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ピエールの選ぶ「2023年オススメ新譜10選」3月編

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今回もマンスリー企画、オススメ新譜10選をやっていきます。1月、2月のレコメンドは↓からどうぞ。

いやはや、前回に続いて盛大に遅刻してしまいました。あんなに素晴らしい作品がリリースされた3月だったというのに、その勢いに乗ることができなかったのは反省ですね。ただ、その分落ち着いて作品を吟味することができたと思います。まあ相変わらずベタどころをさらっていく内容にはなりますけどね。それじゃあ早速、先月のリリースを振り返っていきましょう。

“The Record”/boygenius

boygenius – Not Strong Enough (official music video)

話題性、内容、そのどちらにおいてもマンスリー・ベストはこれっきゃないでしょう。Julien BakerPhoebe BridgersLucy Daus、現代USインディーを牽引する3人の才媛による夢のスーパー・グループ、boygeniusの記念すべき1st、“The Record”です。

一聴だにわかるソング・ライティングの素晴らしさ、まずはここに唸りました。オルタナ/インディーの伝統に忠実な、実にさり気なくも丁寧な旋律の数々。驚きという要素は希薄で、とてつもなく意地悪な表現をすれば「ありがち」な作風ではあるものの、楽曲単位での練度、そのクオリティにおいては非凡そのものですから。このブログでの新譜に関するコメントの中で私が飽きるほど使ってきた「女性インディー・フォーク」という表現、その中でも間違いなく最良の一例がこのアルバムでの3人の作曲と言っていいでしょうね。まあ、フォークというにはいささかロック・ライクなメロディの強度もある作品ではありますが。

で、個人的にグッときたのが本作でのハーモニー・ワークです。boygeniusというプロジェクトは単純にこの3人の友情からスタートした経緯を持つ訳なんですが、臭い表現をするとそのが色濃く表れている部分じゃないでしょうか。アルバムの開幕はさながらゴスペルのようなしめやかなアカペラ・コーラスですし、それ以降も和声の豊かさが実に映えているんですね。それはたとえば“$20”で聴ける友人同士の会話のようなメロディの交錯でもあり、あるいは“Not Strong Enough”での抱擁が如き親密でハートウォーミングな一幕でもあります。サウンド全般、あるいはメロディそのものが素朴なタッチであるからこそ、このハーモニーによる淡い光の彩色が素晴らしい効果を放っているように思えます。

本作リリースに先駆けてのメディア露出で3人がNirvanaのコスプレという大胆なプロモーションをしたこと、そしてアルバムのアートワークがおそらくはPearl Jamの傑作”Ten”のオマージュであろうこと、そしてアルバムの中でLeonard Cohenへのリスペクトを表明していること、そのすべてが脈々と受け継がれるオルタナティヴ・ミュージックの現在形を表現しています。その真摯さがメロディの1つ1つに込められた、これ以上なく誠実な音楽。それが何よりも感動的じゃないですか。間違いなく年間ベストの候補筆頭ですね。

“Did You Know That There’s A Tunnel Under Ocean And Blvd”/Lana Del Rey

Lana Del Rey – Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd (Audio)

boygeniusの三人娘がUSインディーを牽引する存在とは言いましたが、女性インディー・アーティストなら彼女を忘れてはいけませんね。「サッド・ガール」の草分けとも言うべき、Lana Del Reyの2年ぶりとなるアルバム、“Did You Know That There’s A Tunnel Under Ocean And Blvd”です。

いやはや、相変わらずいい仕事しますね彼女は。SSWの常道を行く繊細なソング・ライティングの冴えは当然健在ですし、本作ではピアノやストリングスをフィーチャーしたクラシカルなムードを持ち出すことで、その厳粛な内省性がいっそう浮き彫りになっています。古き良きアメリカーナの表現とモダンな気配の同居という点において、個人的に昨年Father John Mistyがリリースした“Chloë And The Next 20th Century”にも似た筆致を感じたんですが、案の定と言うべきか、彼もフィーチャリングで本作に参加していますね。

こういう室内楽的な音楽性って、基本的にはおおらかさだったり温もりだったりを導くアプローチなはずなんですよ。ただ、Lana Del Reyにかかればその意匠を伴ってすらなお、ひっそりとした沈痛なインディー・ポップになるんですね。この通奏低音としての孤独や悲愴を描き切る表現力が彼女最大の天才性だと私は思うんですけど、それを隅々まで堪能できるアルバムに仕上がっています。

