
前回の映画『マイケル/Michael』評(評ってほどでもないですが)の結びで、次回はMJのショート・フィルムのランキングやります!と書きました。そしてその準備を進めていたんですが……作成中に、ちょっと方向性を転換しようかなと思いまして。
過去にこのブログでは何度もマイケル・ジャクソンについて言及してきましたが、彼のキャリアを通史的に、網羅的に語ることってそういえばなかったなと。一番近いのは楽曲ランキングなんでしょうけど、あれも「私にとってのMJ」という向きが強いので。加えて、今回の映画の爆発的ヒットを経て、彼のキャリアをまとめた記事というのはある程度需要もあるんではなかろうかと。それに、昨日は彼の命日でもありましたからね。
ということで、今回は映像作品を軸に、表現者としてのマイケル・ジャクソンを振り返っていければと思います。以前のこの投稿でも少し触れているんですが、MJってなまじ歌って踊れておまけに映像もすこぶるエキサイティングなもんだから、音楽作品にフォーカスした議論が他のアーティストよりされにくいと感じていて。そこへのささやかなカウンターと、あと一応音楽ブログなので、あまり彼の映像作品への言及はこれまでしてきませんでした。ただ、今やるならむしろこっちだろうと。
生前、MJは自身のビデオを一般的な表現である「プロモーション・ビデオ」ではなく「ショート・フィルム」と呼称していました。まさにその言葉に相応しい素晴らしい作品の数々を通して、今一度彼の偉大さを確認する。そんな投稿を目指していきます。区切りとしてアルバムごとに語っていきますが、肝心要の音楽作品のレビューも各セクションの最後につけておくのでよろしければあわせてどうぞ。では参ります。
“Off The Wall”期~前史~
さて、ショート・フィルムという観点から語るのであれば、今や次作”Thriller”を凌ぎ最高傑作とする声も大きい“Off The Wall”は前史として扱わざるを得ません。制作されたビデオは、“Don’t Stop ‘til You Get Enough”、“Rock With You”、“She’s Out Of My Life”の3作です。
この中で最も手が込んでいるのは”Don’t Stop ‘til You Get Enough”、映画でも登場した、MJが3人に分身するシーンもありますから。とはいえそもそもMTVの開局が1981年、如何にジェームス・ブラウンやフレッド・アステアを師と仰ぐMJといえど、この時点で映像的なアピールに主眼を置いていたとは考えにくいでしょう。なにせ”Rock With You”と”She’s Out Of My Life”のビデオは同日に収録されています。楽曲としては彼のキャリアでもひときわ優れたこの2つですが、ビデオという観点で語るべきものは決して多くはありません。
■参考:”Off The Wall”レビュー
“Thriller”期~黎明期にして「ショート・フィルム」の確立~
そして”Off The Wall”から3年後、アルバム“Thriller”です。言うまでもなく世界で最も売れたアルバムである本作、その前人未到のセールスの要因には、間違いなく彼の映像表現がありました。
まず発表されたのが“Billie Jean”。パパラッチに追われるMJの姿を映した作品ですが、後年のショート・フィルムと比較するとまだまだシンプルな仕上がりと言えるでしょう。しかし、彼の映像革新において極めて重要な意味を持つ作品です。MTVには”Billie Jean”のビデオへのリクエストが殺到、MTVは「黒人のビデオは流さない」という極めて人種差別的な方針を撤回せざるをえなくなり、以降MJはMTV時代の寵児となります。(公平を期すために補足しますが、同時期にプリンスもこのMTVの差別的方針をアルバム“1999”からのシングル群で打ち破っています。)
続けてシングル・カットされた“Beat It”。ショート・フィルムという呼称が相応しい作品としては、こちらが第1弾と言えるでしょう。実際のギャングを集めて撮影され、映画『ウエスト・サイド物語』に着想を受けたダンス・シーンは大きなセンセーションとなります。さらに”Beat It”からおよそ半年後、アルバムから6曲目のシングルである表題曲“Thriller”のビデオで、その映像表現はさらなる高みへと至ることに。
映画監督ジョン・ランディス(『狼男アメリカン』を観たMJが彼にコンタクトを取ったといいます)を迎え、14分に及ぶホラー映画テイストの作品となった”Thriller”。映画監督をミュージック・ビデオに起用することも、14分という長さも、そして巨額の予算も、何もかもが当時としては異例でした。そもそも、映像内で聴くことのできる楽曲はシングルとしての”Thriller”とは大きく異なります。ガールフレンドとのデートのシーンではサビ以外のパートを繰り返し、ゾンビとのダンス・シーンではアウトロにあたる部分を引き伸ばし、クライマックスに満を持してサビが登場。MJは本来主役であるはずの楽曲をすら映像のためにエディットし、“Thriller”という究極のエンターテイメント作品を完成させるに至りました。
