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Dangerous/Michael Jackson (1991)〜「ポップスの帝王」の完成形たる、絢爛豪華なポートレート〜

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ああ、また大きく間隔が空いてしまいました。ダラダラと更新しているマイケル・ジャクソンの全アルバム・レビュー、今回は1991年発表の“Dangerous”です。過去のレビューはそれぞれ↓からどうぞ。お時間のある方は是非順番に読んでいただけると嬉しいですね。

さて、時代はいよいよ1990年代に突入。MJも30代に差し掛かり、その表現にはやはり変化が訪れます。それは時代性という外的要因だったり、彼自身の内的要因だったり、様々なエッセンスに由来するんですが。

そんでもってこの作品、個人的に「マイケル・ジャクソン入門」に最適と考える1枚でもあります。ええ、あの”Thriller”をすら差し置いて。だというのに、この作品を高く買う声はあまりに少ないんですよね。まったくもって遺憾です。

そこのところも上手く拾ってやれればいいんですが、とにもかくにも早速作品を見ていきましょうか。

MJにとって「逆境」の90‘s

さて、このシリーズにおいては前作からの彼の足跡を振り返るところから始まるのが定石でした。いかんせんMJのリリース・ペースが遅いこともあって、作品間の連続性を掴み取るためにはそこの文脈を拾い上げる必要があったからなんですが。

ただ今回はその前置きはパスしましょう。これまでほど大きなトピックもありませんしね。強いて挙げるならば、前作”Bad”を引っ提げてのキャリア初となるソロ・ツアー、バッド・ワールド・ツアーの現象的成功でしょうか。ここ日本から開幕したこのツアーでMJは当時の観客動員記録をたちまち塗り替え、世界的なムーヴメントを巻き起こしました。

“Thriller”でチャートを掻っ攫い、続く”Bad”ではそれに加えてショービズとしても破格の成功を収めた。いよいよぶっちぎりの大スターとなったMJですが、しかし”Dangerous”直前の時代の風向きというのは決して彼に味方するものではありませんでした。今回はこうした、音楽シーンそのものの背景を確認していきましょう。

①ヒップホップの台頭

まず語るべきは、ヒップホップの台頭ですね。このジャンルの成立そのものは時代をもう少し遡る必要があるんですけど、チャートを賑わせるポップスとしての存在感を示したのは80’s中後期に入ってから。ランDMCビースティ・ボーイズ、この辺りのグループが人気を博していく訳です。

これは大きな潮目の変化でしょうね、なにしろまったく新しいブラック・ミュージックのフォーマットが誕生したに等しいんですから。ソウル/R&B、そしてファンクをルーツとするMJにとって、この新たなブラック・ミュージックにどう対峙するかというのは重要なテーマです。ここを見誤ると、途端に時代遅れになりかねない。

加えて言えば、MJって歌い手としても格別な存在でしょ?そこへいくと、「メロディを排斥したブラック・ミュージック」であるところのヒップホップとはどうにも噛み合わせが悪い。彼の天性の歌声を発揮できないというのはそれだけで不利とすら言えますからね。

じゃあダンサブルなグルーヴならどうだ、となるとこっちもこっちでMCハマーみたいなヒップホップが人気を博していて。事実、「MJの時代は終わりだ」みたいな冷笑的な立場もあったようです。ここへ切り込んでみせるというのが”Dangerous”制作において非常に重要な意識であったことは想像に難くありません。

②80’sと90’sの温度感の違い

それに、80’sを覆っていた狂騒のムードが時代の流れの中で消えていったというのも大事な変遷です。あの輝かしくポジティヴなエネルギーは、徐々に大衆からは支持されなくなっていく。この辺りはこのブログでも「1980年代洋楽史解説」というトピックで扱っています。(1年以上更新してないですが、今執筆中ですのでしばしお待ちを)

それに呼応するようにロック・シーンからはニルヴァーナが登場し、90’sの温度感が定義されましたよね。実際、今回語る”Dangerous”を引き摺り下ろすようにチャート1位を獲得したのがあの“Nevermind”です。

