今回もやっていきますよ、“To Pimp A Butterfly”全訳解説。バックナンバーはこちらからどうぞ。
今回は“Complexion (A Zulu Love)”。ズールーというのは“How Much A Dollar Cost”にも登場したワードですね。アフリカの民族のことなんですが、この楽曲ではより重要なモチーフになっていますよ。何しろこの楽曲では真っ向切って人種差別に言及し、エンパワメントを図っていますから。
リリックもまだわかりやすくはあるんですけど、色々な文化や事実を下敷きにしたハイコンテクストな代物ではあるので。その辺りは解説に委ねつつ、ひとまずは全訳を見ていくこととしましょうか。
“Complexion (A Zulu Love)”全訳
[Chorus: Pete Rock]
I’m with this
Complexion (two-step)
Complexion don’t mean a thing (it’s a Zulu Love)
Ooh, complexion (two-step)
It all feels the same (it’s a Zulu love, uh)
俺にあるのはこの
肌の色
肌の色なんてどうでもいいだろ(それはズールーの寵愛の証)
肌の色
なんだって同じさ(それはズールーの寵愛の証)
[1st Verse]
Dark as the midnight hour or bright as the mornin’ sun
Give a fuck about your complexion, I know what the Germans done
Sneak (dissin’)
闇夜のように真っ黒か それとも朝日のように明るいか
お前の肌の色なんてクソくらえ ドイツ人が何をやったかなんてお見通し
裏でコソコソと(人をバカにしやがって)
Sneak me through the back window, I’m a good field nigga
I made a flower for you outta cotton just to chill with you
裏窓から忍び込んできたぜ 俺の畑はなかなかいい感じさ
君と遊ぶためだけに 綿で花を作ったんだ
You know I’d go the distance, you know I’m ten toes down
Even if massa listenin’, cover your ears, he ‘bout to mention
俺は最後までやり抜くって知ってるだろ 俺の足の指が切り落とされちまったことも
もしご主人様に聞かれてたとしたら 耳を塞いどきな 奴は今にも口を開くだろうからな
[Chorus: Pete Rock]
Complexion (two-step)
Complexion don’t mean a thing (it’s a Zulu Love)
Ooh, complexion (two-step)
It all feels the same (it’s a Zulu love, uh)
肌の色
肌の色なんてどうでもいいだろ(それはズールーの寵愛の証)
肌の色
なんだって同じさ(それはズールーの寵愛の証)
[2nd Verse]
Dark as the midnight hour, I’m bright as the mornin’ sun
Brown skinned, but your blue eyes tell me your mama can’t run
闇夜のように真っ黒か それとも朝日のように明るいか
肌は茶色でも瞳は青色 そうか 君のママは逃げ切れなかったんだな
Sneak me through the dark window, I’m a good field nigga
I made a flower for you outta cotton jut to chill with you
裏窓から忍び込んできたぜ 俺の畑はなかなかいい感じさ
君と遊ぶためだけに 綿で花を作ったんだ
You know I’d go the distance, you know I’m ten toes down
Even if massa listenin’, I got the world’s attention
俺は最後までやり抜くって知ってるだろ 俺の足の指が切り落とされちまったことも
もしご主人様が聞いてたとしたら 俺が世界中の関心を集めておくからよ
So I’ma say somethin’ that’s vital and critical for survival of mankind
If he lyin’, color should never rival
生き延びるために何より重要なことを声高に叫んできてやるぜ
もし奴が嘘をついてんなら 肌の色なんてのは何の脅威にもならないのさ
Beauty is what you make it, I used to be so mistaken
By different shades of faces
美しさってのは作り出せる そこんとこを俺は勘違いしてた
肌の色の微妙な違いのせいで
Then wit told me, “A woman is woman, love the creation”
知恵が俺に語りかける「女性は何であれ女性なのだ 彼女たちが生み出す美を愛せ」と
It all came from God then you was my confirmation
I came to where you reside
全ては神の御業 君の存在がそのことをはっきりさせてくれる
俺の行き着く先は君のいるところ
And looked around to see more sights for sore eyes
Let the Willie Lynch theory reverse a million time with
怒りに満ちた眼差しのために 多くのものを見渡さなくちゃな
ウィリー・リンチの唱えた理論に逆らってやろうぜ 何万回でもな 俺たちにはこれがある
