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“To Pimp A Butterfly”全訳解説 M.15 “i”

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連日の投稿ですが、ようやく終わりが見えてきたのでね。このまま駆け抜けてしまいましょう。“To Pimp A Butterfly”全訳解説です。バックナンバーはこちらから。

今回解説していくのは“i”という楽曲。リリースは2014年と本作収録の楽曲では最も早く、”To Pimp A Butterfly”のリード・トラックということができそうですね。

リード・トラックなだけあって、楽曲単体としてのプレゼンスが強いものではあるんですけど……“To Pimp A Butterfly”という1つの物語の中でこの楽曲を見つめた時、その表情は大いに変貌します。「アルバム作品のマジック」とでもいうべき、往々にして名盤で起こる現象ですね。

で、ここでどうでもいい告白なんですけど。この楽曲のリリック、シングルとアルバム収録のテイクでかなり違うんですよね……最初うっかりシングルの方を訳してしまって、かなりの加筆修正を余儀無くされるという無意味に疲れる作業を経ての投稿です。

まあ両方訳せたことで、”i”という楽曲への解像度は上がったのでよしとしましょう。それでは早速リリックの全訳から、どうぞ。

“i”全訳

i

[Intro: feat. Ronald Isley]

Is this mic on ? (Hey, move this way, this way)

Hey ! Hey ! Hey ! Turn the mic up, c’mon, c’mon

Is the mic on or not ? I want the mic

マイクは入ってんのか?(おい こうやるんだ こうだぜ)

なあ なあって! マイクの音量を上げてくれ ほら

マイクは入ってんのか?どうなんだ?おい

We’re bringing up nobody, nobody

Nobody but the number one rapper in the world

He done traveled all over the world

He came back just to give you some game

俺たちは誰も連れてきてないぞ 誰も

世界一のラッパー以外はな

世界中を旅して回った奴さ

あいつのご帰還だ 俺らにゲームを提供するためだけに帰ってきやがった

All of the little boys and girls, come up here

(ah, one two, one two, what’s happening, fool ?)

Come right here, this is for you, come on up

ガキンチョども 全員ここに集まれ

(マイクチェック 1,2……何があったんだ?バカどもめ)

ここに来い お前のためにやってんだから ほら来いよ

I done been through a whole lot (Kendrick Lamar !)

Trial, tribulation, but I know God

ここまでくるのに色んなことがあったよ (ケンドリック・ラマー!)

試練 それに苦難 でも俺は神を知ってる

The devil wanna put me in a bow tie (Make some noise, brother !)

Pray that the holy water don’t go dry, yeah yeah

悪魔は俺に蝶ネクタイでもつけさせて隷従させる気でいる

聖なる水がどうか枯れ果てませんように ああ

As I look around me

So many motherfuckers wanna down me

自分の周りを見渡せば

誰も彼もが俺を陥れようとしてる クソくらえ

But an enemigo never drown me

In front of a dirty double-mirror they found me

俺を溺れさせることなんてできっこないさ

汚れたマジックミラーの前で あいつらは俺を見つけたんだ

[Chorus]

And (I love myself)

Huh, when you lookin’ at me, tell me what do you see ?

(I love myself)

Ahh, I put a bullet in the back of the back of the head of the police

(俺は自分を愛してる)

俺のことを見てたろ 何が見えてたんだ?

(俺は自分のことを愛してるのさ)

ポリ公のドタマに1発ぶち込んでやろうか

(I love myself)

Uh, illuminated by the hand of God, boy, don’t seem shy

(I love myself)

One day at a time, huh

(俺は自分を愛してる)

神の手によって照らされてるからな おい坊主 恥ずかしいことなんてないんだ

(俺は自分のことを愛してるのさ)

毎日を大切に生きろ なあ

[1st Verse]

They wanna say it’s a war outside and a bomb in the street

Gun in the hood, and a mob of police

連中はこう言いたいのさ 外は戦争状態 ストリートは爆弾まみれ

地元には銃とポリ公がわんさかだし

Rock on the corner, and a line for the fiend

And a bottle full of lean, and a model on the scheme, uh

そこの角にはコカインとギャングがうようよ

ビンいっぱいの咳止め薬に 悪事の計画 そんなもんだろ

These days of frustration keep y’all on tuck and rotation (Come to the front, yeah)

I duck these cold faces, post up fi-fie-fo-fum basis

不満だらけの時代がお前らを大麻に駆り立てるんだろ

冷酷な面した連中を掻い潜らなくちゃな 気分はまるで「ジャックと豆の木」の巨人さ

Dreams of reality’s peace

Blow stream in the face of the beast

平和な現実を夢に抱いて

獣みたいなツラして煙を吐く

The sky could fall down, the wind could cry now

Look at me motherfucker I smile

空が落ちてきて 風が泣き叫ぶ

俺を見ろよクソッタレども 俺は笑ってるぜ

[Chorus]

And (I love myself)

Huh, when you lookin’ at me, tell me what do you see ?

