強引さに準備できるというのもアルバムの運びとしてニクいですね。ここがターニングポイントになることをしっかりと了解しています。

で、サウンドとしてもキチンと見つめるべき部分ですが、この作品全体のコンセプトだったり主張を咀嚼する上でもここってものすごく重要なんじゃないかと思っています。

“Little Q”、それから続く”Gem”の色彩感覚は共通で、まるで賛美歌のようなヘブンリーな壮大さがありつつもどこかセピア色なんですよね。

まるで原風景を見ているかのような、ノスタルジックな感覚を想起させられます。「時に内向的になるかもしれない」と銘打った作品の真髄は、実はこういうテクスチャにあるんじゃないかと個人的には解釈しています。すごく大きい景色を打ち出しながら、徹底してパーソナルという。

このメルヘンなパート、彼女の精神の最も繊細な部分、いわば「内向的」な場所の具現化なのではないかと。そう考えればメルヘンとは程遠い序曲を”Introvert”としているのも逆説的に思えてきませんか?考えすぎですかね?

かと思えば“Speed”から“Standing Ovation”の流れなんてとびきり緊張感があってハードなんですよね。

Little Simz – Speed (Official Audio)
Little Simz – Standing Ovation (Official Audio)

畳み掛けるラップは攻撃的ですらありますが、敵意のようなものは感じない、威風堂々とした自信を感じさせます。「これが私、何か問題でも?」という強靭さはすごく現代的な主張ですよね。

でも”Standing Ovation”の中間部では先ほど登場したメルヘンなテイストも出てくるんですよ。まどろむようなサウンドと共に展開される彼女の苛烈なフロウは本当に息が詰まります。

こじんまりとした”I See You”で一息ついたあとでやってくるのが“The Rapper That Came To Tea”。インタールードではあるもののこの曲、個人的な本作のハイライトです。

Little Simz – The Rapper That Came To Tea (Interlude) [Official Audio]

何度も言及しているファンタジックなサウンドで展開していくんですけど、仮にもラップ・アルバムである本作から大きく飛躍した、オペラティックな壮大さを見せるんです。そのインパクトったらないですよ。ゴスペル的な雄大なコーラスも登場して、サウンドスケープはますます肥大しながら楽曲は幕を閉じます。

で、そこから繋がる“Rollin Stone”が見事なんだな。ファンタジックな前曲と強烈なコントラストを描出する、すごくデジタルで冷淡なトーンの楽曲です。まるでポーティスヘッドみたいだ、なんて思ったのは浅慮が過ぎるでしょうか。

Little Simz – Rollin Stone (Official Lyric Video) *warning: flashing images*

もっとも、こういうテイストの楽曲ってそれこそ00年代くらいからある様式美的なものではあるんですよね。私が感動したのは、この曲を”The Rapper That Came To Tea”の次に持ってくるという、極めて恣意的な展開の妙味です。

その狙いすました展開は次曲“Protect My Energy”でキュートでフェミニンなラップを聴かせる部分からも明らかで。この曲、個性の塊のようなトラック群の中ではとても素直なタイプだと思うんですが、ここで前2曲のギャップを中和できるんですよね。

「なんだこれヤッベェ」ってなる我々聴衆に、トーン・ダウンのタイミングを与えることでその衝撃はそのままに作品への集中力を持続させる効果がこの曲にはあります。

実際インタールード”Never Make Promises”を挟んでドロップされる“Point And Kill”は本作最大の異色さですからね。もし”Protect My Energy”がないとここまでの流れがとっ散らかったものになるような気がします。

さて、ただ今ご紹介にあずかりました”Point And Kill”はナイジェリア出身のアーティストObongjayarが参加していますが、しっかりとアフリカンな楽曲に仕上がっています。ここにきてアフリカンなテイストまで出してくるその手札の多さと大胆さは驚きですが。

Little Simz – Point And Kill ft. Obongjayar (Official Video)

這い回るようなベース・ラインが素晴らしいですね。民族的なグルーヴとでも言いましょうか、英米のブラック・ミュージックと同質とは言い難いエッセンスが後半に差し掛かったこの作品に程よい刺激を与えています。

そしてアフロ・ビートに導かれてシームレスに始まる“Fear No Man”。最初タイトルからしてフェミニズム的メッセージかと思っていたんですが、歌詞を私の拙い英語力で流し読みする限りこの”Man”は「人」と訳すべきもののような気がしています。

アフリカにルーツのある彼女がアフリカンなスタイルの中で宣言する内容ですからね、単なるフェミニズムというよりは彼女の人間としてのスタンスの表明と捉えるべきものじゃないかなと。