[Chorus: Pete Rock]
Complexion (two-step)
Complexion don’t mean a thing (it’s a Zulu Love)
Ooh, complexion (two-step)
It all feels the same (it’s a Zulu love, uh)
肌の色
肌の色なんてどうでもいいだろ(それはズールーの寵愛の証)
肌の色
なんだって同じさ(それはズールーの寵愛の証)
[Interlude: feat. JaVonté]
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
You like it, I love it
君が好きなもの 俺が愛するもの
君が好きなもの 俺が愛するもの……
[3rd Verse: Rhapsody]
Let me talk my Stu Scott, ‘scuse me on my 2Pac
Keep your head up, when did you step
スチュアート・スコットについて語らせて それに畏れ多いけど2パックに関しても
彼は”Keep ya head up”って言ってたでしょ あなたが前に進む時には
Loving thy color of your skin, color of your eyes
That’s the real blues, baby, like you met Jay’s baby, uh
自分の肌の色を愛するのよ 自分の瞳の色を誇りに思うの
それこそ本物のブルース Jay-Zの娘みたいでしょ
You blew me away, you think more beauty in blue, green and grey
青い瞳 グレーの瞳の方がもっと美しいだって? 驚きだわ
All my solemn men up north, 12 years a slave
12 years of age, thinkin’ my shade too dark
真面目な奴はみんな牢屋送り 12年も奴隷生活
12年間 自分の肌の黒さについて考えてたの
I love myself, I no longer need Cupid
Enforcin’ my dark side like a young George Lucas
私は自分のことを愛してる キューピッドなんてお呼びじゃないの
自分の黒さってやつをより深めるのよ 若かりしジョージ・ルーカスがそうしたように
Light don’t mean you smart, bein’ dark don’t make you stupid
And frame of mind for them bustas, ain’t talkin’ “Woo-hah !”
肌が明るいから賢い?肌が黒いから頭が悪い?そんな話ってないわ
そんな発想はbustas御用達 バカって意味よ ラッパーのことじゃなくてね
Need a paradox for the pair of daughters they tutored
Like two Todds, L-L, you lose two times
奴らがしつけた娘たちにはこの世の不条理が必要なの
(ライミングの言葉遊び 深い意味はないと思われる)
If you don’t see your beautiful in your complexion
It ain’t complex to put it in context
もし自分の肌の色を美しいと思えないなら
そこに意味を見出すのはそんなに厄介なことじゃないわ
Find the air beneath the kite, uh, that’s the context
Yeah, baby, I’m conscious, ain’t no contest
凧を空に舞わせている風を見つけるの それこそが意味 簡単なことでしょ?
ええ そうよ 私は自覚してるの 特別なことじゃないけどね
If you like it, I love it, all your earth tones been blessed
Ain’t no stress, jiggaboos wanna be
もしあなたがそれを好きになれるのなら 私は大好きだけどね 大いなる自然より来たる褐色に祝福を
気にすることじゃないわ 黒んぼと呼ばせればいいのよ
I ain’t talkin’ Jay, mm-mm, I ain’t talkin’ Bey
I’m talkin’ days we got school watchin’ movie screens
Jay-Zのことじゃないし ええ ビヨンセのことでもないわ ああいうセレブのことじゃないの
私が言ってるのは 学校に通って映画を観てるような そんな毎日を送っている人に対して
And spike your self esteem the new James Bond gon’ be black as me
自尊心をスパイクさせるの スパイク・リーみたい
次のボンドは私たちみたいな黒人がやるってね
Black as brown, hazelnut, cinnamon, black tea
And it’s all beautiful to me
茶色みたいな黒い肌 ヘーゼルナッツ シナモン 紅茶……
どれも私にとっては素晴らしいもの
Call your brothers magnificent, call all the sisters queens
We all on the same team, blues and pirus, no colors ain’t a thing
兄弟たちは皆崇高なの 姉妹たちは女王のように高潔だわ
私たちは1つ ブルーズにブラッズ 色なんて問題じゃないの
[Outro]
Barefoot babies with no care
Teenage gun toters that don’t play fair, should I get out the car ?
