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10年越しの「当たり前」を達成した、第67回グラミー賞

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ここ最近、思わず文章にしたくなる時事的なトピックが多くていいやら悪いやらです。ただ、これもやっぱり書いておいた方がいいでしょう。

はい、タイトルにもある通り、昨日授賞式が行われた第67回グラミー賞ですね。これがもう、近年稀に見る素晴らしい結果でした!これは私のお気に入りの作品やアーティストが受賞したみたいな個人的な意味ではなく、今後のグラミー賞、ひいては音楽批評や社会意識において大きな意味を持つものですからね。

そこのところを、気になった結果を振り返りつつ語っていこうかなと思います。それではどうぞ。

最優秀ロック・アルバム賞

まずはこちら、最優秀ロック・アルバム賞から。ノミネートはこの7作品。

“Happiness Bastards”/The Black Crowes

“Romance”/Fontaines D.C.

“Saviors”/Green Day

“Tangk”/IDLES

“No Name”/Jack White

“Dark Matter”/Pearl Jam

“Hackney Diamonds”/The Rolling Stones

過去の受賞作品から見える傾向として、ベテランが強い部門ではあるんですよ。参考までにWikipediaの歴代受賞作品のページをリンクしておきますが、なかなか若手がこの賞を勝ち取ることって今までなくて。

ただ、昨年はParamoreが受賞していますからね。彼らもバンド・キャリア自体はそれなりですけど、あの“This Is Why”を聴けば分かる通り、今がキャリアの盛りです。とくれば、2024年最高のロック・アルバムと誰もが認める“Romance”の受賞を望んだ人は多かったのではないでしょうか。

しかしながら、受賞したのは“Hackney Diamonds”。ストーンズがこの部門が創設された1995年以来の2度目となる受賞を勝ち取りました。

これ、オルタナ/インディーのリスナーからすると「ケッ、またオヤジバンドかよ」となっちゃうかもしれませんけど、このアルバムはこういう栄光に相応しい1枚だったことはここで念押ししておきたいと思います。

ロックがポピュラー音楽の主役から退いてずいぶん時間も流れ、もう「ロックは死んだ」とも言われなくなってきたこのご時世に、80歳のジジイたちがこれ以上なくクールなロックンロールを叩きつけた。この事実は大きな意味を持つはずです。この辺はリリース当時レビュー記事も書いているので、よろしければそちらも是非。

それでもFontaines D.C.が獲った方が今っぽい気もするんですけど、これは相手が悪かったかな。彼らが現代ロックのフロンティアに立っていることは疑いようのない事実ですから、次作に期待です。

最優秀ラップ・アルバム賞

ロックの次はヒップホップ、最優秀ラップ・アルバム賞を。数年前までヒップホップなんて聴きもしてこなかった私が、このカテゴリでここまでエキサイトできるなんてね。ノミネートは以下の5作品でした。

“The Auditorium Vol.1″/Common & Pete Rock

“Alligator Bites Never Heal”/Doechii

“The Death Of Slim Shady (Coup de Grâce)”/Eminem

“We Don’t Trust You”/Future & Metro Boomin

“Might Delete Later”/J. Cole

終わった後で予想するなんて茶番もいいところですが、この部門の歴代最多受賞者でもあるEminemがやっぱり最有力だったのかな?チャート・アクションも流石の貫禄で好調だったイメージもありましたし。内容ならCommonとPete Rockの共作も骨太で素敵でしたね。

そんな中、グラミーを獲得したのはなんとDoechii!この中で圧倒的にキャリアが短い彼女の勝利は、今回一番の大番狂せと言ってもいいんじゃないでしょうか。

それにこの“Alligator Bites Never Heal”、ミックステープとしてリリースされているんです。つまり彼女、厳密に言えばまだアルバムは一度も発表していないことになります。なのでこの作品を昨年の年間ベストで18位につけた私ですら、流石にグラミーはまだ早いと思っていました。むしろノミネートされたこと自体快挙だし、その時点でグラミーの見る目を褒め称えたいくらいですよ。

しかもDoechiiは女性ですから。過去に最優秀ラップ・アルバム賞を受賞した女性アーティストは、Lauryn HillCardi Bたった2例だけ。その点を考慮しても、やっぱり受賞までは厳しいかなと。そんな不利な状況を全部ひっくり返してのこの栄光、素晴らしいじゃないですか!

