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ピエールの選ぶ「オススメ新譜10選」2026年5月編

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さあ、例年通り更新ペースの雲行きが怪しくなってまいりました。「オススメ新譜10選」のコーナーです。フジロックまで2週間あまり、素敵な夏が始まろうとしているこのタイミングで、5月の新譜のご紹介をしていきましょう。

4月編の冒頭でUNISON SQUARE GARDENの活動休止について少し触れたかと思うんですが、全然まだ立ち直ってません。最後のライヴまであと10日、私はどんな気持ちでその日を迎えるんでしょうか……それに加えて、映画『マイケル/Michael』の大ヒット。私としてもいろいろ思いを馳せることが多くてね。新譜のチェックがすっかりお留守になっておりました。

皆さんが上半期ベストの話題で盛り上がり終わった後で恐縮ではありますが、ここらで今一度5月の新譜を振り返ってもらえればと思います。5月も5月とて、いいアルバムたくさんあったんですよ。今回紹介するのは、こんな10枚です。

“死んでも一生”/野口文

去年の“藤子”も月間レコメンドでご紹介しました、野口文の最新作“死んでも一生”。前作も大概カオスでしたが、いやはや、これは想像以上です。”藤子”が素晴らしかっただけに、正直ここまでの伸び代がまだあろうとは思いもしなかったですし、間違いなく現時点での彼の最高傑作だし、これまでになく野心的な1枚だと思います……ゆえに、どこから語ったものかすごく難しいアルバムでもありますが。

第一印象としては、ジャズの影響がより大きくなっていると感じました。“目(2)”“突然楽しくて呼吸を忘れて”3部作でのインプロビゼーションもそうだし、あるいはシンバル・レガート(チーッチッチチーという、あのリズム)を打ち込みで出力した“ボレロ”もそう。そして、そこにずっと付き纏うアンバランスさの演出が見事です。それこそ”ボレロ”では微妙にリズムの異なる2つのシンバル・レガートがよーいドンで始まり、徐々にそれ違っていく様子を収録していたり、別な例を挙げるならば“bus”での女性ヴォーカル、これがどこか半笑いな風で、聴き手によい意味での居心地の悪さを与えているんですね。楽に聴き流すことを許さない、意識に割り込んでくる強烈さ。

でも少し視点を変えてやれば、“目(1)”“おんぶに疲れて”“そして恋をしている”のように、ごくパーソナルな弾き語り的楽曲もあり。その手のナンバーにも金管やストリングスは登場するんですが、こっちはよりメロディアス、時にトラッド・フォークな瞬間さえあります。おまけにラストの表題曲“死んでも一生”はインストゥルメンタルですが、これなんてクラシック音楽からの影響丸見えですしね。とまあ、ジャンル名を挙げれば他にもアンビエントだったり歌謡だったり、様々思いつきはするんですが、それらが個々のエッセンスとしての表情を持つというよりは、ひとまとまりの構造物として驚くべき均衡を保っている点に注目したいです。私がしばしば主張する、今日の音楽シーンにおける重要な手法、カクテル・ミュージックがここにも聴こえてきます。

多種のジャンルを参照しつつ、そのどれにも帰属しない音像を組み上げること、いわばジャンルの攪拌と再構築。それを私はカクテル・ミュージックと呼んでいるんですが、それを国産のインディー・アーティストに発見することになろうとは。インタビューなんかを読むに、この野口文という男はかなり情報社会から距離を取った生き方をしているようですが、そんな彼が不意に私が見つめる現行シーンの最も興味深いやり口に迫ってきたというんですから、畏怖の念すら覚えます。間違いなく、2026年の国内リリースでは最大のインパクトを残す1枚でしょうね。

“For Love Of Grace & The Hereafter”/Iceage

年々ロックの新譜にドキドキする機会が減っている気がしているんですが、これはときめきましたね。デンマークのポスト・パンク、Iceage“For Love Of Grace & The Hereafter”。一般的な知名度はともかく、インディー・ロックのリスナーからはなかなか支持の厚いバンドという印象がありますね。オリジナルとしては前作にあたる“Seek Shelter”も当時それなりに話題になっていました。私としては、本作で一気に仲良くなれた気がします。これはいいポスト・パンクですよ。

