
さあ、今回は月初恒例の「オススメ新譜10選」、やっていきましょう。バックナンバーは↓からどうぞ。
1月ってどうしても序盤のリリースが控えめですけど、2月にも入るともうフル・スロットル。毎週毎週気になる作品が出てきて、こっちのモチベーションも俄然強くなっている今日この頃です。
特に今回、「これはレコメンドしたいなぁ」とレビューを書いたはいいものの、枠が足らず泣く泣くお蔵入りしたものがいくつもあってね。ちょっともったいないとも思うんですが、それゆえにしっかり厳選できた納得のいくラインナップでお届けします。それでは早速参りましょう。ピエールの観測した2月のリリース、こんな感じです。
“People Watching”/Sam Fender

まずは文句なく2月のベストから。だいたいその月の顔になるようなネームバリューのある作品をヘッドラインに持ってくるんですが、2月はそこまでビッグなリリースもなかったので私の趣味を出しましょう。とはいえ各所で高評価、絶賛ヒット中の1枚ではありますが。イギリスのSSW、Sam Fenderの4年ぶりとなる新譜“People Watching”ですね。前作“Seventeen Going Under”もなかなか評価が高く、その時に知った名前です。
日本人がUKロック贔屓なのは最早伝統ですらありますが、そういう色眼鏡で聴くとギャップに驚かされる1枚な気がします。なにしろ一聴して伝わるBruce Springsteenへのリスペクトに満ちた、男臭くて哀愁漂うハートランド・ロックですからね。彼の噛み締めるように渋い歌声からしてボスへの接近は明白ですけど、こういうアーティストがUKから出てくる土壌ってあんまり想像つかなかったので面白いですよね。
サウンドにしても、プロデュースで参加しているのがUSインディーの雄、The War On DrugsのAdam Granducielという事実から、どういう文脈のアルバムかはお分かりいただけるのではないかと。その上で、煌めくプロダクションやしっとりとしたメロウネスを感じるメロディ・センスにはしっかりと現行インディー、具体的なバンド名を挙げるならばThe 1975的な質感もあります。そしてボスとThe 1975の中継地点としての、“The Joshua Tree”の広大さと仄かなエッジも。
要するに、ウェル・メイドで地に足のついたロック・アルバムということですよ。ここまでに引用したアーティスト名の掛け算が外すなんてこと、そうはないでしょう?昔懐かしいクラシックの風格はありつつ、今のイギリスで鳴らされている新鮮さもこの音には確かにあって。間違いなく、今後のUKロック・シーンを背負っていく才能になることでしょう。
“Phonetics On And On”/Horsegirl

続いてもロックから。こちらも前作2022年の1st“Versions Of Modern Performance”で注目を集めたシカゴのスリー・ピース・バンド、Horsegirlの“Phonetics On And On”です。プロデュースにはCate Le Bonを迎えての本作、インディー・リスナーにとってはなかなか興味深い布陣ということもあってか、リリース前から注目度は高かった印象ですね。
そして実際に聴いてみれば、これは随分と意表を突かれましたよ。1stではもっとガレージ・ロック的なラウドネスを打ち出していたんですが、まさかこれほどストイックで簡素なサウンドに変貌しようとは。スリー・ピースのアンサンブルにかすかなストリングス(メンバー自身が演奏しているとのこと!)を加えてはいるものの、すごく空白の目立つ組み立て方をしていて。The Strokesの“Is This It”をさらに減量させ、おまけに起き抜けかのようにダウナーに表現したような感覚があります。
インタビューなんかを読むと、VUの“Loaded”がインスピレーションの1つだったようで。これ、すごく腑に落ちるメンションなんですよね。マイルドで侘しくすらある作風なのに、まったく上品なポップスには聴こえない、確かにロック・アルバムだと思わせてくれる切れ味がありますから。これを踏まえて聴き直すと、気怠げな中に潜む毒っ気やギターの生々しさなんかはまさしくといった具合ですよ。
ただ、思っていたほどメディアでのスコアが盛り上がってないのが懸念ですね。もっとエネルギッシュなものを期待していたところに出てきたアルバムとしては、拍子抜けと思うリスナーがいる気持ちは分からないではないですが。なんにせよ、AOTYもRYMもたまには気が合わないもんです。文句なく優れた1枚ですから。
“Erotica Veronica”/Miya Folick

