木曜日ということは、そうです「オススメ新譜5選」の時間です。バックナンバーは↓からどうぞ。ぼちぼちいい数になってきましたね。
前回、個人的にしっくりくる作品が少なかったなんて愚痴をこぼしましたけど、先週はもう素晴らしいリリースの数々でした!逆に時間が足りなくて困ってるくらいでね。
毎回結構突貫工事になる企画なので今週は余裕を持って書き始めたんですが、いい作品が多すぎて結果的に急いで仕上げないといけない羽目に……これを嬉しい悲鳴って言うんでしょうね。そんな訳で、早速見ていきましょう。
“春火燎原”/春ねむり
Twitter上での激賞を見かけて、これはと思い聴いてみた作品です。それがまさか年間ベスト級の傑作とは……高度情報社会様々ですよ。日本の、一応シンガー・ソングライターと形容しておきましょうか、春ねむりの“春火燎原”です。
シンガー・ソングライターと呼ぶのにやや抵抗があったのは、本作で提示される音楽性があまりに多様だからです。オルタナティヴ・ロックな表情もあるし、電子音を多用したアプローチもある。それにスクリームや過激なロック・サウンドによるハードコアな瞬間も。それで前提がポエトリー・リーディングなんですから、ジャンルによる定義がほぼほぼ不可能で。このトラック・メイキングの才覚、なかなかどうして非凡です。
そんな感じで音楽としてはかなり縦横無尽なんですけど、決して散漫ではないんですよ。しっかりとした軸がある。それは私が思うに生命力なんですよね。宮沢賢治の『よだかの星』を引用していることからも、本作における死生観が如何に重要かというのはわかると思うんですけど。
で、その主張が彼女の可憐な声によって発せられていることも有意義で。その可憐さから面食らうほど痛烈な言葉が投げかけられることで、その誠実さ、あるいは執念がより浮き彫りになる。これは天性の表現力でしょうね。そこに溺れず、音楽作品としてどこまでも強靭で秀逸になっているのがもう圧巻なんですけど。
人間としての全面的な主張、変幻自在の作品像、壮大でありながら個人的な筆致、この辺りに私は昨年のベスト、Little Simzの“Sometimes I Might Be Introvert”にも似た衝撃を受けました。言語化が極めて困難な類の感動ですね。これはもう四の五の言わずに聴いてもらうしかありません。もっと騒がれないといけない傑作です。
“Skinty Fia”/Fontaines D.C.
続いてはアイルランドはダブリン出身のポストパンク・バンド、Fontaines D.C.の“Skinty Fia”です。先週のリリースでは一番期待していた新譜で、内容もすこぶるよかったんですが、思わぬ伏兵に阻まれましたね……
ポストパンクというのも多義的な音楽性ですけど、このアルバムから感じられるのは古くにはジョイ・ディヴィジョンが、21世紀以降ならばインターポールなんかが展開した頽廃のムード。厭らしくて、陰惨で、それ故に心に迫るダウナーな光沢をしっかりと表現したポストパンクの傑作という佇まいです。
リズムがいいですよね、特にドラム。何度も比較して恐縮ですけど、ジョイ・ディヴィジョンだってその本質は実のところビートにあると思うんですよ。そこのところの解釈が私と一致しているというか、面白いアプローチをしつつも平面的に感じられる、すごく絶妙なプレイを聴かせてくれます。
そんでもってギターも面白い。リズムは意識的にのっぺりとしているし、ヴォーカルのGrian Chattenの歌声だって低音域の効いたタイプなんですけど、そこをギターで深みを持たせているんですよ。すごく空間的で、引き算の理屈で成り立っているプレイのバランス感覚とセンスのよさ。楽曲毎の表情のつけ方も、かなりの部分でこのギターが担当していますからね。
彼らのルーツであるU2やザ・キュアーといったポストパンクの古豪を、しっかりと現代的に翻訳しているアルバムというのが素直な感想です。3rdアルバムにして、彼らの描きたいサウンドの一つの理想型に到達したんじゃないかと思うほどに。フジロックでの来日が決定している彼ら、見逃す選択肢はないと思った方がいいでしょうね。
“Giving The World Away”/Hatchie
オーストラリアのロック・バンド、Hatchieの2ndとなる“Giving The World Away”です。私のTwitter上でもかなり評価よかったんですけど、聴いてみると納得の名作です。
ドリーム・ポップの文脈にあるサウンドでしょうし、確かに第一感としては私もそういう印象だったんですけど、聴き進めるにつれて80’sのシンセ・ポップ的な表情も発見できて。アーバンで、古びていない普遍的なサウンドとキャッチーさという意味でです。
骨子となるメロディは言うまでもなく上質で、サウンドとあいまってどこか超然とした響きもあるんですけど、インディー的な小難しさがある訳ではなくて。むしろ親しみやすい、すごく距離感を近く感ぜられるキュートさも兼ね備えています。ビートの主張もゆったりと踊れるようなおおらかさがあってね。