(I love myself)

Ahh, I put a bullet in the back of the back of the head of the police

(俺は自分を愛してる)

俺のことを見てたろ 何が見えてたんだ?

(俺は自分のことを愛してるのさ)

ポリ公のドタマに1発ぶち込んでやろうか

(I love myself)

Illuminated __ All ya’ll come up to the front, ya’ll come up to the front

(I love myself)

Baby what about you ? Come on

(俺は自分を愛してる)

照らされてるんだ……おいお前ら こっちに来いよ

(俺は自分のことを愛してるのさ)

お前に言ってるんだぜ 来いよ

[2nd Verse]

(Crazy, what you gon’ do ?)

Lift up your head and keep moving (keep moving)

Turn the mic up (Haunt you)

(イかれてるぜ どうする気だ?)

頭を上げろ 進み続けるんだ(前進あるのみ)

マイクを上げてくれ(刻み込んでやる)

Peace to fashion police, I wear my heart

On my sleeve, let the runway start

いちいち口うるさい連中にピースをくれてやる

俺は自分の心のままに生きるのさ さあランウェイを始めようぜ

You know the miserable do love company

What do you want from me and my scars ?

Everybody lack confidence, everybody lack confidence

わかるだろ? 惨めな奴らは群れたがるのさ

俺とこの傷に何をお望みだい?

みんな自信を失ってる どいつもこいつもだ

How many times my potential was anonymous ?

How many times the city making me promises ?

So I promise this, nigga

俺たちの可能性を無視されるのはこれで何回目だ?

この街は一体何回俺に約束を迫ってきた?

だから俺はこう誓うよ

[Chorus]

And (I love myself)

Huh, when you lookin’ at me, tell me what do you see ?

(I love myself)

Ahh, I put a bullet in the back of the back of the head of the police

(俺は自分を愛してる)

俺のことを見てたろ 何が見えてたんだ?

(俺は自分のことを愛してるのさ)

ポリ公のドタマに1発ぶち込んでやろうか

(I love myself)

Uh, illuminated by the hand of God, boy, don’t seem shy

(I love myself)

(俺は自分を愛してる)

神の手によって照らされてるからな おい坊主 恥ずかしいことなんてないんだ

(俺は自分のことを愛してるのさ)

[Bridge]

Huh (Walk my bare feet) Huh (Walk my bare feet)

Huh (Down, down valley deep) Huh (down, down valley deep)

裸足で歩いて(裸足で)

深い谷を降りていく(深い谷を)

(I love myself) Huh (Fi-fie-fo-fum) Huh (fi-fie-fo-fum)

(I love myself) Huh (My heart undone) 1, 2, 3

フィー・ファイ・フォー・ファン(巨人の鼻歌だぜ)

俺の心は未完成 1,2,3

[3rd Verse]

I went to war last night

With an automatic weapon, don’t nobody call a medic

I’ma do it ‘til I get it right (Oh no)

昨日の夜 戦争に行ったんだ

自動小銃を引っさげてな 誰も医者なんか呼ぶなよ

決着をつけるまで戦い抜くのさ

I went to war last night (Night, night, night, night)

I’ve been dealing with depression ever since an adolescent

Duckin’ every other blessin’ I can never see the message

昨日の夜 戦争に行った

思春期の頃からずっと 俺は絶望とともにある

あらゆる祝福を避けて その忠告は俺には届かない

I could never take the lead, I could never bob and weave

From a negative and letting them annihilate me

俺が先頭に立つことはない 俺はボクサーみたいに動き回ったりしない

俺に否定的な連中が俺を破滅させようとする

And it’s evident I’m moving at a meteor speed

Finna run into a building, lay my body in the street

でも俺が流れ星みたいな速さで前進してるのは確かだぜ

建物に逃げ込んで 道端にじっと横たわるのさ

[Spoken Interlude]

