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ピエールの選ぶ「オススメ新譜10選」2024年7月編

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怒涛の勢いで更新していきましょう、「オススメ新譜10選」です。今回は7月編ですね。いつも通りバックナンバーは↓からどうぞ。

現状8月編もおおかた完成していて、9月編もセレクトは済んでるので、いよいよ10月中に追いつきそうです。たぶん追いついたら追いついたで、すぐに年間ベスト作成のタイミングになるとは思うんですが……またおっつけ更新すると思うので少々お待ちを。

そうそう、今回から各作品のレビューの後にSpotifyのリンクも掲載することにしました。今までApple Musicだけだったんですけど、Spotifyユーザーに不親切すぎたなと。ただ記事の見栄えだったりなんだったりちょっと手探りではあるので、もしご意見あれば私のXかコメント欄までお願いします。以上業務連絡終わり。では7月の新譜をば、早速見ていきましょう。

“Charm”/Clairo

もうすっかり安定感のあるアーティストとして浸透した感もある、Clairo“Charm”。私が初めて聴いたのは2021年の“Sling”だったんですが、あれから3年経ってるんですね。あっちもずいぶんな大絶賛でしたが、果たして今作もかなり評価は高いですね。

ただ、その音楽性が地続きなのかと聞かれるとそうでもない。もちろん前提となる彼女のソング・ライティングは維持されているんですが、サウンドの彩色においてガラッとトーンを変えてきましたね。前作が現代の名伯楽Jack Antonoffを迎えてのしめやかなフォーク、Taylor Swiftの”Folklore”と同じ系譜のものだったところから、本作ではより開放的な方向へと向かっています。

ホーンの柔らかさなんかにはサンシャイン・ポップらしさを感じ、グルーヴには同じ時代のソウル/R&B、それもちょっとジャズ意識がありそうなタイプのものをイメージさせられ、そしてちょっぴりサイケ調の揺らぎがある。そういうヴィンテージ志向のサウンドの響き方を彼女の儚げな佇まいに上手く纏わせることで、とても上品で身軽なものにまとめているのがニクいところです。エレ・ピアノの使い方なんてすごくセンスを感じさせますよね。

個人的には、本作のスタイルがこれまでで一番Clairoにマッチしていると感じます。サウンドがぱっと明るくなることで、Clairoの翳りのある独特のキャラクターの彩度がいっそう高くなったような印象で。もっとも作品ごとにプロデューサーも変えてイメージ・チェンジを図る彼女のことですから、この作品の続編への私の期待は裏切られてしまうんでしょうけど。そこも含めて本当に今後が楽しみなアーティストです。

“My Light, My Destroyer”/Cassandra Jenkins

6月編でも名前だけ登場しました、アメリカはNYの女性シンガー・ソングライターCassandra Jenkins。前作“An Overview On Phenomenal Nature”2021年のリリースでも指折りのお気に入りで印象に強く残っていますが、今回の“My Light, My Destroyer”もいいアルバムですね。

幽玄のアンビエント・フォークの中で殊の外ラフな質感のバンド・アンサンブルが響く、この多層的な質感は前作の時点で発揮されたものですが、本作はよりそのコントラストを強めています。朧げな世界観はさらに触れ難く突き詰められ、ともするとスピリチュアルな領域に思えるところまで至っていて。サウンドのミステリアスさもそうだし、憂いをたっぷり含んだヴォーカル壮大さを増したスケール感もこういう切り口で語れますね。

それでいて、ギターが主張するオルタナティヴ風の展開であったり、あるいはもっとシンプルにSSW的なメロディの純度、こういったフィジカルな魅力も増強されているんですよ。2ndが寄る方ない彷徨いと揺らめきの中でこの2つのテクスチャをミックスした一方、今作で彼女はよりパワフルに、真っ向からこの両者を共存させようとしている。インディー・ファンならば前作をこそ好むという声があがっても不思議ではないんですが、作品としての力強さでは間違いなく本作に軍配が上がるでしょう。

ブログでの新譜ウォッチングも今年で4年目となると、こういう変遷を辿りながらのコメントを書けるのが個人的に嬉しいところで。それも彼女の場合、延長線上にはあってかつ焼き直しにならない手心を加えてくれていますから。2021年の私の感性は何ら間違っていない、どころかさらに彼女の創作への信頼感を高める1枚になっています。

“Vertigo”/Griff

1st“One Foot In Front Of The Other”はEPサイズながらかなりリスナーを騒がせた印象もありました、中国とジャマイカにルーツを持つイギリスの女性SSWのGriff。フル・レングスとしては初となる“Vertigo”も、やはり魅力的なポップスでしたね。