どうです、この2000年代感。バンド・アンサンブルはダンサブルに引き締まりつつ(“No Fear”のベースの仕事っぷりなんて見事ですよね)、頼りないヴォーカルはスタイリッシュとナードの境界線上を飛び跳ねるかのよう。The StrokesでもいいしFranz Ferdinandでもいいですけど、「あの頃」のロックの匂いがしませんか?00’sのインディー・ロックと真っ向から比較するとややこちらの方がワチャワチャしてるというか、もう少し時代を経てからのカオティックなポスト・パンクへの目配せも感じられますが、“Mother-Of-Pearl”なんて如何にも00’sです。どこかやけっぱちな感じのテンションも踏まえてね。

でも、ただのポスト・パンク・リバイバルのリバイバルなら今更じゃないですか。ここで効いてくるのがさっき書いたカオティックなポスト・パンクの影響。プロダクションの遊び心ということなら、威勢のいいガレージ・サウンドに素っ頓狂なリコーダーを導入した“The Weak”は面白いですよね。とはいえ、2018年リリースの“Beyondless”ほどに手が込んでいる印象でもありません。もっとシンプルに、バンド・アンサンブルで押し込むタイプの楽曲でも展開にいちいちつんのめるところがあるというか、ちゃんとややこしいロックとしての歯応えがあるんですよ。これをここまでフィジカルなサウンドで感じさせてくれるのが嬉しいですね。

個人的に00’sってリスニング体験における真空地帯になってしまっていて、イマイチ咀嚼できてない時代なんですが、そんな私にすら「うぉ、2000年代っぽい」と思わせる周到なリファレンス。これ、00’sのロックに一喜一憂していたリアルタイマーの方々はどう聴くんでしょうか。品質面では今年のロック・アルバムでもトップ・クラスだったことは私が保証するので、ぜひ聴いて確かめてみてほしいです。

“REDSTAR WU & THE WORLDWIDE SCOURGE”/Genesis Owusu

ガーナ系オーストラリア人のR&B/ヒップホップ・アーティスト、Genesis Owusuの最新作“REDSTAR WU & THE WORLDWIDE SCOURGE”。2021年にリリースされた“Smiling With No Teeth”がなかなかにスリリングな名作でして、そこから注目していたアーティストではあるんですが、今作でさらに重厚なアーティストへと成長を遂げたのではないでしょうか。彼が敬愛するPrinceのドギツさに迫る、見事なアルバムでした。

シンセサイザーで大きく構えたサウンドスケープにしろ、あえてこう表現しますが大味なドラムのビートにしろ、80’sへの接近が一聴して感じ取れるかと思います。一時期トレンドだった80’sリバイバルとは全く違いますよ、むしろあのリバイバルで見向きもされなかった、ゴテゴテとした80’sらしさを彼はチョイスしていますからね。”Footloose”でも始まるのかという“STAMPEDE”のドラムの突進力であったり、“DEATH CULT ZOMBIE”のやけっぱちなニュー・ウェイヴ臭さだったり、もう如何にもでしょ?ただ、全体として重心が低めに設定されているので、浮ついた印象は受けません。これは彼の太々しい声の強みでもあるような気がしますね。

加えて、“HELLSTAR”“BLESSED ARE THE MEEK”ではそれはそれはセクシーで生っぽいネオ・ソウルもやってくれるんですよ。これはPrinceのファミリー・ツリーにおける偉大すぎる兄弟子でありますD’Angeloの系譜ですし、後者でのメロディの艶なんてのはそのD’Angeloが尊敬したMarvin Gayeの面影がちらつきさえしますからね。こういう真っ当なブラック・ミュージックのDNAを感じさせることだってお手の物です。なのになんでドタバタ80’sをやるのか不思議ではあるんですけど、その一筋縄ではいかない感覚もなんだかPrinceを思い出させるんですよね。「よりによってそれかい!……しかもカッコいいんかい!」と聴き手を振り回す、趣味のいい悪趣味さというか。

やりたいことは理解できるしクオリティも申し分ないけど、でもなんでそうなるの?みたいな孤高っぷりは過去作でも感じられはしましたが、本作でさらにオンリーワンっぷりを突き詰めてくれましたね。Princeフォロワーの新譜となると昨年のDijonが鮮烈でしたけど、密室ファンクの求道者としての彼ではなく、我々が「殿下」と慕ってやまないヘンテコ・ソウルの大天才をより強く感じられるという点で、実は個人的な好みだけなら断然こっちの方が好きだったりします。