2月の最終リリースに関してはこれを書いてる時点でもまだ聴けてない作品がいくつかあるんですが、でもこの作品を聴いた瞬間に締切としました。これを紹介しないという選択肢にはどうしたってならないので。アメリカの女性SSW、Miya Folickの3rd“Erotica Veronica”です。
女性SSWってことは、まあインディー・フォークだろうと当たりをつけて聴いてみたんですがね。なるほど確かにアコースティックなサウンドを軸にしてはいます。でも爽やかなエレクトロや開放感のあるメロディ・センス、これはどっちかというとインディー・ポップじゃないですか?いやいやちょっと待て、“Fist”で聴ける逼迫したヴォーカルや生々しいアンサンブルは最早インディー・ロックだぞ……もうお分かりでしょう、本作はフォークでありポップでありロックです。そんな贅沢なことあっていいんでしょうか。
普通に考えて、こういうことするとアルバムとしてどっちつかずで散漫な印象になりますよ。でも彼女、楽曲レベルでこの3つの配合を微妙に変化させながら、通奏低音としての聴き心地のよさや、共通項のインディー的というところから発せられる距離感の近さ、そこは頑なに維持しています。なんでしょうね、Faye WebsterとPhoebe BridgersとAdrianne Lenkerが入れ替わり立ち替わり登場してくるような、とてつもなくリッチな聴き味です。インディーなのに。
妙にテンションの高いレコメンドからも、私がどれだけこの作品との出会いを喜んでいるか伝わるかと思います。この数年新譜をチェックしてきて、インディー・シーンでの女性の活躍が如何に輝かしいものかというのは体験してきましたが、その決定盤と言っても過言ではない、それくらいの作品じゃないかな。
“Choke Enough”/Oklou

先月からやたらとエレクトロ関係の作品をレコメンドする頻度が高い気がしますが、私の中での流行なのかはたまた20’sがそういうモードなのか。ともあれこれは間違いなく2月を代表する1枚でしたね、フランスのプロデューサーOklouの1st“Choke Enough”です。
1stといっても、活動自体は10年くらい前からしている人物のようで。シングルやEP、あるいはリミックスや客演といったものが中心的だった中で、満を持してのフル・レングス。そこでしめやかに披露されるのは、アンビエントR&B、ハイパー・ポップ、Y2Kリバイバル、それらを鮮やかに接続してゆく「2025年の音」です。よくこのシリーズで現代的なサウンドだなんて表現しますけど、ここまで「2025年」なアルバム今後もそうは出なさそうですよ。
シーンの中で共鳴するアーティストとしては、Erika de Casierが真っ先に思い浮かびましたね。品のある慎ましさとしなやかなパンチを両立するエレクトロの扱いや、そこにきちんとポップなメロディを乗っけるセンスなんかが近しいのかと。そしてそこからshygirlに派生してもいいし、Caroline Polachekの名前を出してもいいでしょうし、今鳴らすべきエレクトロという意味ではCharli XCXとも結びつき得るのかな。そんな、近年活況を呈するエレクトロ・ポップのど真ん中を突いてくる1枚。
ほら、今年に入ってすぐに20’s前半のエッセンシャル・アルバムズみたいな投稿したじゃないですか。あれをもし下半期もやるなら、間違いなく入ってきそうなアルバムですね。それに、散々エレクトロは苦手で……なんて言ってる私を軽々とノック・アウトさせるポップスとしての馬力も兼ね備えていますから。
“Like A Ribbon”/John Glacier

1月編ではヒップホップを扱わなかったので、今年に入って初のヒップホップ作品のレコメンドになりますね。先月絶賛したFKA twigsも所属するレーベルyoungより、イギリスのヒップホップ・アーティストJohn Glacierで“Like A Ribbon”です。Oklouと同じく、フル・アルバムとしては1stにあたるようで。
ヒップホップとはいったものの、かなりジャンルの境界が曖昧な作品ではあります。彼女はVegynやJamie xxといったUKエレクトロの重要人物からも重用されているんですが、本作でもそうしたハウス的な淡々とした躍動感はトラックの大きな特徴の1つ。そのうえで時折覗かせるダークで鋭角的なプロダクションはポスト・パンクのようにロック・ライクでもあり、それらの融合がトリップ・ホップ的なダウナーな底知れなさをも表現しています。
そうした魅力的なサウンドの中で、彼女のフロウはつとめてフラットで抑制的、ここもまた聴き心地のよさに直結しているんじゃないかな。ぽつりぽつりと独白するような表現性が、リスナーの意識をトラックから引き剥がすことなく、しかししっかりと生の情感を作品に付与している。ロック/ポップス的な歌唱と演奏の呼応関係でなく、トータルの音像の中でのエッセンスの1つとして肉声を差し込むような感覚がありますからね。
これは私の感性の話ですが、ムキムキのヒップホップって聴いていて疲れることも多々ありますし、かつストイックなエレクトロになるとなかなか掴みどころが見つからずに終わることもあって。ただこの作品は些細な緩急の機微、あるいは彼女の肉声によって、アルバムにきちんと導線が引かれているのが嬉しかったですね。全体像を見失わせないというのは、いいアルバムの条件の1つだと思うので。
“1000 Variations On The Same Song”/Frog