で、この時点で「今年のグラミーは面白くなるかも」という予感がありましたね。ストーンズの作品はこう言っちゃなんですが、いつも通りのグラミーでも選考し得るアルバムでありアーティスト。ただ、ここでフレッシュな才能、それも女性にスポットを当てるというのは、グラミーらしからぬチャレンジ精神ですから。

最優秀新人賞

ここからは所謂「主要4部門」というやつですね。まずは最優秀新人賞。ノミネートしたのはこんなアーティスト達でした。

Benson Boome

Chapell Roan

Doechii

Khruangbin

Raye

Sabrina Carpenter

Shaboozey

Teddy Swims

正直、今年のグラミーは数年前のOlivia RodrigoよろしくSabrina Carpenterが席巻するものとばかり思っていたので、彼女が獲るんだろうと。強いて対抗馬を挙げるならばバイラル・ヒットしたBenson Boomeにもチャンスはあるかも、それくらいですね。

ただ、ここをモノにしたのはChapell Roan。これも嬉しかったなぁ。

なにせ彼女、批評的にかなり損をしているアーティストなんですよね。1st“The Rise And Fall Of A Midwest Princess”は2023年リリースながらリアルタイムでの注目は思いの外集まらず、この年の年間ベストでも見かける機会は決して多くありませんでした。

しかし、そこからいい意味で常軌を逸した存在感、1stのタイトルが示唆するZiggy Stardustの隠し子のようなドギツイ華やかさが人々の目を否が応にも惹きつけ、2024年にはエンタメ・シーンの台風の目になっていましたから。ここを拾えるのは、グラミーの対象期間が1〜12月ではないことが幸いしましたね。

注目度も文句なく、「こいつは何かやらかしてくれるぞ」という期待感も十分、それだけで彼女を選ぶ理由としては十二分なんですが、加えてメンタルヘルスを抱えていることを公言し、またレズビアンでもある彼女がこうした栄光に輝くことの意味はやっぱり大きいですよ。

ほら、この前トランプが「アメリカはジェンダーを男と女の2つしか認めない」という、努めて理性的に評価して間抜けとしか思えない声明を出したでしょ?この何もかもを履き違えた失笑すら出てこない価値観が、今後アメリカ、ひいては社会全体に蔓延する可能性は、考えたくはないですがないとは言い切れなかった。

そんな中、コンサバで知られるグラミーがLGBTQ+にカテゴライズされるRoanをチョイスできた。これがなんとも嬉しくてね。別に彼女がレズビアンだから、そこに忖度しての結果とはまったく思いません。さっきも書きましたが、彼女がこの賞を勝ち取るのは至極真っ当なこと。その「当たり前」が、当たり前に行われた。それって、困難のうちにいる多くの人を勇気づけるものになるんじゃないかな。

幕間: The Weekndとグラミー賞の和解

さて、これはアワードそのものとは関係ないんですが、ひょっとすると今年のグラミーで最も象徴的な瞬間かもしれません。なんと、あのThe Weekndがグラミー賞でパフォーマンス!

当然思い出されるのは、2021年の第63回グラミー賞でのこと。2020年にアルバム“After Hours”、そして同作収録のシングル“Blinding Lights”で間違いなくその年を象徴するアーティストになってみせたThe Weekndでしたが、グラミーが発表したノミネートにはどこにもThe Weekndの文字がないという、前代未聞の事件が起きました。

これに対して、当然The Weekndは激怒「選考があまりに不透明」だと指摘した上で、予定されていた授賞式のパフォーマンスもキャンセルし、金輪際グラミー賞と関わらないことを宣言します。これはもうThe Weekndが真っ当すぎてぐうの音も出ませんね。

それ以来彼が授賞式に姿を現すことは勿論なかったんですが、今回なんとグラミー賞を主催するレコードアカデミーのCEO自ら壇上に立ち、4年前のThe Weekndの指摘と怒りは当然の主張であること、それを受け変革を図ったことを説明。そしてプレゼンターとして、The Weekndのサプライズ・ステージをアナウンスしたんですね。

グラミー賞の体質があまりに古臭いものであることは、もう毎年毎年ツッコまれていたことです。そして受賞結果を見て、それが改善されたとはまったく思えない状況も続いていました。

だから言葉だけの改革宣言なんて、ハッキリ言って信憑性ない訳ですよ。ただ、そこであれだけブチギレていたThe Weekndを引っ張ってこれるだけの誠意を見せた。権威に胡座をかかず、きちんとアップデートしていくことを行動によって明らかにしたんです。

