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Revolver/The Beatles (1966)

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「ザ・ビートルズの最高傑作とは?」

全ての音楽ファンにおける永遠の議題の1つだと思います。ほとんど全てのポピュラー音楽を内包する彼らの作品はどれも秀逸ですし、結局は好き嫌いの枠を出ないという指摘ももっともです。

ただ、無謀にも客観的に彼らのアルバムに序列をつけるならば、私は『リボルバー』こそが彼らの最高傑作だと信じています。

今回はこの作品が何故最高傑作に相応しいのか、この点を中心に3つの観点からこの歴史的名盤を紐解いていきましょう。

アイドルからアーティストへ

初期のビートルズ、アルバムでいうと『ヘルプ!』くらいまでの彼らは優れたロック・バンドであると同時に、あるいはそれ以上に世界最大のアイドルでした。「ビートルマニア」と呼ばれる熱狂的なファンが世界中にいて、彼らのコンサートはこのビートルマニアの歓声で演奏が聴こえないほどだった、というのは有名な話ですね。

その狂乱にメンバーは辟易していた訳ですが、時を同じくしてアメリカではフォーク・シーンからボブ・ディランが登場します。彼の豊かな詩情はビートルズ、とりわけジョン・レノンを夢中にさせました。

このディランの影響というのはバンドにとって極めて巨大な転換期で、これまで恋愛を主題にしたポップスを量産してきた彼らに内省的な視座を与えるんです。

この辺りからバンドには「アーティスト」としての自我が芽生え、1966年に『ラバー・ソウル』という傑作を生むに至ります。アコースティックな楽曲が多く、またサイケデリアやインド音楽からの影響など様々な革新が図られた1枚ですね。

ただ、まだまだこの作品はポップスとしての品格を保ってもいるんです。誰が聴いてもすこぶる素晴らしく、どの楽曲でも卓越したメロディ・センスが光っている、ものすごく嫌らしい表現をすると「お利口さん」な作品。先に触れたように当時としては斬新な音楽だったのですが、それはあくまでも既存のポップスの枠組に収まる範囲のものでした。

ところがこの『リボルバー』は違います。レコードを再生した途端にくぐもった男のカウントが聴こえたかと思えば、切れ味鋭いギターと共にエスニックな香りの立ち込める『タックスマン』で幕を開けるんですからね。

Taxman (Remastered 2009)

『ラバー・ソウル』と同年発表の作品とはとても思えない音楽性の変化が1曲目から突きつけられるんですね。この後で詳しく書きますが、当時の音楽的・技術的な最先端の表現がこの作品では絶えず展開されます。

この挑戦はもはやアイドルのそれではありませんよ。現代日本で言えばジャニーズのグループがいきなりポスト・ロックをやるくらいの衝撃はあったんじゃないでしょうか。

アイドルからの脱却、そしてアーティストとしてのザ・ビートルズの確立、この点においてこの『リボルバー』は彼らにとって最重要の1枚なんです。現代に至るまでザ・ビートルズがポピュラー音楽最大の偉人である理由の大きな部分を占める作品でもあると個人的には思っています。

ロックの可能性を拡張した作品

さて、長々とこの作品の背景を書いてきましたが、ここからは実際に作品の内容を見ていきましょう。この作品では3人の作曲家、つまりリンゴ・スター以外のメンバーということですけど、彼らがそれぞれに違った役割を果たしているんですよ。なので、メンバー毎に分けてその音楽を分析していきます。

ジョン・レノンの貢献

まず本作の音楽的な特徴として、サイケデリック・ロックの本格的な導入というのは重要なトピックです。

その前兆は前作『ラバー・ソウル』でも見られたんですが、その色彩の濃厚さには大きく差がありますよ。主にこの作品におけるサイケ感というのはレノンが表現している部分ではあるんですが、例えばこの『アイム・オンリー・スリーピング』という楽曲。

I'm Only Sleeping (Remastered 2009)

テープを逆回転させる、というスタジオ・ワーク上のテクニックがこの曲のなんとも言えない浮遊感や気だるげな空気感、それこそトリップの疑似体験のような効果を生んでいます。

このテープの逆回転はサイケやそこから発展したプログレにおいて常套手段ともなるアプローチなんですが、これを史上初めてレコードに収めたのが実はザ・ビートルズなんですよね。本作と同時期に発表されたシングルB面の『レイン』という楽曲なんですが。