サウンドとしては現代的なエレクトロ・ポップなんですけど、その質感はなかなか独特な印象ですね。ダンス・ミュージック的な刺激は控えめで柔らかなシンセサイザーが充満した作品なんですが、かといってソフィスティ・ポップ的なアダルティさがあるかというとそうでもなく。あくまで若々しく瑞々しいサウンドの躍動感はありつつ、そこにエレガントな気品も同居した、実に抜け目ない作風です。

そんでまた彼女の歌唱力の高いこと高いこと。ピアノの伴奏(ちなみに演奏しているのはColdplayのChris Martin)によるシックなバラード“Astronaut”なんかに顕著だと思うんですが、ほんのわずかにハスキーでソウルの雰囲気を纏った歌声の魅力たるや。そしてそれは本作のトーンであるシンセ・ポップの中でもしっかり主張されていて、さっきも書いたエレガントさをポップネスと難なく接続させ、アルバムに説得力を生み出しています。

前作時点ではどこか儚げな様子も見せていたものですが、たった1枚でここまでしなやかに、そしてパワフルに進歩したというのもなかなか見事ですよ。今年も今年とてポップ・アルバムが充実していて、来る年間ベストでも熾烈な椅子取りゲームが予想されますが、この作品はかなり有利な位置につけていると言っていいでしょうね。

“Big Ideas”/Remi Wolf

彼女もClairoやJenkins、Griffと同様に、過去作からウォッチできているアーティストです。2022年の“Juno”がかなり批評媒体でも支持されていたRemi Wolf“Big Ideas”。本作を引っさげてのフジロックへの出演が予定されていましたが、体調面の問題でキャンセルになってしまいました。

いやあ、キャンセルが悔やまれますね。だってこんなに溌剌とした、夏の野外にしっくりくるポップ・アルバムはそうそうないですから。全体的にかなりストレートな作りになっていて、ほんのり80’sの気配がするシンセサイザーだったり、あるいは楽曲のダイナミズムのつけ方であったり、凝ってはいるんですけどあくまで正統派なポップスという仕上がりなんですよね。それが聴き疲れしない絶妙な匙加減でまとめられているのは流石の配慮。

そしてそうした配慮は何のためかというと、本作のポップネスを担うヴォーカルでありメロディでしょう。ほどよく華やかでほどよくチャーミング、そんなサウンドの中を真っ直ぐ伸びていく彼女の歌声にはすごく惹きつけられるものを感じますし、メロディも小難しくないキャッチーなものばかりで。Remi Wolfというアーティストのキャラクターはかなりインディー的だと思うんですが、その中で彼女がやろうとしてることってものすごくオーバーグラウンドなポップスなんじゃないでしょうか。

かつてのポップスの輝きを現代的に換骨奪胎しようとする女性の注目株として、私はCMATHolly Humberstoneにかなり意識を向けているんですが、本作を聴くとその中にRemi Wolfを入れないとまずいなと認識を改めさせられました。80’sポップスで音楽に目覚めた立場として、こういう作品はやっぱり強くレコメンドしたくなりますね。

“The Auditorium, Vol. 1″/Common & Pete Rock

ここから3作、コラボレート・アルバムが続きます。まずは一番の大物からいきましょう、Soulquariansでの活動からKanye West傘下での“Be”で大成功を収めたラッパーのCommonと、Nas筆頭に1990年代から多くのプロデュースを手がけた東海岸の重鎮Pete Rock。この2人のコラボレート“The Auditorium, Vol. 1”です。

この2人を繋ぐキーワードって、「生のブラックネス」だと思うんですよね。CommonはそれこそSoulquariansでD’AngeloQuestloveと連んでネオ・ソウルを探究した過去があるし、Rockにしてもヒップホップにジャズのような肉体的な黒さを持ち込んだ実績がありますから。となればその相性はまず外さないだろうと思っていましたが、やはり間違いない相乗効果を生んでいるじゃないですか。

もうゴスペルからネオ・ソウルまで、思わず体が揺れてしまうブラック・ミュージックの満漢全席という印象のトラックなんですが、味つけそのものは意外にもカラフルといいますか、情報量が多いスタイルなのが面白いですね。もっとシックにまとめるかと思いましたが、ハイ・カロリーな充実感がある1枚です。それでも根っこのグルーヴはどのナンバーでも見事な出来栄えですし、それが作品の重たさを引き締める役割も担っていますから。ゴージャスではあってもヘヴィではない、そんな感覚ですね。