そしてそれは、グラミー賞の本質である受賞結果にも当然反映されるべき。DoechiiやChapell Roanの受賞で「なかなか攻めたな」と思わせてくれたこの感覚が、まだまだ続くことを仄めかすような一幕でもあったんじゃないかな。

最優秀レコード賞

「今年のグラミーは一味違うかも……」という雰囲気のままに、話を授賞式の結果に戻しましょう。続きまして、最優秀レコード賞

“Now And Then”/The Beatles

“Texas Hold’Em”/Beyoncé

“Birds Of A Feather”/Billie Eilish

“Good Luck, Babe!”/Chapell Roan

“360”/Charli XCX

“Not Like Us”/Kendrick Lamar

“Espresso”/Sabrina Carpenter

“Fortnight”/Taylor Swift ft. Post Malone

以上の作品がノミネートされたんですが……なんだこの激戦区は。正直、ビートルズ以外のどの選択肢であっても納得がいくようなラインナップです(流石に2024年のグラミー賞の主要4部門にビートルズ出てきたら世界中がズッコケます)。

さあ、この部門を勝ち取ったのは。“Not Like Us”/Krndrick Lamarでした。これ、結構「そりゃそうだよね」って意見も多かったんですが、個人的にはダークホースでした。

だってこんなディスに塗れた攻撃的なヒップホップを、グラミーが年間最優秀レコードに選ぶとはどうしても思えませんもの。確かに2024年のアンセムは”Not Like Us”で決まり、それくらいのヒットではあったけれど、そこで攻めるようなグラミーではないかなと思っていました。Taylor Swiftや、あるいはSabrina Carpenterで丸く収めるのが長年のグラミーのやり口でしょ?

そこで、あえてこう言いましょう、安直に”Not Like Us”を選んだ、これが意外でね。しかも何気に、Kendrick Lamarにとっては初となる主要4部門の受賞です。ご存知の通り、“good kid, m.A.A.d city”“To Pimp A Butterfly”“DAMN.”も、ノミネートされながら最優秀アルバム賞に届いてはいませんでしたから。

それもそもそもおかしな話で、特に“TPAB”なんて今からでもTaylor Swiftに謝ってこっちにすべきなくらいの作品。ただ、やっぱりグラミー賞は黒人に厳しいという忌むべき「伝統」があります。それもあって、今までの社会派なKendrick Lamarですら無理なものを、今のバッチバチでキレッキレな彼ではなおさら勝算は低いだろう、そう考えてしまいました。

ところがどっこい、受賞ですよ。しかもノミネートされていたもう1つの主要4部門、最優秀楽曲賞も獲得して、全体ではなんと4つのグラミーを勝ち取っています。確かに2024年はDrakeとのビーフ以降誰もがKendrick Lamarに注目せざるを得ない1年ではありましたが、グラミー賞ってここまでしっくりくるチョイスができるアワードでしたっけ?さっきの改革宣言、やはりうわべだけのものではなさそうですよ。

最優秀アルバム賞

さあ、いよいよグラミー賞でも最大の名誉とされる最優秀アルバム賞。ノミネート作品はこちらです。

“New Blue Sun”/André 3000

“Hit Me Hard And Soft”/Billie Eilish

“Cowboy Carter”/Beyoncé

“The Rise And Fall Of A Midwest Princess”/Chapell Roan

“Brat”/Charli XCX

“Djesse Vol.4″/Jacob Collier

“Short n’ Sweet”/Sabrina Carpenter

“The Tortured Poets Department”/Taylor Swift

これまた最優秀レコードに匹敵する豪華な顔触れ。とはいえ、最大の関心事はここでしょう。Beyoncéが悲願の最優秀アルバム賞を獲得できるか否か

“Beyonc锓Lemonade”“Renaissance”、この過去3作はどれも間違いなくこの賞に相応しいアルバムでした。しかし毎度毎度、その栄光は彼女の手からあと少しのところでこぼれ落ちてきた。そのことが2017年の、”25″で受賞したはずのAdeleが涙ながらに「Beyoncéがここに立つべきだった」とスピーチする、グラミー賞の歴史でも最も悲痛な瞬間を生んでしまってもいます。

Adele's Grammy Tribute to Beyonce

ただ、申し訳ないけれど、私は今回もBeyoncéの受賞は「ない」と確信していました。”Cowboy Carter”はそりゃあ腰が抜けるくらい傑作ですけど、しかし一方でこれはBeyoncéによるカントリー・アルバム、いわば野心作です。”Lemonade”や”Renaissance”のような、彼女のフィールドで全てを出し尽くした入魂の傑作すら受賞させないのに、今回そうするなんてことがあるのか?とね。

だからこのアルバムが最優秀カントリー・アルバム賞を獲った時も、「ああ、ここで Beyoncéに花を持たせて、最優秀アルバムの方は選ばない算段だな」と穿った見方をしてしまい。さっきも書いたように、Sabrina Carpenterが今年は持っていくと予想していましたからね。それが一番グラミーっぽいでしょ?

