今回もやっていきます、“To Pimp A Butterfly”全訳解説。全訳解説の一覧は↓から見てもらえますのでよろしくどうぞ。
今回は“Institutionalized”ですね。かなり小難しいタイトルですけど、直訳すれば「制度化された」という意味です。
ただ、ケンドリック・ラマーの表現に直訳ほど無粋な行為はありません。この楽曲ではスターとして成功を収めた彼と、地元・コンプトンで生き抜いてきた時代の彼とのギャップ、その苦悩と孤独を表現している訳ですからね。「制度化された」なんて訳は全くもって不適切です。
全訳の中でこの単語は「がんじがらめにされた」というニュアンスで訳しましたが、そのがんじがらめに苦しむラマーの吐露を、まずはお読みいただければと思います。
“Institutionalized”全訳
[Kendrick Lamar]
What money got to do with it
When I don’t know the full definition of a rap image ?
I’m trapped inside the ghetto and I ain’t proud to admit it
Institutionalized, I keep runnin’ back for a visit
Hol’ up, get it back
I said I’m trapped inside the ghetto and I ain’t proud to admit it
Institutionalized, I could still kill me a nigga, so what ?
金って一体なんなんだろうな?
ラップのことなんて右も左も分かってない頃の俺にとっての金って?
俺はゲットーに縛り付けられてた すごく惨めだったよ
がんじがらめなのさ あの頃にもう一度戻ろうとしてしまっている
手を挙げな もう一回言うぜ
あの頃の俺はゲットーに縛り付けられてた 何一つ誇らしくなんてなかったさ
がんじがらめなんだ 今だって殺しくらいなんでもない それがどうかしたか?
[Anna Wise & Bilal]
If I was the president
I’d pay my mama’s rent
Free my homies and them
Bulletproof my Chevy doors
Lay in the White House and get high, Lord
Whoever thought ?
Master take the chains off me
もし俺が大統領になったら
ママの家賃だって肩代わりしてやるさ
地元のダチを解放してやるよ
そんで 俺のシボレーのドアは防弾仕様に
ホワイトハウスで寝転がって いい気分になるんだ 主よ
誰に思いつくって言うんだ?
全能の神よ 俺を解放してくれ
[Kendrick Lamar]
Zoom, zoom, zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom
Zoom, zoom, zoom, shit
Life to me like a box of chocolate
Quid pro quo, somethin’ for somethin’, that’s the obvious
Oh shit, flow’s so sick, don’t you swallow it
Bitin’ my style, you’re salmonella poison positive
I can just alleviate the rap industry politics
Milk the game up, never lactose intolerant
The last remainder of real shit, you know the obvious
Me scholarship ? No, streets put me through colleges
Be all you can be, true, but the problem is
Dream only a dream if work don’t follow it
俺にとっての人生ってのは 言ってしまえばチョコレートの箱みたいなもの
これのためのあれ 何かのための何か ハッキリしてるだろ
クソ 俺のフロウはまるでビョーキ お前には耐えられっこないぜ
俺のフロウに噛み付いてみるといいさ そんなことしたらサルモネラでお陀仏だけどな
ラップの世界の政治って奴をわかりやすくしてやるくらいなら俺にもできる
勝利あるのみさ 終わりなんてない
最後に残ったまったくのクソ お前にもわかるだろ
あ?学歴?そんなものないさ 俺にとっての大学はストリートなんだから
なれるものにはなんだってなれよ 本気で言ってるんだ ただ問題は
その気になって全力でやらないと 夢はただの夢で終わりってこと
Remind me of the homies that used to know me, now follow this
I’ll tell you my hypothesis, I’m probably just way too loyal