“Play”/A Good Year

こちらはコペンハーゲンの2人組、A Good Year“Play”Eschoというレーベルからのリリースなんですが、ここが近年アツくてね。昨年話題を集めたSmerzSnuggleの作品もこのレーベルからのリリースでした。コペンハーゲンのインディー・シーンを取りまとめるかのような役割を果たす同レーベルですが、本作はその決定的な1枚と言えそうです。多くの楽曲で客演を招いている点もそうですが、なにより北欧らしいドリーミーなムードと、リアルな音像を見事に共存させた名作としてね。

抑揚の小さく、しかし確かにロマンチックなメロディの運びは、歌声にうっすらとエフェクトをかけることでよりエアリーな響きを持っています。そっくりそのままドリーム・ポップのトラックに移植しても違和感のないようなそれらは文句なく豊かなんですが、それ以上に旋律を取り囲むサウンドに心惹かれましたね。オープナー“Dealerz”を取り上げますと、アコースティック・ギターとドラムの乾いた音から始まり、しばらくすると歪んだエレキ・ギター、次いで弾んだシンセサイザーが登場するという、なかなか分厚いプロダクションになっています。そしてそれぞれに輪郭がハッキリしている。このソング・ライティングにあてがうサウンドスケープとしては、少し意外性があると思いませんか?

“Right Back”なんかを聴いているとトリップホップからの影響も大きそうではあるんですが、ああいう冷たさではなく、あくまで柔らかくまとまっているのも不思議でね。それに、アコースティックなサウンドが中心的でもあります。がっつりフォーキーでビートの登場しない“If I”みたいな楽曲もあるくらいですからね。その上で、反復的なベースラインの効いた“Back Of A Car”にしても、本作で最もデジタルな質感でもってリズムを刻みつけていく“Blue Flame”にしても、輪郭の明白さというのは共通する鳴り方だし、そしてその輪郭からメロディがはみ出ることは決してありません。33分というラン・タイム以上に、その音像のコンパクトさが本作の心地よさ最大の要因でしょう。

この分離のよさと整頓されたバランスの取り方が、作品を俯瞰的に聴かせるための実に気の利いたガイドになっている印象を受けます。メロディの浮遊感を上手く作品の中に閉じ込めているとでもいうのかな、丁寧に設えられた額縁のような効果を生んでいる気がするんです。そこに飾られた絵画、すなわちメロディをあくまで主役として、鑑賞者の意識を見事に吸い寄せることに成功しているんですよ。こういう印象、あまり音楽体験の中でなかった気がします。どういう経緯でこういうサウンドが生まれたのか、参加アーティストやeschoの諸作とあわせてぜひ分析したくなる1枚ですね。

“UNDRA”/reggie

ヒューストン出身のラッパー/ソングライター、reggie“UNDRA”。初の音源は2020年と、キャリア自体は6年からなるアーティストですが、アルバム・リリースは今回が初のようです。日本語の資料がほとんど出てこないんですが、海外のレビューやコメントを見るに待望のフル・レングスという感じですね。待ち焦がれたリスナーの期待に見事応える1枚だったと思います。

彼自身がミステリアスであるのと同様、本作の音像もなかなかに見通しが立たない代物です。ラッパーとして紹介されてはいるものの、とりわけアルバム序盤ではフォークの変異種といった風情が強いですね。オープナー“Beautiful Thing 1st scene/audition”ではそこに崇高なクワイアを交えつつ、以降は磨りガラス越しのビジョンのような曖昧さとヴォーカルのメランコリックなエフェクト“Blonde”の亡霊を呼び起こしもしています。“Cali Goldrush_NHPMix”はリズム・セクションこそヒップホップ的ですけど全体の味つけはむしろアーバン・ソウル風でもあるし、“reggie – Sometimes”“reggie – Watch Committee”にもポップスとしての甘さをほんのりと感じるし、なんとも不思議ですよね。1つだけ言えるとしたら、ヒップホップを聴きたいというタイミングで聴くアルバムでは間違いなくないということです。

なんてことを思っていると、言わんこっちゃないとばかりに様子が変わるのが“2b”でのこと。柔らかなピアノと鋭いビートのコントラストが冴えたトラックメイクに驚かされる名曲ですが、ここを起点にアルバムの輪郭が突如としてくっきりするんですよね。ヒップホップの地肩が遺憾なく発揮され、ビートの成分が強く主張してきます。“And Scene_02”までの数曲にわたって続くこのセクションですが、“congrats!”に至るとまたメロウな方向に戻ってしまいます……と思いきや、フィナーレを飾る“Takin It There”、メロディアスに始めて油断させたところで、またもヒップホップ、それも極めてシンプルかつストイックなそれが登場。違和感を覚えているこちらのことなど見透かしていたかのような見事な表現、いやはや恐れ入りました。