ここまで触れずに来てましたけど、勿論Commonのラップも聴き物ですよ。素晴らしくスムースで、グルーヴの心地よさを纏って踊るかのよう。ただ女性ヴォーカルを何度もフィーチャーしているので、「ラップ・アルバム」という印象が強い訳でもなく。さっき表現したブラック・ミュージックの満漢全席、そのメインディッシュにヒップホップがあるというのが正確なような気がします。(満漢全席にメインディッシュなんてものはありませんが)

“II”/Kiasmos

アイスランドのポスト・クラシカル・アーティストÓlafur Arnaldsと、エレクトロ・グループBloodgroupのメンバーでもあるJanus Rasmussen。2人のコラボレート・ユニットKiasmosの10年ぶりとなる作品“II”です。あまりに門外漢なジャンルすぎて、ここまでに書いた情報を自分でもまったく咀嚼できていませんがご了承を。

私のようなまったくの素人でも容易く魅了されてしまう、見事なエレクトロ・サウンドであることだけは保証しましょう。バリ島でレコーディングされ、現地のトライバルなパーカッションなんかをビートにサンプリングしているとのことなんですが、そのミニマルなビートの主張は巧みにコントロールされている印象ですね。気合の入ったクラブ・ミュージックほどにビートを強調することなく、しかし作品の骨格としてしっかり機能するだけの絶妙な配分。

そして作品に肉付けしていくエレクトロの彩色や、あるいはピアノやストリングスのタッチ、これが非常に繊細な温かみがあって。作品の静けさを決して揺るがすことのない秩序を保ちながら、すごく微妙なニュアンスの変化をつけていくことで音像に広がりをもたらしています。その広がり方というのも一気に霧が晴れるような意表を突いたものではなく、例えるならば清水がゆっくりと岩の隙間から湧き出るような、穏やかかつそれ自体に情緒を発見できるような代物

作品の世界観にとことんまで没入することのできる、清涼感と心地よさにおいて卓越した1枚というのが率直な感想ですね。50分オーバーというのは私の感覚のうえではやや長いアルバムに感じるものなんですけど、この作品はむしろあっという間に終わってしまったのが意外でね。いつまでも続けばいいのに……と無邪気な切なさを覚えてしまう1枚でした。

“MINISERIES 2″/SUMIN & Slom

タイトルにある通りミニ・アルバムのサイズではあるんですが、気に入ったからにはご紹介。BTS筆頭にK-Popのシーンに多くの楽曲を提供する韓国のシンガー・ソングライターSUMINと、アメリカ生まれの韓国人ビート・メイカーSlomのコラボレート“MINISERIES 2”。”2″というからには当然1もある訳で、2021年以来のタッグ体制ですね。

多分このブログでK-Popに紐付け得る音楽って扱ったことないと思います。それは単純に私がK-Popをまだ好きになれていないからなんですが(評価していないともまた別の話で)、このアルバムは私がK-Popに見出してしまう抵抗感とは無縁でしたね。Slomの繰り出すトラックにはモダンな輝きクラシカルな落ち着きが違和感なく同居していて、その上に乗っかるSUMINのヴォーカル、これが力強さと可憐さを兼ね備えていてすごく馴染みがいい。

打ち込みのドラム・サウンドはなかなかアタックが強めで、しっかりとビートによって作品の軸を形作っているんですが、そこにセクシーに介入するベースのグルーヴソフトな上物によるサウンド・メイク、あるいは全体のコード進行なんかの働きが、作品像をむしろマイルドなものにしています。そこのバランスが見事ですね。楽曲によってはぐっと抑制されたネオ・ソウル的な表情のものもあれば、私のフェイバリット“TIC TOC TIC TOC”なんてちょっとStevie Wonderっぽくすらあります。

冒頭にも書いた通りミニ・アルバムなので30分足らずで終わってしまうんですが、もっと聴いていたくなるいじらしいラン・タイムですよね。楽曲のバラエティも豊かなので、もう何曲か増えてもアルバム作品としての強度は落ちないと思うんですけど。ともあれ、この作品をきっかけにK-Pop克服ができるような予感がする、それくらい好みのポップス作品でした。

“Who Am I”/Berwyn

ヒップホップから7月はもう1枚紹介しましょうか。トリニダードにルーツを持ち、ロンドン・ベースで活動するラッパー/SSWのBerwyn。フル・レングスのアルバム・ワークとしては1stにあたるのが“Who Am I”です。UKヒップホップのレコメンドは今年に入ってからは初めてですね。

