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“To Pimp A Butterfly”全訳解説 M.16 “Mortal Man”

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解説

ファンの「忠誠」を問うラップ・パート

最初に見ていくのはやはり楽曲の部分ですね。ここでのリリックについて深掘りしていきましょうか。

テーマは端的に言うと「ケンドリック・ラマーとファンの関係」です。ここがまず面白くて。ゲットーやアメリカという巨大な問題に果敢に立ち向かったこの”To Pimp A Butterfly”の最後に、彼はごくごく個人的な問いかけを彼のファンに向けるんです。

これも何度か主張しているんですけど、彼のリリックって別に大いなる存在からの視点でもなんでもなく、一貫して「ケンドリック・ラマー」のラップなんですよね。その扱うテーマの如何に関わらず、それは一人称的だし、彼の眼差しからのみ発せられている。そのことをよく表してるのではないかと思います。

何度も繰り返される「どんな酷いことが起こっても お前らは俺のファンでいてくれるのか?」というライン。「軍隊」なんて表現も出てきていますけど、ラマーはファンに対して、どんな時でも忠実であることを期待すると訴えます。

これは別に専制的な独善でもなんでもなくて、ラマーが全編を通じて発信してきたメッセージを現実のものにしていくためには、そうした忠誠が必要であるということでしょうね。たとえ「キング・ケンドリック」の偶像と、実際の彼自身に乖離があろうとも。

事実、彼は「軍隊」(=彼のファンの比喩)を率いると言いつつ、直後に「過ちや失意のための余裕は残しておいてくれ」とも言っていますから。ここに、彼の二面性がしっかりと表現されています。それこそがケンドリック・ラマーというラッパーの真髄ですからね。

マンデラとMJ

さて、このリリックで象徴的に取り上げられている人名が2つありまして。そこは理解を深めるためにも解説が必要かと思います。それというのは、ネルソン・マンデラとマイケル・ジャクソン。

マンデラとMJはお互いを親友と言って憚らない、深い親交の関係がありました。この2人を同時に取り上げたことはおそらくは偶然の一致でしょうが、この世を去った偉大なるリーダーである彼らに、ラマーは敬意と哀悼を込めたのではないでしょうか。

まずはマンデラから。人種差別政策・アパルトヘイトに対する抵抗運動を展開し、27年にも及ぶ投獄(この楽曲の中でも「25年間の投獄を宣告されても それでも彼女は待ち続けてると思うかい?」というラインで言及が見られます)を経験しつつも忍耐と博愛で南アを解放に導いた、南アフリカ共和国の英雄。

“To Pimp A Butterfly”制作に先んじて、ラマーは自身のルーツたるアフリカを訪れ見聞を深めています。“How Much A Dollar Cost”でもその時の経験がラップされていますが、ここでのマンデラの引用もそうした実体験が影響している部分でしょうね。

「マンデラの魂は俺のフロウが動き続けることを願ってる」という歌い出しには、ラマーの果たそうとする使命はネルソン・マンデラの意志を継ぐものであることへの自負が窺えますし、ファンに対しては「俺を愛してくれ ネルソンがそうしたように」と彼の博愛を要求している。

そして、ケンドリック・ラマーの目指す1つの理想こそがネルソン・マンデラであることが、この楽曲の随所から読み解けます。そのものズバリ、「ネルソンになりたいんだよな」と自問自答するリリックがあるくらいですからね。

尤も、その後に続いて「彼と同じようにやりたいんだろうが お前の仲裁はほとんど成功しないじゃないか」と手厳しい自己批判を展開する訳ですが。マンデラは「ホーム」である南アを幸福に導こうとし、それは見事成功した。しかしその後に続こうとするラマーは、「ホーム」であるゲットーを未だ幸福に導けてはいない。そのことへの苦悩もまた、この楽曲では吐露しているんです。

もう少し深掘りしておくと、マンデラはその博愛主義によって政敵からの支持も厚かったと言いますから。そうした、誰からも愛される存在になりたいという意味合いもあるんじゃないかと思っています。“u”で彼は「自分を愛することは困難だ」と叫び、愛を希求していましたからね。

で、続いてMJです。「どれだけのリーダーを見殺しにしてきたんだよ 彼らが必要だと言ったのはどの口だ」と厳しく群衆を攻め立てた上で、彼は多くの偉大な「リーダー」を列挙していきます。

「出エジプト」のモーセに始まり、ブラックパンサー党を設立したヒューイ・ニュートンからはアメリカにおける歴史的指導者、そして黒人初のメジャーリーガーであるジャッキー・ロビンソンの名を挙げ、最後に登場したのがマイケル・ジャクソン。ここが大事なんですよ。

このブログで彼に関しては再三に渡って触れていますし(とりあえずコレは読んでほしいです)、おそらく弊ブログにお越しの方にマイケル・ジャクソンの説明は不要かとは思いますが念のため。ポピュラー音楽史上類を見ない成功を収めた稀代の天才、「キング・オブ・ポップ」とも称された偉人です。