ここらで「お前これ好きそうだな……」となるインディー・アルバムをば。アメリカのインディー・トリオ、Frogで“1000 Variations On The Same Song”。1stが2013年リリースということで、結構息の長いバンドなんですね。RYMをチェックしててたまたま見つけました。
ドライでオーガニックなバンド・サウンドを軸に、メランコリックでこぢんまりとしたメロディを詰め込んだコンパクトなインディー・ロック……どうです?好きそうでしょ?いや、というかみんな好きな音楽性でしょう。軽やかなんだけれども湿度の高さもあるメロディ・センスには、国籍の壁を越え60’s中後期のRay Davisにも似た空気感があるような気がしますね。
そして愛おしいのがヴォーカルですよ。Daniel Batemanという人物らしいんですが、ファルセットも多用しながら表現する弱々しさ、情けなさとまで言ってしまっていいかな、これがメロディと見事に噛み合っています。アルバムの中盤以降、“Just Use Yr Hips Var. VI”からサウンドはぐっとふくよかさが目立っていくんですが、そうなるとなおさらその個性が引き立ってね。実に控えめな歌声が、素朴な味わいにいっそう深みを与えています。
でも存外、凝ったアンサンブルを聴かせてもくれるんですよね。当然、侘しげなムードを破壊しない程度に、こちらもやはり控えめにではありますが。鳴らしたいサウンドに対するピントが合っているし、かつ35分というラン・タイムの中で綺麗にまとめている。傑作だ!と大騒ぎするようなアルバムではないと理解しつつも、定期的に聴き直しては「いい作品見つけたなぁ……」と噛み締めたくなる、そんな作品に出会えました。
“宇宙旅行”/田山ショーゴ

ここからは国産音楽を。通例日本からは1枚か、多くても2枚としてきたんですが(ルールとして決めている訳ではなく、なんとなく枠の都合上そうなってました)、この2月は4枚いきましょう。本当に面白い作品が多かったですからね。まずは田山ショーゴの1stアルバム“宇宙旅行”から。
1曲目の“逃避行に行きましょう”、これを聴いた瞬間に脳裏に浮かんだのはフリッパーズ・ギター。あざとい歌声とネオ・アコースティック調のキュートなメロディがいいじゃないですか。ただ、”CAMERA TALK”期の雰囲気もありつつサウンドはどちらかというと”ヘッド博士”のシューゲイズ/ドリーム・ポップらしさもあり、そこに妙な違和感がありました。そしてアルバムが進行するにつれ、その違和感こそが鍵だと判明する訳です。
タイトルにもある通り、本作のテーマは宇宙旅行。そこのところを描くサウンドスケープが鮮やかなんですよ。さっきは行きがかり上”ヘッド博士”的と表現しましたが、もっと比喩として適切なのはCocteau Twins辺り、あるいは日本でいけばフィッシュマンズの“LONG SEASON”なんかかな。ああいう、境界の曖昧なままに膨張してゆく音響的な広がり、その美しさを確かに継承しています。
そしてメロディにおいても、『金字塔』の頃の中村一義、あるいは“ember”に顕著な初期のスピッツのフレーヴァー、こうした紙一重で大衆的にならないJ-Popのバランス感覚を発揮していて。これはとんでもないニュー・カマーが出てきたんではないでしょうか?90’sの国内シーンなんてみんな大好きな分野なんですから、是非とも聴いていただきたいです。
“合歓る – walls”/Laura day romance