シューゲイズという表現もこの作品に関してはよく見かけましたし、確かにCoctou Twinsから線を引いてくることも可能だとは思うんですが、やっぱりこの作品はシンセ・ポップかな。そこまでエレクトロに傾いている訳でもなくて、むしろ有機的なサウンドに思える点も個人的にはツボです。
でも、そういうインディー的な聴き方をしても楽しめるのは事実だと思います。そして私が感じた80’sの風味もしっかりとある。要するに、幅広い音楽ファンにリーチし得るポップネスを獲得した1枚です。これもこれで、年間ベストに入れたくなる名作ですね。
“Everything Was Beautiful”/Spiritualized
まあ、これは紹介しない訳にいきませんね。いえ、ネームバリューに忖度をした訳ではなく、ネームバリューに恥じない作品だったという意味ですよ。Spiritualizedの3年ぶりの新作、“Everything Was Beautiful”です。
Spiritualizedと言えばみんな大好き’97年作『宇宙遊泳』ですけど、今回提示してくれた全方位的で壮大なサウンドスケープときたら、かの傑作に匹敵する素晴らしさですよ。ただ、シンフォニックでまさしく宇宙的だった『宇宙遊泳』に比して、今作はより祝祭的でロック的なダイナミズムに溢れています。
このダイナミズムというのは、牧歌的な表情だったり、どこかサイケ的な温度感に由来するものだと思うんです。神聖さというバンド最大の持ち味を生かしつつ、そこに血の通った人間味が生まれている。宇宙というよりはこの世の楽園を想起させられる雄大さじゃないでしょうか。
それに作品としての振れ幅も大きいのがいいですよね。透明感やスケールの広大さは保ちつつ、フォーキーな瞬間もあれば、しっかりとUKロック的な湿度を感じさせる展開もあって。スケールやコンセプトに呑まれるあまり作品として退屈、というありがちな失敗に陥らないJason Pierceはやはり流石です。
多分このアルバムのリリースを心待ちにしていたのって90’sのオルタナ以降にアンテナを張っている層だと思うんですけど、本作って実はロック・クラシックのファンにこそ刺さるアルバムなんじゃないかな。壮大なロックにピンとくるなら是非聴いてほしい1枚です。
“Tokyo State of Mind”/Kan Sano
この企画で邦楽をしっかりピックアップできるのが嬉しすぎます。これだけ豊作と騒がれている2022年のリリース攻勢と比較してもなお、少なくとも私の耳に残ってくれる音楽ということですからね。今回取り上げたいのはKan Sanoの“Tokyo State of Mind”です。
彼の名前は不勉強につき今回のリリースを見かけて初めて知った口なんですが、キーボーディストでありトラックメイカー、カバーする領域はジャズにクラシックにビート・ミュージックと結構な才能の塊っぽいですね。
「チルい」という表現は私が嫌いとするものの1つですけど、これが「チルい」ってことなんだろうと体感的に理解できる音楽なんですよね。レイドバックしたグルーヴは現代的な洒脱さがあるし、冷めたヴォーカルには夜の都会を連想させるクールさを感じられる。それでいてサウンドはジャジーだったりネオ・ソウルだったりする訳ですからもう堪らんですよ。
それと、ロック・ファン的には『いかれたBaby』のカバーを収録しているのも嬉しいところで。言わずと知れたFishmansの名曲です。この作品のアーバンな色彩に染め直しつつ、原曲の持つ魔性の魅力も感じられて、なかなかの好演ではないでしょうか。
36分というコンパクトさの中に、スタイリッシュな心地よさをギッシリと詰め込んでいる充実の1枚です。これは是非夜に聴きたいですね、ひっそりと酒なんか飲んでみたりして。そういう、こじんまりしたメロウさが表現された作品です。
まとめ
いやあ、今回は難しかった。選外にしたアルバムにもお気に入りがいっぱいありますからね。King Gizzard & Lizard Wizardなんて最初聴いた時は少なくとも5枚のチョイスからは漏れない確信があったし、Pusha Tだってかなりの力作でした。
その上でこの5枚を選んでいる、ハードルの高さったらないでしょ。下手すると今回の5枚、全部年間ベストでも入ってくるかもしれません。それくらい満を持してオススメできる作品です。
もう4月も終わりますけど、今年の豊作っぷりはとどまるところを知りませんね。嬉しいやら困るやらです。ぶっちゃけ明日のリリースは現状そこまで気になるものがないんですけど、その分変なところまで手を出せそうで楽しみです。それではまた来週。
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