“The Garden Interlude”では久方ぶりのメルヘン・パートを挟みつつ、作品はクライマックスに向かいます。“How Did You Get Here”もいい曲ですね。ものすごくシックで滑らかなネオ・ソウルです。

Little Simz – How Did You Get Here (Official Audio)

ここまで色々なカードを切ってきた彼女がここにきてスタンダードなブラック・ミュージックを見せるというのは一周回って驚きですが、縦横無尽の展開が凝縮したこの作品を最後にしっかりとまとめにかかっているという感じでしょうか。

さあ、ラスト・トラック“Miss Understand”ですが、正に「内向的 (introvert)」な楽曲ですね。ものすごくこじんまりとしていて、誤解を恐れずに言うならば地味ですらあります。

Little Simz – Miss Understood (Official Audio)

ただ、それでいいんですよね。1曲目の段階で極端にパワフルに始まって、セクシーに、ドリーミーに、無機質に、アフリカンに展開したこの作品をどう締めくくるか。それはやっぱり「内向的」であるべきでしょう。

Little Simzの肖像たる作品

ものすごく主観的に音楽について話してきましたが、この作品が如何なる意味でず抜けた傑作なのかはまだもう少し語り足りないところで。

ヒップホップは他のポピュラー音楽よりもよりメッセージ性の強いジャンルです。そしてヒップホップのみならず玉虫色の表現を見せるこの作品においても、やはりその性質は引き継がれていて。

リリックの一言一句を精読した訳ではないですが、この作品の骨子たるテーマは

私は誰にも損なわれない、絶対的な存在である

というものではないかと。

色んな部分に言及している作品ではありますよ、宗教の色合いはかなり濃いでしょうし、民族的な質感もそれこそ”Point And Kill”で見られたように点在している。女性として現代を見つめる視座も作品を貫いているし、彼女の個人的な体験だって織り込まれています。

そうした数々のレイヤーを通して、彼女は人間としての不屈さを全編で表現しています。

リリックに踏み込むなら、音楽の部分でも重要だと主張したメルヘンでドリーミーなセクション、そこが最も普遍的なことを発信しているように思うんですよね、言葉自体はやや抽象的ですが、サウンドとあいまって精神世界の発露として受け止めることが可能な内容です。

そしてそうした主張を総じて、彼女は作品をこう冠した訳です。

“Sometimes I Might Be Introvert”(時々私は内向的になるかもしれない)と。

極めて多彩で力強く音楽的に高度でありながら、この作品は本質的に閉じています。そう、「内向的」に。どこまでもこのアルバムはLittle Simz個人の所有物であり、彼女の表現として完結してしまっている。

音楽的な要素ではなく作品の精神的な態度として、私は『ペット・サウンズ』や『ジョンの魂』といった作品と”Sometimes I Might Be Introvert”は同質だと感じています。徹底的に個人的な作品という意味において。

ただ、この作品が特殊なのは、ここまで全人間的なアルバムでありながらそこに苦しみの表情が見られないこと。

孤独や怒りのようなものも内包しつつ、それらは気高さ自信に変換されています。

その高貴さというのが通奏低音としてこの作品に響くからこそ、乱高下を見せる音像がアルバムの中で素晴らしい調和を見せているんだと私は思います。

まとめ

新譜をブログで取り上げることはほとんど初と言っていい試みでしたが、お楽しみいただけたでしょうか。

“Sometimes i Might Be Introvert”は紛れなく名盤です。今年の音楽シーンを俯瞰で眺める時にも、その存在感は強烈になることでしょう。ただ、それを証明するのは個人の感性でしかあり得ません。

歴史的傑作には客観的な意義や重要性が込められることが常です。音楽の並外れた完成度の他に、そうした文化論的尺度が伴うのは必然と言っていいでしょう。

しかし新譜はそうもいかないんですよね。その作品に連なる動向は事実として追えても、その作品の存在感そのものは結局「いいか悪いか」でしか判断できませんからね。

そういう主観的な感性に基づいて音楽を判断することって、ともすれば忘れがちな視点かもしれないと。少なくとも批評家気取りの私みたいな人間にとっては。

ただ、そういう人間の凝り固まった感性でなおこの作品は鮮烈です。もう明らかに優れた音楽ですから。それを私なりの感性と表現をもってお伝えしたのが今回の記事。

少しでもこの作品のえげつなさ、伝わっていれば嬉しいです。是非ともアルバムを手にとっていただきたいですね。それではまた。

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