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ハチミツ/スピッツ (1995)

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なんとなく音楽にも季節感というのがあると思っていて、夏に聴きたい作品だったり、冬に聴きたい曲だったりは皆さんあると思います。で、私にとってこの時期に聴きたくなる作品の1つが、今回ご紹介するスピッツの『ハチミツ』です。

日本人で音楽が好きならスピッツはもう無条件で通るアーティストの一角じゃないでしょうか。30年以上のキャリアの中でコンスタントに作品を発表していますし、音楽性はブレることがない。加えてどの時期の作品も安定して高品質という、本当に優れたバンドだと思います。その彼らの作品でも、初めてヒットを記録したのがこの『ハチミツ』ですね。

今作はバンドのキャリアにとって1つの転換点だと思っていて、初期は結構ハード・ロックやパンク、それにシューゲイザーみたいな洋楽ロックからの影響を色濃く反映させていたんですが、この作品で一旦J-Popとしてのスピッツを確立したと思います。もちろん以前から十分ポップではあったんですけど、ポップと捻くれたロックのバランスがこの作品をもって完成したという印象ですね。

例えば1曲目のタイトル・ナンバー『ハチミツ』、如何にもスピッツらしい爽やかなメロディが心地いい、正に春を感じる楽曲ですけど、この曲のAメロのリズムって5拍子なんですよね。こういう部分です、すごくポップスとして上質なのに、どこかで変なことを仕掛けてくる、その一筋縄ではいかないところ。スピッツを『チェリー』や『楓』のイメージで捉えたままだとうわべのメロディの気持ち良さに騙されて見えてこないかもしれませんが、実は結構変態的なんですよね。

スピッツ / ハチミツ

ただ、それをあくまでポップスにしている部分が本作の特徴の1つです。それこそ初期の傑作と謳われることも多い『名前をつけてやる』と比べるとわかりやすく見えてきますが、メロディの目立ち方が違っているように思えるんですよ。この作品でも尖ったサウンドだったり、さっきも例に出した捻くれたアプローチだったりはあるんですけど、どれも真ん中にメロディを感じる楽曲ばかりです。元々草野マサムネという作曲家の才能は凄まじいものがありますし、それが100%発揮できる土台が完成しているんですね。

変なことをしているのにポップ、というところで見てみると『トンガリ’95』を引っ張ってきてみましょう。変なことというほどのことでもないんですけど、演奏だけ聴けばかなりロックなんですよねこの曲。イントロもすごくシンプルなギター・リフですし、ドラムも結構派手なことをしていて。極め付けはギター・ソロ前後ですね、疾走感のある楽曲がいきなりリズムを半分に落として、壮大なコーラス・ワークがねじ込まれています。さらにすごくロックなギター・ソロを唐突に放り込んでくるという。結構メチャクチャなんですけど、そこにメロディが乗っかった瞬間にポップスに化けるんです。

この『トンガリ’95』という曲で見えてくるスピッツのロックな部分というのは、さっきも言った通り初期の彼らにはよくある音楽性だったんですけど、本作ではおそらく意識的にそのトーンを落としているようにも感じられます。終盤に収録された『グラスホッパー』もロックらしさが全開ですが、逆にその2曲くらいですからね。『グラスホッパー』にしたってやっぱりメロディはどこまでもポップですし。

メロディならば『愛のことば』という楽曲にも触れたいですね。もうこの時期の草野マサムネらしさが詰まっています。決して展開の多いメロディではなくて、音の上下もそこまでないんですが、その素朴さで勝負をかけてくるのが素晴らしい。サビで一気に開けた印象を与えるのも、J-Pop的と言ってしまえばそれまでかもしれませんがとても効果的です。

スピッツ / 愛のことば

ちなみになんですが、この『愛のことば』と『トンガリ’95』はアルバムの中で並んで収録されているんですよ。『愛のことば』でしみじみと聴き入った後に『トンガリ’95』のリフが始まるという展開が個人的にとてもお気に入りです。どちらの良さも引き立てるいい並びだと思いますね。楽曲の良さは当然として楽曲の並びも秀逸なのが『ハチミツ』の魅力です。結構スピッツの作品って楽曲の流れに違和感を持つことも多いんですが(駄作だと言いたいのではなく、引っかかりがあるという意味です)、本作は春の暖かい風のようにナチュラルで心地いい展開続きなんですよね。