アルバムとしては1時間オーバーの結構ヘヴィなボリュームではありますし、私の美学の上でこのサイズ感はちょっと厳しいものがあるのも事実ではあります。とはいえそこはLana Del Rey、しっかりと聴き通させるだけのクオリティを提示していますね。平均点の高い彼女のカタログの中でも、問題なくそのハードルをクリアしてくるそつのない1枚という感じでしょうか。

“UGLY”/slowthai

Yum

で、boygeniusが期待通りに大名盤をドロップするまではこの作品が3月の顔でした。イギリスのヒップホップ・アーティスト、slowthai“UGLY”。ただ、おそらく多くの方が思っているのと同様に、これをヒップホップと呼んでいいかは疑問ですね。

というのも、本作で彼はグッとポストパンク、あるいはインディー・ロックに傾倒しているんですね。もともと彼はそういうロック・フィールをヒップホップに練りこむ手法を用いてはいたんですけど、その咀嚼のレベルにおいてこの作品は過去作の比になりません。バンド・アンサンブルを軸にしたトラックは有機的ではあるんですけど、淡々とダークに刻まれるビートはJoy Divisionのような古豪を連想させますし、そのリズムに絡みつくギターのトリッキーな角度だったりサウンド全体のミステリアスで立体的な響きにはそれこそ近年のポストパンク・リバイバルの一派に共通するものを感じます。

そんでもって、そのサウンド・プロサクションを率いてのslowthai自身の表現、これまた実にパンクじゃないですか。もうほとんどラップとは言えませんからね。かといってメロディアスな歌唱って訳でもないんですけど、ときに直情的に叫び、ときに内省的に独り言つ。その生々しさって、まさしくパンクが持っていた扇動的カリスマと人間としての生々しい親近感の両立を再現しているように思えます。

1月編でレコメンドしたLil Yachtyはサイケにどっぷり浸かった作風で、このslowthaiはまるっきりポストパンク。今のところ最も注目を浴びたであろうヒップホップ・アルバムがどちらもロック的な音楽性だったのは何やら象徴的なものを感じませんか?それはヒップホップのトレンドの変遷という意味でもそうだし、21世紀からこっち叫ばれ続けた「ロックの復権」個人的にそんなものに興味はそこまでないんですが)の予兆という意味でもね。実際、私のTwitterで観測できる限りではインディー・ファンからの支持も厚い作品でした。年末の年間ベストでは、いろんなタイプのリスナーがこの作品の名を挙げることになるでしょうね。

“Scaring The Hoes”/JPEGMAFIA & Danny Brown

JPEGMAFIA x Danny Brown – Garbage Pale Kids

続いてもヒップホップからですね。で、これはもう自信を持ってヒップホップと言える内容。まあ相当にフリーキーではあるんですが。JPEGMANIADanny Brown、USヒップホップ・シーンで躍動する2人の鬼才が共演した1枚、“Scaring The Hoes”です。

何をおいてもそのサウンド・プロダクションの奇天烈っぷりが痛快な作品ですね。我々日本人としては“Garbage Pale Kids”のイントロで「ジンギスカン♪」という楽しげな歌声をビートにサンプリングするその大胆さ、そして唐突にインサートされる「多彩なテクニックで楽しむ、テニス」というフレーズに度肝を抜かれる訳ですけど、80年代の日本のCMすらを音楽表現にコラージュしてしまうセンスの切れ味、ここがまったくもってJPEGMAFIAらしい部分です。あるいは日本語ネタとしては“Kingdom Hearts Key”での坂本真綾の『約束はいらない』のサンプリングも面白いですね。タイトルも「キングダム・ハーツの鍵」なんて、オタクらしさ全開です。

ただ言うまでもないことですけど、それがサブカル臭さだったりコミカルさを誘発してはいないんですね。あくまでこの世に溢れかえる音像から、JPEGMAFIAが厳選してピックアップしたものの中にそうしたエッセンスがあるというだけの話で。実際、そのアブストラクトなサウンドは中毒性が抜群です。このタッチにはDanny Brownの貢献も大きいじゃないかな。彼も彼でRYM上で代表作“Atrocity Exhibition”が高く評価されている、その大胆なトラック・アプローチに定評のあるアーティストですからね。この2人のコラボとなれば、そりゃあサウンドはオンリー・ワンにもなるってもんで。

