さて、1980年代洋楽史解説特集なんてものを敢行している真っ只中の弊ブログ、それはそれとして最新のリリースにも目を向けていきますよ。「オススメ新譜5選」です。
今週、ちょっとこじんまりした内容になるんじゃないかなんて懸念を前回書きましたけど、全くもって見通しが甘い。今回も今回とて素晴らしい作品がわんさか出ています。早速見ていきましょうか。
“DOKI DOKI”/サニーデイ・サービス
The 1975、Arctic Monkeysときて、もうロック・バンドの大物はしばらく来なかろう……と思ってるところにこいつらですよ。サニーデイ・サービスの“DOKI DOKI”です。
いやぁ、ズルイ。ズルイアルバムを出してきやがったもんです。仄かなオルタナティヴ・ロック的衝動を持ちながら、曽我部恵一のポップ・センスはあまりに真っ直ぐ。初期から『ヘルプ!』くらいにかけてのザ・ビートルズ、とりわけジョン・レノンが持ち合わせていたようなタイプの清々しい作曲です。ほんのちょっぴりドライな爽やかさとでも言うか。
これを普通の若手がやっちゃうと、どうしても軽さが嫌味になっちゃうと思うんです。でもサニーデイ・サービスというバンドが持つ説得力、30年にもなるキャリアが生み出す大人びた安定感がしっかりとサウンドに現れていて、大人の余裕と若々しい軽やかさを両立している。決して特別なことをしている訳ではなく、ソング・ライティングとバンド・アンサンブルだけで訴えかけてくるんですからね。
アルバムの展開も流れるようでね、特にお気に入りは『海辺のレストラン』からラストの『家を出ることの難しさ』までの流れですよ。ブギーなロックンロールを立て続けに聴かせて、最後の最後でぐっとシリアスに、ぐっと誠実にトーンを落として感動を誘う。他にもこういうさりげない展開の巧さが、アルバム全体に散りばめられています。
作曲やアルバムの構築、それにシンプルなアンサンブルもそうですけど、どれをとってもお見事なのにそのどれもがさり気ない。当たり前のようにいい音楽を紡ぎ出す。もう一回言いますけど、そんなのズルイじゃないですか。サニーデイ・サービスが「いいロック・バンド」のお手本であり続ける所以がたっぷりと詰まった1枚に仕上がっています。
“And I Have Been”/Benjamin Clementine
洋楽であれば今週真っ先にビビッときたのがこの作品ですね。イギリスのアーティスト、Benjamin Clementineの“And I Have Been”です。
さて、どう語ったものでしょう。サウンドを客観的に評価するならば、ピアノやストリングスをエレガントに取り入れ、荘厳に、そしてセクシーに歌い上げる密室的なポップス……とでもなるんでしょうけど、この作品から感じる並々ならぬ複雑さは一体どうしたものか。スタイルとしては上品にまとまってあるのに、何故だか掴みにくい1枚でね。
というのもですね、どういうルーツから出てくるメロディ・メイクなのかが見えにくいんですよ。ロックというよりはソウル/R&Bなのかとも思うんですけど、もっと遡ってフランク・シナトラ的なエッセンスもあるし(まさかこの企画で2週連続シナトラに言及するとは)、でもジャズ・ヴォーカルというには些か朗々とし過ぎている。間違いなく上質なんですけどね。
そのメロディの豊かさ、それに彼のふくよかな歌声やオーケストレーションによる味つけもあるんでしょうけど、まるでコンサート・ホールでスポットをただ1人浴びて歌うかのような高らかさが感じられます。ただ、そこには1人として聴衆がいない。真の意味での独演。そんな内向きの表現でもあります。こんなにも歌唱が開けているのに、作品全体としては徹底して閉じている。そのちぐはぐさも難解さを強めていてね。
どうやら来年には続編となるアルバムのリリースがあるようで、その作品をもってBenjamin Clementineはキャリアを終えるとも示唆しているようなんですが……その幕引きによって本作の輪郭は浮かび上がるのでしょうか。ただ、この1枚だけでも素晴らしい名作であることは事実です。重厚で深遠、そして流麗という申し分ない作品ですからね。
(リンクうまく貼れてないかもしれませんが踏んでもらえるとちゃんとApple Musicのアルバムに飛べると思います)
“Protector”/Aoife Nessa Frances
これもつい数日前までまったくノー・ルックの作品でした。アイルランドはダブリン出身の女性アーティスト、Aoife Nessa Francesの2nd“Protector”です。
丁寧なポップス、そんな印象が率直に浮かぶ作品です。まず一つにサウンド・プロダクション。インディー的な豊かな残響を伴いつつ、ストリングスやハープ、それにギターといった上物がなかなか豪華なんですよ。ただ、ゴテゴテしたカラフルさではなく、あくまで室内楽的なひっそりとした気品を演出しています。全体としてオーガニックな質感なんですよね。
