前回に続き、スーパーボウル・ハーフタイムショーに関する話題です。
ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグ、メアリー・J・ブライジ、ケンドリック・ラマー、エミネムというヒップホップ界のスターが一堂に会したステージ。既に多くの方がご覧になられたかと思います。
いやはや、とんでもなかったですね。前回のTOP5のランキングに平気で食い込みかねない、歴代でも屈指の名演だったと思います。
それに、ハーフタイムショー初のヒップホップ・アクトだったということも意義深いと思っていて。単にエキサイティングできるヒップホップ・パフォーマンス以上の価値があの15分にはあった気がします。
今回はあのステージを改めて振り返っていこうかと思います。それでは参りましょうか。
とてつもなくハードルを上げたティザー・ムービー
こっから見ていきましょう。ハーフタイムショーの予告ビデオです。これが本当に素晴らしかったんですよ。
前も触れましたが、ヒーロー映画のハイライトのような無敵っぷり。全員のカリスマ性がすごいじゃないですか。ドレーの召集を受けて、アメリカ各地から集結する伝説的アーティスト。ストーリーとしてあまりにクールです。
それぞれのアーティストの個性もよく出ていてね。ラッパーとして随一のテクニックを持つエミネムは自身の別人格とバーチャルでリリック・バトルを繰り広げ、スヌープ・ドッグはファンキーでドープなキャラクター性を振り撒いています。メアリー・J・ブライジはフェミール・アイコンとしてあまりにゴージャスだし、ケンドリック・ラマーのパートなんて、彼のリリシストとしてのストイックさを上手く表現している。
そしてそんな一癖も二癖もある彼らをまとめ上げる総帥ドクター・ドレーの存在感。海岸線を歩くだけで実に様になります。真打登場!ってな具合でね。
それに、全員が会場に集結した時に流れる楽曲が2パックの『カリフォルニア・ラヴ』というのも胸が熱くなりますよね。
今回の面々が「ドクター・ドレーとその一門」といった趣である以上、そこにドレーの最高傑作たる2パックは本来いて然るべきですから。ここに彼へのリスペクトを感じてなりません。
どうです、単純に映像作品としてあまりにハイ・クオリティ。実際、私なんかもこのティザーを見るまではそこまで関心なかったんですけど、これ見せられちゃうと否が応でも楽しみになるじゃないですか。
ただ、ハードルもその分上がりますよね。前年のザ・ウィークエンドが素晴らしいパフォーマンスだったというのもあって、かなり期待値は上がっていたはずです。
パフォーマンスを振り返る
①ドクター・ドレー〜スヌープ・ドッグ〜2パック
さて、ここからは実際に当日のパフォーマンスを追いかけていきましょう。
先陣を切ったのはスヌープ・ドッグ。楽曲はドレーの傑作2nd『2001』より『ザ・ネクスト・エピソード』です。ヒップホップ屈指のクラブ・ヒットですし、最初に一発ブチかますにはこれ以上ない選曲です。
このスヌープの「得体の知れないヤバイ奴」感、最高にドープですよね。ドレーが黒でビシッとキメている隣に真っ青のスヌープ。もう見るからにヤバイ奴でしょ。
そしてドレーのヴァースがくると2人は合流。この2人のパフォーマンスが時間としては一番長かったので、やっぱりドレーにとってスヌープ・ドッグは特別な存在なんでしょうね。彼の発掘した数多くの才能の中でも最初期の人物ですし、アルバム『ドギースタイル』で彼はGファンクをより深く追求した過去もありますから。
そして続けざまに、ティザーでも使用された2パックの『カリフォルニア・ラヴ』ですよ!うん、やっぱり今回のコンセプトから言って2パックは取り上げられるべきですね。この場に彼がいれば……と、楽曲のクールさとは裏腹にセンチな気持ちになってしまいました。
② 50セント〜メアリー・J・ブライジ
2パックに続いて、お次もサプライズですね。出演がアナウンスされていなかった50セントが逆さ吊りで登場。プレイされたヒット曲『イン・ダ・クラブ』のビデオのオマージュなんですけど、サプライズ登場も相まってインパクト抜群ですよ。
彼の登場もこれまた意義深い。繰り返しになりますけど、今回はドレーと彼が発掘した才能による世代を跨いだラインナップですからね。そこへいくと、50セントはドレーの秘蔵っ子エミネムが発掘してシーンに登場したアーティストですから。
ドレーがエミネムを史上最も成功したラッパーにし、そのエミネムが50セントをスターにした……この脈々と引き継がれてきたスピリットを存分に感じられます。
