今回から新たに連載企画を始めたいと思います。
それすなわち、“To Pimp A Butterfly”全訳解説。
“To Pimp A Butterfly”というと、言わずと知れた2010年代の最高傑作、どころかポピュラー音楽史上でも有数のクラシックとしての地位を確立しつつあるケンドリック・ラマーの2015年作ですね。
現代ジャズを導入した音楽的挑戦も本作の評価を高める大きな要因の1つですが、同時に評価すべきは本作のリリック。
黒人社会の闇、スターの孤独、ヒップホップ・カルチャーへのリスペクト、そういったテーマを当代随一のリリシストであるケンドリック・ラマーの冷静で本質的な筆致によって射抜いた点もまた、本作を傑作たらしめています。
けれども、英語を母語としない我々日本人にとってこの部分への評価は実に困難。対訳に頼らなければ、なかなか理解はできないと思います。
ただ、サブスクがメインのご時世ですからね。対訳カードなんてかなり前時代的なカルチャーです。かく言う私も、この作品のフィジカルは持っていませんから。
それじゃあリリックが理解できない、困った。どうするか?自分で訳そう!そういうことですよ。
最初はごくごく個人的興味のために半分趣味で始めるつもりだったんですけど、これ以外と公共性の高いチャレンジなんじゃないかとも思いまして。なかなかこのアルバムの全訳ってネットに落っこちてないですしね。ここにビジネスチャンスを見つけた訳です。目のつけどころがシャープでしょ?
とまあ、そういうことで不定期の企画にはなるでしょうけど。挑戦していきます。今日は当然オープニング・トラック、“Wesley’s Theory”の和訳です。それではどうぞ。
“Wesley’s Theory”全訳
Every nigga is a star, ay, every nigga is a star
Every nigga is a star, ay, every nigga is a star
Every nigga is a star, ay
全ての黒人はスターさ、だろ?黒人全員がスターなんだ
Who will deny that you and I and
Every nigga is a star ?
誰に否定できるっていうんだ?お前も俺も
全ての黒人がスターなんだ
[Intro: Josef Leimberg]
Hit me !
When the four corners of this cocoon collide
You’ll slip through the cracks hopin’ that you’ll survive
そうさ その蛹の四隅が割れる時
お前はそこから這い出てくる 何が何でも生き延びてやるって希望を胸に
Gather your weight, take a deep look inside
Are you really who they idolized ?
To Pimp A Butterfly
賢くやれよ 自分が何者かよく考えるんだ
お前は本当に連中が思ってるほど大した人間なのか?
“To Pimp A Butterfly”
[Chorus]
At first, I did love you
But now I just wanna fuck
最初は君のことをマジで好きだった
でも今じゃヤりたいだけ
Late nights thinkin’ of you
Until I get my nut
夜遅くまで君のことを考える
気が狂うまで
Tossed and turned, lesson learned
You was my first girlfriend
これまでのことを考えると眠れやしない
君が最初の恋人だった
Bridges burned, all across the board
Destroyed, but what for ?
橋は燃え落ちた 完膚なきまでに
破壊されてしまった でも何のために?
[1st Verse]
When I get signed, homie, I’ma act a fool
Hit the dance floor, strobe lights in the room
俺が契約書にサインしたら お前ら見てろ バカみたいにやってやるんだ
ダンスフロアでは大暴れ 部屋ではフラッシュが焚かれ放題
Snatch your little secretary bitch for the homie
Blue-eyed devil with a fat-ass monkey
お前らに尻尾を振る小柄なビッチでも見つけてきてやるぜ
青い目の悪魔に ケツのデカイバカどもさ
I’ma buy a brand new Caddy on vogues
Trunk the hood up, two times, deuce-four
新品のキャデラックでも買ってやろうか
俺たちの街をデカくしてやろうぜ 何倍にもな
Platinum on everythin’, platinum on weddin’ ring
Married to the game and a bad bitch chose
なんでもプラチナさ CDの売上から結婚指輪まで 本当になんでも
このクソみたいな業界で死ぬまで生きるんだ クソみたいなビッチを選んじまった
When I get signed, homie, I’ma buy a strap
Straight from the CIA, set it on my lap
お前ら見てろ 契約書にサインしたら革のベルトを買ってやるぜ
CIAから直々にな それは俺のもんだけどな
Take a few M-16s to the hood
Pass ‘em all out on the block, what’s good ?