ただ、何もニルヴァーナがその温度感を決定づけたというより、大衆の求める音楽とニルヴァーナ、ひいてはグランジの剥き出しのスタイルが合致したという話だと個人的には解釈しているんですが、これがまたMJにとってバツが悪い。

何しろマイケル・ジャクソンは押しも押されもせぬスーパースター、飾らないどころか限りなくゴージャスで煌びやかなコンテンツですからね。前回の”Bad”のレビューで、マイケル・ジャクソンというキャラクターのスケールが一気に巨大化したということに触れましたけど、90’sになるとその一大スペクタクルはむしろ不利に働きかねないんです。

さあ、こうした「逆境」に如何にしてMJが立ち向かったのか?そこを起点に、いよいよ作品について触れていくことにしましょう。

「逆境」への音楽的回答:ニュー・ジャック・スウィングの導入

もう少し前提知識の確認をさせてください。”Dangerous”の制作背景を振り返る時、その最大のトピックはクインシー・ジョーンズとのタッグ体制の解消でしょう。実質的ソロ1st、”Off The Wall”以来絶大な信頼を寄せた敏腕プロデューサーと、MJは袂を分かつことになります。

これは別に喧嘩別れでもなんでもなく、MJの野心の表れでしょうね。そもそも、前作”Bad”の段階で収録曲の大半はMJが作曲し、プロダクションにおいてもかなりの部分でMJの主張が採用されていましたから。その頃から見られたソロ・アーティストとしての独立精神、あくまでその結果としてのタッグ解消です。

で、Q・ジョーンズに代わって本作のプロデューサーを務めたのが当時23歳のテディ・ライリー。初期のMJを支えたのがQ・ジョーンズだとすれば、T・ライリーは後期MJ最大のパートナーです。そこに若手プロデューサーを起用するのが如何にもMJらしいハングリー精神ですけどね。

ただ、T・ライリーはこの時点で泣く子も黙る売れっ子で。彼が成功を収めた要因というのが、ニュー・ジャック・スウィングというスタイルの確立です。

ニュー・ジャック・スウィングについてざっくり説明しておくと、重厚なグルーヴとスピード感を兼ね備えたビートを軸にした、ブラック・ミュージックのスタイルです。ヒップホップからの影響も大きく、ビートのアタック感だけでなく、ラップを楽曲にそのままインサートする手法なんかも特徴ですね。

さあ、いい加減音楽について見ていきましょう。ここまでの前置きを踏まえて、本作のオープニング、“Jam”をどうぞ。

Michael Jackson – Jam (Official Video)

……どうです?少なくともさっき触れた逆境のうち、音楽的な部分に関してはこの1曲で完璧ともいえる回答を用意していると思いませんか?

“Bad”でのバタバタとしたシンセ・リズムより幾分かナチュラルに、しかしやはりエッジィでこれまでになく俊敏なビート。これぞニュー・ジャック・スウィングといえる質感です。イントロでおよそ1分にわたって延々とこのビートを繰り返すのもすごく意図的で、「どう、時代遅れなんてとんでもないでしょ?」と反論するかのよう。

それにこのリズムに乗っかるMJの歌い回しもまたすごい。ここへくると初期のソウル的表情はほぼほぼなくなっていて、代わりにパンチの効いたリズミカルな唱法を突き詰めています。これも前作の段階で”Smooth Criminal”なんかに見られた個性ではあるものの、サウンドとの親和性という点でいっそう巧みになっているんじゃないでしょうか。矢継ぎ早にリリックを追いかけるスタイルからは、ヒップホップへの意識もハッキリと感じられますね。

で、楽曲のブリッジではもうマルっとラップをフィーチャリング。ここでラップを披露するのはHeavy Dというラッパーで、彼もやはりニュー・ジャック・スウィングの文脈でヒットした人物です。

