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十七歳の地図/尾崎豊 (1983)

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前回『イン・ユーテロ』のレビューでカート・コバーンについて色々書いている時、そういえば日本にはこういうカリスマ的なアーティストはあまりいないなと思いまして。いいアーティストはもちろんたくさんいますけど、人生が一つの映画のような、凄まじい求心力を持った存在となるとなかなか思いつかず。しばらく考えて、「ああ、尾崎がいたな」と気づきました。大好きなアーティストなのですぐに思い至ってもよさそうなものですが、ともかく、そういう訳で今回は尾崎豊の『十七歳の地図』のレビューです。

冒頭でも触れましたが、尾崎豊という存在はもはや神話みたいなものですよね。早すぎる死やそのカリスマも相まって、邦楽の歴史の中でも別格の存在感を放っています。決して音楽的なターニング・ポイントでもなければ、ミリオン・ヒットを連発したということでもないんですけど。その理由が全て詰まっているのがこのデビュー作だと思います。

タイトルの通り、この作品は尾崎が17歳の時に発表されています。全楽曲の詞曲を彼が担当していますが、もうとてつもない才能ですよね。大人顔負けなんて言葉がありますけど、全くの逆。17歳でしか生み出し得ないような勢いに溢れた楽曲が並んでいます。この大人でも子供でもない、17歳の感性というのが実にいい。同年代のティーンエイジャーだけでなく、多くの人の心の中にあるであろう大人になりきれていない場所、そこに投げかけてくる訳ですからね。

音楽的には、意外なことに基本的にはゴキゲンなロックなんですよ。意外というのは、どうしても不良のイメージでもっと荒々しい音楽を想像してしまうからです。ただ、そういう荒さというのはあまり感じられない。これがどこまで尾崎の手によるもので、どこからがアレンジャーやプロデューサーによるものなのかは分かりませんが、彼のナイフのような印象との対比は見事ですね。しっかりとミュージシャンとして聴き手にアピールしてきます。

ゴキゲンなロックというところでいくと『ハイスクールRock’n’Roll』なんかが典型的です。コーラスにあの大友康平が参加しているんですが、プロデューサーが同じという縁を抜きにしても、ガツンとしたロックンロールに共鳴する部分があったのかと思います。それと、骨太なロックではあるんですけど、あくまでヴォーカルが中心にあるポップな作りなのもいいですね。媚びているみたいな印象はないですが、しっかり邦楽的価値観でいうところの名曲に仕上がっています。

尾崎のルーツって井上陽水みたいなフォークにあって、その要素がこういう部分に出てくるんでしょうね。つまり、歌メロと歌詞で勝負するという姿勢。どれだけ歌詞で若さを溢れさせても、メロディは堅実です。堅実というと悪く取られてしまうかもしれませんが、メロディの弱い楽曲ってこの作品に一切ないんです。あとで詳しく書きますけど、歌詞のいい意味での青臭さに反してメロディは本当に成熟したものばかりで、この辺りが彼の音楽の普遍性に繋がっていると思います。

メロディというと、この作品には彼の代表曲であるバラードが2つ収録されていますね。『I LOVE YOU』と『OH MY LITTLE GIRL』です。17歳の青年が書いたとは思えない切なくも優しい名バラードですが、私なんかはこの2曲から尾崎の「大人」への憧憬みたいなものを感じます。他の若さを感じる楽曲と比べるとかなり異質なんですよね。両者には共通して歌詞にその若さ故のもどかしさが感じられますが、その若さを誇るというよりは、どこか諦めたような、そんな筆致を見つけてしまいます。そこに加えてこのメロディですからね。ピアノを主体にしたサウンドもやっぱりアダルティで、背伸びした印象すら覚えます。

『ホットロード』特別映像
『OH MY LITTLE GIRL』の公式音源がYouTubeになかったので、同曲を主題歌に起用した映画の告知動画から。

この「大人」への憧れというのは1つこの作品に通底するテーマだと思っていて。最初にも書きましたが、17歳という大人にはなりきれないけれど子供でもなくなった、この絶妙な精神は本作のいろんなところに音楽として滲んでいます。一つにはやはりメロディですよね、勢いはあるんですけど、旋律そのものは円熟味があってスタンダードの風格を放っています。その奇妙さを尾崎の才能の一言で片付けてしまうのは簡単ですけど、そこを深読みすると、彼の大人になりたいという渇望みたいなものが感じ取れるような気もしてきませんか?