M-16をいくつか俺たちの街にくれてやる
そこらで全部ばら撒くのさ いい子ちゃんだろ?
I’ma put the Compton swap meet by the White House
Republican run up, get socked out
コンプトン流のフリーマーケットをやってやろうぜ 会場はホワイトハウスさ
共和党員どもはとっとと逃げな 追い出してやろうか
Hit the prez with a Cuban link on my neck
Uneducated, but I got a million-dollar check like that
大統領様をぶちのめしてやる 俺の首にはキューバン・リンク
学はないけど億万長者 そんな感じだろ
[Refrain: Thundercat & George Clinton]
We should never gave, we should never gave
Niggas money, go back home
Money, go back home
We should never gave, we should never gave
Niggas money, go back home
Money, go back home
(Everybody get out !)
俺らはくれてやるべきじゃなかったんだ なんてことをしてしまったんだ
黒人に金なんて 元いたところに帰れ
元いたところに帰りな
(全員失せちまえ!)
[Chorus: feat. Thundecat & George Clinton]
At first, I did love you
But now I just wanna fuck
最初は君のことをマジで好きだった
でも今じゃヤりたいだけ
Late nights thinkin’ of you
Until I get my nut
夜遅くまで君のことを考える
気が狂うまで
Tossed and turned, lesson learned
You was my first girlfriend
これまでのことを考えると眠れやしない
君が最初の恋人だった
Bridges burned, all across the board
Destroyed, but what for ?
橋は燃え落ちた 完膚なきまでに
破壊されてしまった でも何のために?
[Break: Dr. Dre]
Yo, what’s up? It’s Dre
Remember the first time you came out to the house ?
よう 調子はどうだ?俺だよ、ドレーだ
俺の家に初めて来た時のことを覚えてるか?
You said you wanted a spot like mine
お前は言ったよな こんな家に住めるようになりたいって
But remember, anybody can get it
The hard part is keepin’ it, motherfucker
でも覚えておけ 手に入れるだけなら誰だってできる
問題はそれを維持することさ このクソッタレが
[2nd Verse]
What you want you ? A house or a car ?
Forty acres and a mule, a piano, a guitar ?
何がお望みかい?家?それとも車?
40エーカーの土地と一頭のラバかな?それかピアノ?ギターかい?
Anythin’ see, my name is Uncle Sam, I’m your dog
Motherfucker, you can live at the mall
私の名前はアンクル・サム お前の下僕さ
クソッタレ お前はショッピングモールでだって生きられるんだ
I know your kind (that’s why I’m kind)
Don’t have receipts (oh, man, that’s fine)
お前みたいな人間を私はよく知っているんだ(だから優しくしているんだよ)
領収書なんていらないさ(ああ、それって最高)
Pay me later, wear those gators
Cliché ? Then say, “Fuck your haters”
後で払ってくれればいいさ そんなことよりこのワニ革なんてどうだい?
お決まりの一言かな?こう言ってやろう「お前の嫌う奴らはもれなくクソだ」
I can see the baller in you
I can see the dollar in you
お前はバカな浪費癖があるだろ
お前はとんでもない金持ちさ
Little white lies, but it’s no white-collar in you
But it’s whatever though because I’m still followin’ you
悪意のない真っ白な嘘はあっても どうやら肌までは白くないみたい
でもそんなことどうだっていいのさ 私がお前を助けてやるから
Because you make me live forever, baby, count it all together baby
Then hit the register and make me feel better, baby
だってお前は私を生き永らえさせてくれる 一緒にお前の金を数えようじゃないか
レジを鳴らしておくれ いい気分だよ
Your horoscope id a Gemini, two sides
So you better cop everything two times
Two coupes, two chains, two C-notes
お前は双子座だろ 2つの意味で
だからお前はなんだって2回盗まないとな
