今回も引き続き“To Pimp A Butterfly”全訳解説です。時間とモチベーションのあるうちにやりきってしまいたいのでね。一覧は↓からどうぞ。
今回は“King Kunta”です。アルバム前半のハイライトとでもいうべき名曲ですね。音楽的にもすこぶるドープなんですけど、リリックに注目してみると、前の2曲で扱ってきたテーマから少し離れ(通奏低音としての主張はあるんですけど)、より作品の深みを与える作用があります。
そうそう、あらかじめ言っておくと、この楽曲はスラングのオンパレードです。翻訳がとにかく大変でしたし、かなり意訳になっている箇所もありますがご了承ください。それではひとまず全訳を見ていきましょうか。
“King Kunta”全訳
I got a bone to pick
I don’t want you monkey mouth motherfuckers sittin’ in my throne again
(Aye aye nigga whats happenin’ nigga, K Dot back in the hood nigga)
I’m mad (He mad), but I ain’t stressin’
True friends, one question
ちょっと言わせてくれ
お前らの無駄話はウンザリ 二度と俺の玉座に座るんじゃない
(おいおい K. Dotのご帰還だぜ)
俺はブチギレてるぜ(コイツブチギレてやがる)無理強いする気はないけど
心の友よ 一つ聞いてもいいかい?
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him, Kunta
Black man talking no losses
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him
When you got the yams (What’s the yams ?)
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
負け知らずだね
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
なにせ「ヤム」を持ってるからな(「ヤム」って何さ?)
The yam is the power that be
You can smell it when I’m walking down the street
(Oh yes we can, oh yes we can)
I can dig rapping, but a rapper with a ghost writer ?
What the fuck happened ? (Oh no) I swore I wouldn’t tell
But most of y’all share bars, like you got the bottom bunk in a two man cell
(A two man cell)
Something’s in the water (Something’s in the water)
And if I got a brown nose for some gold then I’d rather be a burn than a motherfuckin’ baller
「ヤム」ってのは権力そのものさ
街を歩く俺から「ヤム」の匂いを感じるだろ? 俺のルーツの匂いさ
(ホントだ 感じるよ)
俺はラップが大好き でもゴーストライターのついてるラッパーだって?
一体全体どうしちまったんだ 誰にも言わないって誓うから教えてくれよ
でもお前らほとんど全員「バー」を共有してるだろ まるで二段ベッドの下で寝てる囚人みたいに
どんな理由があるのか知らないけど ちょっとおかしいぜ
金持ち共のケツにキスをくれてやるくらいなら 俺は売れないまま野垂れ死んだ方がマシだね
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him, Kunta
Black man talking no losses
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him
When you got the yams (What’s the yams ?)
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
負け知らずだね
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
なにしろ「ヤム」を持ってるんだからな(「ヤム」って何さ?)
The yam brought it out of Richard Pryor
Manipulated Bill Clinton with desires
24/7, 365 days time two
I was comtemplatin’ gettin’ on stage
Just to go back to the hood see my enemies and say ……
「ヤム」のおかげでリチャード・プレイヤーは破滅したし
ビル・クリントンはこの「ヤム」と欲望に負けちまったのさ
この2年間 俺は休むことなく
ステージに立つことばかり考えてきた
地元に戻って 俺をバカにしていた連中にこう言ってやるためにな
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him, Kunta
Black man talking no losses
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him
(You goat-mouth mammyfucker)
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
負け知らずだね
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
(やかましいクソッタレどもが)
I was gonna kill a couple rappers but they did it to themselves
Everybody’s suicidal they don’t even need my help
This shit is elementary, I’ll probably go to jail
If I shoot at your identity and bounce to the left
Stuck a flag in my city, everybody’s screamin’ “Compton”
I should probably run for Mayor when I’m done, to be honset
And I put that on my Mama and my baby boo too
Twenty million walkin’ out the court buildin’ woo woo !
ふざけたラッパーを何人かブチのめしたかったが そうするまでもないみたい
みんな随分破滅願望があるんだな 俺の手を借りずとも勝手にくたばっていくなんて
でもあんまりビーフばっかりだと いつか牢屋送りにされちまう
俺がお前らの正体をズバリ言い当ててやったら どいつもこいつも手のひらを返して
旗を俺の街におっ立ててこう叫ぶんだ 「コンプトン!」ってな
もしそうなったらいよいよ俺がコンプトンの市長だろ マジな話
お袋も愛しの君も一緒にな
2000万人を引き連れて裁判所から出てきてやろうぜ
Ah yeah, fuck the judge
I made it past 25 and there I was
A little nappy headed nigga with the world behind him
Life ain’t shit but a fat vagina
Screamin’ “Annie are you ok ? Annie are you ok ?”