当時、この”Thriller”のビデオに周囲は懐疑的でした。先に触れた通り異例だらけの制作であることに加え、そもそもアルバム・リリースから約1年が経ってからのプロモーションですから。先の2本のビデオ、そしてムーンウォークの披露で十二分に話題を集め、すでに驚異的なセールスを記録していた本作に、果たしてこれ以上のコマーシャルが必要なのか?周囲の疑問ももっともでしょう。さてさて、その結果やいかに。
一説によると、アルバムは”Thriller”のビデオ放映からわずか1週間で100万枚のセールスを上乗せしたといいます。結果として、1983年の暮れにかけても”Thriller”のセンセーションはやむことなく続き、このことが翌1984年の第26回グラミー賞での8部門受賞という偉業の一因であることは想像に難くありません。
そしてこの一連の映像表現によって、世界はミュージック・ビデオの可能性に改めて気づくことになります。マイケル・ジャクソンが”Thriller”で達成した革新は、音楽ビジネスとエンターテイメントを新たなフェーズへと向かわせたとさえ言っていいでしょう。
■参考:”Thriller”レビュー
Bad期~より多様で巨大なスケールの獲得~
“Thriller”で人類史上最高のエンターテイナーとなったマイケル・ジャクソン。待望のニュー・アルバムとなった“Bad”でも、彼の映像作品への探究はますます進んでいきます。
まず、アルバムのリリースに先駆けて、ディズニーの3Dアトラクション「キャプテンEO」を制作。製作総指揮はあのジョージ・ルーカス、宇宙を舞台に歌とダンスで暗黒の女王に希望を届けるという内容の本作は、決して褒められたストーリーではありません。しかし、MJが映像表現のスケールを飛躍させようとしていることを窺い知るには絶好の作品です。
そしてアルバム”Bad”からは、実に9曲のショート・フィルムが制作されています。ストリートで美女を口説き落とそうとする如何にも古風なストーリー仕立ての“The Way You Make Me Feel”、MJ本人は(ほぼ)出演せず楽曲のメッセージをまっすぐに伝える“Man In The Mirror”、ロック・スター然とした風格のライヴ・フィルム風“Dirty Diana”、多数のセレブリティをエキストラに集めた“Liberian Girl”と、それぞれに個性豊かなビデオを発表しました。
その中で特筆すべきは表題曲“Bad”。監督に『タクシードライバー』で知られるマーティン・スコセッシを招き、18分にわたるまさしく短編映画と呼ぶべき内容となっています。
作品の着想となったのは、強盗と間違われ私服警官に射殺されてしまった黒人青年のニュース。治安の悪いハーレムを苦学の末抜け出した青年が、地元に帰るシーンから物語は始まります。犯罪が日常の旧友たちとのすれ違い、「誰がBad(ワル/イカしたやつ)なんだ?」という問いかけを、モノクロームのドラマによって描き出す本作。地下鉄の駅でのダンス・シーンばかりが有名ですが、彼が単なるエンターテイメントでない表現物としての強度を模索しているのがよく分かります。
さて、この時期のMJの映像表現であれば、1988年公開の映画『ムーンウォーカー』にはぜひとも言及すべきでしょう。前半は過去のショート・フィルムやビデオ・クリップのダイジェスト、後半はミュージカル映画という体裁の1作です。ミュージカル・パートの映画としての仕上がりについては「キャプテンEO」同様の感想に留めますが、この映画内で発表されたショート・フィルムはどれも白眉と言える出来栄えです。
ピーター・ガブリエルの”Sledgehammer”に影響を受けていそうなファンタジックかつナンセンスな“Leave Me Alone”、クレイアニメを交えてファンやパパラッチからの逃亡劇を演じ、ダンス・バトルも見ものな“Speed Demon”。どちらも楽曲としての知名度はマイナーでしょうが、見応え十分なビデオです。そして何より、ダメ押しとばかりの“Smooth Criminal”もこの映画が初出。
1930年代のアメリカのクラブを舞台に、白のスーツに中折れ帽といういかにもフレッド・アステアな出で立ちのMJが繰り広げるスリリングでエキサイティングなパフォーマンスの数々は、彼の映像作品でも最高傑作と呼んでしかるべき逸品です。極めつけは「アンチ・グラヴィティ(ゼロ・グラヴィティ)」、身体を大きく傾けるあの画期的なパフォーマンスは、ムーンウォークと並ぶ彼のアイコンでもあります。