で、このメロディを紡ぐ草野の歌声なんですが、これもやっぱり独特ですね。突き抜けるような高音域だったり、そこに無理を感じさせない伸びやかさというのは一聴してわかると思いますが、ビブラートをほとんど使わないんです。これほど魅力的なメロディが並んでいるのに、そこを歌声で主張しようとはしない訳です。そのさりげなさが、メロディに更なる優しさやかすかな切なさ、ともすれば霊的な響きまでも与えているように私は感じます。

彼の歌唱法が顕著に出ている曲として『涙がキラリ☆』を取り上げてみると、サビの「心と心を繋いでる」の「る」の部分。かなり高いキーですし、この楽曲のフックとなっている箇所だと思うんですが、そこもあくまで軽く歌っているんですよね。最後のサビではこの「る」で更に音を上げ、ファルセットで表現しているんですが、その意表のつき方もスピッツらしさを感じます。素直なメロディでもちょっとした遊び心を仕込んでいるんです。

この謙虚さやさりげなさは楽曲レベルではなくてアルバム単位で見ても役割を果たしていると思っていて、ここまで手抜きのないメロディ勝負の楽曲が詰まっていながら、決して聴いていて疲れないんです。アルバム自体も44分ほどとコンパクトなものですが、勢いのある作品でもないのに流れに乗って最後までツルッと聴けてしまう。さっき触れたように楽曲の並びもよく練られてますが、それをサポートするように草野の歌声の軽やかさというのは機能しているんじゃないでしょうか。

こうしたこの作品の魅力、その全てを象徴している楽曲こそが『ロビンソン』。バンドどころかJ-Popの歴史を代表する超ド級の名曲ですよね。もちろん楽曲としてあまりに完成されているんですが、この『ハチミツ』という作品で聴くと更に魅力を増す楽曲だと思っています。

スピッツ / ロビンソン

まず、この『ロビンソン』って色んな部分で捻ったことをしてくるこの作品の中で一番真っ直ぐな楽曲なんです。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビの展開を2回繰り返し、最後にサビをもう1度歌って終わり。転調はもちろん間奏もなく、どこまでもシンプルな作りですね。ドラムやギターのフレーズはところどころで小技の効いたプレイを聴かせてくれますが、楽曲の温度感はどこまでも一定ですし、遊び心のようなものも感じない。この楽曲の構成はこのアルバムの中でより引き立って聴こえてきます。

この作品に通底する自然さ、さりげなさもこの楽曲に関連してくる印象なんですが、どういうことかというと、これほど誰もが知る名曲、説明不要の傑作であるにも関わらず、この曲アルバムの中で目立っていないんです。前曲『あじさい通り』を受けて当然のように始まり、そして当然のように『Y』へと移り変わるんですよ。『ロビンソン』というのはバンドにとって初となる大ヒット・シングルな訳ですから、普通ならこの曲を軸にアルバムを構築しそうなものですが、そうしない。ごくごくさりげなく、そっとこの曲を収録しているというのが心地いいです。なんなら『Y』まで続いた静かな空気感をカウベルで叩き壊す『グラスホッパー』の印象の方が強烈ですからね。

そして最後を飾るのが『君と暮らせたら』という曲ですが、これも本当に気取ったところのないナンバーで。爽やかなギターが楽曲を引っ張っていくんですが、まるでアルバム冒頭のような飾らなさ。全く作品の終わりを感じさせることなく、軽やかにメロディを紡いで、それでおしまい。ただ、物足りなさがある訳でもなく、『ハチミツ』という作品を締めくくるにはこれしかないというような幕切れです。ほんの少し余韻を残しつつも、あくまで自然にこの作品をまとめ上げているんですね。実にさりげないですが、かなりこの作品の評価においてこの終わり方って重要だと思っています。『俺のすべて』ではこういう表情の作品にはならなかったでしょうから。

スピッツって本当に人によってどの作品が好きか分かれるバンドですし、正直に言って私もこの作品が一番のお気に入りかというとそうではないです。ただ、どうしてもこの時期に聴き直したくなるんですよね。それは多分、『ロビンソン』すらも包み込んでしまうこの作品の自然さ、優しさみたいなものを求めてしまうからだと思うんですが。今一度スピッツを聴き直してみようという方がもしいれば、せっかくの春ですしこの『ハチミツ』を選んでいただけたら嬉しいですね。

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