クーペだって チェーンだって ドの音だって
Too much ain’t enough, both we know
Christmas, tell ‘em what’s on your wish list
どれだけものがあっても満たされない 私もお前もそうだろ
クリスマスにはお前の欲しいものリストの中身を教えてやりな
Get it all, you deserve it, Kendrick
And when you hit the White House, do you
それを全部手に入れろ ケンドリック お前はそうするだけの資格があるんだから
そうそう いつになったらホワイトハウスを襲撃するんだい
But remember, you ain’t pass economics in school
And everything you buy, taxes will deny
I’ll Wesley Snipe your ass before thirty-five
でも忘れるな お前は学校で経済の単位を取れていないってことを
お前が買ったもののすべては 税によって否定されるだろう
お前はウェズリー・スナイプスよろしく 35歳になる前に払えもしない額の税金に呑まれて刑務所行きさ
[Bridge: feat. George Clinton]
Yeah, lookin’ down, it’s quite a drop (it’s quite a drop, drop, drop)
Lookin’ good when you’re on top (when you’re on top, you got it)
下を見ればまるで奈落(下はまるで奈落……)
頂点にいる時はいい感じじゃないか(頂点にいる時はね)
You got a medal for us
Leavin’ metaphors metaphysically in a state of euphoria
Look both ways before you cross my mind
お前は俺たちのためにメダルを獲ってくれた 多幸感の観点から形而上学的な比喩を残して
俺の頭をよぎる前に 左右を確認しておきな
[Refrain & Outro: feat. Anna Wise & Whitney Alford]
We should never gave, we should never gave
Niggas money, go back home
Money, go back home
俺らはくれてやるべきじゃなかったんだ なんてことをしてしまったんだ
黒人に金なんて 元いたところに帰れ
元いたところに帰りな
We should never gave, we should never gave
Niggas money, go back home (tax man comin’, tax man comin’)
Money, go back home (tax man comin’, tax man comin’ !)
俺らはくれてやるべきじゃなかったんだ なんてことをしてしまったんだ
黒人に金なんて 元いたところに帰れ(徴税人がやってくる 徴税人がすぐそこに)
元いたところに帰りな(徴税人が来るぞ ほら すぐそこに!)
解説
①タイトル〜イントロ
さて、1曲目の“The Wseley’s Theory”ですが、歌詞にも登場するウェズリー・スナイプスという人物からタイトルを取っています。
彼は大成功を収めた黒人俳優ですが、絶頂のさなか脱税が発覚し実刑判決を受けます。本人はこれを悪質なアドバイザーの勧奨の結果」とし、判決に抗議し続けましたが司法は覆らず。
ウェズリー・スナイプが果たして実際に脱税に及んだのか、あるいは悪徳税理士の犠牲となったスケープゴートなのかは果たしてわかりません。ただ、ラマーは彼の顛末に黒人スターのある種の「法則」、あるいは末路を見出したのでしょう。
プロローグとなるイントロでは、ジャマイカのアーティストBoris Gardinerの楽曲をサンプリング。「全ての黒人はスターなんだ」というリリックはエンパワメントでもあり、同時にこの楽曲で示されるスターとしての苦悩を逆説的に暗示しています。
②コーラス〜ヴァース〜ブリッジ(feat. ドクター・ドレー)
さて、前半ではラッパーとして成功を収めたラマー自身の生活が語られます。誇張はあるとはいえ、巨万の富を得たスターらしい(?)、傍若無人で傲慢な振る舞いの数々。地元に銃をばら撒き、ホワイトハウスを襲撃するとまで宣言する訳ですからね。
そこからグッとトーンがシックになり、「黒人に金をやるべきじゃなかった」という悔悟の言葉が並べられます。このフレーズには引用元がありまして、“They never should’ve gave you niggas money”という文句です。
これ、富や名声を得たアフリカン・アメリカンが問題を起こした時によく使われる常套句みたいですね。そういうアメリカに根付くアフリカン・アメリカンへの意識をここで持ち出してくる、やはりハイ・コンテクストです。
そこから再び最初のヴァースを繰り返し、登場するのはドクター・ドレー。ラマーと同じくコンプトン出身であり、彼を発掘したラマーにとってのボスとも呼べる人物です。彼はラマーに対し、昔の思い出を語りかけます。ビッグになりたいと無邪気に願っていた頃の自分を思い出せと。
ドレーはコンプトン最悪の時代を生き抜き、N.W.A.というクレイジーなグループで成功し、以降プロデューサーとして、アーティストとして今に至るまで活躍している人物。そんな彼が語る、「難しいのは成功を維持すること」という言葉の重みたるや。
③2ndヴァース〜アウトロ
続いて登場するのはアンクル・サム。”I WANT YOU”のポスターは歴史の教科書で見たことある人も多いんじゃないでしょうか?