このように、”Bad”期のビデオ作品は”Thriller”期での革新を経て、より多彩で、より大きなスケールを伴うものであったと評価できると思います。これはマイケル・ジャクソンのアーティスト像が、より巨大化していったことと符合するものでもあるのではないでしょうか。”We Are The World”の制作や未曾有の規模のワールド・ツアーを経て、「キング・オブ・ポップ」の威光を発揮し始めた時期でもありますから。
■参考:”Bad”レビュー
“Dangerous”期~ディープな作風の獲得~
続いてはアルバム“Dangerous”の時期。本作からも多くの楽曲でミュージック・ビデオが制作されており、その一部は”Bad”での多様性をさらに推し進めたものとなっています。古代エジプトを舞台に、王妃に扮したイアン・ウドゥルマジドとのキス・シーンも話題を集めた“Remember The Time”や、あのスラッシュを引き連れ”Dirty Diana”と同じくロック・ステージを繰り広げる“Give In To Me”、”Man In The Mirror”同様楽曲のメッセージを映像に閉じ込めた“Heal The World”や“Gone Too Soon”がそれに該当するでしょう。
その上で、この時期のビデオで最重要なのが“Black Or White”。アルバムからの先行シングルでもある本作では、”Thriller”や”Smooth Criminal”と並ぶ最高のショート・フィルムが制作されました。
「肌の色なんて関係ない」というメッセージを視覚化すべく、アフリカのジャングル、インド、ロシアと舞台を転々としてダンスを披露。そして「自由の女神」像の松明から世界中の遺産を俯瞰し、当時最先端の技術であるモーフィングによって様々な人種の人々をひと繋ぎにする……一大スケールのビデオで、この時点で極めて秀逸なのですが、しかし本作の真価はその先にあります。深夜のストリートで、MJが無音の中ただ1人ダンス・パフォーマンスを繰り広げるおよそ4分間の映像です。
1つの言葉も、1つの音楽もなく、ダンスだけでこれ以上なく苛烈で圧倒的な表現を見せつけるMJの姿は、暴力的だとして批判の的にもなりました。ここに人種差別への怒りと抗議のメッセージがあることは明白ですが、こうした濃い影を落とした作品、あるいはダークな映像美を追求したショート・フィルムが、この時期には増えていきます。
スーパー・モデルのナオミ・キャンベルと共演し、官能的な肉体美を強調した“In The Closet”や、もう1人のMJ マイケル・ジョーダンを招きつつも、どこかシリアスなストリートのリアルも投影する“Jam”、高級娼婦との悲恋をミステリアスに描いた“Who Is It”に、そうした陰影を発見することができるはずです。ちなみにこの3つのビデオは、個人的に彼のショート・フィルムにおける屈指のフェイバリットでもあります。
こうした作風は、ミドルエイジを迎えたMJのアティチュードの変化にひとまず意識を向けるべきでしょう。”Bad”から徐々に表面化し、この”Dangerous”のいくつかの楽曲でいっそう強く主張された彼のパーソナルな側面が、映像表現としても反映されたと私は分析しています。そしてあるいは、狂熱の80’sを抜け、1990年代という新たな時代を迎えたことも関連しているのかもしれません。当然のように大ヒットを記録した”Dangerous”をチャートの首位から引きずり下ろしたのはあの“Nevermind”ですし、ヒップホップがいよいよポップスのメインストリームとして台頭。時代の空気が冷たくなりつつある気配をショート・フィルムに落とし込んだと考えるのは、決して不自然な発想ではないはずです。
■参考:”Dangerous”レビュー
“HIStory”期~怒りと嘆きに満ちた、悲痛な作品群~
そしてアルバム“HIStory”。詳細は過去に投稿したアルバム・レビューに譲りますが、この作品は極めて異色です。怒り、悲しみ、嘆き、絶望。それらが赤裸々に楽曲に閉じ込められた1枚である本作からのミュージック・ビデオにも、やはり同様の性質が見て取れます。
とりわけ、“They Don’t Care About Us”のショート・フィルムには曰くがあります。スパイク・リー監督のもと制作された最初のビデオ、通称「プリズン・バージョン」は、その暴力性が問題視されMTVが放送を拒否。また、楽曲自体も歌詞の一部がユダヤ差別的だと指摘され修正を余儀なくされています。これを受け、ブラジルのスラム街で撮影された通称「ブラジル・バージョン」が、長らく正規のショート・フィルムとして扱われていました。現在はどちらのバージョンもオフィシャルに視聴することができますが、彼の悲痛な叫びを閉じ込めた映像がアメリカ社会から否定されてしまった事実に、当時のマイケル・ジャクソンが置かれている状況を垣間見ることができるのではないでしょうか。
