木曜日ということで、「2022年オススメ新譜5選」やっていきましょう。バックナンバーは↓からどうぞ。
最近“To Pimp A Butterfly”全訳解説に執心していますけど、しっかり最新の音楽にも対応していきましょう。数年前の自分からすると、ヒップホップのアルバムを全訳して、毎週毎週新しいアルバムをチェックするようになるなんて思いもしなかったですけどね。
ナウでヤングでトレンディな音楽ファンを目指して、是非ともチェックしていただければ。それでは参りましょうか。
“Frank”/Fly Anakin
ヒップホップからチョイスするのがお決まりになってきましたけど、だっていいアルバム多いんですもん。無視するのは不健全だし、このブログの振れ幅という意味でも絶対に意味があると思ってます。今回はFly Anakinの“Frank”です。
すごく心地よいラップ・アルバムですね。ネイティヴ・タンを彷彿とさせるというか。ラップ自体はかなり言葉数が多くて、フロウも畳み掛けてくる勢いのあるものなんですけど、トラックがとにかくセクシーで味わい深い。ベースが効いていて、ゆったりしたサウンドとラップの性急さのギャップがクセになります。
どこか煙に巻いたミステリアスなムードもこの作品も魅力です。ジャジーと言ってしまうのも短絡的だし、かといってチルというのもどうにもシックリこない。そもそもラップそのものはさっきも言った通り結構アグレッシヴな訳でね。なかなか掴みどころのない作品ではあるんですよ。
38分というコンパクトさで17曲を収録しているのもこののらりくらりとした魅力に一役買っているんですよ。次々に楽曲が移り変わるので、どうにも見えてくるものが少ない。ただ、前提として心地よさがあることは分かるんですが。
この辺、もっとヒップホップの通史を勉強すると表現できる領域なんでしょうか……そう思うと恥ずかしくもあるんですけど。ただ、感覚的にいいと思える普遍的な魅力は間違いなくある作品なので。今年のラップ・アルバムの中でも今のところかなり上位につけてくるフェイヴァリットですね。
“All One Breath”/Samana
続いてはインディー・フォーク・デュオ、Samanaの“All One Breath”です。
如何にもなダウナー系オルタナティヴ・フォーク、そういう印象の作品ですね。しっかり陰惨でしっかり美しい、「オルタナティヴ・ロックのゴッドファーザー」ことニール・ヤングの重要作『ラスト・ネヴァー・スリープス』なんかにも通ずる内容です。
このバンドのサウンドを指して実験的とする表現もネット上で見かけたんですけど、個人的にそこまでプログレッシヴな姿勢は感じないですね。もちろん現代的だし、クラシカルなフォークとは距離のある作品なんですけど、少なくとも本作に限って言えばロックナイズドされたフォークの美学に忠実なんじゃないでしょうか。
総合的にはアコースティックなアンサンブルなんですけど、ギターのサウンドがいやに金属的でエッジィなのが面白い。このアルバムを長閑なフォークに終始させない、生々しさと危なげな表情を表現しています。
この作品に関しては1970年代のロックがお好きな方にもオススメできますね。ニール・ヤングの名前を出しましたけど、あるいはニック・ドレイク的と言ってもいいでしょうし。そういう、素朴さと脆さを包含した繊細なフォーク・ロックとして一聴の価値ありです。
“IMPERA”/GHOST
メタルを取り上げるのはこの企画では初、なんならブログ全体でも初めてな気がしますね。GHOSTの“IMPERA”です。
メタル・シーンの趨勢というのは、ごめんなさい、全く知らないんですけど、こんな産業ロック丸出しのメタル・バンドがいたなんて!いや、褒めてますよ。産業ロック大好きですから。“Spillways”という曲なんて、やたら音がバキバキのボン・ジョヴィかというくらい痛快でキャッチーですから。
前提として私はHR/HMが苦手なんですけど、例外としてボン・ジョヴィやデフ・レパードが好きなのは、彼らに底抜けのキャッチーさがあるから。そしてこのアルバムにも、私は同じものを感じました。荘厳さもあるんですけど、それもメタルっぽいというよりアメリカン・プログレ・ハードのバンドが展開したものに似ている気がしますしね。
