ここ最近まで1960年代をテーマにブログを展開してきましたが、ここらで一気に現代的な感性を取り戻すこととしましょう。今回はタイトルにもある通り、2021年上半期にリリースされた名盤のご紹介です。
実は「新譜を追う」という行為自体、私にとっては初めての試みなんです。これまでは専らクラシカルな名盤を探しては聴きの繰り返しでしたから。古い音楽を好きな人間が陥りがちな「最近の音楽なんて……」という偏見も正直ありましたからね。
ただ実際に聴いてみるともう驚きの連続ですよ。数年ぶりに、本当に心の底から「音楽ってすごい」ってなりました。音楽作品そのものへの感動もありましたけど、この半世紀にわたるポピュラー音楽の進化がまだまだ続いていることへの感動も大きかったです。
そんな感動を私に与えてくれた数々の名作から、今回は順不同で15枚紹介していきます。年末には年間ランキングにしても面白そうですが、今はまだそこまで聴き込めていない作品もありますから。それでは早速参りましょう。
(当ブログは基本的に洋楽作品を表記するにあたって邦題表記およびカナ表記を採用していましたが、新譜に関しては邦題のないもの、日本未リリースのものもありますので原題を用いる場合もあります。何卒ご了承を)
“Cavalcade”/black midi
最初に紹介するのは今ディープなロック・ファンから熱視線を浴びせられている注目のバンド、black midiの2ndです。
実はblack midi自体はこの作品リリースの少し前から存在は知っていたんです。知り合いに面白いバンドがいると1stを勧められまして、もうまんまとハマりました。それでこの2ndはかなり心待ちにしていたんですが、期待を裏切らない素晴らしい内容でした。
前作では不穏なギター・サウンドを主軸にしていましたが、本作ではバイオリンやサックスを取り入れ、いわば「上品な狂気」みたいなものを感じさせてくれます。そう、狂気。それこそ70’s後期のキング・クリムゾンなんかを彷彿とさせる仕上がりです。
ほんのちょっとズレるだけでたちまち崩壊しそうなギリギリのラインで、その狂気を演出しているというのがこの作品の見事なところだと思うんですよね。その危うさみたいなところが尋常でない集中力を聴き手にも要求するんですが、そのハイパーなエネルギーが心地よい傑作です。今年のベスト・アルバム・ランキングでも上位に入ってくるのが必至の1枚。
“To See The Next Part Of The Dream”/파란노을 (Parannoul)
この作品も外せません。かなり話題になったアルバムですね。韓国の気鋭アーティスト、Prannoulの2ndアルバムです。
bandcamp上でリリースされた作品というのが如何にも現代的ですよね。少なくとも20世紀の名盤にフィジカル盤が存在しないというのは考えられないですから。同時に、商品としての流通ルートがなくとも名盤として評価される現代のフレキシブルさというのも感じられます。
さて、作品の内容に関して。ジャンルの上ではシューゲイザーということになります。韓国のインディー・シーンでは結構支持を集める音楽性みたいですね。そこにエモ/ハードコアの要素をブレンドした印象です。シューゲイザーの幻想的なサウンドに、青春の激情みたいなものが乗っかるというのはとても鮮烈でした。
冒頭でサンプリングされているのは『リリイ・シュシュのすべて』という日本映画のワンシーン。この作品とPrannoulの世界観がすごく繋がるような気がするんですよね。刹那的なきらめきだったり独特の焦燥感だったり。このアルバムが気に入った方はそちらもあわせてお楽しみください。
“Teatro d’ira vol.i”/Måneskin
もうね、今年最大の新人バンドは彼らで決まりだと思います。イタリアから突如現れたロック・バンド、Måneskin(日本語表記はモーネスキンが一般的らしいですが聞く限りでは「マネスキン」の方が原語に忠実な気がします)の2nd。
ここまでに挙げた2枚のアルバムって、ジャンルの上ではロックですけどかなり難解な音楽性なんですよ。フリー・ジャズぽかったりシューゲイザーだったり。どちらも音楽ファンには堪らないけど、一般層まではリーチしにくそうなアプローチです。
ただこのアルバムは誰が聴いてもカッコイイ、もう真っ向勝負のロックです。ここまであけっぴろげにギター・ロックをかますバンド久しぶりじゃないですか?第一印象としてはザ・ホワイト・ストライプスみたいだなと思ったんですが、2000年代以降のロックに通底するニヒリズムみたいなものがないんですよね。カッコよさにステータス振り切ったタイプのロックです。
サウンドはヒップホップの影響もあったり、それこそ00’sのギター・ロックから地続きだったり、多分に現代的なロックなんですけど、この作品に漂う「臭さ」はロック全盛期、1970年代くらいの空気感を纏っているように思います。ロックが死んだと思っている人は、とりあえずこのアルバムを聴いて考えを改めてください。私は考えを改めました。
“Nurture”/Porter Robinson
デビューから注目を集めてきた期待の若手プロデューサー、ポーター・ロビンソンのソロ作品としては第2作となる”Nurture”。この作品もよかったですね。今のところ3本の指に入るお気に入りです。