こういう、それまで誰もしてこなかった型破りなサウンド・メイキングを本作ではもう次々に、そして軽々と彼は提案してきます。

他にもレノンの作曲でいえば、3コードながら毒々しさと変拍子が強烈な『シー・セッド・シー・セッド』はサイケデリック・ロックの1つの雛形みたいな完璧さがありますし、極めつけは最終曲『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』。

ドローンが鳴り響く中、「チベットの高僧の経文の大合唱」を意図したというヴォーカルが超然とした音色を奏で、テープの逆回転や小鳥のさえずりというギミックが惜しげもなく盛り込まれたカオスな傑作です。

Tomorrow Never Knows (Remastered 2009)

ポール・マッカートニーの貢献

ここまではレノンのこの作品における存在感について見てきましたが、ではレノン=マッカートニーの片翼ポール・マッカートニーはどうかというと、彼も負けず劣らずやりたい放題してますよ。

レノンがスタジオ・ワークに凝った一方、マッカートニーはポップスとしての表現に挑戦しています。その片鱗というのは弦楽四重奏をロック音楽に持ち込んだ『イエスタデイ』からあったものですが、それがより顕著な形で表れたのが『エリナー・リグビー』。

Eleanor Rigby (Remastered 2009)

この曲も『イエスタデイ』同様バンドは演奏に参加していませんが、アコースティック・ギターすら使わず完全に弦楽八重奏だけでサウンドを構築しています。いわゆるバロック・ポップの先駆けですよ。

サイケとは違ったアプローチではありますが、彼も彼でこれまでのポピュラー音楽にないことをやろうとしているんですね。それに、この時期くらいからポール・マッカートニーの作曲センスって手がつけられないレベルで巨大なものになっていて、史上最大のメロディ・メーカーの風格を放っているんです。それでバンド音楽に頼らない多彩なサウンド・メイキングをする訳ですからもうポップスとして最上級なんですよ。

ザ・ビーチ・ボーイズの『神のみぞ知る』(大傑作『ペット・サウンズ』収録)にインスパイアされた『ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア』でもそうですし、フレンチホルンを導入した『フォー・ノー・ワン』、ブラス・ロックの先駆であろう『ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ』……

Here, There And Everywhere (Remastered 2009)

もうどストレートの豪速球揃いですよ。本作がアヴァンギャルドなサイケ・アルバムで終わらない普遍性を獲得しているのは、マッカートニーの功績が大きいと思いますね。

ジョージ・ハリスンの貢献

そして本作を語る上で忘れてはならないのが、ジョージ・ハリスンの躍進。初期の作品ではカバー曲を収録する関係もあって彼の自作曲というのは大抵1〜2曲しか収録されていませんでした。

それがこの『リボルバー』では過去最多となる3曲が彼のクレジットで、先ほど紹介したオープニングの『タックスマン』もハリスン作。レノン=マッカートニーという稀代の作曲コンビに比肩し得る実力をつけたことがこのことからも伺えますね。

で、本作でのハリスンはというと、基本的にはサイケ路線の作曲ではあるんですが、レノンと違う点、それは彼の楽曲から濃厚に漂うインド音楽からの影響にあります。

これはサイケデリック・ムーヴメントそのものの背景にも関わるので流石に詳細は省きますが、サイケと東洋思想というのは密な関係にあったんですね。そこにバンド内で誰よりも傾倒したのが他でもないハリスンなんです。前作でもインドの楽器シタールを演奏してそのインド趣味は見せていますが、もう本作での彼のインド愛は凄まじいです。

その代表と言えるのが『ラヴ・ユー・トゥ』。もうイントロからイギリスのロック・バンドとは思えないむせ返るような東洋のテイストを溢れさせていますし、そのサウンドの追求はインド人の外部ミュージシャンがレコーディングに参加するほど徹底されています。

Love You To (Remastered 2009)

この曲を本作における駄作と見る向きもあるようですが、とんでもない指摘だと思います。確かに好みの分かれる楽曲であることは事実ですが、ワールド・ミュージックとポピュラー音楽の邂逅の最初期の一例としてこの曲の重要性というのは絶対に見逃してはならないものです。

