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5枚de入門!MPB編〜第3の音楽大国、ブラジルの知られざる名盤〜

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さて、今回は「5枚de入門」シリーズです。バックナンバーは↓からどうぞ。

この企画、個人的にすごく気に入ってまして。1枚のアルバムに語りたいことを詰め込んだレビューも楽しいんですけど、ビギナーの方にサクッと楽しんでもらえる方がやり甲斐があるというか。私個人もミーハーな部分があるので余計にね。

で、今回扱うジャンルはMPBです。聞き馴染みがないという方も多いかもしれませんね。後でちゃんと概要の解説はしますけど、ざっくり言っちゃうとブラジルのポピュラー音楽のことです。

ブラジルの音楽なんて、なかなか触れる機会がないじゃないですか。どんな音楽性があるのかもイメージしにくいかもしれません。ただ、日本でもコアなファンが沢山いるジャンルですし、世界的に見ても実に評価の高い音楽であることは事実です。

音楽好きなら英米日だけでとどまるのはもったいないですから。グローバル社会の一員として、第3の音楽大国・ブラジルから誕生した素晴らしい名盤の数々、是非この記事でチェックしてください。それでは参ります。

MPB=ブラジル音楽の自覚と目覚め

まずは例によってジャンルの大まかな解説から入りましょう。未知の音楽、あるいは文化全般に触れる時、その前提知識というのはあるに越したことはないですからね。

このMPBという単語、正式にはMúsica Popular Brasileiraと言いまして。ポルトガル語なんですけど、なんとなくイメージできるでしょ?英語に直すとPopular Music of Brazilって感じでしょうか。意味もそのまま、ブラジルのポピュラー音楽のことです。

ただ、ブラジルの音楽をなんでもかんでもMPBと呼ぶのかというと、実はそうでもない。ここのところを成立の背景なんかを絡めながら見ていきましょう。

MPBの成立は1960年代まで遡るんですけど、ここにも登場するのがザ・ビートルズこいつらなんでもアリです。世界中で巻き起こったビートルズ旋風はブラジルにも上陸し、若者はロックに夢中になります。

それまでのブラジルで人気の音楽というとボサノヴァが代表的なジャンルなんですけど、あの都会的で洗練されたサウンドへの反発という向きもあったようですね。

そして1960年代も中頃になると、ヒッピー・ムーヴメントを中心としたカウンターカルチャーが芽吹きます。そこには反戦と平和のメッセージもあったし、若者の文化の象徴としてのロック、そしてサイケデリックの革新性が混在していました。ここの辺りは以前「1960年代洋楽史解説」で語っているのでよければ参考にしてください。

この流れにブラジル音楽も追従するんですけど、当時のブラジルの政治状況がなかなかヘヴィで。カステロ・ブランコ大統領から続く軍事政権の時代です。そうした圧政への反発として、1960年代カウンターカルチャーは余りにも適切でした。

そうした流れを汲みつつ、ブラジル国内で伝統的音楽とロックの融合/進化を提唱する一派が現れます。具体的に名前を挙げるとカエターノ・ヴェローゾジルベルト・ジルといった人物ですね。彼ら、当然後の作品紹介でも取り上げますので覚えておいてください。

彼らを中心として「トロピカリア」という芸術運動が発生。ここにMPBの起源があります。英米のロックの影響をしっかりと受けついだ上での、ブラジルの土着音楽としての独自性の確立、これこそがMPBの定義と言ってもいいでしょうね。

もっともそうした性格は普及と共に薄らいでいき、以降のブラジル音楽はMPBとひとまとめにされることも多いんですけど。ひとまず、ざっくりとした背景はこんな感じでしょうかね。この部分、最後に語りたい内容と重複するので頭の片隅に置いといてもらえると嬉しいです。

① “Tropicália ou Panis et Circencis”/Various Artists (1968)

Miserere Nobis (Remastered)

さあ、ここからはいよいよ作品の紹介です。で、MPBを語る上でここから始めない訳にはいきませんね。しばしば「ブラジルの『サージェント・ペパーズ』」とも呼ばれる記念碑的名盤、『トロピカリア』です。

先に紹介した「トロピカリア」運動と同名の本作、参加アーティストはカエターノ・ヴェローゾジルベルト・ジルを筆頭に、ムタンチスガル・コスタといったMPBを代表する錚々たる面々です。そういう意味でも、本作を起点とするのは自然ですね。

「ブラジルの『サージェント・ペパーズ』」と呼ばれる通り、本作はザ・ビートルズが1967年に発表した世界初のコンセプト・アルバム、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に影響を受けて制作されています。ぶっちゃけコンピレーション・アルバムなので作品としてのコンセプトというのはそこまで強く感じられないんですけど、注目すべきはそのサウンドですね。

