
今回は月例の新譜レコメンド、5月編やっていきましょう。バックナンバーは↓からどうぞ。
うーん、今回も今回とて遅刻気味。申し訳ない限りです。ちゃんと準備して、どこかでギアを上げることができればいいんですが如何ともしがたく。その分じっくり聴き直す時間も作れるので、このペースはこのペースでメリットもあるんですけど、読んでくださる方からすると即時性あった方がいいでしょうしね……悩ましい。
そして悩ましいのは今回の選盤についても同様です。うん、やっぱり2025年いい感じだと思いますよ。そろそろ役者が揃ってきた感覚もあります。上半期ベスト作る方はそろそろ準備されているでしょうしね(このブログでは年の瀬の年間ベスト1本勝負としておりますので、上半期ベストは作りません。あしからず)
ということで、早速参りましょう。私ピエールの選んだ5月のオススメ新譜、こんなラインナップです。
“Gen”/星野源

私にとっての5月は、このアルバムに捧げた1ヶ月でした。現行の国産音楽シーンで、総合力で言えば間違いなくトップの才能、そう言い切っていいでしょう、星野源の実に7年ぶりとなる新譜“Gen”です。彼がD’Angelo、あるいはMJをリスペクトしていることは有名な話ですが、彼らのほぼ唯一の欠点であるリリース・ペースの悪さまで見習わなくとも……なんにせよ、ずいぶん待ちくたびれた1枚です。前作”Pop Virus”がとんでもない名盤だったからなおさらね。
でもね、まさか”Pop Virus”で築き上げたキャリア・ベストをこんなにあっさりぶち抜くとは流石に思ってませんでした。本作こそ、現状における彼の最高傑作というべきでしょう。というのも、星野源がずっと「J-Pop面」をしていることに私は長らく畏れを抱いていまして。あれだけ巧妙でハイ・コンテクストな音楽を鳴らしているのに、それを無理くりお茶の間で流せるレベルに噛み砕いてヒット・チャートに送り込む。それはJ-Popというものの強度をひっそり底上げする作業とも言えると思うんです。でもそんなことができるなら、もっとエゴに貫かれたものは一体どうなるのだろうとね。それが聴けたんだから嬉しくない訳がない。任天堂とのタイアップだったシングル“創造”が、装いをぐっとシリアスにしてアルバムの開幕を告げた瞬間に「これはやったな」とニンマリしてしまいました。
それJ-Popでやっていいの?という客演(まさかJ-PopでLouis Coleの人力ドラムンベースを聴くことになろうとは)にしても、作品前半に顕著な絶妙に目の合わない不親切さにしても、タイトル”Gen”が示す通りに「星野源の作品」としてパーソナルに閉じられた1枚。そこには彼を、あるいは社会を取り巻くムードの変化も大きく作用しているんでしょうけど、さらに「もういい加減俺が何やってもみんな聴くでしょ」という至極真っ当な傲慢さもあるのかなと。もう十分J-Popの教化はしてきたから、ここらでもう1つギアを上げてみようという大胆さ。そしてまんまと、我々大衆は手玉に取られてしまった訳ですよ。
肝心の音楽的な話をあまりしてきませんでしたが、それは現在準備中の単体ディスク・レビューに譲れたらと思います。とりあえず今言えることとしては、”Gen”は年間ベスト候補の1枚であるというと。1年の中でも、一撃でこれっきゃないというドンピシャの衝撃を受ける作品って数回あるかないかというところなんですけど、2025年の第1号は期待通りに星野源がやってくれました。
“caroline 2″/caroline