見向きもされない 裸足の赤ん坊
年端もいかない銃運びのガキは真面目にやってねえ 俺が車を降りた方がいいか?
I don’t see Compton, I see something much worse
The land of the landmines, the hell that’s on earth
俺が見てるのはコンプトンじゃない そんなのよりもっと酷いもんだ
地雷まみれの大地 この世の地獄さ
解説
“A Zulu Love”の意味
まずは副題に冠せられた“A Zulu Love”の解釈からいきましょう。私の和訳では「ズールーの寵愛の証」としています。
そもそも”A Zulu Love”が主題である”Complexion”にかかっている部分でね。”complexion”は「肌の色」という意味ですから、「肌の色」、それすなわち”A Zulu Love”という構造になっている訳です。
で、”Zulu”というのは南ア最大の民族集団、ズールー族のことですね。何故ここでズールー族を引き合いに出しているかというと、彼らが住まう南アフリカは「人類の起源」とされている地だからです。
人類の起源がアフリカ大陸にあるというのは有名な話ですけど、この主張の根拠になっているのが南アにある「人類化石遺跡群」。世界で最も多くの人類化石が発見された遺跡で、世界遺産にも指定されています。
こうした事実を踏まえると、”Complexion (A Zulu Love)”というのは「肌の色というのは、人類の起源たるアフリカを象徴する誇るべきもの」くらいのニュアンスで理解できるのではないかと。
その辺を匂わせつつ、「ズールーの寵愛の証」と訳しておきました。割といい線いってる対訳なんじゃないかな。
奴隷制への言及
さて、いよいよリリックそのものに触れていきましょう。この楽曲は明らかにアフリカン・アメリカンへの差別をテーマにしていますが、ラマーがラップするヴァースには人種差別の歴史、とりわけ奴隷制への言及が多く見られます。まずはこの辺りの背景を見ていきましょうか。
最初はここ、「ドイツ人が何をやったかなんてお見通し」ですね。ドイツと人種差別となれば、当然ナチドイツにおけるホロコーストを連想する訳ですけど、アレってユダヤ人のみならず、有色人種も虐殺の対象だったんです。
奴隷制だけでなくナチドイツにも言及することによって、人種差別は「普遍的」な病理であることを示唆していると私は解釈しました。アメリカへの糾弾が本作の重要なモチーフではあるんですけど、単にドメスティックなアルバムでもない。全世界に訴求するメッセージ性がある作品だということが伝わってくる一節ではないかと。
で、そこからの一連のリリックは奴隷制下を舞台としていますね。ここのところも色々と前提になる知識があるので、解説していきましょう。
手始めに、「裏窓から忍び込んできたぜ 俺の畑はなかなかいい感じさ」。黒人奴隷に扮したラマーが同じく奴隷である女性に語りかけるという状況設定なんですけど、これは黒人奴隷の中でも女性は家内労働に、男性は綿花栽培を始めとした農作業に従事させられていた事実を踏まえてのものです。
もっと言うと、この差異というのは「肌の黒さ」にもよるみたいで。より肌が黒い、より「黒人的」であれば屋外での肉体労働に、肌が比較的白く、「白人的」であれば屋内での労働に。そしてラマーはアフリカン・アメリカンの中でも肌が黒い方なので、畑での労働を科されているということです。
続いては「俺の足の指が切り落とされちまったことも」という部分。ここは“King Kunta”との接続が可能ですね。あの楽曲の中でラマーは自身を誇り高きクンタ・キンテになぞらえますが、彼は幾度となく脱走を試みた結果足の指を切断されてしまいますから。
お次は2ndヴァースに移って、「肌は茶色でも瞳は青色 そうか 君のママは逃げ切れなかったんだな」。これ、黒人奴隷が受けてきた性被害への言及です。つまり、黒人奴隷を白人の主人がレイプすることで、茶色の肌と青い瞳を持つ混血が生まれてしまうということを示しているんですね。