50セントのターンが終わると、続いてはメアリー・J・ブライジのお出ましです。彼女は決してドレーに発見された才能という訳ではないので、ある意味今回のメンツの中では異色なんですよね。
でも、ハーフタイムショー史上初のヒップホップ・アクトに彼女は絶対にいないといけない存在なんです。1990年代というヒップホップ黄金期にソウルの側からここまでヒップホップに接近し、大切な橋渡しを行った人物ですから。
そこへいくと今回の彼女のパフォーマンスは本当に素晴らしかった。この偉大なるラッパー達の中で、歌唱で勝負するのってかなり勇気がいると思いませんか?それを見事にやってのけました。それも最高にソウルフルな歌唱でね。『ノー・モア・ドラマ』でのシャウトなんて、それこそアレサ・フランクリンを彷彿とさせられましたよ。
近年進む彼女の再評価、今回でさらに加速しそうですよね。「ニュー・アレサ」、「ニュー・チャカ」との呼び声は伊達じゃない、時代を代表するディーヴァであることを証明する名演でしたから。
③ケンドリック・ラマー〜エミネム〜ドクター・ドレー(フィナーレ)
ここまででもかなりお腹いっぱいなんですけど、ぶっちゃけこっからがハイライトで。満を持してケンドリック・ラマーの登場です。
『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』でヒップホップへの抵抗感を払拭できた私なんかからすると、彼はやっぱり特別ですから。『M.A.A.D. City』からの『オールライト』、いやあたまんないですよね。
『オールライト』のアレンジも素晴らしくクールでしたけど、それ以上に彼の存在感!とてつもなくシリアスで、エンターテイメントというよりはもっと切実なものを感じさせます。こういう表現力が彼を当代最高のヒップホップ・アーティストにさせているんだと思うんですけどね。
まだまだ続きますよ。ここでいよいよエミネムの登場です。これぞエミネム!というカジュアルなパーカーでの登場、いやはや素晴らしい。しかも、プレイするのが『ルーズ・ユアセルフ』ですからね。『オールライト』から『ルーズ・ユアセルフ』なんて、もうヒップホップ・ヒットパレードとして完璧でしょ?
私がギリギリニコニコ動画世代ということもあって、この曲を聴くとどうしてもエミネムさんが何かを教えてくれるんじゃないかと期待してしまうんですけど笑、今回に関しては「エミネムが極めて素晴らしいアーティスト」だということを教えてもらいました。文句なくカッコいいですから。
そしてここでもサプライズなんですけど、バックでドラム叩いているのがまさかのアンダーソン・パークという。しかもこのドラムが破茶滅茶にカッコいいんですよ。キース・ムーンかというほど叩きまくりのドラムが、エミネムの鋭いラップと相性最高でね。
そしていよいよラスト、ドレー御大自らピアノに座り、フィナーレの『スティルD.R.E.』です。この曲、やっぱり特別ですよね。ドレーのプロデューサーとしての腕、サウンド・プロダクションの妙が最も光った一曲と言ってもいいでしょうから。
最後はセンター・ステージに出演者が勢揃いという、それこそアヴェンジャーズみたいな最高に豪華な絵面になるんですけど、その真ん中でラップするドレーの佇まいたるや。エミネムやスヌープ、ラマーを抑えてその位置に立てるアーティストがどれだけいるかって話です。
……どうです?このあまりに濃厚なパフォーマンス。15分とは思えないボリュームです。これを見て「ヒップホップなんて」と言えるロック・ファンがいるとしたら、その人とは一生分かり合えません。間違いなく、ここ数年で最高のハーフタイムショーでしたよ。
ヒップホップのすべてを表現した15分間
①ヒップホップのレガシー
さて、ここからはこのステージの意義深さについて語りたいと思います。
今回のステージが特別なものになったのは、単に素晴らしいショーだったことに加えて、そこにヒップホップのレガシーそのものが刻印されていたからだと思っています。
N.W.A.でギャングスタ・ラップを確立し、そしてソロ・アーティストとしてGファンクを発明したドレー。彼を中心に、スヌープや2パックといったヒップホップの黄金期を彩った伝説が生まれ、それに呼応するようにメアリー・J・ブライジのようにソウルの世界にもその影響が波及します。
20世紀末になると、これまたドレーが発掘したエミネムがブラック・ミュージックであるヒップホップを白人の側から表現し、ヒップホップ史上最大の成功を収めます。ここでヒップホップは「ブラック・ミュージック」の領域を超えた、普遍的ポピュラー音楽として飛躍。そしてケンドリック・ラマーはヒップホップを芸術の域にまで押し広げ、『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』は史上屈指の名盤として不動の地位を獲得するに至った……