ここまでやっておいて、聴いている我々に様々な景色を見せておきながら、アルバム自体は30分足らずなのも驚かされますね。とてもそうは思えないですから。個人的に「長く感じる」というのはネガティヴな評価になりがちなんですが、この作品におけるそれは大いに褒め言葉です。ひとえにアイデアの多彩さ、そしてそれを一筆に描ききる舵取りの巧みさの賜物ですし、プロデューサーとしても名を馳せていたというのも納得です。それこそFrank Oceanのような10’sのオルタナティヴR&Bを好きな方はぜひチェックしてみてほしいですね。

“Javelin”/Hayes Howard

こちら、今月のMk.gee枠です……身も蓋もない言い方で怒られそうな気もしつつ、かなり似た景色が見える作品ではあったのでね。Hayes Howard“Javelin”。昨年カルト的に話題になったDERBYという謎めいたアーティストがいるんですが(当時の新譜レコメンドでも紹介してます)、彼の作品にも関与している人物とのことで。なるほど、そこと繋がるのかと個人的に合点のいく作品でした。

ギターにしろシンセサイザーにしろ、リズム隊もそうだし、なんならヴォーカルもですね。この作品で一貫している、「デジタルになりすぎたが故のローファイさ」みたいな手触りがすごく好みです。エフェクティヴなプロダクションが生むノスタルジー……というのはDERBYに対する拙評の引用ですが、いやはや同じ匂いがしますね。“Doorjamb”が一番分かりやすい楽曲だと思うんですが、このシンセの鳴り方、ヴォーカルの加工のされ方、さながらサイバーパンクな廃墟といった風情がないですか?あるいは、70年代の少年誌に掲載されていた21世紀の予想図質感として未来的ではあるんですけど、そもそもの性格上ローファイにしか見えないという、そういう独特の風合い。

その質感を伴って、“Cherry”、そして続く“Nock”でのようにきちっとソングライターしてるのもまたズルいですよね。この2曲の並びについては、ここ5年〜10年くらいの、歪でスパイシーなフォーク・アルバムの文脈で評価したってそう違和感がありません。そして、それこそこれはMk.geeにも思っていることだし、なんならRadioheadやPrinceのようなレジェンドの話をしたっていいんですけど、プロダクションの鋭さに甘えない、メロディ・メイクの誠実さが彼からも確かに感じられます。うっとりとする甘美な響きと、サウンドが惹起させるメランコリーに寄り添う繊細さが見事ですよ。

彼のようにきちんと曲も書けるインディーの才能が、こぞって特定のサウンドに意識を向けている現状にワクワクするのは私だけでしょうか?まだこの領域における決定的名盤は出ていない印象なんですが、だからこそ20’sのうちにとんでもないアルバムが出る予感がしますし、それが「20’sの音」を定義するとさえ夢見ています。ほら、あの”Nevermind”だって80’sのUSインディーが水面下でやってきたことを踏まえて飛び出してきた訳ですから。そうなった暁には、本作はその偉大なる初期微動として大いに再注目を浴びることでしょう。いやあ楽しみだ。

“Infinite Black Inside”/Ibrahim Alfa Jnr

5月のエレクトロはBoards Of Canadaの帰還が最大のトピックでしたが、本作もずいぶんな評判ぶりでしたね。Ibrahim Alfa Jnr“Infinite Black Inside”。エレクトロのシーンって名義がコロコロ変わったり、個人名義の作品がないだけでプロデューサーとしては息が長かったり、キャリアを俯瞰するのが難しいこともしばしばなんですが、この人も御多分に洩れず。どうやら90’sのレイヴ・カルチャーから活動している、なかなかのベテランのようで。本当にこの辺、勉強が足りない分野なんですが……

さて、内容について。ざっくばらんに説明するならば、とてつもなく高密度なエレクトロ・ミュージックです。これは決してトラック数や一定時間あたりの音数の多さみたいな数的な密度ではなく、導入されているスタイルの多様さや、それらを積み上げて構築されるサウンドスケープの分厚さといった、質的な密度の話です。偏執的なドラムンベースのビートもあり、IDMの静謐な情緒もあり、ベースが効いたグルーヴィーなトラック、それにアフロ的な躍動まで、エレクトロ・ミュージックの展覧会のごとき内容を、一貫した黒さと重厚感をもって惜しげもなく広げていきます。最近まで私も理解できていなかったんですが、テクノやハウスはれっきとしたブラック・ミュージックですからね。

