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映画『マイケル/Michael』に対する独り言

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今日は取り急ぎこちらのトピックを。6月12日からついに日本でもロードショーとなりました、映画『マイケル/Michael』について。

公開されるや否やあっという間に国内の興行収入が10億円を超える特大ヒット、音楽伝記モノ流行の走りになった『ボヘミアン・ラプソディ』を凌ぐ凄まじい勢いを見せています。地上波テレビや雑誌なんかも、もうこぞってMJ 特集を打ちまくり、ここまで彼が話題になったのは彼の急逝以来初でしょうね。

で、私は映画はズブの素人なんですが、マイケル・ジャクソンについては一家言ありますよ。このブログでもたびたび彼についての投稿をしてきたし、本格的なソロ・アルバムについては全てレビュー済み、楽曲ランキングTOP50も公開しています。気合入ってるでしょ。(↓の投稿の冒頭に『オフ・ザ・ウォール』以降のオリジナル・アルバムのレビューへのリンクもあります。ぜひあわせてお読みください。)

そんな私が、今回の映画『マイケル/Michael』をどう観たのか。そんなことを書ければと思います。

さて、しょっぱなに私の感想を書いておきましょう。

めちゃくちゃ泣いたけど面白くなかった、めちゃくちゃ泣いたけど。

……いや、私も絶賛したかったですよ。したかったですけどね。映画として面白かったかと聞かれるとなぁ……

今回の映画は、マイケル・ジャクソンの50年をまるっと描くという構造にはなっていません。時期でいうとジャクソン5としてデビューしてから『スリラー』、そしてジャクソンズ脱退まで。ストーリーとしては、厳しすぎる父の教育、そして管理下の中で頭角を表した幼き天才が、その呪縛を振り払い1人のアーティストになるまでの物語に徹底的にフォーカスしています。

この構成自体には、いろいろ事情もあったとのことで、ある程度納得してます。ただその構成にするなら、もっと描くべきことがあったんじゃない?父と子の物語に限定してしまったがために、ストーリーとして中途半端すぎない?という感覚はありますね。

そこにも大人の事情があったんだとは思います。でもモータウン離脱のいざこざはマイケル・ジャクソンの自立を物語の肝にしたいなら触れた方がよかっただろうし(主体的な創作ができないことに反抗しての決別ですからね)、そこからジャクソンズのアルバム『デスティニー』、シングル『シェイク・ユア・ボディ』での成功というのは大事だと思うんです。

特に後者なんてランディ含めジャクソン・ファミリーの物語としても描けるんだし、クライマックスの「ヴィクトリー・ツアー」に意義も生まれる。なんであそこ『ワーキング・デイ・アンド・ナイト』なんだろう……歌詞の繋がりだとは思うんですけど、曲としてのパンチに欠けるでしょ。そもそも史実を捻じ曲げてまで入れるような曲ですか?『ロック・ウィズ・ユー』は使わないのに?

それにマイケル・ジャクソンの生涯でも大きな転機の1つ、クインシー・ジョーンズとの出会いがまるっとカット。しれっと出てきてソロ・アルバムの打ち合わせから始まるのも「?」でしたね。まあ、事実通り描こうとするとダイアナ・ロスに触れざるを得ないから、ここも大人の事情なんだろうと理解はしつつ。

でもマイケルの「ソロ活動のためにプロデューサーを探しているんです」に対してのクインシーの「僕じゃだめかな?」という、この伝説的な問答だけでも欲しかったな。これがあれば、マイケル・ジャクソンが自発的に挑戦しようとしていたことがもっと伝わったと思うんです。父からの脱却だけじゃない、アーティストとしての野心の部分がね。

そういう、今回の映画で描かれた期間での大事なトピックをオミットして、全てを父ジョセフの独裁への苦悩に結びつけた結果、納得感の薄いストーリーになっていた感は否めません。いや、あんだけ爆裂に売れて弁護士雇ってクビにしたのにまだ付き纏えるの?そもそもなんでまだ同じ家住んでるの?火傷の事故を経て別離を決意するって、どういう心境の変化?……ジョセフ・ジャクソンを悪役にしようとするにしても、その説明が足りてない。

そして同時に、マイケル・ジャクソンというアーティストのえげつなさを描く余裕がなくなっているとも感じます。そりゃ、ジャファー・ジャクソンのパフォーマンスは見事でしたよ。でもそれってどこまでいっても結果の凄さであって、そこに至るまでの過程の部分がかなり省略されていたのも残念です。