こうしたヒップホップのドラマ、それを15分で追体験できるんですよね。それが重要でないはずがない。ヒップホップの歴史が決して名誉なものばかりでない、ドラッグやギャング、そして銃殺といった血生臭いものと隣り合わせだったからこそ、こうして人類文化史における重要存在になっていることを示すのは必要不可欠なんです。
②「コンプトン」と「アフリカン・アメリカン」
加えて、ヒップホップにおいてとりわけ重要な「故郷」と「人種」という命題。ここにも切り込んでいるのが素晴らしい。
ケンドリック・ラマーのパフォーマンスで、ステージに開催地カリフォルニアの航空写真が映されていましたけど、このカリフォルニアというのが大きな意味を持っていて。ドレーとラマーの故郷であり、ウェストコースト・ヒップホップにおける震源地、コンプトンがある街ですから。
アメリカ有数の犯罪都市であり、とりわけ1980年代においては警察権力の暴走やドラッグと暴力の蔓延が日常だった最悪の街。その中からN.W.A.(=「主張する黒人」)が現れ、ヒップホップに大きなブレイクスルーが起こった事実は、西海岸のみならずヒップホップの歴史で極めて大きいですからね。
そんなカリフォルニアへの意識、それをドレーではなくケンドリック・ラマーが表現したのが感動的です。「主張する黒人」のバトンを引き継いだラマーだからこそのパフォーマンス。ここにもやはり、ヒップホップの歴史の連続性が感じられます。
続いて「人種」。『ルーズ・ユアセルフ』を披露した後、エミネムが1分にわたって片膝をついた事実ですね。これ、アメフト選手のコリン・キャパニックが行った人種差別への抗議をリスペクトしてのものなんですけど、エミネムがこの行動に出たことはヒップホップの歴史と照らし合わせると実に有意義。
ヒップホップはブラック・ミュージックです。その担い手のほとんどはアフリカン・アメリカンだったし、それ故にヒップホップには人種差別への抗議のメッセージが常に織り交ぜられてきた。だからこそ、ここでのエミネムの行動は実に自然ではあります。
ただ、エミネムって今回の出演者で唯一の白人なんです。ものすごく乱暴な言い方をしてしまうと、当事者ではない。エミネムがアフリカン・アメリカンへの人種差別を受けたはずがありませんから。ただ、だからこそエミネムがこの行動に及んだことが大事なんです。
白人でありながら、ブラック・ミュージックであるヒップホップで最大の成功を収めたエミネム。彼の音楽はアフリカン・アメリカンの先達の足跡がなければあり得ないものだったし、ヒップホップのコミュニティの中で彼は多くのアフリカン・アメリカンと交流を深めているはずです。
そんな彼が、ヒップホップのレガシーを総括したこのステージで正々堂々と人種差別にノーを突きつけた。逆説的ですけど、他の誰よりも彼にはこの行動に出る必然性があったし、大きな意味を持つものになったと思うんです。
こんな風にヒップホップというカルチャーを前提にこのハーフタイムショーを観ると、如何に意義深い15分だったかというのは伝わるんじゃないかなと思っているんですよね。
まとめ
さて、今回はSuper Bowl LVI Half Time Showについて解説していきました。
最後は例によって長ったらしい講釈になってしまいましたけど、まあ単純に無茶苦茶カッコいいパフォーマンスだった。それが一番言いたかったことです。そこに色んな意味があったこともすごく重要なんですけどね。
このブログでヒップホップを扱う機会ってそう多くはないんですけど、それは単に私の音楽体験の中でヒップホップの存在感が決して大きいものではなかったからで。当然最低限は聴いているし、その歴史もある程度は理解していますけど、どうにも専門外な印象もあって。
ただ、今回のこのステージを見せられると、どうしようもなくヒップホップが聴きたくなります。実際ここ数日ヒップホップしか聴いてません。ここまで積極的にヒップホップに向き合ったの、初めてですからね。
私が流されやすいミーハーだってことは置いておいて、それくらい強烈なステージだったことはここで改めてお伝えしておきたい。きっとハーフタイムショーの歴史にずっと残るパフォーマンスになるでしょうね。それではまた次回。
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