国内の新譜において”Gen”が台風の目であった一方、国外に目を向ければ、5月で一番騒がれたのはこれだったと思います。少なくとも私の生息する領域においては。ロンドンのバンド、ニュアンスとしてはコレクティヴみたいな表現した方がしっくりきますが、のcarolineによる2nd“caroline 2”です。うん、分かりやすいタイトルだ。2022年リリースの1stもなかなか評判よくて、私も当時の年間ベストで24位につけました。
なので本作もかなり期待していたんですが、こうもやすやすとハードルを超えてこられるとそれはそれで悔しいですね。前作からの成長がはっきりと聴き取れる1枚だったと思います。アコースティックでチェンバー風のサウンドがポスト・ロック的に飛翔するというスタイルは地続きではあるものの、もう振れ幅が驚異的ですね。インディー・フォークにしたって素朴が過ぎるところから、抽象度が極めて高いものまで一気にかっ飛ばす。しかもそれを、「普通のバンド・ミュージックやってます」みたいな顔をして、かつ作為の匂いがする手心も混ぜながらやってくるのがなんともえげつない。
でもこのアルバム、サウンドスケープの圧力に意識を引っ張られてしまうんですけど、よくよく聴いてみるとなんだかんだ普通のバンド・ミュージック的にも楽しめるんですよね。ふとした瞬間に「このメロディいいな」や「今のギターの音かっちょいいな」といった、そんな感想を抱かせる程度にはフレンドリーでもあって。さっきポスト・ロック的と表現しましたが、実を言うと私ポスト・ロックあまり得意ではないんですよ。あそこまでやられるとリアリティがなくて、上手く作品にのめり込めない感覚がしちゃってね。そこへいくと”caroline 2″、アコースティックというところを差し引いても、インディーらしい親しみと肌触りがしっかり表明されてもいるんだな。
途方に暮れるスケール感と距離の近さ、この本来両立できそうにないロックの両極端にある性質を、どういう訳だか同時に慣らしてしまった、そんな作品だと思います。それをあくまで生音でやりきったというのも素晴らしい。ロック・バンドの音でこんな絵が描けるのかという驚き、かなり久しぶりな気がしますね。とはいえ人は選びそうな作品なので、これが今後のロックの道標になることはあり得ないでしょうけど、世界観の構築という意味で20’sロック最高レベルの達成として語り継がれていく風格はあるんじゃないかな。

“Lifetime”/Erika de Casier
彼女のことは今年の2月のレコメンド、Oklouの時に名前を出したかな、それに去年の年間ベストでも取り上げております。女性プロデューサーのErika de Casierのサプライズ・リリース“Lifetime”です。その前作”Still”まで約3年のインターバルがありましたから、こうも早く彼女の次なる一手を聴くことができるというのは嬉しい誤算でしたね。
NewJeansをプロデュースしたという事実は彼女を紹介するうえで最早必須項目であった訳ですが、こう次々に名作を出されるといい加減NewJeansの名前がノイズになりかねないですね。それくらい、彼女が鳴らす音というのがシグネチャーになっている。それが何かというと、しなやかでシャープ、音数は控えつつもしっかりと切れ味もあるエレクトロです。ただ本作では、より余白を重んじる、ゆえに広がりの感じられるサウンド・プロダクションというのが強く感じられるような気がしていて。
31分というショート・スケールながら、聴き終えた時の満足度は前作より遥かに優っている。これが全てではないかなと思います。音の説得力と言いますか、1音1音をしっかりあるべきところへ配置してくる感覚。こういう簡素な作りのエレクトロ・ポップ自体はよく聴くサウンドではありますが、その精度がズバ抜けていると感じますね。それは例えば、本作で最もビートの効いた“Two Thieves”での音像の均衡に分かりやすい部分だったりするんですが、エロティックなベースやダウナーなヴォーカルが「強い」ビートを作品の温度感に引き戻している。こういうバランス感覚が素敵です。
やや局所的ではあるものの、時代の寵児と言っていいくらいの注目度を示す彼女が、ここでグッとシックな方向に舵を切ったというのもなんとも気持ちがいいもんです。トリップホップ的なニュアンスも強くなっていて、ポップス・リスナーというよりは厄介なタチのオルタナ・ファンの方がピンときやすい作品になっているような気がしますね。だから厄介なオルタナ・ファンである私がこうして紹介している訳ですが。
“wishful thinking”/Duval Timothy

弊ブログ的には、Kendrick Lamarの“Mr. Morale”に大々的に参加してた人というと通りがいいのかな。イギリスとシエラレオネに拠点を置くアーティスト、Duval Timothyで“wishful thinking“。この前入手した現代シーンのディスクガイド『ミュージック・ガイドブック 2010-2024 VOL.1』でも彼の作品は取り上げられておりました。確かアンビエント系統の項目だったかな?
それこそ”Mr. Morale”でも随所で効果的に響いていた威厳ある鍵盤の音で作品を整列させながら、エレクトロもギターもサックスもフィールド・レコーディングも肉声も、様々なマテリアルを持ち出して美麗なマーブル模様を描き出す。そんな第一印象ですね。作品の輪郭そのものはくっきりとしているので、そこまでアンビエントアンビエントした作風という訳ではありません。不思議な実感がこもったサウンドなんですよね、聴き手の意識をどこか遠く、それも幻想的というよりは実感の伴った風景へと誘うような。私が連想したのは初夏の草原、一陣の風がすっと吹き抜けるような、そんなヴィジョンです。
で、通常そうした音楽性って、リスナーに一定以上の集中力を要求するものだと思うんですが、本作はもっとさりげない。読書であったり、あるいは日常の雑事であったり、そういう中にもすっと潜り込んでしまえるナチュラルさがあるんですよね。それは決してBGM的な意味ではなく、本作の柔和なトーンが生活の中に充満し、ある瞬間にはっとさせられる、そんな音楽としての主体性があるさりげなさ……伝わりますかね?そういう生活や空間との親和性という意味では、アンビエントの原理的な理念に沿ったものと言えるのかもしれません。
坂本龍一と関連させて評価するリアクションが複数見受けられたのも、実際に聴いてみると納得がいきましたね。ピアノを軸にした作風という安直な対比だけでなく、もっと大きく「音」というものへの眼差しにおいて似た姿勢があるような気がします。そしてその思索的な音楽を、難解さとは程遠い穏やかさによって出力している点にしても。こういう音楽にはまだまだ疎い私ですが、だからこそ直感的にこの魅力に気づけたというのは嬉しい経験でした。
“Sincerely,”/Kali Uchis