Not on my, not while I’m up here

Not on my time, kill the music, not on my time

おい なあ やめろよ 俺がいる時じゃなくていいだろ 喧嘩は別の時に頼むぜ

今はやめろ 音楽も止めてくれ 今は俺の時間なんだ

We could save that shit for the streets

We could save that shit, this for the kids, bro

俺らはストリートのためにあのクソ共を救えるんだ

クソみたいな問題もな 子供達のためなんだ

2015, niggas tired of playin’ victim, dog

Niggas ain’t trying to play vic__ TuTu, how many niggas we done lost ?

How many__ Yan-Yan, how many we done lost ?

今はもう2015年だ いい加減黒人が損な役回りになるのはうんざり

俺らは別に被害者ヅラしたい訳じゃ……トゥトゥ 俺らのダチは何人死んだ?

いったいどれだけ……なあヤンヤン 何人の仲間が死んでしまったんだよ

No for real, answer the que__, how many niggas we done lost ?

This__, this year alone (we ain’t got time)

正確な人数じゃなくてもいいから質問に答え……何人の仲間を失ってきたんだ?

今年……この1年だけでだ (俺たちにそんな質問答えてる時間はねえんだよ)

Exactly, so we__ we ain’t got time to waste time, my nigga

Niggas gotta make time, bro

よく言った そうだ 俺らには無駄にできる時間なんてない そうだろ

でもこれは大事なことなんだ 時間を取らせてもらう

The judge make time, you know that, the judge make time, right ?

The judge make time so it ain’t shit

It shouldn’t be shit for us to come out here and appreciate the little bit of life we got left, dog

刑期を決めるのは裁判官だ 知ってるだろ 裁判官が刑期を決めるんだ

だからこれは別にひどいことじゃない

俺らが現状におさらばして残された少ない時間を楽しむのは間違ってないはずだろ

On the dead homies, Charlie P, you know that, bro

You know that

It’s__ it’s mando, right, it’s mando

死んでいった仲間のことだけど チャーリー・パーカーは知ってるよな

これはやらなくちゃいけないことなんだ 義務なんだよ

And I s__I__And I__And I say this because I love you niggas, man

I love all niggas, bro

俺が……俺が、俺がこんなことを言ってるのはお前らを愛してるからなんだ

全員を愛してるんだ

Exac__enough said, enough said

And we gon’ get back to the show and move on,

because that shit pretty, my nigga

その通り……ああ もう十分だ もう言いたいことはない

じゃあ俺らはショーに戻るとしようか だってあんなのゴミだからな

Mic check, mic check, mic check, mic check, mic check

We gon’ do some acapella shit before we get back to__

All my niggas, listen, listen to this :

マイクチェック…… マイクチェック……

ショーを再開する前に もうちょっと喋らせてくれ

なあお前ら聞いてくれ いいか よく聞け

[4th Verse]

I promised Dave I’d never use the phrase “fuck nigga”

俺はデイヴと約束したんだ 二度と”fuck nigga”なんて言葉は使わないって

He said, “Think about what you saying; “Fuck niggas”

No better than Samuel on the Django

No better than a white man with slave boats”