アメリカという国の擬人化、いわばアメリカそのものである彼は、一見するとラマーに媚びへつらいながら擦り寄ってきます。これはすなわち、成功者が獲得した富と名声に群がるアメリカというリアルの比喩な訳ですね。
アンクル・サムはラマーになんでも買ってやると言って近づいてくる訳ですが、家や車といった財産の象徴の中に並んだ「40エーカーの土地と一頭のラバ」という表現。ここも解説が必要ですね。
「40エーカーと一頭のラバ」というのは、奴隷解放宣言の後、アメリカ政府がかつての黒人奴隷に保証した財産のことなんですけど、これは守られることなくすぐに手のひら返しでなかったことにされたんですね。つまり、アフリカン・アメリカンへの軽視、アメリカに根付く黒人差別の象徴の1つです。
ヒップホップ・カルチャーの中でも、パブリック・エナミーやナズ、ジェイ・Zといった錚々たる面々が引用しているお決まりの表現ではありますが、アメリカそのものたる「アンクル・サム」が「40エーカーと一頭のラバ」をラマーにプレゼントしようとするその構図、実にシニカルです。
こうしてラマーの財産に群がり、彼のおこぼれにあずかろうとする「アンクル・サム」ですが、彼は最終的にラマーを破滅に追いやるつもりです。「悪意のない嘘はあっても、肌までは白くないみたいだな」という表現に、結局は黒人である彼への軽視が滲んでいますからね。
アメリカによって財産を食い潰された先には、とてつもない税金がラマーに降りかかり、最後には破滅。それを「アンクル・サム」は理解しているし、そのシステムの中で彼は「生き永らえることができる」とほくそ笑んでいます。アメリカという資本主義社会の闇を、ここでは表現していますね。
さて、実質最後のヴァースとなるパートでは、途端にリリックが難解になります。「多幸感の観点」「形而上学的な比喩」、なかなかに難しい表現ですが、ここはおそらくケンドリック・ラマーという存在がアフリカン・アメリカンにとっての指導者になってしまったことへの重責と苦悩を描いているのではないかと。
成功者が陥る堕落と、その隙に生まれる破滅の可能性。そういった点が「多幸感の観点による形而上学的な比喩」なのではないかと。
そのことを強調するかのように「黒人に金をやるべきじゃなかった」のリリックを繰り返し、楽曲は締めくくられます。背後では「徴税人がやって来る」と、まさしくウェズリー・スナイプスの二の舞になることを暗示しながら……
まとめ
今回は”To Pimp A Butterfly”全訳解説の第1回として、”Wesley’s Theory”の全訳を敢行しました。
訳を見ていけばわかるんですけど、視点が次々に変わるんです。それはラマーにドレー、果てはアンクル・サムといった話者の意味でもそうだし、ラマー個人の問題から資本主義社会の闇にまでフォーカスするミクロとマクロの転換という意味でも。
この大胆な柔軟性に、ケンドリック・ラマーのリリシストとしての才覚を見て取れるのではないかと思います。これ、この企画を進めるごとに驚かされる部分になってきますよ。
それでは次回はインタールード、”For Free ?”の対訳です。どうぞお楽しみに。
コメント
こんにちわ、いつもピエールさんのブログを拝見しております。
“Little white lies, but it’s no white-collar in you”
の箇所の「Kendrickを黒人として軽視している」という解釈の他に
「派手に遊んでいるんだろ, 金を持ってるんだろ?」と持ち上げた後に「ちょっとしたお世辞さ」と一旦は引き下がるも, 「でも実際君は白い襟を着てないみたいだね」 つまり, 会社員として働いたことがないために, 地に足がついた生活をしたことがなく, 金銭や経済のことにも疎く, 同時に納税の知識がないということを指摘し, つけ込もうとしているセリフとも捉えられると思います.
全作品の解説の完成まで時間がかかる連載とは思いますが, 応援しております. 頑張ってください!
コメントありがとうございます。
なるほど、後半に出てくる「経済学の単位を取っちゃいない」というリリックと併せて、そうした読解も可能ですね!
私なりの理解をできる限り盛り込んでいるものの、やはりこの作品の強度は並外れたものがありますから。コメントでの指摘はとてもありがたいです。
まだまだ完結までは時間がかかりそうですが、今後ともお楽しみいただけるよう頑張ります!