お次は一気にメジャーなバンド、Laura day romanceによる2部作の第1部“合歓る – walls”です。所謂「J-Rock」のリスナー層からも支持されているアーティストという印象で、これまで聴いてこなかったバンドなんですが、リリースされるなりXのタイムラインがこの作品の話題で一色になり。慌てて聴いた次第です。
聴いた感想としては、「そりゃあ騒がれるな」と。透明感がありつつシャープなアンサンブル、これがまずもって秀逸なんですね。展開の細かさなんかはそれこそJ-Rockの作法と言えるのかもしれないけど、ギターの多彩なトーンで組み立てていく音像の奥行きにはインディー・フォークを通過した現行の国外シーンとも共鳴するものを発見できます。Zepp規模でツアー回るバンドでこんな音を鳴らしているというのは、失礼ながら意外でした。
そしてそんな支持を可能にするのが、バンドの歌心なのでしょう。サウンドも申し分なく研ぎ澄まされている一方で、でもこのアルバムの軸ってメロディなんですよ。個人的には“mr.ambulance driver ミスターアンビュランスドライバー”のハキハキとした瑞々しい旋律に唸らされましたね。そうしたメロディの起伏がアルバムの中でドラマチックに連結していく、澱みない展開もお見事です。“プラットフォーム platform”〜“smoking room 喫煙室”〜“渚で会いましょう on the beach”で迎えるクライマックスなんて実にスッキリとした読後感がありますよね。
国際的インディー・ロックのフォーマットで日本の「歌の文化」をしっかり表現する、この点において羊文学やHomecomingsと並べて語っていくべきバンドなんじゃないでしょうか。おそらく今年中にリリースされるであろう2部作の後編、こちらはマストでチェックしないといけません。このクオリティを維持するようであれば、当然この企画でも扱うことになるでしょうけどね。
“Luminescent Creatures”/青葉市子

もうこの人に関してはワールドワイドな支持も盤石ですね、現代日本が誇る最高のシンガー・ソングライターの1人、青葉市子です。前作がサウンド・トラックだったことを踏まえると、純粋なアルバム・ワークとしては大傑作“アダンの風”に続く1枚、“Luminescent Creatures”です。
触れ難いほどの透明感とスピリチュアルな厳粛さ、そういった方向性はそれこそ”アダンの風”に共通する趣ですし、作品のインスピレーションが沖縄にあるというのも共通点。ただ、前作から放たれる神々しい巨大なアンビエンスと比較すると、本作のサウンドスケープはもっと輪郭が明朗で情景的なものという印象です。それは例えば澄み切った清水のそばをひらひらと舞う妖精のような、ファンタジックながら写実的な手触りもある音像。
ピアノにしろアコースティック・ギターにしろストリングスにしろそれぞれがくっきりと独立していて、そして当然、子守唄のように柔らかに染み渡っていく彼女の歌声も際立っています。なのでいっそうソング・ライティングの豊かさをまざまざと見せつけられてしまう、ポップスとしての力強さみたいなものも感じましたね。前作から引き続いて、青葉市子/梅林太郎のパートナーシップのクオリティは健在です。
ポップなものを好む立場としては、もし2択を迫られれば”アダンの風”より” Luminescent Creatures”を選びたくなってしまうくらいには素晴らしい1枚だと思います。ただ、どっちが名盤かと聞かれるとやはり”アダンの風”なのだろうなとも。共通する手法や美意識の中で微妙なニュアンスの違いを生み、かつ甲乙つけ難いものにしてしまう。そんな青葉市子の表現力にはもう脱帽ですね。
“藤子”/野口文

さあ、最後に2月の国産新譜でもとっておきの1枚を。野口文の2nd“藤子”です。1stアルバム“botto”がAPPLE VINEGAR -Music Award-(後藤正文が主催している新鋭ミュージシャン対象のアルバム・アワード)で特別賞を受賞して、耳の早いリスナーにはかなり注目されている人物のようですね。
で、私もそういう信頼できるリスナーの方々が聴いてらっしゃるのを見て手を伸ばしたんですが。これはすごいな……彼自身は宅録アーティストで、今作も那須高原の空き家に1ヶ月篭って制作されたらしいんですが、聴いて連想されたのは漫画やドラマに出てくる天才物理学者の書斎。つまり、側から見ればしっちゃかめっちゃかに散らかっているけれど、そこには当事者は掌握している秩序が確かにある、そんな音像です。
表題曲“藤子”はフリーキーでパーカッシヴなヒップホップといった趣で、“ボブマーリーに明け暮れて”ではカオスなサウンドの上にナンセンスなポエトリー・リーディングが乗っかり、“うさぎを抱いた少女の写真”なんかにはクラシック音楽の素養が滲み……とにかく無軌道な世界観なんですよ。でも一聴して場違いにも思える生身の息遣い、宅録特有の人間味ある質感がそこに同居していることで、破綻を難なく回避している。
サウンドはどれも意表を突いたものだし、歌詞も思わずギョッとする筆致(“5AM”の生々しさったら!)があるんですが、実のところその射程距離がごく短い、パーソナルなアルバムでもあるんでしょうね。そこにリスナーの意識を否が応でも引きつける、底知れない魔力を放つ傑作だと思います。
コメント