ブラジル音楽的な開放感ももちろんありつつ、強烈なサイケデリアが香るアルバムです。でもそこにギラギラした退廃のエッセンスはそこまでなくて、あくまで楽しげなんですよ。サイケデリック・ロックを咀嚼しつつ、ブラジル音楽として翻訳している。この間僅か1年ですから、結構な神業です。

初期MPBということもあって、ブラジル音楽としての濃密さもしっかり残っている作品でもありますしね。以降のMPBはどんどん洗練されていくんですけど、いい意味で手探りというか。ムタンチスはモロにサイケですけど、ナラ・レオンはクラシカルなボサノヴァを表現していて、そのおもちゃ箱のようななんでもアリ加減が楽しいアルバムです。

② “Os Mutantes”/Os Mutantes (1968)

Panis Et Circenses

ロック経由でブラジル音楽に触れる方の入り口としては最もメジャーどころでしょうか。さっきの『トロピカリア』にも参加したバンド、ムタンチスのセルフ・タイトル1stアルバムですね。

『トロピカリア』でムタンチスはモロにサイケをやってるってな話をしましたが、もうバンドのオリジナル作品ともなるとなおのことやりたい放題ですね。『マジカル・ミステリー・ツアー』でも聴いていたかと錯覚するほどに奔放でフリーキーなサイケデリック・ロックの数々。パノラマ的に展開されるサウンドは見事という他ありません。

繰り返しますけど、これ英米のサイケデリック・ロック・ムーヴメントとほぼ同時ですからね。とんでもない反応速度です。単純にサイケ・アルバムとして最高峰に位置付けてもまったく違和感のない1枚ですから。

惜しむらくは本作に関してはバンドの自作曲がやや少なく、『トロピカリア』収録曲のカバーやヴェローゾの作曲による楽曲も収録されている点ですか。別にそれがアルバムの完成度を邪魔しているとは思いませんけど、バンドのクリエイティヴィティを知る上では以降の作品の方が発見は多いかもしれません。

ただ、アルバムとしての衝撃と充実で見れば素直に1stを入門としてしまっていいでしょうね。サイケが好きな人には絶対に気に入ってもらえる自信があります。ブラジル音楽の特性もしっかりあるんですけど、サイケデリアの幻惑がとっつきにくさを吹き飛ばして普遍的なカオスを生んでいますから。

③ “Transa”/Caetano Veloso (1972)

Mora Na Filosofia

ここから3枚は全部1972年リリースなんですけど、この1年ってMPBの重要作が一挙にリリースされた記念すべきタイミングなんですよね。そこで満を持して登場するのが、MPBの最重要人物、カエターノ・ヴェローゾです。

先の2作品にも参加しているのでちょっと枠を食いすぎな感もありますし、それなら盟友のジルベルト・ジルの作品を紹介したい気持ちもあるんですけど。言ってしまえば邦楽における細野晴臣のような人物で、その活動がいちいち素晴らしく重要なもんだから扱わざるを得ないんですよね。

「トロピカリア」運動でMPBを成立させた彼ですが、軍事政権の弾圧によりジルベルト・ジル共々逮捕されてしまいます。その後イギリスに亡命した彼が、故郷を思い制作したのがこの“Transa”。彼のソロ・ワークでは最高作とされることも多い1枚です。

ブラジル音楽の伝統も継承しつつ、そこにブルースフォークの色彩、あるいはイギリスで彼が触れたレゲエのテイストと、実に多彩な音楽性を包含したアルバムなんですよ。通底する侘しさと孤独は、ニール・ヤングの名盤『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』にも通ずるものがあります。

そういう寂寥感を主体とした作品ではあるんですけど、メロディの広がり方なんかにはラテンの情熱をしっかりと感じ取れて。今回紹介する他の作品はもれなく楽しげなブラジル音楽なんですけど、その熱量をパーソナルな心情表現に転化してみせるのは流石の才覚です。

ドギツいサイケの前半2枚と、心穏やかに聴くことのできる後半2枚、どちらもMPBの名盤なんですけどその温度感はかなり違っていて。それらを繫ぎ止める重要なピースとしても本作は有意義なんじゃないでしょうか。

④ “Acabou Chorare”/Novos Baianos (1972)

Novos Baianos – Brasil Pandeiro (Acabou Chorare) [Áudio Oficial]

「トロピカリア」関連のアーティストがMPBの王道であることは事実なんですけど、その上でMPBの最高傑作として真っ先に挙げられることの多い作品がこのノーヴォス・バイアノース“Acabou Chorare”です。日本では「赤帽」なんて呼ばれたりもしますね。