この”Jam”に限った話ではなく、アルバム”Dangerous”では他にも2曲でラップが登場するんですよ。“She Drives Me Wild”“Black Or White”ですね。後者は後で違う切り口からも語るんですが、ひとまずはMJがヒップホップに積極的に向き合った証拠と見ていいでしょう。その象徴として、”Jam”は見事に機能していると思います。

そしてアルバムの序盤、もうこれでもかとニュー・ジャック・スウィングの応酬ですよ。“Why You Wanna Trip On Me”はヘヴィなギターをフィーチャーしたロック調、“In The Closet”はアダルティなR&Bチック……とそれぞれに手心は加えていますけど、軸となるスタイルは共通です。

その中で一際輝くのが、この“Remember The Time”です。今日においても、MJの最高傑作の1つと誉れ高いナンバーですね。

Michael Jackson – Remember The Time (Official Video)

本作におけるここまでのニュー・ジャック・スウィングって、ヒップホップ寄りなものが多かったんですよ。それは当然トレンドを理解した上での処置なんでしょうけど、でもこのジャンルはヒップホップだけでなく、R&Bの上質なメロディを兼ね備えたものでもある訳で。この”Remember The Time”はまさしく、R&B的な上質さをこれでもかと打ち出しているじゃないですか。

グルーヴもこれまでにはない滑らかさで、MJの歌唱もスピード感を抑えた「聴かせる」タイプの表現になっていてね。楽曲に寄り添ってシンガーとしての性格を変幻自在にチューニングする、MJの表現者としての才能がここでも露わになっています。

「逆境」への精神的回答:アルバム中間部に見る、MJのパーソナリティ

さて、ここでアルバム全体の構成に目を向けてみましょうか。この”Dangerous”という作品は3部構成になっていると考えていまして。

ちょっと話は逸れますけど、これってすごく時代を感じる構成なんですよ。というのも、80’sまで音楽アルバムのリリース・フォーマットというのはレコードだったでしょ?となると、どうしたってA面とB面でストーリーに区切りが生まれてしまう。その特質をむしろ活かした名盤というのも数多くあることはわざわざ触れるまでもないですが、もしアルバム内で音楽的に章立てするならば2部構成というのが基本原則だった。プログレッシヴ・ロックのような組曲形式のものは置いておくとしてね。

ただ、CDという形態が台頭したことでこの基本原則はなくなる訳ですよ。レコード片面が20分を限度とする一方、CDはわずか1枚で80分にわたる音楽を立て続けに収録できるんですから。となれば、何も2部構成にこだわる必要はありません。

さあ、話を本筋に戻して。第1部がこれまで見てきたニュー・ジャック・スウィングの乱打戦、時代のサウンドに見事対応したことを示すファンファーレになっています。楽曲でいうと“Can’t Let Her Get Away”までですね。ではそれ以降の第2部、作品の中間部を担う3曲がどう評価できるかと言いますと、それは時代に対するMJの精神的な回答。ここはそれぞれの楽曲にフォーカスしながら考察していきましょう。

この中間部を開幕するのが“Heal The World”。ここまでのアグレッシヴなダンス・チューンの数々から意図的にテンションの乖離が見られる、スウィートでハート・ウォーミングなバラード・ナンバーです。

Michael Jackson – Heal The World (Official Video)

“Bad”のレビューでメッセンジャーとしてのMJの目覚めについて言及しましたけど、いよいよこの楽曲でそのキャラクターが確立した感がありますね。ちょっとサビの歌詞を引用してみましょう。

Heal the world

Make it a better place

For you and for me, and the entire human race

There are people dying

If you care enough for the living

Make a better place for you and for me

世界を癒そう

よりよいところにしよう

君のために、僕のために、すべての人のために

今こうしている瞬間にも死んでいく人たちがいるんだ

もし君が生命を愛おしく思うなら

世界はもっといいところにできるよ、君にとって、僕にとって

“Heal The World”より引用(抄訳:ピエール)

平易な言葉を選んで、世界中の人々に訴えかけられる「世界を癒そう」のメッセージ。こんなことを歌って、それが嘘くさくならない歌声の誠実さって本当に唯一無二だと思いますね。楽曲としても思わず笑っちゃうくらい真っ当で、転調を畳み掛けてスケールを倍加させる進行も普通ならチープになりかねないところを、メロディや歌唱の深みでそうさせていない。