そして気になるのが、本作における楽曲間の断裂。クラブ・ミュージックの原点がビートを永続させる試みにあったように、こうした領域の音楽って連続性が個性の1つだと思っているんですが、本作はあからさまなフェードアウトで次の楽曲に進むという展開を何度か聴かせています。それが違和感を生んでいることは事実なんですが、その違和感すらも作品にとってプラスになっているのがなんとも魅力的。無音によってリスナーの注意を引きつけるという、アルバムとしての集中力に貢献しています。加えて、それぞれの楽曲が始まるや否やしっかりと個性を発揮しているので、そうして集めた注目を決して裏切らない。さっきも書いた展覧会らしさ、1つ1つの楽曲にプレゼンスがあるというのが活きてきます。

ここしばらく、エレクトロをその歴史も含めて勉強中でしてね。Xで毎日投稿しているアルバム・レビューでも、かなり意識的にエレクトロの割合を増やしていました(今はフジロック月間ということで、出演アーティストの紹介という縛りを設けていますが)。そんな中で聴けたこのアルバムは、その一旦の総ざらいという意味でもすごく身になりましたね。この勉強の成果は年内くらいでブログにてまとめたいと思っているので、そちらもよければ楽しみにしてもらえると。

“Rumspringa”/ear

エレクトロからはこちらも紹介しておきましょう。ニューヨークのエレクトロ・デュオ、ear“Rumspringa”。昨年にアルバム・デビューしていたようで、1年足らずでの第2作となったのが今回の作品です。アーミッシュ(北米のキリスト教のグループで、自給自足で生活しているそうです。勉強になる~)が行う通過儀礼からタイトルを取ったという、これまたなんとも取っつきにくそうな本作ですが、聴いてみるとどうでしょう。実に馴染みよく、かつ新鮮な1枚でした。

デジタルとアコースティックの折衷は、フォークトロニカに始まり、近年でも面白い作品が多々ありますが、その折衷のさせ方が実に冴えているアルバムですね。アンビエント的な柔らかさの中で両者を溶け合わせるのではなく、フォークな部分はしっかりフォーク、エレクトロの部分はしっかりエレクトロと、くっきりしたコントラストを描いています。“Ne Plus Ultra”なんて分かりやすいじゃないですか。立ち上がりはソフトで幻想的なのに、インダストリアルですらある電子音が襲いかかってくるんですから。またこの曲に限らずですけど、どこかWarpライクな瞬間もあるというか、90年代のクラシカルなエレクトロニカを彷彿とさせる電子音のテクスチャやビートの感覚にはニヤリとさせられます。

そしてこれは本作のアコースティックな性質に寄与している部分ですが、このコンピュータでございってなエレクトロの中で、ヴォーカルにはエフェクトをかけず、肉声の瑞々しさを保持しています。ごく控えめに差し込まれてはいますし、そもそも歌声が登場しない展開も多くはあるんですが、男女のユニゾンによってある程度の分厚さが生まれているのに加えて、やはりここもコントラストが有効に働いていて、音像に対して埋没していません。アルバムのフィナーレを飾る“Good Day Will Arrive”でも、低く蠢くドローンとオーブのように浮遊する明度の高いサウンドに挟まれながら、決してヴォーカルを見失うことはないわけですから。しれっとやってますけど、すごく絶妙なバランスだと思います。

そういう意味で、本作はインディー・ポップとして聴くことも十分可能なんだと思います……と書いたところで諸々調べていると、本作をLaptop tweeとして紹介している文章に出会いました。ちらほら目にすることもあったジャンル名なんですが、これはキュートで繊細なインディー・ポップの初期形態であるトゥイー・ポップに、ハイパーポップなんかのラップトップ・ミュージックの様式を導入した新興スタイルだそうで。勉強になる~。そして本作はまさしくそのLaptop twee的サウンドのようです。このLaptop twee、今後要注目の用語かもしれませんよ。

“Terrified .”/fakemink

UKのアンダーグラウンド・ヒップホップにおける俊英、fakemink“Terrified .”。まだ21歳とかなり若いアーティストなんですが、かなり痺れる1枚でした。”死んでも一生”や”Rumspringa”も相当食らったアルバムなんですが、衝撃だけでいうと5月のベストは間違いなく本作です。それはここからの、レビューになってんだかなんだかよくわからない文章からも感じ取ってもらえると思います。