批評筋でこの作品が肯定的に受け入れられているのもいいじゃないですか。きっとメタル・ファンにもしっかりとリーチしていて、その上で私のようなメタルが苦手な人間でも楽しめる懐の深さがあるということですから。
総じて、メタル的に聴かなくても楽しめるメタル・アルバムではないかと思います。むしろニュー・ウェイヴやスタジアム・ロック、産業ロックといった1980年代の活気あるロックが好きな方こそピンとくるんじゃないでしょうかね。私のことなんですけど。
“On The Groove”/Soul Revivers
今回はいろんなジャンルから選出できて、個人的にいいバランスになっている気がします。こちらはレゲエのアルバムですね。Soul Reviversの“On The Groove”です。
レゲエって実のところボブ・マーリーくらいしかちゃんと聴いたことなくて。ザ・ポリスのようにレゲエの延長線上にあるポップスだったりはよく聴くんですけどね。なので現代のレゲエがどうなっているかなんてものはまったく見えてこないんですけど、これはいいアルバムだ。
レゲエと聞いて想起するところの裏拍にキモのあるグルーヴ、それがまずしっかり気持ちいい。レゲエとしては当たり前なんでしょうけど、私のような門外漢が聴いても楽しめるというのはこの作品の普遍的な充実の証拠でしょうから。
それでいて、2022年の作品とは思えないくらいクラシカルなグルーヴ感があるんですよね。サウンドの質感が実にローファイで、現代的な洗練の痕跡もあるんですけどそれ以上に70’sの名残を感じさせる音像です。そんなもの私が嫌いな訳がなくてですね。
この作品のグルーヴの心地よさといったら、まったくタイトル負けしていませんからね。ゆったり聴けるスムーズな名盤として、ソウルやR&Bが好きな方にもしっくりくるアルバムだと思います。
“Gateway” (EP)/Orion Sun
EPにも注目の1枚があったのでピックアップしておきましょうか。R&Bのアーティスト、Orion Sunの最新EP“Gateway”です。
この作品の印象として、宇多田ヒカルの『BADモード』っぽいなというのがまずありました。というのも、R&B/ソウルの方法論を引用しつつも、より半径の小さい、内省的な筆致の作品だなと。
“intro”の段階でこそホーンやストリングスが効果的で、彼女の拠点がフィラデルフィアであることも加味すると、フィリー・ソウルのインディー的解釈による作品なのかなとも思いましたけどね。ただ、そこからはすごく淡々とサウンドが広がっていくんですよ。
現代的ソウルと言ってしまえばそれまでなんですけど、サウンドの凝り方がいいんです。クライマックスを飾る“Celebration”なんてすごく緻密で。サウンドの美しさに恍惚としてしまうマジカルな楽曲ですよ。
2022年の作品ですから当然ヒップホップを通過している訳で、でもネオ・ソウルでもないし、クラシカルなソウルに忠実でもない。ある意味で、ベッドルーム・ポップ的でパーソナルなソウルの小品という理解が適切な1枚なのかなと思います。ただ、その意匠の細やかさは素晴らしい職人技ですけどね。
まとめ
さあ、今回も先週のリリースからオススメの作品を5枚チョイスしていきました。
実を言うと、先週に関してはいわゆる話題作にピンとくるものが少なくてですね。これは今週のこの企画、来週と抱き合わせで延期にするかも……なんて不安もあるにはあったんですよ。ただ、やっぱり音楽っていいもんで、しっかりいい作品が淀みなくリリースされていましたから。
批評筋では一番人気だったJenny Hvalなんかを選外としたのも、私個人にとってそこまで刺さるアルバムではなかったからなんですよね。基本的にミーハーなので、いいとされてるものはなんでもよく聴こえちゃうんですけど。だからこそ違和感のある部分には誠実でいたいので。
さて、来週は邦楽に大注目のリリースが2つ控えています。中村佳穂と藤井風ですね。日本のアルバム・リリースは水曜日なので来週取り扱えるかは微妙なんですけど……もちろん洋楽のあれやこれやも楽しみです。それではまた次回。
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