K Dizzle will do it for you, my niggas think I’m a god
Truthfully all of ‘em spoiled, usually you’re never charged
But somethin’ came over you once I took you to them fuckin’ BET Awards
You lookin’ at artists like the harvests
So many Rollies around you and you want all of them
Somebody told me you thinkin’ ‘bout snatchin’ jewelry
I should’ve listened when my grandmama said to me
昔の俺のことなら知ってるツレのことを思い出すよ 今じゃそんな感じさ
俺が思うに 俺はきっとやり方が素直すぎるんだろうな
Kの連中はお前にそうするだろうな あいつら俺のことを神か何かだと思ってやがる
正直言って あいつらを甘やかしすぎたよ 金を払うつもりなんてまるでないんだから
お前に何かあったんだよな それでいつだったかBETアワードに連れて行ってやったろ
お前ときたら まるで農作物か何かみたいな目で出てくるアーティストを見てたよな
会場のそこら中にロールスロイスが止まってたけど お前はアレ全部欲しいんだろ
そうそう 聞いたぜ お前は宝石の掴み取りがしたいんだってな
ばあさんが俺に言ってたことをちゃんと聞いてりゃよかったんだ
Shit don’t change until you get up and wash your ass nigga
Shit don’t change until you get up and wash your ass
Shit don’t change until you get up and wash your ass nigga
Oh now, slow down
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
今更しょうがない ちょっとゆっくりしていこうぜ
[Snoop Dogg]
And once upon a time in a city so devine
Called West Side Compton, there stood a little nigga
He was five foot something, God bless the kid
Took his homie to the show and this is what they said
昔々 とっても素敵なある街
西海岸のコンプトンという街さ そこで一人のガキが立ち上がったのさ
5フィートちょっとのチンチクリンだが 神に祝福されたガキだった
そいつはツレをショウに連れ出したんだが そこでツレの奴らこんなことを言ってたぜ
[Kendrick Lamar]
Fuck am I’ posed to do when I’m lookin’ at walkin’ licks ?
The constant big money talk ‘bout the mansion and foreign whips
The private jets and passports, presidential glass floor
Gold bottles, gold medals, givin’ up the ass for
Instagram flicks, suckin’ dick, fuck is this ?
One more sucker wavin’ with a flashy wrist
My defense mechanism tell me to get him, quickly because he got it
It’s a recession, then why the fuck he at King of Diamonds ?
No more livin’ poor, meet my .44
When I see ‘em, put the per diem on the floor
Now Kendrick, know they’re your co-workers
But it’s gon’ take a lot for this pistol go cold turkey
Now I can watch his watch on the TV and be okay
But see I’m on the clock once that watch landin’ in LA
Remember steal from the rich and givin’ it back to the poor ?
Well, that’s me at these awards
大金持ちを見た時 一体何をすればいいんだ?クソ
あいつら豪邸の話か外車の話しかしやがらねえ
プライベートジェットにパスポート、お偉方の執務室
金のボトルに金のメダル そんなもん捨てちまえ
インスタを見て チンポしゃぶって クソじゃねえか
別のクソッタレが宝石でギラギラした手を振ってやがるぜ
俺の防衛本能が奴をとっとと捕まえろって訴えてくる