それに、ラッパーとしての2人に注目してもその魅力って格別ですよ。破天荒なサウンドの中でしっかりと存在感を発揮しているし、「ラップ・アルバム」として文句のないスリリングなラップを聴かせてくれています。ここのところがそれこそSlowthaiなんかとは違う部分で、ちょっとヒップホップ成分が足りていなかったところに見事にぶっ刺してくれました。その感覚って私だけじゃないようで、批評媒体からもリスナーからもかなり絶賛されている作品ですし、そうなるだけの冒険心とクリエイティヴィティに溢れた名盤です。

“Red Moon In Venus”/Kali Uchis

Kali Uchis – Moonlight (Official Music Video)

ソウル/R&Bからはこの作品でいきましょう。2月編でロックを多めに扱ったのと対照的に、3月はブラック・ミュージックの領域で名作が目立ちました。コロンビアにルーツを持つアメリカの女性シンガー、Kali Uchis“Red Moon In Venus”ですね。

フィメール・アーティストらしいしなやかな官能を表現した上質なネオ・ソウル作品、一言で説明するならこんな感じでしょうか。まず作品全体を見渡して気づくのはサウンド・プロダクションが非常に優雅であるという点で、シンセサイザーにしろピアノにしろ、あるいはコーラス・ワークにしろ、どれをとっても気品のあるまろやかなテイストを見せているんですね。ただ、その中にあってビートのタッチはヒップホップ的な硬さを示しているのがまた面白い。サウンドの個性を引き立たせるために、その器としてのビートはあえてベーシックにしているのかなという印象です。

さらには、歌唱、そしてメロディの部分でも女性的な作品です。メロディの主張が結構強い作品だと思うんですよね、現代R&Bの感覚でいうとちょっと大袈裟にも聴こえるくらいに。ただ、そこのところをUchisの歌唱でもって軽やかな表情に仕立てているのがニクいじゃないですか。ちょっぴりハスキーでフェミニンな歌声が、メロディの強さはそのままにそのくどさだけを洗い流していくようで。かなり手の込んだサウンドなだけに、メロディまで主張してくるとアルバムとして重たくなってしまいかねないんですが、彼女の表現力で結果として軽やかな聴き味になっているのが抜け目ないですね。

やっぱりソウル/R&Bには心地よさを求めたいんですよ。グルーヴにしろサウンドにしろメロディにしろね。その点でこのアルバムは私の願望に見事に応えてくれましたし、それでいて細部には緻密な意匠も張り巡らされたクレバーさもしっかりとある。最初に持ち出した「上質」という表現、これは単にスタンダードなネオ・ソウルっていう意味だけではありません。その奥深い上質さは、是非とも聴いて確認していただければと思います。

“False Lankum”/Lankum

Lankum – Go Dig My Grave (Official Video)

アイルランドはダブリンのフォーク・バンド、Lankum“False Lankum”です。ダブリンとなるとThe Murder Capitalの2ndを1月編でレコメンドしましたが、やっぱりこの土地の音楽的土壌の豊かさってすさまじいですね。レジェンドでいえばU2もそうですし、2023年だけでもポストパンクからアイリッシュ・フォークまで、その領域は実に広範です。

さて、アルバムに関して。全12曲、収録時間は1時間オーバーと結構ボリューミーな内容ですね。そのうちなんとオリジナル楽曲はわずか2曲で、残る10曲はすべてアイルランド民謡のカバーときたもんです。で、フォークってそもそもが「民族」というニュアンスを含意することからもわかるように、土着的な音楽なんですよね。英米であれば多少その残滓は現代ポップスにも引き継がれていますからまだ汲み取りやすいんですけど、アイリッシュ・フォークとなるとちょっと……なんて聴く前は考えていました。もっとも、その考えは今や雲散霧消しています。民謡をここまでダイナミックに再構築してみせる、その鮮やかな手腕の前にはまったくもって杞憂でしたね。

弦にしろ管にしろ、鳴っている音像自体は確かに古き良きアイリッシュ・フォーク調なんですよ。ただ、それをロック・バンド的なドラマ性の中で違和感なく同居させているんです。それこそ土着的な、のびのびとした朗らかさを感じさせる瞬間もあれば、吞み込まれるような音響的迫力を伴った実験的アプローチに戦慄させられる瞬間もあり。その共存がアルバムの中で緊張感を持続しながらゆっくりとゆっくりとカタルシスを醸成し、13分にも及ぶ大曲“The Turn”で圧巻のフィナーレを演じてみせる。どうです、この様式美って、紛れもなくロック・アルバム的じゃないですか?あるいは物語的、歌劇的とも言えるかもしれません。