ただ、これはこじつけと言ってしまえばその通りで。本作にはもっと分かりやすい形で彼の葛藤が表れていますよね。それは歌詞です。彼がここまで人々の心を掴んで離さない理由はここにあると思うんですよ。どこまでも私小説的で、もどかしさや愚かしさ、それに優しさみたいなものがすごく実直に表現されています。それこそ『I LOVE YOU』の歌詞を見てみると、

I love you 若すぎる二人の愛には 触れられぬ秘密がある

I love you 今の暮しの中では 辿り着けない

と歌われています。すごくピュアなラヴ・ソングなんですけど、それと同時に大人ではないからこそのどうしようもなさだったり、幼さからくる愚かさみたいなものを感じさせますね。この価値観なんです、この作品の魅力って。

映画『ホットロード』 尾崎豊「I LOVE YOU」本編特別映像
こちらも映画の告知動画からですが、『I LOVE YOU』のフル・サイズが聴けます。

尾崎豊のアンセムでもある『15の夜』も本作収録ですが、この曲こそその詩情を象徴する楽曲ですね。サビの「盗んだバイクで走り出す」はあまりに有名ですし、不良讃歌みたいに解釈されることも少なくないとは思うんですけど、むしろその本質は逆だと思っていて。改めてこの曲のサビを引用してみましょうか。

盗んだバイクで走り出す 行く先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの夜に
自由になれた気がした 15の夜

今更引くまでもなく有名なフレーズですけど、「行く先も解らぬまま」だったり、「自由になれた気がした」だったり、若さからくる根拠のなさみたいなものが溢れています。その愚直さを切り捨てる訳ではなく、どこか愛おしむような感覚もありますけど、少なくともこの歌詞は15歳の感性で書かれたものではないですよね。そこから一歩抜け出した、それこそ17歳の彼が思うところが表現されています。

もう1曲このアルバムで鍵となるトラックを挙げるならば、最終曲の『僕が僕であるために』。この前ネットの記事で尾崎の楽曲の人気投票がされていたんですけど、この曲が2位に大差をつけて一番人気でした。そこまで支持されているとは知らなかったんですが、それも納得の名曲です。で、この曲が何故重要なのかというと、もちろん楽曲の完成度という部分はあるんですが、それ以上にやはり歌詞です。この曲に至るまで、尾崎は大人でもなく子供でもない、17歳の葛藤を歌ってきた訳ですけど、それを経て、彼の宣言がこの曲でなされているからなんですね。サビの歌詞にその宣言は集約されていて、

僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで
僕は街にのまれて 少し心許しながら
この冷たい街の風に 歌い続けてる

と歌うんです。これ、私は尾崎の「17歳としてのあり方」の肯定だと思っています。「正しいもの」がわかった時にきっと大人になるんだとして、それまでは葛藤や苦悩、幼さみたいなものを持って向き合い続けるんだ、という。しかも、大人や学校への反発を歌ってきた中で、街に心を少しではあるけれど許していると歌っています。おそらく『15の夜』で歌われた内容との対比ですよね。そして、ミュージシャンとしてこの葛藤を歌い続けるとも。ここまでの内容を締めくくり、彼の心情を吐露した素晴らしい歌詞ですよ。アルバムの結末にこれ以上なく相応しいです。

本作以降尾崎は計6枚のアルバムを発表しましたが、少なくとも歌詞を見ればこの作品がピークだと個人的には思っています。何というか、一番純度が高い気がするんです。それはきっと尾崎自身が人生を進める中でどんどん変わっていき、この作品で見せた感性から遠ざかったからなのかもしれません。もちろん駄作ということではないですし、どれも愛聴盤ですが、尾崎を聴こうと思ったときに私が一番手に取るのはこの作品です。どの作品よりもこの中に「尾崎豊」がいるような気がするんです。

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