だって如何にも金を持ってそうだからな
不況だっていうのに なんで奴はダイアのキング気取りができてるんだ
これ以上貧乏でいてたまるかよ 俺の44が火を噴くぜ
連中を見かけたら 分け前をぶん取ってやろうじゃないか
なあケンドリック あいつらは俺らの「お仲間」さ
もっとも この銃に頼らなくてもよくなるまでには時間がかかるだろうけどよ
あいつの時計をテレビ越しに見る分には まあいいだろうさ
ただその時計がLAに着いたとなると ちょっと落ち着いて時間を確認しなくちゃな
金持ちから巻き上げて そいつを貧乏人に分け与えるって話 忘れたわけじゃないよな
そう それがあの授賞式での俺さ
I guess my grandmama was warnin’ a boy
She said
Shit don’t change until you get up and wash your ass nigga
Shit don’t change until you get up and wash your ass, boy
Shit don’t change until you get up and wash your ass nigga
Oh now, slow down
きっとこのことを婆さんは俺が小さい頃に忠告してくれてたんだな
婆さんよく言ってたよ
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね
今更しょうがない ちょっとゆっくりしていこうぜ
[Snoop Dogg]
And once upon a time in a city so devine
Called West Side Compton, there stood a little nigga
He was five foot something, dazed and confused
Talented but still under the neighborhood ruse
You can take your boy out the hood but you can’t take the hood out the homie
Took his show money, stashed it in the mozey wozey
Hollywood’s nervous
Fuck you, goodnight, thank you much for your service
そして昔々 とっても素敵なある街
西海岸のコンプトンという街さ そこで一人のガキが立ち上がったのさ
5フィートちょっとのチンチクリンで 随分混乱していたみたいだ
才能には恵まれていたけど 周りの連中の思惑に振り回されていた
そのクソみたいな地元から連れ出してくれた奴はいたんだがな
地元の連中と完全に縁を切るなんてできっこないのさ
ショウに出ては荒稼ぎ 違法な集まりに閉じ込められて
ハリウッドの昂り
そんなもんクソッタレさ おやすみ 付き合ってくれてありがとな
解説
スターとして成功した後の破滅を描いた冒頭2曲、そして業界に隷従するラッパーに焼きを入れた”King Kunta”。それに続くこの“Institutionalized”ではより視点がミクロになり、極めて自伝的な筆致で描かれます。
実際にこのリリックはラマーの実体験に基づいたもののようですね。地元の友人をBETアワードに招いた際に感じた、スターとしてのケンドリック・ラマーとコンプトンのゲットーで育ったケンドリック・ラマーのギャップ、そういったものをテーマにしています。
ラマーの回顧〜Anna Wise & Bilal
まず語り出すのはラマー自身。ただし、声色を随分と変えてラップします。この甲高い声はおそらく、彼の少年時代を意識したものではないかと思っているんですよ。
ラップのことなんてまるでわからなかった頃、コンプトンというイカれた街で生きるしかなかった若かりしラマー少年の追想として。
彼は当時を苦々しく振り返ります。そして大成功を収めた今でも、コンプトン時代の考えが自身の中に根強く残ってしまっていることを告白するんですね。人殺しすらなんでもない、そんな価値観の根付いてることを。
続いてAnna WiseとBilalによるバースです。ここは”The Wesley’s Theory”でも出てきた、成功を収めた後の尊大なラマーの主張なのかなとも思うんですけど、それであればラマーがラップするはずなんですよ。
であればもっと大きく、アフリカン・アメリカンの成功を夢見る妄想と捉えてもいいのかもしれませんね。だからこそラマーではなく、ゲスト・アクトに代弁させた。もちろんそこにはラマーの主張も介入しているでしょうけど、あくまでコンプトンのレペゼンとしてなのかなと。
ラマーの自省
そして再びラマーの登場です。「俺にとっての人生は 言ってしまえばチョコレートの箱みたいなもの」というリリック、まずここを解読してみましょうか。
直後の「これのためのあれ」というのはラテン語由来の慣用句で、より噛み砕いて言うと「代替品」「替えの効く何か」という意味です。つまり、チョコレートの箱なんていうなんでもないありふれたもの、人生なんてそんなもの。そういう表現な訳です。