あいつはこう言ったんだ「お前はこう言うだろ “fuck niggas”って

それじゃ『ジャンゴ 繋がれざる者』に出てくるサミュエル・ジャクソンと大差ないじゃないか

奴隷船を持ってる白人とやってること同じだぜ」

Sound like I needed some soul searching

あいつの言葉はまるで俺が自分の魂を省みないといけない そう言ってるように思えたんだ

My Pops gave me some game in real person

Retraced my steps on what they never taught me

Did my homework fast before government caught me

世の中がどうなってるのかってのを俺は親父から直接教わった

俺は周りの連中が教えてくれなかった道を進むって決めた

宿題をとっとと済ませたよ 政府に捕まっちまう前にな

So I’ma dedicate this one verse to Oprah

On how the infamous, sensitive N-word control us

だからこのヴァースはオプラ・ウィンフリーに捧げることにするよ

Nワードがどれだけ不名誉で センシティヴで これのせいで俺らがどんな思いをしてきたかについてのヴァースだから

So many artists gave her an expanation to hold us

Well, this is my explanation straight from Ethiopia

色んなアーティストが彼女に説明してきた 俺らのことをわからせるために

ああ こっからは俺なりの説明をさせてもらう エチオピアからそっくりそのまま引っ張ってきたんだけどな

N-E-G-U-S definition: royalty; king royalty – wait listen

N-E-G-U-S description: black emperor, king, ruler, now let me finish

niggaってのは本来N-E-G-U-Sのこと いいか?その意味は王族 高貴なる王の一族ってことだ よく聴け

N-E-G-U-S この言葉は黒人の皇帝 黒人の王 黒人の統治者って意味だとはっきり書いてある 終わりにしよう

The history books overlook the word and hide it

America tried to make it to a house divided

歴史書はそのことを見落としてる この言葉を隠蔽してるんだ

この国は家を引き裂こうとしてきただろ リンカーンが聞いたらどう思うかな

The homies don’t recognize we been using it wrong

So I’ma break it down and put my game in a song

俺ら黒人はniggaの正しい意味を知らなかった ずっと間違った意味で使ってきたんだ

だから俺がわかりやすくして 曲の中ではっきり言ってるんだ

N-E-G-U-S, say it with me, or say it no more

N-E-G-U-S 俺と一緒に言ってくれ 言いたくなけりゃ二度と口にするんじゃねえぞ

Black stars can come and get me

Take it from Oprah Winfrey, tell her she right on time

ブラックスターが俺を迎えにくるかもな

それをオプラ・ウィンフリーから奪い取って言ってやるぜ あんたの言う通りだって

Kendrick Lamar, by far, realest Negus alive

ケンドリック・ラマーこそ今世界でぶっちぎって一番リアルなNEGUSなのさ

解説

“u”との対比

まずはここから見ていきましょうか。タイトルの時点で対比が明らかな、“u”との関連性です。

まずは前提として、”u”という楽曲について軽く振り返っておきましょうか。詳しくは“u”の全訳解説を読んでもらえればと思うんですけど、あらためて。

あの楽曲のテーマは自己嫌悪。新世代のヒップホップ・スター「キング・ケンドリック」、その成功と名声の裏で、彼は家族やホーミーを蔑ろにしてしまう。そのことが巨大な後悔となって彼に押し寄せ、自殺願望を抱くほどの深刻な鬱状態になっていたことを、彼は楽曲の中で告白しています。

そこへいくと”i”はどうでしょう。何度も繰り返される“I love myself”というラインに明らかですが、彼は自己愛に満ち満ちています。そして、彼が巨大な戦いに身を投じ、メッセンジャーとして邁進していくことを宣言する内容。この段階で、”i”と”u”がテーマの上で対照的になっているのが十分に理解できると思います。

加えて指摘すると、”u”はタイトルこそ二人称ですが、その対象はケンドリック・ラマー自身。彼個人の問題を見つめた、極めて一人称的な楽曲です。

一方で”i”はどうでしょう。こちらもタイトルは一人称ですし、”I love myself”というフレーズが効果的ではあるものの、その自己顕示は同胞であるアフリカン・アメリカンへのエールでもあります。つまり、この楽曲の本質は二人称的なんですね。

この構造が実にクレバーです。ケンドリック・ラマーの内面に渦巻くポジティヴィティとネガティヴィティ、これらを対比によって結びつけつつ、アフリカン・アメリカンの社会の問題という大きなテーマをも持ち出して語っている訳ですからね。

包括的なリリック

次に見ていくのは、この楽曲のリリックに見られる包括性。前曲”You Ain’t Gotta Lie (Momma Said)”でも、”To Pimp A Butterfly”で提示した数々のテーマを並列で扱いながら多層的なリリックが見られましたよね。その技法は、この”i”でも感じられます。

楽曲の展開に沿う形で紹介していきましょうか。まずはイントロの「試練 それに苦難 でも俺は神を知ってる 悪魔は俺に蝶ネクタイでもつけさせて隷従させる気でいる」というリリック。ここは彼の信仰心“How Much A Dollar Cost”で重要なモチーフとなったものですけど、そことの結びつきです。もっと言うと、「悪魔」“For Sale ? (Interlude)”に登場した「ルーシー」との関連を連想させますね。

続いては「誰も彼もが俺を陥れようとしてる クソくらえ 俺を溺れさせることなんてできっこないさ」というライン。彼は「アンクル・サム」「ルーシー」を比喩的に持ち出して、自身を誘惑する悪が絶えないことを主張してきました。その内容を踏まえての一節ですね。