で、続けざまに“Black Or White”ですよ!あの”Billie Jean”に並ぶビルボード7週連続1位の大ヒットとなった、アルバムの先行シングル。この曲、あらゆる角度から分析してもマイケル・ジャクソンという表現者を象徴するナンバーです。ちょっと詳しく見ていきましょうか。

Michael Jackson – Black Or White (Official Video – Shortened Version)

まずは音楽性ですけど、この曲は構造においてあの“Bohemian Rhapsody”と同一だと思うんです。すなわち、複数の異なる音楽性を1曲の中でミックスした組曲的なナンバー。もっとも、なにもオペラをやろうって話じゃない。”Black Or White”の軸となるのはやはりニュー・ジャック・スウィングで、そこにハード・ロックヒップホップがインサートする、そんな展開を見せます。

これって、かつてMJが”Thriller”で達成した「音楽における人種のラベリングを否定する、全人類的ポップス」という表現を1曲に詰め込んだものとも言えると思うんですよね。ハード・ロックという「白人音楽」とヒップホップという「黒人音楽」、この2つを本作の通奏低音であるニュー・ジャック・スウィング、あるいはポップスという普遍的なカテゴリでまとめあげる訳ですから。

いかんせんポップ・センスがずば抜けた1曲ですんで気づきにくいんですけど、この楽曲は相当にクレバーですよ。ただ、”Dangerous”というアルバム、それもこの第2部のキャラクターを鑑みれば、このクレバーさには別の狙いがあることに思い至ります。それは、「人種の壁をなくそう」という、”Heal The World”での主張に勝るとも劣らない博愛的なメッセージの象徴というもの。

歌詞の段階でそのコンセプトは明らかではあります。冒頭のセンテンス、

I took my baby on a Saturday bang

“Boy, is that girl with you ?”

Yes we’re one and the same

土曜日に彼女とパーティーに行ったんだ

「おい、あの娘は君の彼女かい?」

そうさ、僕らに違いなんて何一つない

“Black Or White”より引用(抄訳:ピエール)

の時点で、人種差別というものに痛烈に回答していますからね。おそらくこの歌詞に出てくる「彼女」は白人なのでしょう、だからこそアフリカン・アメリカンであるMJと一緒にいることに疑問を持った問いかけが飛んでくる訳です。そこには意図したかはともかく人種差別の意識があるのは明らかですけど、それを踏まえて、なおMJは「違いなんて何一つない」と言ってのけるんですね。それをもっとシンプルに表明したのがキメのフレーズ、

If you’re thinking about my baby

It doesn’t matter if you’re black or white

もし君が僕の恋人のことを考えてるんなら

肌の色が白いか黒いかなんて大したことじゃないんだ

“Black Or White”より引用(抄訳:ピエール)

です。

“Heal The World”と”Black Or White”、メッセージ性において非凡な普遍性と強度を誇るこの2曲を立て続けに収録することで、ヒューマニティーの部分でのマイケル・ジャクソンがくっきりと見えてきますよね。

そして続いてが“Who Is It”。実はMJの全ての楽曲の中で5本の指に入る大好きなナンバーなんですが、本作におけるMJのパーソナリティーの発露という点で見れば、ここまでの2曲とはやや違った角度ではありますがやはり重要な楽曲だと思います。

Michael Jackson – Who Is It (Official Video)

表面的に理解するならばこの楽曲は失恋を歌ったものです。ただ私の考えでは、それはメタファーに過ぎない。彼が訴えたいのは、途方もないスケールに膨れ上がった「マイケル・ジャクソン」という偶像に群がる人々に対しての失意や嘆きなのだと思っています。言ってしまえば、それは「キング・オブ・ポップ」としての振る舞いではなく、マイケル・ジャクソンという個人から発せられる魂の叫びなのではないかと。