ケルティックなエッセンスって、古くには『天国への階段』があり、The Poguesがあり、それ以降も様々に発展してきたロックの中でも面白い支流の1つだと思うんですよね。そのうえでこの”False Lankum”は全編まごうことなきアイリッシュ・フォークなのに現代ロック的野心に満ち満ちている、その表現が堪らないじゃないですか。アイルランドとかケルトとか、そういうややこしい話は一旦抜きにしてロック・ファンにこそ聴いていただきたい1枚です。

“El día libre de Polux”/Chini.png

Chini.png – Cinta blanca (Videolyric)

今回のワールド・ミュージック枠ですね、英米日以外の作品をコンスタントに拾えているのは個人的にすごく満足感があります。もっとも、海外のリスナー、というよりRYMの住民からしっかりと評価されてるのでそこまでニッチな作品とも言えないんですが……こちらはチリの女性アーティスト、Chini.pngの1st“El día libre de Polux”です。

ジャンルとしては一応ドリーム・ポップにはなるんでしょうけど、なかなかどうしてカテゴライズの難しい作品ですね。なにしろシューゲイズ的にギター・サウンドで構築された楽曲もあれば、エレクトロニカの色彩が濃いサイバーパンク調の瞬間もあり、さらには民族音楽的な土着性すら表現してきますから。それが一緒くたになるのではなく、あくまで曲レベルでのアイデアで分断されている。だからこそ生じる、次に何が飛び出してくるか見当もつかない新奇性、こいつが強烈です。

で、ここまで奇天烈なのにどういう訳だかポップスとしてもよくできてるんですよね。メロディがしっかり主張しています。シングルにもなっている“Cinta blanca”なんてちょっと気持ち悪さすらあるキャッチ-っぷりですよ。おそらくこの気持ち悪さって、個性の振り切り方に対して軸となるソング・ライティングがブレていないことから生まれていると思うんですよね。そのレンジが広すぎるので、聴いていてすごく居心地の悪い、ソワソワした気分にさせられると言いますか。こういうエキセントリックなポップスって、それこそKate Bushだったりbjörkだったりもやるアプローチですけど、すごくセンスが要求される仕業です。

個人的にRYMのポップス蔑視はすごく嫌いなんですよね。難解さこそを美徳とする、あのスノッブな価値観は同意できない部分があまりに多い。ただ、このアルバムはサウンド上での難解さでコアなリスナーを納得させることもできるし、メロディ上での落ち着きみたいなキャラクターも担保されているのが嬉しいポイントです。全編スペイン語、タイトルをなんて読むのかすら私にはわからんのですが、まあ騙されたと思って聴いてみてください。

“Koncknarea” (EP)/Maruja

Maruja – Thunder

うーん、EPをこの企画で取り上げるのってどうなんでしょうね。去年やっていたようなウィークリー規模ならそこまで拾ってやっても十分他の作品を紹介する枠が確保できたんですけど、月間10枚の枠ではちょっと気が引ける意識も実はあります。ただ、これ聴いちゃったら無視はできないかな。マンチェスターの新人バンド、Maruja“Knocknarea”

いやあ、よくできた処女作ですよ。ジャズ的なバンド・アンサンブルを軸とした作品なんですけど、そこからマス・ロックのようなフリーキーさに振り切る訳ではなく、もっと静謐で洗練された方向性に舵を切っているんですね。リズム隊の演奏はかなり荒ぶっているし、ヴォーカルもいい塩梅に狂気を孕んではいるものの、サックスの優雅な調べだったり時折覗かせるシンフォニックな表現だったりがその混沌を見事に包み込んでいます。ここまでバンドとしての表現を確立しているのが抜け目ないですよね、大まかな方向性で言えばそれこそblack midiだったりのポストパンク・リバイバル勢に似通っているものの、既にオリジナリティをしっかり発揮できているんですから。

で、ジャズ的と表現しましたけど、ジャズで個人的に最も重要視したい要素である「緊張感」、それも当然高いレベルで聴かせてくれるんですよ。これはEPという狭いフォーマットならではのマジックなのか、あるいはフル・サイズで聴いても味わえるバンドの妙味なのか、そこはまだ断言できないですけど、個人的には後者じゃないかなと思っています。インプロでジリジリとボルテージを上げることもしてくるし、ヴォーカルが野性的な官能をダイナミックに表現することもしてくるし、さらにはそこの緩急にメリハリがしっかりとありますからね。