言ってしまえばラーガ・ロックの始祖みたいなものですからね、一つのサブ・ジャンルを生み出す程度には多くに人々に驚きと感動を与えた素晴らしい楽曲ですよ。

このように、三者三様にそれぞれ革新的な挑戦を本作で繰り広げている訳ですが、こういう実験性ってこれまでのR&Bをルーツにするいわゆるロックンロールでは絶対になかったものですし、それを世界最高の人気を誇るバンドが平然とやってのけたというのはとてつもないことですよ。この作品がいったいどれだけの可能性をロックに与えたことか。

これは私の持論ですけど、「ロックンロール」が「ロック」に変化した瞬間こそがこの『リボルバー』だと思っています。これまでのポピュラー音楽ではあり得ないことをやってもいい、そこにルールなんてものはない、そういう姿勢をこの作品は厳然と感じさせます。

レノン=マッカートニーの才能

この作品の途方もない偉大さというのはここまでで十分理解していただけたかと思います。ただ、「偉大であることと音楽的な魅力は別だ」、こういう指摘をされる方もあるかもしれません。

この意見に私は大いに賛同します。そう、我々が生きているのはこの作品から遥か50年以上も未来の21世紀。この作品が音楽に与えた影響など、音楽を楽しむ上での予備知識程度に過ぎないという声もあって然るべきです。

それでもなお、私は『リボルバー』こそが最高傑作だと言いたい。何故ならば、ザ・ビートルズ最大の魅力であるジョン・レノンとポール・マッカートニーという不世出の天才2人の才能、これが完全にイーブンな状態にあるからです。

断っておきたいのですが、決してジョージ・ハリスンとリンゴ・スターを過小評価するつもりはありません。彼らも紛れもない天才ですし、ザ・ビートルズのレガシーはこの4人でなくてはなし得ないものだと確信しています。ただ、それでもレノン=マッカートニーが最後までバンドの中心であったこともまた事実でしょう。

そのレノン=マッカートニーの音楽的なパワーバランスというものを見ていくと、初期ではレノンが質・量ともに圧倒しているんですね。勿論マッカートニーも素晴らしい名曲を書いてはいるんですが、それでもレノンが凄すぎる。モータウン調をやらせてもロックンロールをやらせてももうハズレがない、さすがはバンドのリーダーといった感じでしょうか。

では一方で『リボルバー』以降はどうかというと、この辺りでパワーバランスが逆転するんです。これはレノンの才能が枯れたというよりも、さっきも書いたようにもうマッカートニーが人間離れした才能を完全に開花させちゃうんですよ。曲を書かせれば名曲になる、それくらいゾーンに入っている状態です。

それにレノンもドラッグにのめり込んだり、関心が次第に前衛やアートの方へ向いたりしたこともあって、楽曲がどんどん難解になっていってしまったんですね。それはそれで名曲揃いなんですけど、楽曲のエネルギーというところでマッカートニーと張り合うにはややトリッキーすぎるんです。

ですが『リボルバー』制作の段階、ここでは両者のピークがぶつかっています。革新性という部分でも拮抗していますし、何より前衛的なロックを探究するレノンと最高のポップ・チューンを連発するマッカートニーのコントラストが実に見事なんですよ。

両者のアーティストとしての特質の最も美味しい部分が、このアルバムには絶妙なバランスで保存されているという奇跡。これこそが私が『リボルバー』をザ・ビートルズの最高傑作と主張する最大の理由です。

まとめ

ここまで約5000字、一体何人の読者の方が最後まで読み進めてくださったかわかりませんが、少なくとも私が考える『リボルバー』の偉大さ、魅力、傑作たる所以、そういったものはこの記事で余すことなく書くことができたかなと思います。

ただこれはあくまで何の権威もない一個人の意見、「それは違う!」という声が既にそこかしこから聞こえてくるようです。そしてそれこそがザ・ビートルズのえげつないところですよ。

当然のように『リボルバー』派も『サージェント』派も、もちろん『アビー・ロード』派も『ホワイト・アルバム』派もいて、初期が一番だって人もいれば『レット・イット・ビー』だろうという人もいて、そこに『イエロー・サブマリン』を推す謎の勢力もあって。ただ全員共通しているのは、このバンドが大好きということ。

この記事が願わくば、そういうザ・ビートルズを愛する人々の愛すべき喧嘩のタネになりますように。

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