タイトルの問いかけにしてもそうですし、あるいは表題曲に続くナンバーが“I Am Black”であること、そして彼の半生を追憶するアカペラでのラップ“Dear Immigration”、この辺りに顕著ですが、非常にパーソナルかつシリアスな作品ではあります。そこに呼応するようにサウンドもメロウな仕上がりになっているんですけど、それが作品の重厚感に寄与するというよりは質感としては内向性侘しさを思わせる方向性なんですよ。UKヒップホップならDave辺りに近いような。

そしてBerwynの表現技法はラップだけにとどまらず、結構しっかりと歌ってもいるんですよ。そうなるとサウンドの趣もあいまってインディー・フォークに感化されたオルタナティヴR&Bに化けるんですけど、根底にある作品のテーマであるとか、あるいは洗練されたトラック・メイクであるとか、その辺りが上手く作用することでヴォーカル・パフォーマンスの差異を上手く橋渡ししてあって。殊の外ジャンルにおいては多彩なはずのこの作品、いい意味でモノトーンでもあるんですよ。

今回扱ったCommonもそうだし、6月編のMarsha Ambrosiusにも当てはまるんですけど、ちょっとヒップホップの系統でコッテリしたものが続いてましたからね。こういうインディーの感覚でそのまま聴けてしまうコンテンポラリーなヒップホップ・アルバムは個人的に欲していたところでした。それがUKヒップホップというのもいいじゃないですか、もっとディグっていきたい分野の1つです。

“Not Real People”/Oreglo

リリース・フォーマットとしてはEPらしいんですが、7曲35分であればもうフル・レングスと認識して差し支えないような気がしますね。ロンドンで結成された新進気鋭のジャズ・コレクティヴ、Oregloの1st“Not Real People”です。

ジャズ・コレクティヴとは書きましたけど、ギターやサックスで引っ張っていくアンサンブルのスリルからはロックの要素も多分に感じられますし、そしてその艶かしい旋律は和モノフュージョンのようにメロディアスでもあり、跳ねたリズムにはファンクレゲエのテイストがあり。包括する音楽性は多岐に渡っているのが一聴して伝わってきますね。それらを小難しい密室的なセッションではなく、あくまで清々しく展開してくれるのが聴いていて心地いい。

同じくロンドン・ベースのSSWであるBel Cobainを招いての“comet”以外の楽曲はインストゥルメンタルなんですが、むしろ演奏にこそこのコレクティヴのコミュニケーションがはっきりと表れていて、実に親密な印象を受けるのが面白いですね。ジャズ・アンサンブルの1つの定型である火花を散らした緊張感ではなく、それぞれのパートがお互いの出方を窺い、それらを面白がりながら展開していく、とてもアットホームな集中力を感じさせます。

かく言う私もジャズに関しては本当にクラシックとされている有名どころくらいしか聴けていないですし、まして現代ジャズ・シーンは無知もいいところなんですけど、そこのハードルをまったく感じさせない素敵なアルバムでした。「ジャズはちょっとなぁ……」という方にこそオススメしたい1枚ですね。

“The Way I See You”/Ålborg

なんか2024年、やたら面白いインディーのニュー・カマーが日本から生まれている気がします。私は国内シーンのアンテナが貧弱もいいところなのでだいたいX上での絶賛を受けて二次的に発見に至るんですが、このÅlborgの1st“The Way I See You”もそういう経路で聴くことになりました。これがまたすげえんだ。

最初聴いた時に、「あれ?洋楽のバンドだったんだ」と疑ってかかったくらいにはサウンドが現代のUSインディー・フォークそのものです。そういう接近の例では近年だと優河もありましたが、ここまでの空気感ではなかったですね。トロンボーンフルートといった管楽器がサウンドにチェンバー・ポップ的なふくよかさを与える中、ギターの柔らかな爪弾きを伴って透明感溢れるヴォーカルが沁みていく……うん、間違いなくこの数年何度も触れてきたUSフォークそのもの。

これ、仮に意地悪く「ただの模倣」と言ったとしても天晴れなんですよね。なにしろこうしたサウンドにはアメリカーナ的な土の香りが必須ですし、それってどちらかというと民族や文化による生得的なフィーリングだと思っているので。よくぞ横浜からこの感覚を出力したものだと思います。加えて、よくよく聴くとメロディの素直さアンサンブルがロック調に傾く時のダイナミズムなんかには、国産ロックらしい成分も感じられますしね。

そうそう、彼らの所属レーベルはあのカクバリズムだそうで。レーベルの先輩であるceroがネオ・ソウルの感覚を日本国内からパーフェクトに表現したのもとんでもない話なんですが、そういう国際的トレンドの吸収と発露の巧みさ、その系譜としてÅlborgの名は今後さらに広がっていくことを確信しました。これは今年聴いた国産音楽の中でも一二を争う出来栄えですよ。

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