彼女もこの数年、アルバムを出すたびに一定以上の注目を集める存在になっています。コロンビアにルーツを持つ女性アーティスト、Kali Uchisで“Sincerely,”。2023年の“Red Moon In Venus”は当時ブログでも扱った記憶はあるんですが、前作”ORQUÍDEAS”が私の中でそこまで刺さらずにいてね。今回はどうかと、やや身構えながら聴いてみました。
その結果は、今回の10枚に選んでいることから明らかですね。これはいい!もっと情熱的で肉体的な音楽をやるイメージだったんですが、今回はもうバラッディアーとしての表現に振り切っています。サウンドもドリーミーで余韻の長いものが目立つし、そこが途切れることなく(感覚的な物言いではなく、本当にシームレスに進行するんですよね)進むものですから、ちょっとした神秘性にまで接近していますよ。正直言って、Kali Uchisというアーティストにこういう音像を纏う印象はなかったですが、よく似合っているじゃないですか。
ラテンっぽいことがしたいのか、本格ソウルなのか、彼女の見つめる方向がこれまでいまいち掴めていなかった私なんかにすると、意外ではありましたが本作の方向性が一番しっくりきた感が私にはありました。パワフルで粘度の高い歌声に情感をたっぷり乗せることで、アルバムの中で彼女の存在感が本当に際立っています。注目すべきは、例外的にプログラミングされたビートの飛び出す“Silk Lingerie,”からとことんまでうっとりとした“Territorial”へと繋がる展開でしょうか。このプロダクション的には隔たれた2曲を、本作、あるいは彼女のキャラクターでもって連結する腕力に思わず唸らされました。
全体的にオールディーズな気配もする(“All I Can Say”なんてモロですよね)のが、2025年の音楽を批評するうえでどうなのかという話もあるでしょうけど、そういうチャレンジがまったくもって許される程度には彼女の表現力で支配された1枚ではないでしょうか。どうしてもサウンドやトレンドとの呼応みたいな視点を持ちがちな本企画で、「歌がいいからいい作品」という尺度を持ち出すなんて滅多なことですが、それがまさか彼女の作品とはね。みくびっておりましたよ。
“Age”/Cuneiform Tabs

ここから2枚はXの知恵者のおこぼれです。まずはCuneiform Tabsという2人組、元はViolent Changeというインディー・バンドのメンバーだったようですね、による2nd“Age”。前作もViolent Changeも存在すら知らなかったなぁ……これ書いてる段階でも恥ずかしながら聴けておりません。じゃあなんで本作に食いついたかというと、ある方がCindy Leeの“Diamond Jubilee”を紐づけて語ってらっしゃったんですね。ええ、あの2024年最高峰のカルト傑作の”Diamond Jubilee”です。これは流石に聴かない訳にはいきません。
あれ、今年って1967年でしたっけ?2025年?いやいやまさか……というリアクションが、大して冗談にもならないくらいの作品です。つまりですね、1967年の名盤が放つ原始的なサイケデリア、それを見事に再現しています。リバイバルなんてもんじゃない、1967年の作品ですよとしらを切り通すような大胆さ。実際の1967年シーンになぞらえてその音楽性を表現するならば、ガレージ的な狂気を薄めてスペーシーな広がりをより重んじたSyd Barrett期のPink Floydってな具合でしょうかね。5曲目の“Orbital Rings”で電子的なスネアが聴こえてきて、ようやく時代との違和感が生じるんですから。もっとも、この曲のドロドロに溶けていくメロディの甘さは文句なく1967年ではありますが。
全体像に対していやに分離したギターの生々しい録音や、如何にも時の試練に耐えてきたんですと言わんばかりの音のかすれ方、この辺りのプロダクションも相当凝ってますよ。その中でシンセサイザーのクリアなテクスチャは、本作の中で数少ない1967年的ではない構成要素になるのかな。それもまた、本作のオーパーツのような見え透いた白々しさ、ゆえに強烈に主張される巧妙さの証拠になっています。それがあるからこそ、じゃあ本物の1967年作品でいいじゃんという当たり前に浮上しそうな批判を突っぱねる必然性になっている。
こういう徹底的に過去のサウンドを踏襲したスタイルの作品って、その斬新さにおいて注目を浴びることはあり得ないんですよね。それゆえに、そこに重きを置く批評からも遠ざかりがち。同じ60’sラヴァーであれば、方向性はずいぶん違いますがThe Lemon Twigsもそんな感じかな。でもそこにある、たゆまぬ研究の痕跡と愛着の表明は、同じ時代を愛する者としてどうしても愛おしくなっちゃいます。ましてサイケなんて手を替え品を替え参照される分野ななか、ここまで原初の魅力に接近するのはかえって勇気が必要でしょうから、そこは買いたいですね。
“Paradise Now”/Obongjayar