また、一見して美しい映像であっても、モノクロームが凍てつく孤独をますます濃くする“Stranger In Moscow”、荒れ地を彷徨い地球の惨状に嘆く“Earth Song”、ディズニー映画のごときファンタジックな世界観で1人座り込み「僕を判断する前に、僕を愛する努力をしてほしい」と乞う“Childhood”……いずれも、”Beat It”のビデオと同じ気分で立ち向かえるものではないでしょう。ヒット・シングル“You Are Not Alone”も、神秘的な映像に目を奪われそうになりますが、尋常性白斑に冒され真っ白になってしまった素肌を晒していることに示唆的な痛ましさを感じてしまいます。
さて、こうした彼の心情を反映しつつもエンターテイメントとしてのパワーも高い水準でクリアしている、この時期で最も秀でたショート・フィルムとして“Scream”を紹介したいと思います。実妹ジャネット・ジャクソンとの共演も話題を呼んだ本作もやはり剥き出しの攻撃性に満ちてはいますが、宇宙船を舞台とした映像はそれ以上に鮮烈ですし、MJが坐禅を組むシーンや、「AKIRA」に「バビル2世」といった日本のアニメーションの引用も嬉しいポイントです。
今人々が思い出している、世紀のスーパー・スターとしてのマイケル・ジャクソンは、ひょっとするとこのセクションで紹介した映像からは感じ取りにくいものかもしれません。しかし一方で、この伝記映画のセンセーションでもなお多くの人が見落としているであろう、深く傷つき、絶望の淵にいるマイケル・ジャクソンの魂は、この時期にこそ最も克明に残されています。映像としても音楽としても申し分ないことは事実として、そういった意味でもこれらのショート・フィルムにはぜひ触れていただきたい。1人のファンとして、そう強く願います。
■参考:”HIStory”レビュー
“BOTDF”~”Invincible”期~あったかもしれない物語の続き~
さあ、ここからは作品数が少ないので、ひとまとめにして語っていきます。リミックス・アルバム“Blood On The Dance Floor”より表題曲“Blood On The Dance Floor”のビデオ、そして遺作となった“Invincible”より“You Rock My World”と“Cry”について。
そもそも“Blood On The Dance Floor”はサプライズ・リリースですし、“Invincible”についてもリリース直後に発生した911同時多発テロの影響、そしてSONYとの確執等が影響し、これまでの作品ほどに大々的なプロモーションはされていません。その中で残されたこれらのビデオですが、”Blood On The Dance Floor”は”Rock With You”のシンプルさと”In The Closet”のエロスをミックスしたような印象で、”Cry”についても手を繋いだ人々が果てしなく連なる映像だけと、過去作でいうと”Man In The Mirror”的作風の延長線上。あまり語るべきものが多い映像作品とは言えないでしょう。
その中にあって、”You Rock My World”の秀逸さが光ります。”The Way You Make Me Feel”でのナンパ劇と”Smooth Criminal”のクライム・ムービー的な要素を調和させたショート・フィルムですが、友人でもあるクリス・タッカーや、名優マーロン・ブランドをゲストに迎えた重厚な作りになっています。バック・ダンサーを従えてのダンス・シーンも久方ぶりですし、独特の熱気を感じる映像の質感もお見事。晩年の映像作品として、頭一つ抜けた完成度があります。とはいえ、今触れたようにこちらも過去の作品のオマージュ的な要素が強いのも事実ですが。
■参考:”Invincible”レビュー
また、2003年リリースのベスト・アルバム“Number Ones”に収録された新曲“One More Chance”のショート・フィルムも制作が進んでいたものの、あの忌々しい「マイケル・ジャクソン裁判」が始まってしまったことでお蔵入りに。撮影済みだった映像をもとに制作されたものが彼の死後発表されているのですが、そちらを観る限りではどうやらシンプルな作風であったようです。
もし彼を取り巻くあらゆるネガティヴな物事がなく、ただ彼が無邪気に表現を探究できていれば、もしかするとその続きが見れたのかもしれません。そのことがどうしようもなく悲しく、悔しく、怒りさえこみ上げてきます。とはいえ、それでも我々にはこれだけ多くの、そしてこれだけ魅力的な作品が遺されていますから。この投稿で、今一度マイケル・ジャクソンの素晴らしさに思いを馳せていただければ心から嬉しく思います。では、今日はこんなところで。







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