こういう緊張感があってジャジーなロック、さっき名前を挙げたblack midiもそうだし古くにはみんな大好きKing Crimsonもそうですね、この辺が好きな捻くれロック・ファンには強く強くレコメンドしたい1枚ですよ。流石にEPを年間ベストに入れるのは躊躇しちゃいますが、今のところかなりの掘り出し物だと思ってます。きっと来年にはフル・アルバムを出してくれると思うんですけど、このクオリティを保証してくれるならその時はもっと激賞することになるでしょうね。

“holo*27 Original Vol.1″/ホロライブ

【holo*27 MV】星街すいせい – プラネタリウム【ホロライブ x DECO*27】

ここいらで個人的オタク趣味を全開にさせておきましょう。大手VTuber事務所のホロライブとボカロP、DECO*27のコラボレーション・アルバム、“holo*27 Original Vol.1”です。どうです、このネット・カルチャーっぷり。ただ、音楽作品としてもなかなかどうして侮れない1枚ですよ。

そもそもが、DECO*27なんてボカロ界の生き字引のような存在な訳です。最初期のヒット曲『モザイクロール』はハチやwowakaとともにボカロ全盛期を現出した象徴的な名曲だし、それ以降もシーンの変遷の中でコンスタントにヒットを出し続けています。で、そんな彼の才能の特徴として、どういうテイストの楽曲であろうとVOCALOIDのキュートな魅力、そのキャラクターをしっかりと遵守する作家性の高さが挙げられると思うんですけど、それがVTuberの中でもひときわ「アイドル」としての記号性が強いホロライブのタレントたちに丁寧に寄り添っています。

ガーリーなシンセ・ポップに疾走感に溢れたロック・チューン、ダークで妖艶なナンバーからほぼ全編をアカペラ・コーラスのみで構成する挑戦的な楽曲まで、かなり楽曲単位での振れ幅っていうのは大きいんですけど、それぞれの歌唱を担当したVTuberの個性をよくよく承知しているのでそこに違和感が生じないんですよね。それはキャラソン的と評価できると同時に、でもDECO*27の音楽としてのシグネチャー性も確かに表現されている。

キャラソン的と表現した通り、ホロライブのそれぞれのタレントのキャラクターを理解しないと魅力は半減する作品ではあります。なのでいきなり音楽ファンが触れたところでただのオタク・カルチャー的ポップスにしか聴こえないとは思うんです。ただ、あくまで個人的なレコメンド企画ですからね。2023年からこっちホロライブにどっぷりで、ましてかつてボカロに熱中していた私にとってはもう垂涎もののアルバムでした。年間ベストに挙げるかどうかは流石にちょっと吟味しますけどね……

“きくおミク7″/きくお

見つかんない見つかんない

まさか2023年にボカロ界隈から2枚もレコメンドすることになるとは思いませんでした。『愛して愛して愛して』のヒットで知られるボカロP、きくおのアルバム“きくおミク7”です。もっとも、その時期には私はボカロから遠ざかっていたので詳しくはないんですが。

この作品を知ったのはAlbum Of The YearやRate Your Musicといった海外音楽リスナーの集うサイト上で高く評価されているのを目にしたからなんですけど、これが海外でウケるというのは意外というのが率直な感想です。なにしろ祭囃子のような日本の土着的エッセンスを持ち出しつつ、メロディにおいては非常に可憐かつメルヘン、それでいてサウンドスケープはエレクトロニックでありながら宗教的な匂いを豊満に漂わせた代物という、かなり濃密なジャパニーズ・カルチャーを感じさせる音楽ですからね。

ただ、このミステリアスで不気味なエレクトロニカと日本的感性、そして女性性が混然一体となった音楽性から椎名林檎の3rd『加爾基 精液 栗ノ花』に辿り着けば、その評価も腑に落ちるというもので。実際、RYMで最も支持されている林檎女史の作品はこちらですからね。そこにボカロというさらなるサブカル性、そしてよりピーキーでエキセントリックな演出が加われば、そりゃあインパクトもあるってもんです。初音ミクの無機質なヴォーカルによってこの景色を紡ぐことで、いっそうその底知れなさというのは補強されてもいますからね。

この思わず引き込まれるカラフルな世界観の妙、そしてそれがアルバム全編で一切手を緩めず表現される隙のなさ、いやはや天晴です。サウンドそのものはかなりハイ・カロリーなのに、どういう訳だか軽やかな聴き味があるというバランス感覚も冴えてますね。エレクトロ系統に関心がある人はまず聴いて損のない1枚でしょうし、そういうジャンル論にとどまらない普遍的な魔力のある作品でもあるんじゃないでしょうか。

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