そして後半の「溺れさせる」という部分は、“good kid, m.A.A.d city”収録の“Swimming Pools”との関連を思わせます。彼のリリックは一貫して「ケンドリック・ラマーであること」に終始していますから、こうした作品を横断しての引用もなんのその。

Kendrick Lamar – Swimming Pools (Drank)

お次は1stヴァース。ゲットーのリアルを綴った部分ですね。こういうリリックはラマーの常套ではあるんですけど、「連中はこう言いたいのさ」というフレーズがあることで、並一通りなラッパーに対するdisも感じ取れます。

ゲットーの惨状を語るだけ、そんなの誰でもできる。そのリリックはリアルじゃない。3rdヴァースで彼の実体験を語っていることと踏まえて、ありがちなコンシャス・ラップへのカウンターの意図も見えてくる内容ではないかと。

そして何より、楽曲全体から放たれるポジティヴで誇り高いメッセージ性。これは“Alright”“Comlexion (A Zulu Love)”でも見られた、アフリカン・アメリカンへのエンパワメントそのものです。メッセンジャーとしてのラマーの本質ですね。

普通、1つのコンテクストの中に複数の題材を持ち込むのは危険なんですよね。主張が迷子になってしまう可能性がそれだけ高くなってしまうので。ただ、ケンドリック・ラマーという非凡な詩才を持ったリリシストであれば、こうした重厚なリリックを書くことができる。その天才性がうかがえる部分です。

スピーチ部の内容に見える伝道師としてのケンドリック・ラマー

さて、おそらくこの楽曲のリリックで深掘りすべきはここでしょうね。トラックが鳴り止んだ後に始まる、ラマーのスピーチです。

ストリートの喧騒で開幕するこの楽曲、舞台設定として世界中を見て回ったケンドリック・ラマーがフードに帰ってきた際のステージというものになっています。ちょっと話は前後するんですけど、これもこの楽曲の二人称性を支えるものでね。ステージという「ラマー対オーディエンス」の構造を作り上げている訳ですから。

閑話休題。結構長いパートなので、大きく2つに分割してその内容を見てきましょうか。

Spoken Interlude:「自尊心と自意識は義務である」

3rdヴァース後に、群衆のざわめきがインサートしてきます。ここで再びステージという舞台設定を明示すると同時に、アフリカン・アメリカンの社会が雑然とした一体感のないものであることを暗示しているんですね。そしてラマーは「今は俺の時間だ」と彼らを制止するんですけど、規模感こそ違うものの“The Blacker The Berry”で見られた「黒人間の暴力」への否定がここにも顔を覗かせるようです。

どよめきは依然止まないまま、ラマーはスピーチを始めます。アフリカン・アメリカンの社会に長らく蔓延する冷遇と差別の歴史にピリオドを打とうと、彼は群衆に訴えかけます。そして彼は友人に「俺らのダチは何人死んだ?」と繰り返し尋ね、無意味な血が流れ続けていることを思い出させるんです。

この質問に、群衆からヤジが飛んできます。「(俺たちにそんな質問答えてる時間はねえんだよ)」と。ゲットーに住む彼らにとって仲間の死は日常であり、今更取り沙汰すものでもない。いちいちそんなこと聞いてくれるな、そういうことですね。

そしてこのヤジに返す刀でラマーはこう言います。「俺らには無駄にできる時間なんてない」。次曲“Mortal Man”でラマーは黒人男性は26歳まで生き永らえることは極めて稀だと語っています。つまり、彼らに残された時間は決して長くはないのです。だからこそ、「俺らが現状におさらばして残された少ない時間を楽しむのは間違ってないはずだろ」という発言に繋がってくるんですね。

話を本題に戻し、ラマーはチャーリー・パーカーの名前を引用します。言わずと知れた伝説的ジャズ・マンですね。

Now's The Time

「ビバップの父」と呼ばれるほど偉大な人物ですが、彼の生涯はドラッグとアルコールにまみれた破滅的なものでした。事実、35歳の若さで彼はこの世を去っています。ここでパーカーを引いたのは、本作においてジャズが極めて重要な音楽的モチーフであることも関係しているでしょう。

