おお、早いものでVol.10ですよ。「オススメ新譜5選」のコーナーです。バックナンバーはこちらからどうぞ。
クイーンに関する企画だったり、あるいは絶賛連載中の“To Pimp A Butterfly”全訳解説だったり、色々やってますけどこれを落としちゃいけません。しっかり現代にもアジャストしていきましょう。
さて、先週は大注目の1枚がありましたけど、リリース全体を見渡していきましょうか。今回遅れたのは忙しさにかまけていた訳ではなく、それなりにちゃんとした理由があってのことなのであとで言い訳させてください。とりあえず、一旦企画をスタートさせましょう。
“NIA”/中村佳穂
先週、というより今週水曜の邦楽新譜はもうえげつなかったですね。3枚大きなリリースがありましたけど、全部素晴らしかったので全部紹介しちゃいましょう。まずは中村佳穂の『NIA』。
この現行のシーンのどこにもくくりつけられない、中村佳穂の音楽としか言えない奔放さがたまらなく痛快ですよね。1曲目の『KAPO』なんて、スポークンワードでもないしラップでもない、とはいえしっかりしたメロディがあるわけでもない。この軽やかな自由さがもう彼女らしくて最高です。
その上で難しさがないのが巧妙です。これは彼女の歌声の質によるところがあるでしょうね。『竜とそばかすの姫』で彼女の「声」の魅力は人口に膾炙した感もありますけど、あのあどけなさが自由な作曲に親しみやすさを与えている。
キャッチーさと高度さの両立というのはここ数年のJ-Popですごく重要なトピックではあるんですけど、それをしっかり示すことに成功したアルバムだと思います。前作『AINOU』が邦楽史上の名作の地位を獲得していますけど、そこに食らいつく作品になったんじゃないでしょうか。
“LOVE ALL SERVE ALL”/藤井風
続いて藤井風の“LOVE ALL SERVE ALL”。去年の紅白からこっち台風の目でしたけど、しっかり期待に応える作品でしたね。
1stはブログで個別レビューもしてるんですけど、あっちが現代的R&Bの中で歌謡/J-Pop的な歌心を表現したものであるなら、この2ndはもっとノスタルジックというかね。デビューと共に時代を咀嚼し、次なる一手で先祖返りしてみせる、それも極めてスタイリッシュに。この手法、宇多田ヒカルにも共通するんじゃないかな。
とにかく曲がいいんですよね。アルバムを楽しみにしていたので既発シングルはほぼ聴いていなかったんですけど、『まつり』や『へでもねーよ』で見られる「和」のテイスト、これが嘘くさくないのが素晴らしい。しっかり小洒落たR&Bサウンドの中で祭囃子のニュアンスや尺八が聴けるのはホントに彼らしい反則ワザです。
アルバム序盤で1stとの相違点を意識的にひけらかしながら、後半ではしっかり「歌モノ」になっているバランス感覚も流石でしたね。『それでは、』から『”青春病”』、そして『旅路』の展開で締めくくるのはもうJ-Popの新王者としてバッチリでしょ。星野源さん、これからどうします?