こちらはナイジェリア出身のアーティスト、拠点はロンドンですね、Obongjayarで“Paradise Now”。これもリリース前から信頼できるリスナーの方がレコメンドしてらっしゃるのを見かけていて気にはなっていたんですが、実際発表されてからもよく見かけた1枚でした。実際聴いてみて、そりゃよく見かけるわなという納得をした次第であります。
この企画で、私はできるだけアーティストの国籍やルーツというものをさらっとだけでも紹介しようという意識があってですね。音楽が人間の鳴らすものである以上、個人に強烈にこびりつく文化や背景というのは蔑ろにできないと思っているので。そこへいくと本作、強烈なまでに彼のバックボーンが音に滲み出ています。分かりやすいのはアルバムが少し進んだところ、“Holy Mountain”からLittle Simzをフィーチャーした“Talk Olympics”の展開でしょうか。最高にアフリカンなビートが駆け出していきます。
それにクラブ映えしそうなアッパー・チューンから侘しいインディー・ロック、ミドル・テンポのアーバン・ソウルまで、作品のレンジは相当に広い1枚になっているんです。それを上手く結びつけるのは、1つには彼のハスキー・ヴォイスが生み出す真摯さのレイヤー、そして現代イギリスに特有の洗練(InfloにしろSamphaにしろ)。それらが個別に聴けば個性派揃いのナンバーを、全体の中では異質ではあれど違和感のないマイルドさに着地させる力みのなさが心地よいんですよね。
ジャンルで語ることは相当難しい作品だと思いますし、この作品を特定のシーンと結びつけるだけの知見は今の私は持ち合わせていませんが、ゴリッとした個性を軽やかに聴かせてしまうアルバムとしての丁寧さ、ここにすごく心惹かれます。アフリカンな音楽が好きな人はもちろんですが、実は英米日の音楽にかなりのパーセンテージを割いている私のようなリスナーにこそ、この不思議な体験は響くんじゃないかなと思いますね。心当たりのある方はぜひどうぞ。
“SHINE”/Jay Prince

5月はBilly Woodsであるとか、あるいはJohn Michel & Anthony Jamesであるとか、ヒップホップの名盤も話題になっていました。前者は近年のアングラなヒップホップの旗手に相応しい出来栄えだったし、後者なんてのは気骨のいいクラシカルな名作でしたね。そのうえで5月のヒップホップは個人的にこいつをすすめたいです。イギリスのラッパー、Jay Princeで“SHINE”。キャリアそのものは10年くらいと、それなりに中堅ではあるようです。
生音もしっかり持ち出しながら、ムードとしては今日のR&Bとも共鳴した噛みしめるメロウネスや空疎な広がりもありつつ、コーラスを多用することでぐっとヒューマニティに満ちた懐の深さも出ている。実に私好みのトラック・メイクなんですよね。“Chasing Thrill”なんてなかなかどうして鮮やかだし、“Us”という曲はうっかりKendrick Lamarがリリースしてもおかしくない厳粛かつミステリアスな深度のあるナンバー。私はおそらく「ラップ」が好きなのではなくて「ヒップホップ」が好きなだけなので、こういうプロダクションで唸らせてくれるのは気持ちがいい。
実際Jay Prince自身も、そこまでラッパーとして張り切っている訳ではなさそうですから。楽曲によっては歌うことにも抵抗がなく(これまたスムースで伸びやかないい歌唱なんですよね)、ラップしてみてもUKらしいフラットなフロウがグルーヴィーに作品に絡みつきながら、どこかふわふわと佇んでいるような掴みどころのなさもあります。そしてテンションは一貫してダウナーで、UKラッパーということもあってDaveなんかを思い出させてくれましたね。
このしっとりした聴き味や淋しげな作品像、インディー・リスナーにもリーチし得るものになっているんじゃないかな。そして、オーセンティックなサウンドはソウル/R&Bのファンが聴いても楽しめるでしょう。非ヘッズにこそ聴いてほしい作品です。そしてまだ聴けてないんですけど、Obongjayarのところでも名前を出しましたLittle SImzの新譜も6月に控えていますからね。そちらとあわせて、かなりUKヒップホップに意識を引っ張ってくれる1枚でした。
“Plan 75″//The Orchestra (For Now)