さて、デジタルなクドさを隠そうともしない、露悪的とさえ言えるサウンドがとにかく強烈ですね。彼自身のラップにしたって極端なエフェクトがずっとかかっているし、その他のトラックの構成要素も過激なコラージュ・アートのようにチグハグな印象を受けます。加えて、“Rewind”“Wrong Relief”といった曲で顕著に通底している重低音のノイズ。こいつがさながら大都会でたむろする若者を散らすためのモスキート音のような効果を示し、我々リスナーと作品の距離を簡単には縮めさせてくれません。“Creed .”という曲が比較的柔らかくはありますけど、これもこれで真綿で首を絞めにかかるようなしんどさがあるんですよ。そこに作品としての統一感があるから聴いていられるものの、かなりヘヴィな聴取体験ではあります。

そんな作品にあって最もドギツイのが、極端にドリーミーな世界観に打って出て啓示のようなスポークンワードが始まる“Fire & Ice .”。これだけ異様に浮いてるんですよ。そしてその啓示はラストの“Enta .”でも再び登場します。この作為はそれは本作を理解する上で重要なもののはずなんですが、リリックの内容も観念的で私には掴み取れませんでした。難解さや複雑さになんとかついていこうと向き合うものの、腑に落ちる納得を得られないままに、疲労と得体の知れない満足感を成果物として終わっていく。なんでしょうね、個人的には読書体験にも似た感覚があります。映画的だというコメントも見かけたんですが、あいにく私が映画に疎いので、そこに近い何かとしてこういう感想を得たのかもしれません。

……ね、これレビューとして成立しているか怪しいでしょ?疲れるだのヘヴィだの納得は得られないだの、これだけ読んだら誰も聴こうとは思わない気もしてきました。ここまで敗北感のある新譜リスニングも久しぶりですよ。なにせ、これだけ作品の全貌に迫れていないにもかかわらず、それでもなお5月の10枚に選ばざるを得ない。有無を言わさぬ圧力のようなものだけは確か感じてしまったんですから。疲れるのであんまり聴きたくないのも本音なんですが、悔しいので今年いっぱいは定期的にチャレンジしてみます。

“The Boys Of Dungeon Lane”/Paul McCartney

最後に、これは紹介するべきかどうかすごく悩みました。Paul McCartney“The Boys Of Dungeon Lane”。いい出来ではあるんですけど、私個人としての彼への思い入れからくるバイアスは少なからずあるでしょうし、何よりこのアルバムを魅力的にしている要因の大きな部分に、音楽と直接関係のないものがあるのは明らかなので。でもまあ、いい出来だと思わされた以上は語っておきましょう。

コロナ禍に発表された“McCartney III”を例外とした近作で感じられた安心感、言い換えれば“Silly Love Song”的な、時に揶揄の対象にもなっていた根明なポップ・センスで押し込むという作風ではないですね。過去最も内省的という触れ込みが腑に落ちる、パーソナルな1枚だと思います。ただ、内省的になったがゆえに、その世界観がかえってオープンなものになってしまっている。「ダンジョン・レインの少年たち」のことを、我々はあまりにも知りすぎているんです。それって音楽鑑賞としてフェアなの?という感覚を拭えないでいるのは事実ですね。なので、ここからの音楽的な解釈は、その感傷を差し引いたならばこう聴こえるであろうという推測を多分に含むことは断っておきます。

さて、その上で。やっぱりめちゃくちゃいい曲書きますよねこのおじいちゃん。コンパクトにまとまっている楽曲にはポップスのお手本のようなフックがあって、単純なメロディ・センスの豊かさだけでない、ベース・プレイやコードワークといった全体的な意味でのソングライターとしての切れ味も、今年84歳ながらまだまだ健在。流石に声は細くなりましたが(“As You Lie There”でのシャウトには思わず震えるものがありますけどね)、むしろこの老いた歌声だからこそ紡げるメロディでもあるような気がします。個人的な彼の楽曲のお気に入りは、こういう細やかさが伝わってくるものが多かったので、すごくしっくりきました。(“Back In The USSR”とか苦手なんですよね……)

Xでもリアクションした時に書いたんですが、おばあちゃんの、いったい何度聞いたかわからない昔話に静かに耳を傾けているかのような、愛おしさと穏やかさ、そしてほんの少しの切なさがある作品だと思います。ラスト・ナンバー“Mama Gets By”の余韻なんてまさしくじゃないですか?そりゃあ、新進気鋭のアーティストに求めるスリルは本作にはありません。でも、Paul McCartneyが語る彼自身の物語にリアルタイムで立ち会えたというのは、もうそれだけで私にとっては恵まれたことです。

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