で、その美しいサウンドスケープに奉仕するような彼女の歌唱やメロディも聴きどころですよ。唱法の上でも旋律の展開の上でも、決してひけらかさない、すごくコンパクトに仕立ててあって。それが結果としていっそうサウンドを引き立たせる効果を生んでいるんですが、かと言って地味でもない。繊細と言い換えることはできるでしょうけど、どの楽曲も控えめなキュートさを見せる見事なソング・ライティングですから。
いわば、「ジョニ・ミッチェルがチェンバー・ポップに挑戦して、インディー調にリマスターした作品」のようなんです。音は現代的なんですけど、聴き味としてはむしろ60’s後期から70’s初頭のフォーク系SSWに近いですからね。それでいて意匠は華やか。これ嫌いな人、多分そうそういないと思うんですが。
女性インディー・フォークにそろそろ食傷気味って話はこの企画のどこかで書いたかと思うんですけど、こういう違ったアプローチを絡めつつの作品であればまだまだ新鮮に楽しめますね。Twitter上ではあまり日本での反応があがってこないんですが、これは聴いておいて損しないと思います。
“Waiting To Spill”/The Backseat Lovers
で、インディー・フォーク飽きたとか言いながら舌の根も乾かぬうちにこのアルバムを推薦する訳です。The Backseat Loversで“Waiting To Spill”。
インディーっぽさも勿論ありますし、Neutral Milk Hotel的メランコリアは作品の至るところで表現されているんですけど、すごく「ロック」してるアルバムです。特にギターの効果が素晴らしくて、フォーク・ロック的な味わい深さからオルタナティヴな重さ、果てはシューゲイズのインパクトまで、幅広い領域にリーチするプレイが収録されています。
ギターだけじゃないですよ、それに合わせてダイナミズムを見事に操るアンサンブル全体の技巧もクラシカルな魅力があるし、ピアノをフィーチャーしてじっくりとしたバラードだって表現してみせる。一貫してネイキッドな音像の中で、ロックの古き良き魅力を描き切っています。
でも不思議なことに、ヴォーカルはレディオヘッドっぽいんですよね……ここで一気に90’s以降のダウナーなオルタナティヴ/インディーの質感を獲得しているのがニクいバランスで、単に懐古的な作品に陥らないだけの「現代的ロック」もしっかり示しています。楽曲もどれも粒揃いで、インディーがたまにやっちゃう「ムードはいいけど曲レベルでの強度が足りない」という失敗も難なく突破しているのも侮れません。
実のところ滑り込みでこのポストに間に合った作品なんですが、聴けば聴くほど、ロック・アルバムとしてよくできた作品だなぁと実感できる1枚で。あんまり新譜は聴かないという昔気質なロック愛好家にも是非とも触れていただきたいですね。
“10”/Westside Gunn
最後にヒップホップからも紹介しておきましょう。サプライズ・リリースされたWestside Gunnの“10”です。
私が贔屓にしてるAlbum Of The Yearで、批評媒体は一切扱っていないにもかかわらずユーザー・スコアがすごく高いという珍しいタイプの評価を受けていましてね。それで気になって聴いてみた訳ですが、これはいいヒップホップ・アルバムですね。私が好きな、ルーズさやスムースさを主体としたグルーヴィーなヒップホップで。
調べてみるとどうやらConway The Machineと腹違いの兄弟らしくて。このDNAすごくないですか。ただConwayのニュー・アルバムはもっとシリアスでクラシカルなサウンドだった一方、こっちはバラエティに富んでいて、そのアプローチで楽しませるスタイルに思えます。でもマッチョな荒さは本作にも希薄で、いい意味でサラッとしているのが共通点でしょうかね。
それとRun The JewelsやらReakwonやら、やたら客演が豪華なんですよ。でもWestside Gunn自身のラップが、上擦った声とつんのめるような個性的なフロウを持っているおかげで、決してゲストに埋もれない個性を発揮できていますね。トラックだけでなく、ラップ・パフォーマンスでもカラフルに仕上がっているのがよくよく聴き取れると思います。
なんかこの企画で私が紹介するラップ・アルバム、全然トレンドだったりベタどころだったりを抑えられていない気もするんですけどね。この作品も日本国内であまり話題になってないですし。ただ、ヒップホップは門外漢だからこそ感覚的な好き嫌いがはっきり自分の中で見つかるのはそれはそれでいいと思ってます。
まとめ
さあ、今回はこんな感じの5枚を紹介していきました。どれか気になったものがあれば是非。
連載の都合上最近ほとんど80’sしか聴いてないんですけど、そこに定期的に2022年の音を入れてやるといっそう新鮮に聴こえていいもんですね。元々の感性がカビ臭い人間ではあるのでなおさらに。
これからしばらくはこの2つの連載モノを軸に投稿していくことになりますが、皆様も時代の温度差で風邪を引かぬようご自愛ください。それではまた。
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