ここにもやはり、コンプトン時代の価値観の影響がありますね。メジャー・デビュー作にして彼の地位を不動のものにしたもう1つのクラシック、“good kid, m.A.A.d. city”でも彼はコンプトンで生き抜くことの難しさを語っていましたが、そこと地続きに考えていくと理解しやすいと思います。
そこから話題は移り、友人をBETアワードに連れて行った時の回想に入ります。BETアワードというとアメリカでも有数の権威ある文化賞ですし、この段階でラマーは成功を収めている訳ですね。そこにいっちょ昔のダチでも呼んでやろうと。
ただ、そこでラマーは自身と友人の価値観や振る舞いの違いに当惑する訳です。スター達を「農作物」のようにジロジロと見て、ロールスロイスを自分のものにしたがる、如何にも育ちの悪いチンピラ。
そして彼らは、ラマーに対しても同じ眼差しを送っているようです。「俺のことを神かなんかだとでも思ってやがる」「金を払うつもりなんてまるでないんだから」というリリックから見て取れますね。
アメリカという社会全体がラマーの富を毟り取ろうと擦り寄ってくる様を”The Wesley’s Theory”では描きましたが、それは最早かつての友人にも言えることになってしまった。この孤独感が、一貫してダウナーなラップからも伝わってきます。
ただその上で、ラマーは祖母の忠告を引用してこう主張するんです。「クソはクソのままさ 決心してケツを拭こうとするまでずっとね」と。これはいつまでも変わらないチンピラへの非難でもあり、同じ境遇で生きながらも立ち直った自身への励ましと慰めでもある気がしています。「俺は決心してケツを拭いた、お前らはどうなんだ?」という。
この辺りの内容を翻訳していて、私の中にすごく具体的なインスピレーションがありまして。
ハイ、こちらマイケル・ジャクソンの代表曲『BAD』のPVですね。マーティン・スコセッシが監督を務めたことでも有名ですけど、このビデオにストーリーがあることを知らない人も多いと思うので解説を。
MJ演じるスラム出身の青年は、苦心の末名門大学への進学を果たします。しばらくして地元に帰ってきた青年ですが、かつての友人は彼をオヤジ狩りに誘う訳です。彼はそれを拒みますが、友人はこう詰め寄ります。「お前はワルだろ?」と。
両者には治安の悪い街から出ていった「いい子ちゃん」の苦悩という点で共通するものを感じるんです。もっともMJに関しては実体験という訳ではないんですけど。
そうそう、この『BAD』のPVへの出演で脚光を浴びた人物こそ、ラマーが自身の未来と予言したウェズリー・スナイプスだというのも偶然の一致にしては出来過ぎだと思いません?そこまで意識しているとは思わないんですけど、奇妙な偶然ですよね。
スヌープ・ドッグ〜”homie”の語り〜スヌープ・ドッグによるエンディング
続いて登場するのはスヌープ・ドッグ。言わずと知れたドクター・ドレー傘下の最重要人物、言ってしまえばドレー一門における兄弟子のような存在です。
昔話を語り出すかのような言い回しで、ラマー少年について語るスヌープ。そして彼は、あるエピソードについて紹介します。それを引き継ぐのは、当事者であるラマー。
ここからはラマーのラップですけど、その前のリリックを受けて考えるとここでの一人称はラマーのことではなく、彼の友人(=”homie”)のことでしょうね。この一連のヴァースの最後、祖母の忠告を繰り返すタイミングで再び声色が変わるので、ここは間違いないと思います。
区別するためにここからは「彼ら」と表現しますが、「彼ら」は金持ちへの怒りをあらわにし、金持ち連中から財産を奪い取ることを画策します。
44というのはリボルバー拳銃向けの弾薬のことで、要するに彼らは強盗するつもりだということですね。「もっとも この銃に頼らなくてもよくなるまでには時間がかかるだろうけどよ」というのが実にダーティーです。
そして最後はもう一度スヌープの登場。先ほどと同じ語り出しではありますが、ここで彼はラマーが成功を収めてもなおコンプトン時代の呪縛から解放されていないことを示します。
そうそう、ここでラマー少年をコンプトンから連れ出した人物ってドクター・ドレーのことなんじゃないかと思っているんですけどどうでしょう?スヌープが語っていることからも悪くない深読みだと思うんですけど、ちょっと邪推が過ぎますかね?
まとめ
今回は”Institutionalized”の全訳解説でした。
解説でも触れましたけど、ラマーはこの楽曲の中で若かりし頃の自分自身、そして現在の苦悩するラマー、彼のかつての友人、そして重要な忠告をくれた祖母、これだけの立場をラップによって表現しています。それは声色でも理解できるんですけど、リリックに踏み込むとよりわかりやすくなりますね。
声色もそうだしラップのトーンも、しっかりとリリックと連動しているのがこの和訳をしていると見えてきて面白いんですよ。これまではもっと音楽的にというか、聴覚的に楽しんできた作品だったんですけどね。物語としても尋常ならざる巧妙さと強度がある作品だということを、この作業を通じて再認識しているところです。
次回は“These Walls”ですね。既に和訳に取り掛かってはいますけど、これが結構ややこしくて。どう書き下すか思案している最中ではあるんですけど、楽しみにしていただければ。それではまた次回。
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