こうした真の意味で一人称的な表現は早くには“Billie Jean”に見られますし、”Bad”の時期には“Leave Me Alone”やアウトテイクにはなりますが“Price Of Fame”のような例もあります。ただここにきて、その闇がいっそう色濃く、生々しくなっているのは注目すべき変化ですよ。悲しいかな、このネガティヴィティは次作“HIStory”においてコンセプトとも言えるほどに強く表れてしまうんですが……

その話はいずれまた詳細に語るとして、ここではマイケル・ジャクソンが単なるポップ・スターに求められるもの以上の表現に乗り出しているという、ある程度肯定的に論じるべきものだとは思っています。Q・ジョーンズとのパートナーシップを解消し、楽曲のテーマの部分でもよりMJが主導権を握ったからこその作風でしょうからね。

そしてそれは、ポピュラー音楽にシリアスな社会性、あるいはパーソナルな人間性が強く持ち込まれることになった音楽シーンの反映とも言えるのではないかと思います。ヒップホップでは既にN.W.A.パブリック・エネミーが社会に対する痛烈な批判や怒りをラップしている訳ですからね。そして当時、アメリカにおける貧富の差黒人への差別は極めて苛烈だったという背景も存在している。

その状況を、構造的に言えば「下」から糾弾したのがそうしたヒップホップ・アーティスト。社会のリアルをリリックに込めて告発し、警鐘を鳴らすとともに同胞へのエンパワメントとして機能していきます。そして一方、「上」から人々を導こうとしたのが本作におけるMJの社会性だと私は思うんですよ。リアリティや切実さにおいてはヒップホップに劣るものの、より射程を広く、全人類的にメッセージを投げかける。これを偽善と言ってしまえばそれまでですが、彼の人生を思い出せば少なくとも私はMJは本気だったと思いますね。

また社会性ではなくパーソナルな題材を取り扱うというのも、「スターの苦悩」といった一般にはややイメージし難い形式ではありますがしっかり行っています。この人間性の符合に関しては偶然の一致、あるいは私のこじつけな部分もあるとは思いますが、冒頭で述べた逆境への立ち向かい方として、こういった解釈も可能であることは書き記しておきたいと思います。

 ハイ・カロリーで歪、ゆえにゴージャス

さあ、ようやくアルバムの第3部、後半戦ですね。スラッシュを迎えての“Give In To Me”がその間にありはするんですが、第3部の幕開けに相応しいのは“Will You Be There”と見るべきでしょう。なにしろここから3曲、渾身のバラード・ゾーンですから。

Michael Jackson – Will You Be There (Official Video)
YouTubeの公式アカウントにはエディットされたバージョンしかありませんでしたので、そちらを掲載します。

この”Will You Be There”も、さきほど触れた人間としてのマイケル・ジャクソンの主張という性格を強く持つ楽曲です。未だに聴くたびに胸が苦しくなる一節があるんですが、

but they told me

a man should be faithful

and walk when not able and fight till the end

but I’m only human

みんなが僕にこう言う

男たるもの信念を持て

たとえ力尽きても進み続け、最後の時まで戦うのだと

でも僕だってただの人間なんだ

この歌詞ですね。私の知る限り、マイケル・ジャクソンほど信念を持ち続け、持ち得るすべてを賭して懸命に生きた人間はいないんですが、その彼をしてこう告白してしまう。「僕だってただの人間なんだ」と。

とはいえ、音楽的に注目すれば決して悲壮感漂うものではなく。むしろベートーヴェンを引用し、声楽団を従えてのゴスペルを導入には荘厳な佇まいがあります。歌詞にしたってそうした悲壮を明らかにしつつ、そのうえで導いてほしいという神への祈りへと向かっていきますから。

続く“Keep The Faith”“Man In The Mirror”の続編のような立ち位置でしょう。作曲は同じくサイーダ・ギャレットですし、こちらもゴスペルですね。そして薬害エイズによって若くしてこの世を去ったライアン・ホワイトへの鎮魂歌“Gone Too Soon”へと繋がります。