……まああの人、「木登りしたら曲が降ってくる」って本気で言うタイプの天才なので、描きにくいとは思います。それにデビューと同時に全米1位、そこから40年間紆余曲折あれど、スーパースターの座から降りたことは1秒もないという、サクセス・ストーリーにするにはあまりにもできすぎた人生を送っていますから、そういう意味でも難しいでしょう。それでも、『今夜はドント・ストップ』は自分で作詞作曲したんですとか、『スリラー』のショート・フィルムを完全自費で作ったんですとか、ちょっとしたエピソードを挟むだけで「その上でこのパフォーマンス!」というカタルシスが生まれたんじゃないかな。『ボヘミアン・ラプソディ』は音楽制作のシーンもそれなりに多かったじゃないですか。

制作サイドとしては、ギャングと一緒に撮影!ゾンビとのダンス!ムーンウォーク!っていう、映像として魅せられるマイケル・ジャクソンにフォーカスしたかったんでしょうね。アプローチとしてはそれも大正解だと思います。だからここまでヒットしてる。でもそれだとマイケル・ジャクソンの自立っていう物語のテーマとは噛み合わせ悪いんじゃないかな……

とまあ、空気を読まず厳しいことを書きましたが、こうは言いつつむちゃくちゃ泣いたんですよね。この辺りは私のマイケル・ジャクソンに対する情緒がおかしい節も大いにありつつ、それ以上に「マイケル・ジャクソンの内面」を描くことに成功しているからだと思います。音楽家ではなく、誰よりも繊細で誰よりもピュアな1人の人間としてのマイケル・ジャクソン

JBにチャップリンにピーター・パン、そして動物や子供たち。マイケル・ジャクソンが愛したものの多くが、この映画では細かくはあるもののしっかりと描かれていました。ここが何より嬉しかったですね。バブルス君を迎え入れるシーンの、あの屈託のない笑顔……泣かされましたよ。

バブルス君繋がりだと、バブルス君とツイスターゲームするシーンとか、流石に史実だとは思いませんけどマイケルならやりかねねえ。ラマの散歩に至っては多分やってたし、確実に隣人をドン引きさせてたはずです。そういう人なんですよ。そういう、「むちゃくちゃピュアで善人だけど、それはそれとして前提として変な人」みたいなところもきっちり描写されていましたね。奇行としてではなく、愛おしさと「あなた本気ですか?あ、本気なんすね……」的なニュアンスを交えて。

そして鼻の整形尋常性白斑、これらは「奇行」としてとりわけ生前に取り上げられがちなものですけど(整形依存やら白人になりたかったやら、くだらねえ)、映画の中でしっかりと説明してくれていましたね。それに『ビリー・ジーン』のビデオを流す件では、しっかりと「僕は黒人で、それが誇りだ」とセリフに入れてくれていた。(MTVが折れたのはリスナーからのリクエストが殺到したからであって、レーベルの漢気ゆえではなかったと記憶しているんですが……これも大人の事情ですかね)

そして、そういう丁寧さをきちんと演技に落とし込んだジャファー・ジャクソン。脱帽ですよ。ダンス・パフォーマンス以上にそっちを褒めてあげてほしいです。父に怯えて目を逸らす演技なんてすごく生々しかったし、口元は微笑みながらも目には暗いものがさっと走るあの表情も、心ないインタビューや裁判中の映像で見たあれと同じでした。

正直、ジャファーがMJに似ているとは思いませんけど、でも今回の映画で何度か、彼がマイケル・ジャクソンにしか見えない瞬間というのはありました。これは血縁だからどうこうじゃない、1人の表現者としてマイケル・ジャクソンに向き合い続けた結果訪れた奇跡なんだと思います。

……さて、長々と書いてきましたがね。これ、どこまでいってもこれは厄介なファンの厄介な独り言でしかないです。映画『マイケル/Michael』が大ヒットして、マイケル・ジャクソンに初めて触れる人、あるいはマイケル・ジャクソンを思い出す人、彼の芸術に触れて感動する人が1人でも生まれれば、それはどうしようもなく尊いことなんです。

そして、そうさせるだけの映画では間違いなくあると思います。観に行かれた皆さん、どうせ家に帰って『今夜はビート・イット』や『スリラー』のビデオを観たくなったんじゃないですか?『オフ・ザ・ウォール』を聴き直したくなったでしょ?それでいいんです。みんながマイケル・ジャクソンのことを愛してくれたら、それでいいんです。

ということで、次の投稿もマイケル・ジャクソンについて語ってみようかなと思います。アルバムについては語っちゃったし、曲もランキング済み。ただ、マイケル・ジャクソンといえばのあれがあるじゃないですか。次回、「マイケル・ジャクソン全ショート・フィルム・ランキング」でお会いしましょう。

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