でもここまでの流れで、おいおい、これはもしかするともしかするのか?と身構えまして。徐々にピースがはまっていくような、そんな感覚がありました。そしていざ蓋を開けてみたらば。第67回グラミー賞年間最優秀アルバム賞に輝いたのは。

“Cowboy Carter”/Beyoncé

なんということでしょう!遂に、遂にですよ!BeyoncéのAOTY獲得です。もうこれだけで記念すべきものになりました。Michael Jacksonの正統後継者たるBeyoncéが、また一歩「ポップの帝王」の玉座に近づいた瞬間なんですから。

総括: 遅すぎた、しかし間に合った

……とまあ、つい感情的になりましたが、落ち着いた文章に戻りまして。これはKendrick Lamarの主要部門受賞にも言えますが、やっぱり遅すぎるんです。正直言って、やっぱりBeyoncéは”Lemonade”で受賞すべきだったし、Kendrick Lamarだって”TPAB”、百歩譲って”DAMN.”の時点で主要部門は獲得しているべき。実際、「今さらかよ」という声も散見されました。

10’sのポピュラー音楽シーンは、社会に蔓延るバイアスを乗り越えようとした偉大なタームでした。あの10年を振り返って真っ先に思い出される名盤って、それこそ“Lemonade”であり“To Pimp A Butterfly”でしょ?そこに“Blonde”“IGOR”を加えたって当然構わないですけど、どれもアフリカン・アメリカンが生み出した、マイノリティへの眼差しに根差した作品。そしてそれはしっかりとリスナーにも伝わっていたはず。

なのに、権威の側にそれを受け止める用意がなかった。そこのところのズレが、ここしばらくのグラミー賞最大のネックでした。そしてそれはどうせ変わらないだろう、そう冷笑しまっている私のような人だって多かったんじゃないかな。

でも、グラミー賞は宣言通り乗り越えました。10年遅れではあるものの、しっかりと評価すべきものを評価する、さっきの新人賞のところでも語ったように「当たり前」を当たり前にやること、これって本当に大切ですからね。

それに、なんとか間に合ったという感覚も私にはあって。これもさっき触れましたが、トランプが必死になってアメリカの価値観の時計を何十年単位で戻そうとしているでしょ?アメリカ大統領の任期は4年ですから、長ければ向こう4年間この馬鹿げた試みは続いてしまう訳ですが、その中でグラミー賞は過去の反省を踏まえて前進してみせた

もっとも、そういう政治的/思想的なカウンターとして今回のグラミー賞は選考された、そんな解釈までするつもりはありませんよ。そんな意思表明の道具として音楽を利用するなんてナンセンスだし、タイミングからしてそこまで意識していないでしょうから。

グラミー賞はあくまで優れた音楽に与えられる称号、それ以上の意味はありません。そこの「優れた音楽」という部分を、曇りなく見つめることに成功したという話だと思っていて。

……ただ、これはジョークとして聞き流してほしいんですが、Sabrina Carpenterにしてみれば「なんで今年なのよ」と愚痴の1つも言いたくなりそうな転換ではあるのかな笑。例年通りなら、彼女が主要部門を1つも取れないなんてのはちょっと考えにくいですから。

そう、なんだかんだ言ってもグラミー賞はポピュラー音楽最大の権威。その歴史の中で形成されてきた「グラミー賞らしさ」を何もかもひっくり返す必要まではないというが私の考えです。あくまで軌道修正するところはしつつ、「まあ、このアーティストはグラミー好きそうだよね」みたいなあの感覚も大事にしてほしいんですよ。

そこのバランス感覚が、今後のグラミーの課題になるのではないでしょうか。ほら、あまりラディカルにやりすぎちゃうと近年のローリング・ストーン誌みたいに迷子になっちゃいますから。どうか今年だけの突然変異ではなく、時間をかけてアップデートしてほしいですね。

個人的にはあんまり賞レースに興味ないタチだったんですけど、なんだか面白いことがこれからもっと起こるような予感がしてます。来年以降のグラミー賞、これは俄然興味深いものになるんではないでしょうか。そんな感じで、今回はこの辺りで。

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