「MJがいなければバラク・オバマは大統領にはなれなかっただろう」なんてことも言われるくらいに、彼の成功はアフリカン・アメリカンのエンパワメントとして重要な意義を持っています。そういう意味では間違いなくJFKやキング牧師と並んで語られるべき存在なんですよ。ただ、ここで彼を引っ張ってきたのには他の理由もあります。

それが明らかになるのがここ、「彼は俺らに『ビリー・ジーン』をくれたじゃないか でもお前らは彼が子供に手を出したと思ってんだな?」という一節です。『ビリー・ジーン』はMJ最大のヒット・シングルで、「ムーンウォーク」のパフォーマンスで全世界を熱狂させた彼のアイコンと呼べる楽曲ですね。

Billie Jean 720p60 1st Moonwalk LIVE Performance at Motown 25 Michael Jackson

で、その後に「でもお前らは彼が子供に手を出したと思ってんだな?」と続くんです。これはいわゆる「マイケル・ジャクソン裁判」への言及ですね。男児に対する性的虐待容疑でMJが逮捕されたことに始まる、一連の裁判。(これについて私の口からはあまり語りたくないので、詳細はwiki参照でお願いします)

結果として彼は全ての咎で無罪となり、彼の無実は法のもとに明らかにされたんですけど。この一件における彼へのバッシングは極めて巨大で非人道的なものでした。かつてのスーパースターの栄光は見る影もなく、犯罪者として世界は彼を口々にからかい、罵った。

この出来事を踏まえて、ラマーはファンに問いかけるんです。「MJはファンにも裏切られた、お前らも俺にそうするのか?」と。

ここでラマーがMJ擁護とも取れる主張をしているのが実に彼らしい理性的な態度なんですよね。同時に、「ブラック・ミュージック」という広い枠組みではあれど、先達としてのMJへのリスペクトをしっかりと表明している。私がMJの信奉者であることを置いておいても、ここでMJを持ち出したのはすごく意味のあることだと思いますね。

“To Pimp A Butterfly”を貫く詩

続いては、アルバム”To Pimp A Butterfly”の中で紡がれていき、ここに至って全貌が明らかになった一編の詩ここを見ていきましょう。

この詩が語られるのは、楽曲で言うと“King Kunta”“These Walls”“Alright”“For Sale ? (Interlude)”“Hood Politics”です。その楽曲の内容にも寄り添う形で断片的に語られていくんですけど(例えば、”These Walls”のラストで語られる詩は「気づけばホテルの部屋で叫んでた」までの部分ですが、その直後の”u”はラマーの叫び声で始まる、といった風に)、その全容はやはりこのアルバムを総括するものになっています。

というより、この詩にこそ“To Pimp A Butterfly”の主張の本質があるんですよ。「ある人物」への問いかけ(この人物こそがこの後に始まる対談の相手)に始まり、彼の苦悩を自身と重ね合わせる。自身の権力と憎しみに溺れた暴力性(”These Walls”での内容)の懺悔をし、その憎しみが憂鬱(”u”での内容)に姿を変えたことを告白。

続いて「ルーシー」人間の悪意の象徴、”Alright”と”For Sale ?”にて登場したメタファー)につきまとわれていることを主張し、罪悪感に苛まれながらも自分自身を肯定しようと必死に思考を巡らせている。そして、彼の「戦い」について言及します。その「戦い」はゲットーでホーミー達が繰り広げる血生臭いものではなく、差別という因習に立ち向かう精神的な闘争であると。

そして彼はゲットーに戻り、自身の学びを啓蒙すると宣言します。その学びとは、始まりの地アフリカでの経験でもあるでしょう。そしてその学びは、すなわち「リスペクト」。そこにこそ闘争を終結させる鍵があると言うんです。

ギャングの対立を捨て去り、暴力の連鎖を水に流し、お互い連帯と団結を。そうラマーは呼びかけます。そうすれば、差別という真なる敵にも抵抗し得る。まるでガンジーキング牧師、それにマンデラを彷彿とさせる主張です。

しかしその最後に、彼はこうも語るんですね。「俺は他とは違う人間」だと。ここで、彼は伝道師として、ゲットーを真の幸福に導かんとする者としての覚悟を口にします。彼の言葉は不滅であり、その主張は不変であると。同様のことを、”Mortal Man”の楽曲の中でも彼はラップしています。「たとえ俺が次のラインで死んでしまっても 俺の教えがどこにあるのか理解できるよな?」、ここです。

この一連の詩には、ラマーの個人的問題、彼が立ち向かう大いなる社会の暗部、そして彼が同胞に呼びかける平和的メッセージ、その全てが籠っているんです。”Mortal Man”では彼個人の願いにフォーカスしていましたが、ここでこの詩を完結させることで”To Pimp A Butterfly”のフィナーレを演出している、そういう構造ですね。

ラマーと2パックの「対談」

最後にここです。アルバムの本当に最後で繰り広げられる対談。この対談相手というのが、2パック。ウェスト・コースト・ヒップホップにおける伝説にして、ケンドリック・ラマーのアイドルです。