Limo tinted with the gold plates
Straight from the bottom, this the belly of the beast
From a peasant to a prince to a motherfuckin’ king
そうさ 裁判官なんてクソ食らえ
だって俺はもう25歳を超えてんだぜ
ちょっぴりクセ毛のニガさ そいつが今や世界を背負って立ってるんだ
人生はクソって訳じゃないが 太った女のアソコみたいなもんさ
「アニー ねえ大丈夫?」って叫んでるみたいな
金ピカに彩られたリムジンに乗って
ドン底から悪の巣窟までひとっ飛びさ
小作人から始まり 王子に そして今やファッキン・キング
Bitch where was you when I was
*Pop*
(By the time you hear the next pop, the funk shall be within you)
*Pop*
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
(銃声)
(次の銃声が聞こえた時 お前の中にファンクが生まれるだろう)
(銃声)
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him, (King) Kunta
Black man talking no losses
Bitch where you when I was walkin’ ?
Now I run the game got the whole world talkin’, King Kunta
Everybody wanna cut the legs off him
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
負け知らずだね
お前ら 俺がフラフラしてる時どこにいたんだよ
今じゃ俺がシーンの中心 注目の的って奴さ キング・クンタ
どいつもこいつも彼の足を切り落としたがってるのさ クンタ・キンテ
We want to funk
We want to funk
(Now if I give you the funk, you goin’ take it)
(Do you want the funk ?)
We want to funk……
ファンクを頂戴!
ファンクを頂戴ってば!
(ファンクが欲しいのか? 欲しけりゃくれてやる)
(ファンクがお望みかい?)
ファンクを頂戴よ!……
解説
さあ、ここからは解説です。この曲、とにかく解説すべき内容が多いんですよ。
クンタ・キンテという人物について
まずはタイトルの“King Kunta”から。これ、クンタ・キンテという人物から取っています。
このクンタ・キンテというのは英雄的黒人奴隷ですね。アレックス・ヘイリーの自伝的長編小説『ルーツ』に登場した実在する人物で、彼の故郷であるザンビアの島、その名も「クンタ・キンテ島」は世界遺産にも登録されています。
彼は奴隷貿易の中でアメリカに売り飛ばされてしまいますが、高潔な精神を失うことなく、何度も自由を求めて逃走を企てます。しかしそれらは全て失敗し、最後には足の指を切り落とされてしまう……こうした悲劇的な運命を辿った人物なんですよね。
そんな彼を「王」と称え、そこに「ヒップホップの新王者」として君臨する自身を投影する。尊厳と諦念が複雑に混ざり合った比喩と言えます。
「ヤム」という1単語に宿った多義性
さて、アフリカン・アメリカンに関するカルチャーからの引用でいけば、「ヤム」の存在もこの楽曲において極めて重要です。これはアフリカン・アメリカンにとってのソウル・フード、ヤム芋のことですね。
このヤム芋、数々の文学作品に象徴として登場する由緒正しきメタファーでして。例えばラルフ・エルリンの小説『見えない人間』では、主人公はヤム芋の匂いを嗅ぎ、自身のルーツを見出すという一幕があります。
あるいはチヌア・アチェべの『崩れゆく絆』(原題は“Things Fall Apart”。あのザ・ルーツの伝説的名盤もこの作品からタイトルを拝借しています)において、ヤム芋の畑はアフリカン・アメリカンにおける権力の象徴として描かれてもいます。
前者であれば「街を歩く俺から「ヤム」の匂いを感じないかい?」、後者であれば「「ヤム」ってのは権力そのものさ」、この表現はどちらもこうした参照元があってのことなんですね。
それから、ドラッグを隠すための風船や女性、これらも隠語/スラングとして「ヤム」と表現されますね。コカインによって破滅したコメディアンのリチャード・ブライヤー、そして秘書とのスキャンダルのあったビル・クリントン元大統領。彼らを引用しているのもこの「ヤム」を歌詞に持ち出したからこそです。