Michael Jackson – Keep the Faith (Audio)
Michael Jackson – Gone Too Soon (Official Video)

この3曲、どれもすごく思い入れがありますしよくできた曲だと思っています。ただ、何も3連続でやらんでも……というのが率直な感想です。それぞれに楽曲のテイストとして後半に持ってくるのは妥当な判断ですが、こう、もうちょっとバランスよくできないかなぁと。涙を飲んで、どれかお蔵入りにするという判断ではダメだったんでしょうか。ただでさえ山ほど曲作って山ほどお蔵入りにさせるような制作環境な訳ですからね。

そしていよいよアルバムのフィナーレ、表題曲“Dangerous”ですが……ここでまさかのニュー・ジャック・スウィングに戻るという。アルバムのトータリティを意識しての采配であろうことは理解できますけど、そこまでの感動的な展開がどこかへいってしまう無理矢理な感は正直否めません。

Michael Jackson – Dangerous (Audio)

“Bad”のレビューでも指摘した、楽曲のパワーを高めることに専念したばかりにアルバム作品としてのまとまりに欠いてしまうMJの創作上の欠点。これがレコードの時間的制約を突破したCD時代になって、残念なことに強調されてしまっています。そういう個性と言えばそれまでですけど、あくまでこの企画はアルバム・レビューですから。そこはファンとして盲目的にならず、しっかり批判したい部分です。

ただ”Dangerous”というアルバムに関してであれば、この歪さは個人的に割と好みなんですよ。というのも、それがそっくりそのまま本作のゴージャスさに繋がっているから。前半のニュー・ジャック・スウィングにしろ、中盤のパーソナリティにしろ、そしてフィナーレにしろ、当時のMJがやりたい音楽をわがままに敷き詰めている。その結果、あの”Thriller”をも凌駕するバラエティとカロリー、そして華を獲得できていると思うんです。

言ってしまえば、ザ・ビートルズにおける『ホワイト・アルバム』やストーンズにおける『ならずもの』のようなポジションの1枚じゃないかと考えているんですよ。そのアーティストの持つポテンシャルを惜しみなく注ぎ込んだが故のボリューム。流石にその2枚と”Dangerous”が名盤の格として同列とまでは言わないですけどね。

そう見るとアート・ワークも象徴的ですよね。ミステリアスかつ絢爛豪華な装飾はまさしく「キング・オブ・ポップ」に相応しい意匠ですし、その奥でMJの眼差しがこちらを鋭く捉えているのは、彼のパーソナルな表現の発露という側面も盛り込まれています。

そしてだからこそ、私は本作がマイケル・ジャクソン入門の1枚だと思っているんです。ダンス・チューンもバラードも、ポジティヴもネガティヴも、「キング・オブ・ポップ」の表現を余すことなく描ききったポートレートこそが”Dangerous”ですから。

まとめ

いやぁ、久しぶりに1枚のアルバムにここまで文字を割きましたよ。ざっと1万字くらいですか?お付き合いいただきありがとうございます。

そうだ、これを投稿した8月29日はマイケル・ジャクソンの誕生日です。せっかくの記念日ですからブログで何かMJを題材にしたものを……と思っていたところに全作品レビューのことを思い出してね。下書きにずいぶん長い間眠っていたこいつをサルベージすることに成功しました。途中まで書きかけていたものを読み直すと、いやぁアツイ文章ですね。これを書いた人はよほどマイケル・ジャクソンが好きと見えます。

閑話休題、少しでも多くの人に彼の音楽に触れてほしいと願う私にとって、特にオススメしたいのがこの”Dangerous”です。だってほら、”Thriller”はどうせ皆聴いてるでしょ?それに私が愛してやまないマイケル・ジャクソンの魅力を、ズバリ言い当てているのはやっぱりこのアルバムだと思っているので。

さあ、次は”HIStory”編なんですが……どうしましょうかね。思い入れが強すぎて、どういう角度から攻めようか決めかねているんですが。他にもいくつか書き上げたい投稿があるので、それが終わり次第取り掛かろうと思います。それではまた。

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