2Pac – Life Goes On

散々引っ張ってきましたが、さっき解説した詩の冒頭で語りかけているのも2パックなんですよ。彼の苦悩と同じ道を、ラマーもまた歩んでしまったという懺悔だったんですね。

ただ、当然2パックは2015年には鬼籍に入っています。東西抗争の悲劇の末、2パックは暗殺されていますからね。この対談は、残されていた2パックのインタビュー音源を編集しながら行われたヴァーチャルなものです。

ここまでたとえ自身の弱さを告白したとしても、ラマーは人々を導く強靭なリーダーとして振舞ってきました。ただここでは、尊敬する2パックに教えを乞う誠実な青年としてのケンドリック・ラマーが表れています。ラマーは2パックに数々の疑問、それは2パック個人に関することや、社会の行く末、そしてラッパーとしての矜持に至るまで様々なんですが、をぶつけていくんですね。

この対談というのが、恐ろしいほどに本作の内容と噛み合っている。当然と思うかもしれませんけど、ラマーの質問に対する2パックの答えはリリースから数えても20年前のものですからね。それがラマーが抱える苦悩に応えるものになってしまっている。この鋭さときたらありません。

このインタビュー自体はかなりわかりやすいんですよ。話し言葉なので、ダブル・ミーニングのようなものがほぼ登場しませんからね。強いて解説するならば「1831年のナット・ターナーの反乱」でしょうか。これは黒人奴隷ナット・ターナーが起こした武装蜂起で、57人の白人が殺されてしまうという黒人奴隷の反乱としては最大規模となった事件。

この繰り返しが、このままでは現代のアメリカでも起きてしまうと2パックは語っているんですね。悲しいかなその数年後、「ブラック・ライヴズ・マター」が過激化し多くの暴動が起こってしまう訳ですが……

「芋虫」と「蝶」の物語

さあ、最後の最後です。ラマーの親友が書いたというある文章を、2パックに読み上げます。そこで、”To Pimp A Butterfly”の冒頭を思い出してみましょう。“Wesley’s Theory”のイントロです。

そうさ その蛹の四隅が割れる時

お前はそこから這い出てくる 何が何でも生き延びてやるって希望を胸に

「芋虫」が蛹を破り、「蝶」として羽ばたこうとしている。生存への欲求に満ち溢れて。ここで提示されてテーマが、ここからの一連のスクリプトと密接に結びついているんです。

ゲットーの闇に縛られ、暴力の中でしか生きられない「芋虫」は、「蝶」の美しさを憎みながらも、最後には見事な翅を持つ「蝶」となって羽ばたき、「芋虫」にはなし得なかった達成を得る……要約するとこんな感じですかね。

“Wesley’s Theory”の段階では、蛹から出てきた「蝶」は言うまでもなくラマーのことでした。ただ、”To Pimp A Butterfly”の全貌を見渡した後であれば、この「芋虫」と「蝶」(このスクリプトの最後に、「蝶と芋虫は全く異なる存在だが その実同じ存在である」と言っています)は、ゲットーに生きる全ての「ニガー」のことになるんですね。

「全てのニガーよ、負の歴史から解き放たれ、より高次の存在へ。そしてその美を誇示せよ」、ラマーがアルバムの最後に主張したメッセージは拍子抜けするほどストレートで普遍的です。ただ、それは“Alright”“The Blacker The Berry”でも見られた、メッセンジャーとしての彼の本質なんですよね。

ピュリッツァー賞を受賞するほどの洞察とコンシャスな姿勢、それをあくまでヒップホップというポピュラー文化の中で表現するからこそケンドリック・ラマーは偉大なんです。自叙伝だった”good kid, m.A.A.d city”から飛躍し、「全ての黒人はスターなんだ」というメッセージから開幕する”To Pimp A Butterfly”。これは芸術であり、啓蒙であり、そしてあくまで音楽作品

この作品をもってケンドリック・ラマーは真の意味で現代のリーダーになったんだと思いますし、だからこそ”To Pimp A Butterfly”は2010年代、どころかポピュラー音楽を代表する傑作なんです。

まとめ

ああ、終わった。これにて”To Pimp A Butterfly”全訳解説、完結です。

いや、最初はホントに思いつきの企画だったんですよ。”Wesley’s Theory”の冒頭にも書いてますけど、個人的な興味で始めたものでしたし。ところがどっこい、こんなに大変な作業になるとは……

過去に洋楽史解説という連載シリーズを2回敢行していますけど、投稿数、文字量共にぶっちぎって最長ですね。余裕で10万字オーバーです。完結を機に読み返していただきたい……ですけど、それをお願いするのは酷な量です。

ただ、本当にやってよかった。自分の中でケンドリック・ラマーという人物、そして”To Pimp A Butterfly”が何故これほどに絶賛されているのかの内実、その辺りがくっきりと見えるようになりました。皆様にもそういう体験をおすそ分けできていればいいんですけど。

とはいえアルバム全訳解説は吐き気がするほど大変な作業でしたので、よっぽどのことがないと第二弾は……いずれ”good kid, m.A.A.d city”の解説もしていきたいですけどね。今は休ませてください。あと邦楽が聴きたい。

さて、苦労自慢を並べてもしょうがないのでこの辺でお暇します。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

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