カテゴリの上ではダンス・ミュージックに位置付けられるみたいですけど、私の印象としてはもっとアンビエントで浮遊感のあるサウンドなんですよね。あまりダンサブルな成分は感じ取れないというか、それ以上に陶酔感を強く打ち出している感覚があります。
といっても、サウンドの色彩感覚としては非常に明るくて華やか。アンビエントなんていうとわかりにくいイメージが先行しがちですけど、聴いてすぐにその明度の高さに虜になる感じとでも言えばいいでしょうか。
あまりエレクトロニカ系、ダンス・ミュージックみたいなものに関心のなかった私が太鼓判を押すくらいですからそのクオリティは間違いないと思います。晴れた日の朝に聴きたいような、爽快感が心地いい作品です。
“SOUR”/Olivia Rodrigo
今年のグラミー新人賞はもうこの人以外あり得ません、それくらい今の音楽シーンの中心にいる超大型新人、オリヴィア・ロドリゴの1stアルバムです。
この人、今年の頭くらいに”Driver License”ってシングルが世界中で特大ヒットかましてたんです。それこそ欧米圏のチャートにはほとんど顔を出す勢いで。Apple Musicのグローバル・チャートの1位がいつまで経ってもこの曲だったのをよく覚えています。
その時の私の印象としては「大勢のプロデューサーでガチガチにされたよくある一発屋」くらいなものだったんですよ。よくも悪くも現代ポップスの寵児みたいなね。それでアルバムが出るっていうから聴いてみたらもう飛び上がりましたよ。一発屋どころかもうこの人の時代が来たっておかしくないクオリティ。というか実際彼女の時代ですしね2021年は。
スゴイのがほとんど自作曲なんですよね。それもバラードからアップ・テンポのロックから、結構なんでもこなせちゃうんですよ。ポップスとしてのまとまりからは逸脱せずに、いろんなスタイルをアルバムの中で展開しているんです。これ、唯一無二のスタイルで人気を集めたビリー・アイリッシュとの大きな違いですね。
今年の賞レースなんかでも間違いなく名前を見ることになる作品でしょうし、今からでもチェックして損のない1枚かと。大衆の耳ってのもバカにできませんね、ここまで売れたのも納得です。
“Jubilee”/Japanese Breakfast
女性アーティスト繋がりで続けて紹介しておきましょう。Japanese Breakfastの”Jubilee”です。さっきのロドリゴがポップスとしての大衆性の部分で抜きん出ているとすれば、このアルバムはもっとアヴァンギャルドというか、エクスペリメンタル・ポップの成分が強い作品ですね。
「次世代型ケイト・ブッシュ」とでも形容しておきましょうか、非常にキャッチーなんだけれどもかなりチャレンジングな音像です。シンセサイザーが主体ではあるんですけど、すごく人間的というか、温もりみたいなものが感じられるのが面白い。
この捻くれ方がちょうどよくて、きちんとポップスではあるんですよね。その上でちょっぴり斜に構えているというのがいい。真っ直ぐなポップスって個人的にはそこまで大量に摂取できないんですよ、ただこの作品はちょっとのズレがその抵抗を取り払ってくれています。
洗練もされているし、ポップスとして非凡だし、それでいて私みたいな捻くれた音楽ファンにもリーチする奇のてらい方も心得ている。ツボをことごとく押さえた「卑怯」なアルバムです。
“Afrique Victime”/Mdou Moctar
これも聴いた時に腰抜かしました。ニジェール共和国のギタリスト、Mdou Moctarの世界デビュー作です。
左利きのストラトの名手ということでついたあだ名が「砂漠のジミヘン」。なんてハードルの高さなんだと思わないでもないですが、そう呼ばれるだけのことはあります。1曲目から絶品のギターが炸裂する、しっかりギターを主役に据えたクラシカルな作りの作品です。
それでいてアフリカンなテイストも存分に感じられるというのがこの作品の面白いところで。それはメロディの質感にしてもそうだし、いわゆるギター・ロックとは距離を感じる独特のギター・サウンドにしてもそう。生命力や土着性みたいなモチーフって、現代のシーンではなかなか出てこないエッセンスだと思うんですよ。
そこを見事に表現し、思わず唸ってしまうギターのテクニックと表現力が説得力を補強するのがニクいですね。ロック・ファンはもちろん、ワールド・ミュージックに関心がある人にも刺さる作品だと思います。
“Mood Valiant”/Hiatus Kaiyote
これは滑り込みで今回選出できた1枚。間に合ってよかったというのが率直な感想ですね、この作品を紹介できなかったかもしれないと思うとゾッとしません。それくらいいい作品でした。
Hiatus Kaiyoteはオーストラリアのネオ・ソウル・バンドなんですが、もうとにかくセクシーなアルバムですね。それこそネオ・ソウルの古典、ディアンジェロやエリカ・バドゥなんかとも遜色ない妖艶さです。
サウンドはかなり洗練されていて、都会的というか「危険なオトナ」みたいな印象ですね。エロティックでしなやかで深みがある、これ嫌いな人いないでしょ。当然ネオ・ソウルですからグルーヴの心地よさも半端じゃないですしね。
この作品のセクシーさはヴォーカルのネイ・パームの貢献も相当大きいと思うんですが、彼女にとってはガンからのカムバック作だったみたいですね。もう見事な歌声で、完璧な復活です。まだまだしばらくはヘビロテしそうな作品の筆頭候補の1枚。
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