……どうです、「ヤム」だけでこんなに多義的にリリックに取り入れてくるんです。前にも言ったように私はこの作品のフィジカルを持っていないので、この部分をどこまで汲み取った和訳がなされているか知らないんですけど、これかなり翻訳大変ですよね……自分でやったからよくわかります。
ファンク・カルチャーからの引用
「ヤム」に文字数を割きましたけど、これだけで終わるはずがなく。随所にその他アフリカン・アメリカンの歴史やカルチャーからの引用がこの楽曲に散見されますね。その中でも特筆すべきは、ファンク・カルチャーからの影響です。
サンプリング元に注目してみましょうか。この曲にはコンポーザーとして、マイケル・ジャクソン、ジェームス・ブラウン、Ahmad Lewisの名前がクレジットされています。三者とも、リリックに言及が見られますね。
まずはMJから。「「アニー ねえ大丈夫?」なんて叫んでるみたいな」という一節、これはかの名曲『スムーズ・クリミナル』の印象的なフレーズからですね。
続いてJB。この曲で引用されているのは『ザ・ペイバック』という曲です。歌詞で言えば「俺はブチギレてるぜ」や「俺はラップが大好き」、この辺りはこの楽曲から引っ張ってきています。
最後にAhmad Lewis。彼はMJやJBと比べると知名度が低いと思いますが、90年代に活躍したラッパーですね。この楽曲の最後に連呼される「ファンクを頂戴!」というフレーズ、これが彼の楽曲、タイトルそのまま“We Want The Funk”からの引用です。
で、ファンクからの引用としてJBはともかくMJやAhmad Lewisというのが面白い。アフリカン・アメリカンのカルチャーに造詣が深く、同胞へのリスペクトを何より重んじるラマーらしいチョイスと言えますよね。
リリックの主張
ここまではぶっちゃけ「小ネタ集」みたいな向きもあったかと思いますけど、最後にこの楽曲でのラマーの主張そのものを見ていきましょう。
これまでの2曲に見られたミクロとマクロの推移というのは希薄で、かなり小さい半径での私的な主張になっています。具体的に言うと、2015年当時のヒップホップ・カルチャーに対する批判ですよね。
すごく意味ありげなフレーズが「でもお前らほとんど全員「バー」を共有してるだろ」という言い回し。この「バー」というのがダブル・ミーニングになっていてですね。
わかりやすい方から見ていくと、その直後のリリック「二段ベッドの下で寝てる囚人みたいに」から汲み取れる部分ですね。刑務所という舞台が出てきた訳ですから、この「バー」は「鉄格子」という意味で理解できそうです。
そしてもう1つの意味を取る上で重要になってくるのが、このリリックの直前にある「ゴーストライターのついてるラッパーだって?」です。
シリアスな主張であるヒップホップに、表現者たるラッパーの意志が介入しない商品としての軽薄なラップに対するdisな訳ですけど、これを踏まえると「バー」は音楽用語の「小節」のことではないかと思われます。
業界で作曲家もスタイルも焼き直しが繰り返され、独自性のないありきたりな「小節」をみんなして流用している。そんなものヒップホップでもなんでもない。そういう批判ですよね。まして、音楽的にあまりに独創的なこの”To Pimp A Butterfly”の中でこんなこと言われた日にはたまったものではありません。
そんでもって、ここを理解すると最初に触れた「鉄格子」のニュアンスもさらに含みが出てきて。表層的なヒップホップを提供する業界に飼い殺しにされ、自身の表現を失ってしまったそこらのラッパーを、業界という名の牢獄に囚われてしまっていると表現しているようにも取れるんです。
その後に出てくる、「金持ち共のケツにキスをくれてやるくらいなら 俺は売れないまま野垂れ死んだ方がマシだね」というリリックがこの読解をより補強してくれますね。「権力に尻尾をふるアティチュードを失ったラッパー、そんな奴らと俺は違う。たとえ権力に中指を立ててでも、俺は高潔でい続ける」、そんな宣言です。
だからこそ、足の指を切り落とされてしまったクンタ・キンテを「王」とまで仰ぐ訳です。自身もクンタ王のように、悲惨な未来が待ち構えていようと屈しないという。
冒頭で以前のステージ・ネーム、K Dotを持ち出しているのもそうなると示唆的で。成功を収める前、K Dotとして遮二無二ラップしてきたあの頃のままでいようという意志の表れ。だからこそ「ご帰還だぜ」なんですよね。
まとめ
さあさあ、今回は”King Kunta”の全訳解説でした。
奴隷貿易に文学作品にファンク音楽、もうとにかく参照元が多くて多くて。音楽全般、あるいは文化全般に言えますけど、背景にある情報を抑えておくとやはり解像度が違ってきますね。これくらい膨大な情報量ともなるとかなり難しい作業ではあるんですけど。
まだ取りこぼしがあってもおかしくないなと思いつつ、この投稿で少しでもその解像度を高めていただければと思います。次回は”Institutionalized”ですね。それではまた。
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