さて、最後は「ウィリー・リンチの唱えた理論に逆らってやろうぜ」です。この「ウィリー・リンチ」という人物、一般には私刑を意味する「リンチ」の語源とされた人物を連想しますけど、奴隷制を下敷きにした世界観である以上、ここは「ウィリー・リンチの演説」で知られる方のリンチでしょうね。
この演説、今日では偽史であるという見方が一般的ではあるんですけど、それでもしばしばヒップホップを筆頭にアフリカン・アメリカンのカルチャーの中で言及されてきたものです。この演説の内容を要約すると、「黒人奴隷の待遇を肌の色や年齢で差別化し、奴隷間での対立を煽ることでより支配しやすくなる」というもの。
これに逆らうとラマーは言っている訳ですから、黒人同士が団結し、支配や差別に立ち向かおうというメッセージが込められています。
Rhapsodyのヴァースに見るエンパワメント
で、こっからは客演のRhapsodyのヴァースなんですけど、むしろここにこそ、この楽曲での主張の本質はあるような気がするんですよね。
ラマーは奴隷制の時代にフォーカスしていますが、Rhapsodyはより現代的なトピックを扱いながらアフリカン・アメリカンに訴えかけます。出てくるモチーフもすごく具体的でね。
登場する人物名をザッとさらってみても、お決まりの2パックを筆頭に、絶大な支持を集めたスポーツキャスターであるスチュアート・スコット、それにJay-Z/ビヨンセ夫妻という黒人セレブの象徴たる2人に、社会派な切り口で知られる映画監督のスパイク・リー。実に「らしい」と言えるラインナップでしょ?
で、こうした人物を取り上げてどういったメッセージを発するのかというと、「黒人であることを誇ろう」という主張ですね。いきおい人種差別をモチーフにした楽曲というのは悲観的だったり攻撃的だったりするきらいがありますけど、この楽曲はそうではない。
わかりやすいところならば、「大いなる自然より来たる褐色に祝福を」というライン。さっき言及した”A Zulu Love”というコンセプトにも沿ったものですけど、アフリカン・アメリカンの褐色の肌は大いなる自然の賜物だと言ってのけます。たとえその色が多くの悲劇を生んだものであろうと。
続く「気にすることじゃないわ 黒んぼと呼ばせればいいのよ」だって素晴らしい主張です。アフリカン・アメリカンであることは誇りこそすれ全く恥じる必要がない訳ですから、黒人への差別用語である「黒んぼ」と言われたところで気にすることはないと。
あるいは「茶色みたいな黒い肌 ヘーゼルナッツ シナモン 紅茶…… どれも私にとっては素晴らしいもの」というリリック。ヘーゼルナッツもシナモンも紅茶も、奴隷制において黒人たちが従事した農業の主たる品目です。悲劇である奴隷制すらも、アフリカン・アメリカンであることを誇れば素晴らしいものに思えると、そう言う訳です。
それこそ“Alright”でもそうでしたけど、差別に対するラマーの姿勢って底抜けにポジティヴなんです。「俺たちはきっと大丈夫」「自分の肌の色を愛するんだ」、どちらもその詩才をかなぐり捨てるかのようにシンプルな主張。ただそれは、彼がどこまでも真摯にこの問題を見つめるが故の簡潔さなんですよ。
まとめ
さて、今回は”Complexion (A Zulu Love)”の全訳解説でした。
触れるタイミングなかったのでここで書いておきますけど、“How Much A Dollar Cost”から”Complexion (A Zulu Love)”の展開の仕方が無茶苦茶秀逸じゃないですか?ズールーという共通項を持ちつつ、前者ではごくごく個人的な信仰や善悪をテーマに掲げ、後者ではアフリカン・アメリカンのリーダーとしての大きな主張を見せる。
やはり何度も言っているように、このミクロとマクロの推移にこそ”To Pimp A Butterfly”の本質はある気がしますね。ちんたら更新している私が言えた口ではないんですけど、アルバム全体のリリックを一望したときにこそその妙味は見えてくると思います。
で、続いてもアフリカン・アメリカンへのメッセージなんですが……かなり筆致が変わってきますね。本作でも重要なトラックの1つ、“The Blacker The Berry”でお会いしましょう。
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