“言葉のない夜に”/優河
リリース前の注目度だと中村佳穂と藤井風には及ばなかったんですけど、蓋を開けてみるとリスナーからの評価では三つ巴になりましたね。シンガーソングライター、優河の『言葉のない夜に』です。
インディー・フォークのアルバムなんですけど、このジャンルって洋楽の世界でもここ数年ですごく大きな存在になっているじゃないですか。テイラー・スウィフトの『フォークロア』だったり、今年に関してだけでもビッグ・シーフの新作がかなりの絶賛を得たりね。その文脈で語り得る1枚なんじゃないかと。
メロディの主張はやはり日本的で、子守唄にも似た穏やかさもこの作品の見所ではあるんですけど、それ以上にサウンドスケープが実に嫋やかで美しい。このサウンドへのこだわりがインディー・フォーク的なんですよね。
アルバム・ジャケットで表現された群青色の夜空と一番星、その色彩感覚が音楽でも見事に描出できています。ここまで緻密なサウンドのJ-Pop(この作品を安直にJ-Popと呼ぶべきかはわからないですけど)が平然とリリースされているの、本当に頼もしいし嬉しいですね。もっとマスに注目されてほしい作品です。
“Present Tense”/Yumi Zouma
洋楽だって負けてませんよ。ニュージーランドのシンセ・ポップ・バンド、Yumi Zoumaの”Present Tense”です。
シンセ・ポップといっても80’sのMTV全盛期に猫も杓子もやっていたギッタンバッタンしたサウンドではなく、ものすごくナチュラルでスムースな質感が楽しめる作品で。それこそこの企画でも登場している、ティアーズ・フォー・フィアーズをより現代的にソフィスティケイトしたような、そんな印象です。
現代的と言いましたが、より厳密にいうとインディー的なんですよね。大衆のためのポップネスではなく、あくまでこじんまりとしたパーソナルな親しみやすさ。かといってとっつきにくい訳ではないし、絶妙な切なさが胸に迫る、そんな「ズルイポップス」のやり口をよく了解した作品です。
こういうサウンド、決して私の音楽体験の中で通ってきたものではないんですけど何故だかすごく懐かしく感じちゃいます。これは80’sのポップスとかにアンテナのある人なら是非とも聴いてほしいですね。実に洒脱でリラックスしたポップスの名盤なので。
“Weatherglow” [EP]/Asian Glow & Weatherday
EPをこの企画で紹介するのって個人的に高めのハードルを設定しているんですけど、これはそのハードルを余裕で超えてくる1枚でしたね。韓国のアーティスト、Asian GlowとWeatherdayのコラボEP、”Weatherglow”です。
韓国のオルタナティヴってのもすごくホットな領域で、それこそ去年はParannoulが頭角を表した訳ですが、そのシーンの中に属する2組です。Weatherdayに関しては昨年末にParannoulと共演していますしね。実際、シューゲイズ的に楽しめる作品でもありますから。
轟音のギターで世界観を塗りつぶし、夢見心地なメロディが乗っかる。それだけならステレオタイプなんですけど、そこにエモ的な焦燥感と奇妙なノスタルジーがあるのがいいですね。サウンドの圧も、その生々しさや内省的ドラマの説得力を高める作用を生んでいます。
マネスキンなんかもそうですけど、ロックの復権は音楽の第三世界が鍵な気がしていて。その中で韓国のインディー・シーンって小さくない影響を今後持つんじゃないかと勝手に妄想しているんですけど、その私の期待に応えてくれるいい作品でした。オルタナ好きなら聴いておいて損のない1枚です。
まとめ
さ、今回の5枚はこうしたラインナップです。邦楽を3枚も選べたのが個人的にとても嬉しいですね。素直に「いい」と思えたレベルが高い3枚でしたし、私の作成する年間ベストにも残留してくれることでしょう。
で、ここで言い訳しておきましょうか。音楽メディアを謳っておきながら、アレが入っていない件です。
はい、こちらロザリアの“Motomami”ですね。もうピッチフォークからNMEから、どこもかしこも大絶賛。このままいくと2022年の年間ベストでもかなり高い位置の常連になるであろう作品です。これを選ばないなんて、さてはお前これだけの話題作を聴いていないのか?そうお思いの方もあるかもしれない。
ここで告白しましょう。今回この企画を2日も後ろ倒しにした理由は、なんとかしてこの作品を理解して、5枚の中に入れたかったからです。でも入っていない、つまり
私にとって”Motomami”はとうとう、さっぱり、まったくわからなかった
ということです。ああ悔しい。
「スゴイ作品」なのはわかるんです。才能が暴れまくっていて、彼女のフラメンコというフィールドを踏まえてもとんでもない新境地に挑戦していることだってわかる。ただ「好きじゃない」んだなあ……
過大評価だ!とは言いたくありません。私はまだそこまで自分の審美眼に絶対の自信を持っていないし、私が理解できていないだけで、きっと評価にたる魅力や価値がある作品でしょうから。ただ、あくまでこの企画では「私が気に入った作品」を取り上げたいんです。
今までも話題作を聴いた上でスルーというのは何度かしてますけど、ここまで台風の目の作品を全く理解できなかったのは、正直結構ショックでしたね……
今年いっぱいは機会を見つけて挑戦してみるつもりなんですけどね。なんとかして攻略したいものです。ということでまた次回。
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