さて、ラマーはパーカーを引き合いに出した後、「これはやらなくちゃいけないことなんだ」と訴えかけます。「これ」というのはおそらくはその直前、「俺らが現状におさらばして残された少ない時間を楽しむのは間違ってないはずだろ」にかかっていますね。いつまでも現状に満足していてはいけない、自尊心をもって自分たちの運命を切り開くんだと。

彼はこの一連の発言をこうまとめます。「俺がこんなことを言ってるのはお前らを愛してるからなんだ」。この楽曲で“I love myself”と何度もラップしてきた彼ですが、彼の愛は全てのニガーに注がれるものでもあると、そう宣言するんですね。ここまで博愛的なヒップホップって、他に例がないんじゃないでしょうか。

4th Verse: “nigga”=”negus”

さて、一度ラマーは演説を打ち切り、ショーに戻ると宣言するんですね。しかし、「ショーを再開する前に もうちょっと喋らせてくれ」と断りを入れ、再びスピーチを開始します。

ここからの主題は「Nワード」ですね。”nigga”という差別用語に関する彼の主張が始まります。

導入はラマーと彼の友人のある会話の回想。ラマーはかつて友人に、「二度と”fuck nigga”なんて言葉は使わないって」と約束したことがあると語ります。

その友人は、”Fuck nigga”という言葉は同胞であるアフリカン・アメリカンを貶めるものだとラマーをたしなめます。ここで登場する『ジャンゴ 繋がれざる者』というのは2012年公開の西部劇なんですけど、ここに登場するサミュエル・ジャクソン演じる黒人奴隷は、仲間である黒人奴隷に利する命令には断固として背き、彼らにとって害のある行為は率先して行うという卑劣な男。”fuck nigga”なんて言葉を使うことは、この黒人奴隷と同じだと言っている訳です。

(この『ジャンゴ 繋がれざる者』はオスカー2部門獲得の名作です。よろしければ是非ご覧になっていただければ)

そしてラマーはこの忠告と約束を機に自分を見つめ直し(“soul”という表現は、単にケンドリック・ラマー個人ではなく彼のルーツにまで思索が及んだことを思わせます)、彼が見聞きしてきた暴力にまみれたゲットーの生き方と決別することを選んだと。

そしてラマーはここで再び個人名を持ち出すんですね。今回出てくるのはオプラ・ウィンフリー。アメリカを代表する司会者にして慈善家、アフリカン・アメリカンで最大の成功を収めた人物です。

彼女は「Nワード」に関して非常に慎重派で、ラッパーをはじめとする数々のアーティストとそれにまつわる議論を交わしていることでも知られていて。だからこそ、「Nワード」についてのラマーの見解を語るこのヴァースは彼女に贈ると言っているんですね。

ラマーの結論はこうです。”nigga”という単語は、エチオピアで「王族」を意味する“negus”に由来する。そこには本来高潔さと偉大さだけがあり、差別的な意味はあるはずがない。だからこそ、我々アフリカン・アメリカンは”negus”であることを誇らねばならない。

そして彼は最後にこう締めくくるんですね。「ケンドリック・ラマーこそ今世界でぶっちぎって一番リアルなNEGUSなのさ」と。このラインが、“I love myself”にもかかってきます。誇りあれ”Negus”よ!そういう主張なんです。

まとめ

……なっが。なんだこれ。(これは読んだみなさんの気持ちの代弁ではなく、書き終えた私の感想です)

ただ、長くなるのも無理からぬ話で。冒頭でも書きましたけど、この楽曲は”To Pimp A Butterfly”のリード・トラックですから。そこには大きな意味があって然るべきだし、”To Pimp A Butterfly”全訳解説と銘打ったこの企画で蔑ろにする訳にはいきませんからね。

そうそう、語るタイミングなかったんでアレなんですけど、個人的に”To Pimp A Butterfly”で一番好きな楽曲はコレなんですよ。アイズレー・ブラザーズをサンプリングした、すごくエネルギッシュなヒップホップでね。それでいてジャズのシリアスな空気感もあって、そういう意味でも”To Pimp A Butterfly”を代表するに相応しい楽曲です。

さて、次回はいよいよこの企画の最終回。“Mortal Man”の全訳解説に挑んでいきます。意図的に和訳してこなかった、アルバムの中で紡がれていく一編の詩の和訳も含めて、このアルバムを締めくくる楽曲に向かい合っていこうと思います。それではまた次回お会いしましょう。

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