いつも参考にしているAlbum Of The Yearでやたらとユーザー・スコアの高い作品ということでチェックしてみました。The Orchestra (For Now)というイギリスの7人組バンドの1st EP“Plan 75”。音源のリリースは昨年が初めてというニュー・カマーで、本作も既発のシングル3曲にオープナー加えた、「とりあえずまとめてみました」感のある1枚ではあるのかなと思います。
しかし、こいつは掘り出し物ですよ。black midi、あるいはMarujaといった、この数年私がプログレッシヴ・ロックの希望を託してきたバンド群、そこに異論なく並んでいい音楽性です。チェロやピアノが格調高さを演出して、やや頼りないヴォーカルの雰囲気も交えてムーディーな展開も作ってくるんですが、それはそれとしていきなり発狂する。King CrimisonとPixiesという、「静と動」の扱いにおいてロック史上最も秀でた2組を上手くブレンドしているんですね。
そしてここでさっきも書いた格調高さというのが効いてくるんですが、カオスになりきらない、着地点はしっかり準備されている様式美の聴き応えが生まれているんですよね。これがプログレッシヴ・ロック好きには身悶えするほど嬉しいポイントで。black midiほどひっきりなしにフリーキーな訳でもなく、Marujaほどジャズに振り切った暗中模索のアンサンブルという訳でもない、きてほしいタイミングで爆発してきちんと収束する構成が心得ているじゃないですか。
これはフル・レングスが待たれるバンドです。メロディアスな成分も強いので、一発芸的な失速の懸念は今のところありませんしね。そしてこれは特に深い意味ないんですけど、black midiあんなにみんな好きなのに、そこにも大いにリンクするはずのこのバンド、全然日本で騒がれてなくないですか?これ、もっと周知された方がいい作品なのかなと思っています。
“ひびきのつづき”/inuha

昨年からの短い期間で、なんと3度目の登場とあいなります。これ、本企画では2位タイです。ちなみに同率2位がThe Smileで、1位はParannoul。この段階で、如何に私がこのinuhaというボカロPを贔屓にしているか伝わるかと思います。昨年の年間ベスト・ランキングにも登場した”ひとりごと”から1年足らずでリリースされた“ひびきのつづき”です。前作は既発曲も多かった一方、今作は収録曲全てが新曲とのこと。
ということで、時系列としてはむしろ昨年初頭にリリースされたEP“陽のかけら”から繋げて語るべきなのかな。実際、ドリーム・ポップ的な音の広がりが響き渡る陶酔的な作品になっています。そこに加え、最早ボカロ流「ウォール・オブ・サウンド」と言えそうな強烈なサウンド・アプローチを聴かせる“お日様お月様”、朗々とした祝祭的な“牙をなくしたライオン”といった曲で明らかですが、生音の扱い方が格段に飛躍している印象を受けましたね。
エレクトロも上手くて、ボカロック的なオルタナ・サウンドもやれて、とうとうバロック・ポップとは言わないまでもある種の威厳すら表現できてしまう。このサウンド・メイクの卓越ぶりは何事かと狼狽えてしましますよ。それに初音ミクという「電子音」にささやかな祈りや希望を歌わせる「調教」も相変わらず鮮やかだし、長尺の楽曲を複数収録して「アルバム」というフォーマットをのびのびと利用しているトータルの聴かせ方もニクイ。ずっちいなぁ……
しかも最終曲“ひびけつづけ”で、ストレートにメロディの強いエヴァーグリーンな名曲までやっちゃう訳でしょ?もちろんサウンドの美しさを従えて。なんかもう、私が「アルバム」というものに求めるもの全部やってくれやがった作品なんですよね。作品として食らった、これはやられたという意味なら”Gen”や”caroline 2″には譲りますけど、今回の10枚でどうしても1枚しかレコメンドできないと言われれば”ひびきのつづき”になると思います。それくらい個人的に突き刺さった1枚です。
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