ロックを積極的に受容し英米の音楽に接近した「トロピカリア」一派とはちょっと違って、このアルバムはサンバボサノヴァといったブラジルの伝統音楽により正直な内容です。アコースティック色が強くて、質実剛健とした名盤の佇まいがあります。

そういう部分に注目すると、ブラジル版フォークと言ってもいいのかもしれません。そもそもフォークって「民族」という意味ですからね。リズムのアプローチは紛れもなくブラジル的だし、そこと相互作用するメロディの運び方もやはり英米のポップスにはない効果がありますよ。

そう、リズムが面白いアルバムなんですよね。ブラジル音楽全体に言える強みではあるんですけど、本作はアコースティック・ギターを主体としていることもあってなおのこと弾けるようにパーカッシヴで。この辺の感覚、実はファンクやレア・グルーヴなんかが好きな人にもリーチし得るんじゃないかな。

そのリズムに導かれるように、あっけらかんとした楽観主義が感じられるのもいいですよね。重厚なコーラスなんて、それこそサンバやカーニバルを彷彿とさせる楽しげなムードがありますし、アコースティックでありながらひそやかさが薄いというのは面白いんじゃないでしょうか。

⑤ “Clube da Esquina”/Milton Nascimento & Lo Borges (1972)

Tudo O Que Você Podia Ser

少なくとも日本では、MPBの最高傑作はこの作品で決まりでしょう。「ブラジルの声」との異名を取る、ミルトン・ナシメントが同郷のロー・ボルジェスとの共作名義で発表した“Clube da Esquina”です。

1時間以上の重厚な作品なんですけど、ここまで肩の力を抜いてリラックスできる名盤、英米を見渡してもそうそうありません。そこにはやはりボサノヴァのおおらかでキュートな質感の土壌が影響しているんでしょうね。

それでいて単に軽やかなだけではない。バロック・ポップ的な荘厳さというのも感じられますし、作曲の緻密さなんて同時代に人気を博したシンガーソングライターの文脈で捉えても遜色ないどころかかなり高水準ですから。本当に隙がないアルバムです。

初期MPBのサイケデリックな質感とも違う、これぞブラジル音楽というべきサウンドとメロディ。リズムにはサンバの血が感じられますし、洗練のされ方も英米のそれとは違った方向性です。この作品をとっかかりにMPB入門とするのが最も適切だと私は思っています。

そうそう、この作品と言えば。去年だったかな、あるTwitterユーザーの方が「非英語圏オールタイムベストアルバム」という企画を立ち上げていまして。もう見るからにマニアックな企画なんですけど、かなり盛り上がっていたのを覚えています。

その中でなんと1位になったのがこの作品なんですよ。すごくないですか?プログレやメタルといった非英語圏が優勢とも言えるジャンルの傑作を抑えての1位ですから。

本作がここまで日本で支持されているの、ひとえにその旋律に理由があると思っていて。この前『A LONG VACATION』のレビューでも軽く触れましたが、日本って「歌」の文化ですから。そこへいくと土着性を豊満に感じさせながら、ここまで美しく磨きのかかったメロディの数々が収められたこのアルバムが人気を集めるのも自然なのかなと。

まとめ

今回はMPBの入門のための5枚の名盤をレコメンドしていきました。「5枚de入門」シリーズの目的からすると、これまでで一番欲されている記事な気もしていますがどうでしょう。

最後にこれは妄想なんですけど、MPBの存在って我々日本人にとってすごく示唆的だと思っているんですよ。

英語圏でもなく、音楽的ルーツや感性が英米とまるで異なる日本の音楽は海外で通用しない。そんなことを未だに信じている人が多いのが我が国の現状です。ただ、そういうことならブラジルだってまったく同じ境遇なんですよ。

ポルトガル語は確かに話者の数だけで言えば日本語より遥かに一般的ですけど、英語とは言語的な起源が違いますから文法的には差異があります。それに、サンバをルーツとする音楽文化なんてブラジルに固有のものでしょう?

その国特有のポピュラー音楽成立の背景も日本と似ているじゃないですか。英米のロックに影響を受け、その上で土着性を追加するという試み、それはブラジルに少し遅れてではありますが日本でも展開された現象です。

『トロピカリア』に参加したアーティストがそれぞれにMPBの世界で活躍したことを思えば、それはまるではっぴいえんどとその一派のようにも解釈できますしね。

ブラジルの音楽と邦楽の差というのは、単に注目される機会があったかどうか、それだけです。そして邦楽が世界に注目される機会というのは、正にこの情報化社会の中で訪れています。ここで我々が卑屈になっていてはいけない。

ポピュラー音楽後進国の同胞として、ブラジル音楽から我々日本人が学ぶべき態度というのは大きいのかもしれない。そんな仮説を立てながら、今回は締めくくりたいと思います。それではまた。

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